the far far Moon
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

 北米 アリゾナ連邦軍空軍基地 2月14日
 
 早朝から慌ただしかったアリゾナ基地に、空襲警報が響き渡ったのは、後少しで10時を迎えようかというときだった。空襲警報が、響き渡っても常日頃から訓練していたように迎撃機がスクランブルすることはなかった。代わりに滑走路わきに待機していたミデアが、1機、2機と誘導路から滑走路に慌ただしく引きだされて発進していく。
 スクランブル任務につくべきフライアロー戦闘機は、掩体壕に入ったままだった。
 そればかりでない。
 防空任務の主役であるはずの地対空ミサイル陣地も、全くなんの動きも見せてはいなかった。
 そもそも、この日、アリゾナ基地に配備されていた戦力は、基地の規模からするならばあまりに少なかった。たまたま少なかったのではない。この日のことを考慮していたのだ。
 ジオンの全く新しいタイプの空襲に、連邦軍のあらゆる迎撃装備は無力で、それに対抗する手段は、空襲が想定される地域から退避しているほかなかったからだ。
 
 空襲警報からおよそ5分、秒速10キロに達したそれは、唐突にアリゾナ基地に着弾した。ほとんど直線に近い放物線を描いて着弾したそれは、地表に到達すると同時にその莫大な運動エネルギーをもって地中に潜ろうと試みた。もちろん、それは可能かに見えた。しかし、地表に到達した瞬間それは阻止される結果になった。あまりにも莫大な運動エネルギーを持っているはゆえに運動エネルギーは、熱エネルギーへと瞬時に変換されたからだ。爆発的に発生した熱エネルギーは、そのもの自体を蒸発させ衝撃波を伴い周囲へと急速に拡散させた。可燃物に触れるとそれを瞬時に発火させた。また、衝撃波は、大抵の人口構造物を紙細工のように吹っ飛ばすことが出来るほど凄まじかった。
 野球のスタジアムに命中したなら、ただの1撃で全壊させることが可能な程の威力を秘めたそれは、欠点も持ちあわせていた。すなわち、命中半径が、あまりに大きいことだった。
 仕方があるまい、それは、はるか38万キロの彼方からマスドライバーで加速されたただの岩塊に過ぎなかったのだから。綿密な計算の元にマスドライバーによって加速、発射されるとはいえ誘導装置の1つも持たない岩塊であることには変わらず、精密な誘導など不可能だった。
 実際に大気を切り裂いてアリゾナ基地を目指してきた岩塊、隕石爆弾は、アリゾナ基地の外縁に着弾したためにアリゾナ基地は、この一発に関して言うならば深刻な被害を受けずに済んだ。しかし、アリゾナ基地が無事で済んだかというとそれは、全くの別問題だった。
 ジオン軍は、命中率の低さを数で補ったからだ。
 この日、アリゾナ基地に降り注いだ隕石爆弾の数は、20を数え、その半分ほども実際に命中した隕石爆弾はなかったが、1つ1つは30メートルから40メートルものクレーターを形成しつつその質量を爆発エネルギーに無遠慮に変換していった。全ての隕石爆弾が、着弾し終った後、アリゾナ基地は、軍事基地としての価値をほぼ失っていた。
 
 隕石爆弾による地球への攻撃は、1月31日の南極条約、ジオンが、ほとんど連邦政府に対する無条件降伏に近い講和条約を結ぶことに失敗した条約、の発効した2月3日より始まった。
 最初、その効果を確かめるように散発的だった隕石による爆撃は、その効果が予想をはるかに上回るものだと判定された2月中旬以降、急速にその規模を拡大していった。
 ピークに達した2月27日には、同時に19個所にも及ぶ連邦軍の地上設備が、隕石爆弾の爆撃にさらされ、ジオン軍地球降下部隊に対して連邦軍が、十分な反撃を行えない要因の1つになっていた。軍事拠点や、部隊の集結地を中心に対して行われる爆撃は、連邦軍の反撃を多いに阻害した。何しろ、迎撃手段が全くと言っていいほど存在しないうえに周回軌道上の衛星を全て制圧されてしまった連邦軍には、隕石爆弾の軌道を事前に知ることはもちろん接近してくることすら事前には察知不能だった。大気圏に突入してからようやくその着地地点を推定できる、それから退避をする、それしか対抗の手段がなかった。逆にジオンは、もっとも効果的な地点を任意に攻撃することが可能だった。
 では、巨大な隕石をジャブローに投じればよいではないか・・・と、考えつきそうなものだがジオンは、大質量兵器の禁止を締結した南極条約を順守することにしたのだ。もっとも、これは、条約を何が何でも守らねばならないとジオンが固執したわけではない。隕石さえ投じれば戦いの帰趨が決するのであれば、戦後の軍隊の存在価値が疑問視されることにも繋がりそれを軍部が嫌ったからでもあった。
 
