the far far Moon
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「・・・以上だ」
 午後になって、なんの予告もなく司令部に呼びだされたスコット・ブラッドリー准将は、新しく編成された艦隊の司令官に任じられると同時にその艦隊を率いて従事する作戦について説明を受けた。ルナ2の作戦司令部の作戦参謀からの説明は、簡潔にして明快だったが、その内容は、不可能としか思えないものだった。
「陽動戦力に関して、その詳細を教えていただきたい」
 質問は?と、問われなかったがブラッドリー准将は、構わずに尋ねた。ほとんど全てのことにおいて説明は、簡素に過ぎた。陽動に関しても、陽動を実施するという説明されたに過ぎない。詳細は、艦隊が出港してから開示になる作戦指令書を参照しろ、と言うことだったが陽動戦力については把握しておきたかった。
「ミシシッピ級空母を2隻を基幹とする機動部隊を2個、周回軌道上のそれぞれ別な地点に送り込み、ジオン戦力を誘引する」
 旧式の軽空母にどれほどのことが出来るのかという問題もあったが、空母戦力が、極端に減少している現状にあっては破格というべきだろう。つまり、少なくとも連邦軍は、この作戦に重きを置いているということだ。
 しかし、ミシシッピ級空母は、旧式な空母であり、搭載機の数は正規空母の6割程度でしかない。搭乗員の技量も正規空母のそれとは比べるべくもない。第1や第2機動艦隊を退けたジオンのモビルスーツを主力とする戦力に対して有効であるとは思えなかったが。それでも、大きく艦隊戦力を失った連邦宇宙軍が、送り込む戦力としては破格という他はなかった。
 つまり、ジオンとしても看過できないことだけは確かだった。
 空母戦力とは、モビルスーツの出現によってその地位が大きく後退したとはいえ、たとえそれが旧式空母とはいえ無視できないほど戦略的価値は大きいからだ。
「他には?」
「他には予定していません」
 作戦参謀は、ぴしゃりと言いきった。
 これは、予想通りの答えだった。
「もう1つ、このような編成で出撃した場合、途中で敵の襲撃を受けた場合、満足な迎撃も出来ないと思いますが?」
 次は、与えられた戦力に対する疑問だった。正規空母3隻、軽空母2隻からなる機動部隊の打撃力は、相当なものがあったが、問題は、その搭載機と搭載方法にあった。ブリーフィングされた通りの搭載方法であれば、空母にとって必要不可欠な緊急即応性というものはほぼ失われたに等しかったからだ。
「それに関しては、出撃後にオープンになる作戦指令書が回答です」
 作戦参謀は、さも自身あり気に言い切った。自分が、一緒に出撃するわけではないから気楽なものだ。結局、計画の杜撰な部分は、現場に出る兵士達の命であがなわれる。
 作戦参謀が、自信たっぷりに練り上げた作戦の全てが巧くいくには、大方、2つも3つも・・・あるいはそれ以上の僥倖を期待して、と言うことだろう。だいたいにおいて、通常の運用方法とは異なる方法で空母を戦場に送り込もうとしているのだ。つまり、不確定要素の多過ぎる作戦なのだ。
 その1点を見るだけでもどれほど司令部が、それがルナ2なのかジャブローなのかは関係なく、せっぱ詰まって計画したかが分かろうというものだ。
 さらに言えば、これまで協同したこともない部隊の寄せ集めで成し遂げろ、と言うことが既に作戦の破綻を予感させた。確かに、作戦に対して必要な(それも最低限だろう)戦力を与えられてはいるのだろうけれど、俄編成の部隊が、期待通りの戦果をあげられるほど戦争というものは甘くはないはずだからだ。
「よろしいですか?スコット・ブラッドリー准将閣下」
「どうだね?准将」
 作戦参謀に続いてルナ2総司令官のオーウェン中将が、念を押すように尋ねた。彼らの頭の中には、既に輝かしい戦果とともに凱旋してくる艦隊が思い描かれているのかも知れなかった。だとすれば、それは至極めでたい話だった。
「了解しました。我隊は、明朝04:00時に出撃し、作戦を遂行します」
 答えながら、心の中のブラッドリー准将は、肩を竦めた。
 現時点でブラッドリー准将に知らされていることは、2つしかなかった。1つは、ブラッドリー准将が率いる新設第6任務部隊を2個機動部隊が、陽動に当たって支援してくれるということ。もう1つは、艦隊進路であり、ルナ2を出撃した後、艦隊はサイド7方面へ向えと命じられていた。