 もちろん、連邦軍は、何も好き好んで手をこまねいていたわけではなかった。開戦以降、あまりにも大きな損害を被ったため、対策がとれない、というのが実情だった。事実、草案は、グラナダがジオン軍の手に落ちた翌日には出来上がっていたほどだ。つまり、それほどに連邦軍は、隕石による爆撃を恐れていたのだ。
 しかし、実際にはその草案が実行に移されることはなかった。
 隕石どころの騒ぎではないコロニー落としが実施されたし、その前後において隕石爆撃を阻止するための戦力が、ほぼ払底した結果でもあった。
 隕石爆撃を阻止するには地球周回軌道上に展開して地球に接近してくる隕石そのものを迎撃するか、発射施設であるマスドライバー群を破壊するかしかなかった。周回軌道上で隕石を迎撃することは、隕石の速度そのものが迎撃が困難なほど速いと同時に、ジオン軍に制圧されており、周回軌道上に迎撃艦隊を展開すること自体が不可能だった。
 また、マスドライバー群を直接叩くにしても唯一残った連邦宇宙軍の拠点であるルナ2から月面のマスドライバー群を破壊するには76万キロもの行程を乗り越えて艦隊を送り込まねばならず、それを可能にする規模の艦隊を編成し、迎撃されることなく月に送り込むことはさらに不可能事だと判断されていた。
 ルナ2に残された戦力は、非常に少なかったし、それは開戦前の戦力に較べるとの話だったが、最精鋭の第1機動艦隊と第2機動艦隊が、ルウム戦役と後にブリティッシュ作戦として知られるコロニー落としを阻止する戦闘で優勢であると見積もられていたにも関わらず実質的に失われてしまった現状では、いかなる艦隊戦力をもってしてもマスドライバー群の破壊は、不可能事に思われていたのだ。
 だが、戦力不足を理由に手を拱ねき続けることが出来ないほど隕石爆弾による攻撃は、連邦軍に深刻な損害を与え続けていた。しかし、こと連邦政府の官僚に限ってはジオンの攻撃が、軍事施設に限られているかぎりは問題はさほど重大ではないと考えていた。
 
 1月3日に突如として、いやこの表現は相応しくないに違いない。サイド3の連中は、ずいぶんと前から物騒なことになっていたからだ。連邦政府とほとんどの交流を断ち、自前の兵力も持つようになっていた。どれだけ本気かは分からなかったが、宇宙人(スペースノイド)の独立を声高に叫びだしてからずいぶんと長い時間が経ってもいた。当初は、大幅な自治権の拡大を目指していた運動が、いつしか独裁色の強い独立運動に方向を変えてから武力行使もやむを得ないという傾向は高まり、ついには、サイド3に駐留していた連邦政府の艦艇を接収するという行動にまで出るようになり、その後、急速に武力整備をはじめた。
 連邦の官僚達が、その善後策を長い時間をかけて煮詰めている間、それは煮詰めるというよりは放置したというほうが正しいスパンだった、サイド3は、ジオンを名乗り、宇宙世紀0079年1月3日、連邦政府に宣戦を布告した。
 誰もが想像もしないレベルでのジェノサイドの始まりだった。
 並の虐殺なら恐怖を与えたかも知れないけれど、人類始まって以来、どんな歴史にも登場してこなかったほどのレベルの虐殺は、人々の感情をマヒさせた。
 人には、1人の死の痛みは理解できる力はあっても、億単位の死を理解することは出来なかった。そして、その大半が宇宙人(スペースノイド)であることが、それにさらに拍車をかけた。
 ジオンが、連邦政府及びその人民に過度の恐怖を与えた結果、それは恐怖を通り越して怒りへと変換された。官僚レベルで講和に向った連邦政府の一転した徹底抗戦への方針転換に対して民衆レベルで反対なり抗議行動が起こらなかったのは、後の研究結果では怒りのレベルがあまりにも高かったからだといわれている。反対に感覚がマヒした結果、自己判断を放棄してしまった結果とも言われている。
 どちらにせよ、連邦政府の交戦継続は民意として了承された。
 しかし、それがあっという間に覆されかねないのが隕石爆撃の市街地への拡大だった。市街地への無差別爆撃が始まってしまえばそれを阻止できない連邦政府への不信が増幅すると同時にあっという間にジオンへの降伏へと民意は傾くに違いなかった。
 いったん、ショック症状から立ち直った連邦政府の官僚達にとって自分達の既得権を一気に失う可能性のあるジオンへの降伏は到底認められるものではなかった。
 そして、隕石爆撃の恐怖が現実になった当日、連邦政府は直ちにマスドライバー群への攻撃を決定した。
 