「よろしく頼む」
 それで連邦軍が、南極条約以降に画策した最初の大規模な作戦の実施に関するブリーフィンは終了したということだった。
 さっさと出ていく作戦参謀達に続いて部屋を出ようとしたブラッドリー准将をオーウェン中将が呼び止めた。
「准将、いいかね?」
 声を聞いて、作戦参謀の何人かが振り返ったが、中将は、目線で人払いをした。
「ハイ、大丈夫です」
 実際には、すぐにでも艦隊に編入された艦の艦長と自分の幕僚を集めて意思の統一を謀りたいところだったがブラッドリー准将は、足を止めた。
「無茶苦茶な任務だというのは心得ている」
 オーウェン中将は、声を一段落としていった。「作戦に関しては、ファイルがオープンになれば分かると思うが、それでもジャブローの意志を随分削いである。現在我々の置かれている立場は、旧大戦における連合軍と同じ、つまり戦力を整えねばならん時期だ。だが、そんな時期にもやっておかねばならんこともある。この作戦は、そういったものの中でもっとも重要度が高いものだ。なんとしてもやり遂げてくれたまえ、頼む」
「ハッ!必ずや!」
 作戦参謀だけで立案したなら、ジャブローの意向そのままの作戦ということもありえたが、どちらかと言えば叩き上げの軍人であるオーウェン中将がその策定に関与していたのならば少しは、現実性のある作戦と戦力配分になっていると信じることができた。
 それでもこの作戦の内容自体が困難なものであることは、確からしかった。それは、こうして非公式な形でオーウェン中将が、声を掛けてきたことからも明らかだった。
「よろしく頼む」
 最後にそういうとオーウェン中将は、手を差し出した。
「はっ!」
 ブラッドリー准将も敬礼で上げた手をそのまま差し出した。固く握られた手に、この作戦に対する重みとオーウェン中将の個人的な想いが感じ取られた。
 
2月16日 グラナダ第5管区訓練空域
 
『ぴぃーっ!』
 短く鋭い警報音が、ヘッドセットを通じてロードル・ブラウン曹長の耳に響く。同時に、メインスクリーンには、1個の動標的がプロットされた。わずかに遅れてその動標的に関するデータ、速度、距離、真方位が表示される。
「くそっ!」
 レクチルをターゲットオンしようとした瞬間標的から閃光が走る。
 ロードルのザクに先んじて敵が攻撃してきたのだ。
 ロードルは、機体を半ロールさせて加速した。同時にターゲットオンさせた敵に向ってマシンガンを放つ。
 グンッ!ガガンッ!
 わずかに、身体がシートに押し付けられ、マシンガンの砲口から飛び出した120ミリ砲弾の衝撃が軽く伝わる。ランドセルから伸びた青白い噴射炎が、新たな敵を呼び込む。
 サイドスクリーンに、警告が表示される。距離は、先の敵よりも近い。
「アズナー、支援しろっ!」
 もう1機の僚機、ブロズナー・レデル伍長のザクは、既に失われており、ロードルが支援を要請できるのはアズナー・ビッグフッド 伍長機だけになっていた。
 左腕を振ってサイドスクリーンが警告した敵に向ってザクを振り向ける。同時に左のフットバーを軽く踏み込み、ザクの機体が単純な直線機動になるのを防ぐ。
「アズナー、了解!」
 僚機から返答があった瞬間、ロードルは、被弾した。
 被弾を知らせるアラートが、短く2回、続いて3回明滅した。その瞬間、ザクのコントロールは、ロードルの手から離れた。
 判定は、中破。行動不能というものだった。
 僚機を失って慌てたアズナー機が、同じように撃破されるのには幾らもかからなかった。
 
「どういうことだ?」
 中隊指揮官のレッチゲン大尉は、惨憺たる結果に怒りを露にしていた。「貴様らは、たった2倍の敵が襲いかかってきただけでパニックに陥りやがって・・・おかげで中隊は、全滅だ!!このクソッタレ野郎ども!!」
 手元に集まった演習のデータを眺めながらレッチゲン大尉は、こめかみに血管を浮かしていた。そのデータは、スクリーンにも投影されており、中隊の全パイロットが目にすることが出来た。
 中隊の初期配置、敵出現時、敵の軌道などが詳細に映し出されていた。時間を追ってそれぞれがどんな動きをしたかが時間軸に沿ってリトレース可能だった。ポイントポイントをポインターで指し示すとその部分が拡大されさらに詳細な情報が映し出される。