0079.2.15 ルナ2
 
 カーンッ!
「畜生!」
 オルグレイは、短く怒りを露にするとパイロットスーツから分離させたばかりのヘルメットで手近な壁を殴りつけた。
「止めんか!曹長!!」
 制止したのは、オルグレイが搭乗するパブリク324号艇の艇長、ライリー少尉だった。「モーフ少尉は、運が悪かったんだ」
「運?ですか??」
 オルグレイは、憤怒の表情を隠そうともせず艇長であり上官のライリー少尉に向けた。「あれは、運なんかじゃないですよ!少尉!!こんな馬鹿げた訓練のせいです!そうは思いませんか?少なくともパブリクは、こんなことのために作られちゃいないんです」
 パブリクの操縦士を務めるオルグレイには、現在押し付けられている訓練がどれほどパブリク向けでないかを充分に理解していた。
「止せ、曹長」
 まだ何か言い募ろうとするオルグレイを制止したのは、航法士のガッツ准尉だった。航法士という任務に似付かわしくなく、324号艇が所属する303突撃艇戦隊にあってももっとも体格が良く腕っぷしも強い。おまけに喧嘩っ早い。そのガッツ准尉に制止されては、オルグレイも留まらねば仕方がなかった。
「ですが、艇長、オルグレイの言うことももっともです。これで3機目ですぜ?しかも、私たちは、ヒヨッコ部隊じゃない。目的も知らされずに1週間。しかも、この訓練はどう考えてもオルグレイの言うようにパブリク向けじゃないと思えます」
「分かっている。だが、俺だって知らされているのは、お前達と変わらん」
 ライリー少尉の顔の中にも怒りはあった。
 そう、全員が、1週間前から突如として課せられた目的を知らされない訓練に不満を貯めていたのだ。そして、その訓練はパブリク突撃艇を知る者なら誰もが思うほどにあまりにもパブリク向けではなかった。元来、パブリク突撃艇は、何もない宇宙空間をありったけのスピードで驀進し、搭載している自己誘導兵器を敵艦に叩き付けるのを旨として開発されたいわゆる単能兵器だった。ところが、1週間前から課せられた訓練は、そう言ったことを無視したとしか思えないものだった。その訓練とは、ルナ2の表面を20キロにわたり500キロ毎時の速度で対地高度20メートルを維持し、しかも障害物を躱しつつルナ2の表面に設定された対地目標に対して無誘導のミサイルを発射するというものだった。
 音速の数倍もの加速力を得ることのできるパブリクにとって500キロ毎時の速度は、どうということがなかったが、そこに障害物を躱す、対地高度20を維持するという項目を加えることはショベルカーで1粒の砂を拾い上げろと言っているようなものだった。
 その全員の中には、同じ訓練を課せられて同じように目的も知らされずに激しい訓練の中で何機もの訓練損失を出している他の突撃艇戦隊の隊員も含まれていた。これほど多くの部隊が、パブリク本来の目的以外の訓練に参加していることは尋常ではなかった。
「このクソッタレ訓練が意味するものがなんなのかはなホントに知らされていないんだ」
 ライリー少尉が、いかにも苦々しげに言うのを聞いて、オルグレイは、死んだモーフ少尉とライリー少尉が、同じ出身地だったということを思いだした。自分なんかよりもっと怒りが大きいかも知れないということにも。
 オルグレイが、謝ろうとしたとき、戦隊の小隊指揮官以上の集合が掛けられた。303だけでなく、同じパブリク突撃艇戦隊の301や302、304戦隊の小隊指揮官にも呼び出しが入った。
「訓練、終了かもな・・・」
 ガッツ准尉は、ライリー少尉を見送りながら呟くように言った。
「終了?」
 オルグレイは、それには同意しかねるように言った。もともと訓練期間も設定されずに始まった訓練だ。それが早々簡単に終るとは、オルグレイには思えなかった。
「確かにモーフ少尉は、死んだかもしれんが、午前中の訓練も含めてここ3回の標的撃破率は、8割を越している・・・つまり、実戦レベルに持ってける最低ぎりぎりのラインをクリアしているんだ。搭乗員の疲労をほとんど無視した訓練スケジュールのことも考えれば、終了、実戦で、おかしくないだろう」
 実戦という言葉に何人かの兵士が耳をそばだてる。
「ですが・・・こんな訓練どこで役立てるんです??」
 オルグレイは、この訓練が始まって以来ずっと疑問に思い続けていたことを口に出した。
「さあ?」
 ガッツ准尉は、茶化すでもなく肩をすくめた。「ルナ2が、占領でもされたときのことを考えてるんだろう?」
 何人かがぎょっとした視線をガッツ准尉に向けた。
 連邦軍の主立った戦力が壊滅状態になった今、ジオン軍が宇宙で攻勢を掛けてくるとすればルナ2しかなく、ルナ2さえ攻略してしまえば宇宙から完全に連邦軍を駆逐してしまえると考えられている現在、それは決してないとは言えない状況だったからだ。
「ですが、占領もされてないのに・・・指揮官を集めて、やっぱり役に立たないんじゃないですか?」
 オルグレイは、出撃と訓練がやっぱり結びつかない根拠を言った。
「まあな・・・ここが危ないってんで、サイド7あたりまで主戦力を後退させるって話も出ている、それじゃないのか?」
 ルナ2から主戦力を後退させる・・・それはここ幾日かでまことしやかに噂されるようになった話だった。ルナ2には、未だ少なくない戦力が温存されていたが、それがジオンに対する完全な抑止力とはならないことを連邦軍の誰もが、特にルナ2に残された連邦軍には理解されていた。その為、戦力の幾らかをサイド7に分派し、ジオンが実際にルナ2の攻略にかかったときに分派した戦力でジオンのルナ2攻略部隊を挟撃するのだと噂されていた。
「逃げるんですか?」
「じゃない、戦力を建て直すんだ・・・」
 ものは言いようだと思ったが、オルグレイは、それ以上何も言わなかった。
 
 突撃艇戦隊の小隊指揮官以上の集合が掛けられると同時にルナ2の幾つかの桟橋は殺人的な作業量をこなすことを命令されていた。その中でももっとも理不尽な命令を受領したのは第1機動艦隊を受け持つ桟橋のうち、12及び13桟橋だった。この2つの桟橋には、それぞれ正規空母『ガルバルディ』級空母が、12桟橋には1隻、13桟橋には2隻係留され12時間以内に出撃準備を完了すべし、と言う命令のもと作業が進められていた。12桟橋が、13桟橋より楽かというとそうではなかった。13桟橋では『ハドソン』級軽空母が2隻、同じように出撃準備を初めていたからだ。
 それぞれの桟橋は、さらに2戦隊づつの護衛艦艇の出撃準備をはじめており、いつ事故が起こっても不思議でないほど喧騒としていた。
 その喧騒に拍車をかけていたのが2隻の軽空母を含む空母搭載機の機種変更だった。機種変更といえば聞こえはいいが、全くの用途違いの機体を戦場へと運ぶための作業だった。それは、パブリク突撃艇の係留作業だった。拘束用のワイヤーを用いて、つい数時間前まで訓練に供されていたパブリク突撃艇を次々と係留する作業は、作業員が手慣れていない分、神経を磨り減らさねばならない作業だった。
 パブリクは、既にブースターを装着し推進剤も搭載してあるうえにミサイルも搭載しており既に危険な状態だった。
 このため、係留作業は厳重の上にも厳重になされねばならず、空母の加速や減速、転舵の際に、万が一にも拘束用のワイヤーが緩んだり切れたりするような事態が起これば、空母の甲板上に出現するであろう惨状は、空母の乗組員であれば誰でも容易に想像できた。
 普段なら要求されることもないうえに、ミスを絶対に許されない係留作業を要するパブリクの機体は72機にも及んでいた。空母は、さらに通常の搭載機種であるセイバーフィッシュ戦闘機とバトルアックス攻撃機の搭載作業も同時に進めねばならなかった。パブリクを係留するために定数を減らしてはいたが、それでも5隻の空母総数ではその数は、200機近かった。
 5隻の空母とその搭載機、それを護衛する4個戦隊、そして、本来含まれるはずのないパブリク、その全ての出撃準備を12時間以内に完了させねばならなかったのだ。
 この降って湧いたような命令のせいでルナ2の港湾作業班は、開戦以来最初の殺人的な作戦準備に追われることになった。
 1週間前から目的も知らされずに始まったパブリクの搭乗員と同じように港湾作業班もこれらの艦隊が、一体何処へどんな目的を持って出撃して行くのかまったく知らされていなかった。ただ、彼らに分かることがあったとすれば、それは、この艦隊のうち再びルナ2へ戻ってこれる数が、酷く少ないものに違いないということだった。