「この、ターゲットオンから、射撃までの平均時間、0.58秒、こんなのは、話にもならん。その上、ターゲットオンしたにも関わらず射撃していないケースも散見される」
 その後も大尉の怒りのブリーフィングは、かなりの時間続いた。
 演習内容は、詳細不明の敵の襲撃を撃退する、と言うものだった。しかし、大半のパイロットは、通常通りの訓練を想定してしまった。つまり、同数程度の敵を迎撃すればいいと判断していたのだ。しかし、実際に攻撃してきたのは24機の敵(プローブ)だった。それが、一気に襲いかかってきたことで第119中隊のパイロット達は、パニックに陥ったのだ。損害判定も通常より厳しかったことも相まってザクは、次から次へと被弾し、最終的には全滅の判定という憂き目を見たのだ。
「しかし、今回の損害判定は・・・」
 レッチゲン大尉の怒りのブリーフィングが終盤に近付いたとき反論しかかったのは、第3小隊長のルーベンス曹長だった。
「黙れっ!敵の火器が、非力なままだと?誰が、決めたんだ?」
 レッチゲン大尉は、まずルーベンス曹長を睨みつけそのまま他のパイロット達もねめ付けた。「敵の数だって2倍どころか3倍4倍ってこともあるんだぞ?お前らにとって都合のいい戦争なんてないと思え!」
 そういわれて誰も反論しなくなった。
 確かに、あらかじめ敵の勢力の分かっていることなど無きに等しいだろうし、敵に対して優位な戦闘であるはずもないだろう。
 ルーベンス曹長の一言のお陰で再び日のついた叱責の連続のブリーフィングは、その後さらに2時間あまりも続けられた。
 
 5時間近くものブリーフィングから、ロードル達が、解放されたのは、標準時で20時を過ぎようかというときだった。演習前の機動訓練から考えるとたっぷり9時間。その間に口にしたものといえば、ジェル状の栄養補給剤だけだったのでロードル達は、解放されると食堂へと足を向けた。
 軍に付属する食堂が供してくれる食事は、栄養面だけは満たしてくれるが、味も見た目も素っ気無いものでロードル達のような食欲旺盛な若い軍人達には全く不評だったが、戦時下の現在、他で満たすことは出来なかった。
 おまけに翌日も訓練は当然のように実施されるわけで、シャバでなら可能な憂さばらしのアルコールも口に出来ない。
 まあ、そのお陰で今日のように叱責三昧のブリーフィングの後でもMPを呼ばれてしまうような行き過ぎの憂さばらしをすることが無いわけではあるけれど。
 だからこそ、不満は口を突いて出る。
「まあ、全くありえない話じゃないけど、今日のような事態が起こるわけが無い!」
 それぞれが、思い思いの席に着くとまず最初にルーベンス曹長が、口を開いた。「連邦なんぞ、今じゃルナ2に篭もってるだけなんだからな。それに、連邦のセイバーごときの射撃であんな被害判定がありうるわけが無い!」
「しかし、ロケット弾だとあのくらいの被害を受けて当然かもしれん」
 反論したのは、第4小隊長のザグエル曹長だった。「慢心は、いかん!ということじゃないか?今日の訓練の要旨は」
 ザグエル曹長は、小隊長の中で唯一墜とされなかった。
「ふん、それにしても2発でゲーム・オーバーだぜ?納得いかん!」
 ルーベンス曹長は、今日の訓練をゲームに例えた。そう思えば少しは、悔しさを緩和できたからだ。
「そういうゲームの仕様だったんだ、仕方がないだろう?ルーベンス」
 ロードルは、収まり付きそうにないルーベンスに向っていった。「確かにレッチゲン大尉の言うように、ゲームのルールは、俺たちで決められるわけじゃない。レートもな。今日みたいな、ルールもあるってことさ」
「思えんね!」
 ルーベンス曹長は、運ばれてきたいつもと代わり映えしない合成食品中心の食事に少し目をくれ溜め息をつきながらいった。「開戦当初ならいざしらず、今の連邦にゃあ今日のような贅沢な戦力の投入は出来やしないさ」
 そういうとルーベンス曹長は、食事にがっついてそれを一気に飲み込むとさらに続けた。
「それにだ・・・俺たちには、俺たちに相応しい訓練を施すべきじゃないのか?」
「相応しい?」
 ロードルは、すぐには思い至らずに疑問を投げ掛けた。
「対モビルスーツ戦闘さ」
 ルーベンス曹長が、言った言葉に食事をがっついていたパイロット達が、その手の動きを止めた。
「連邦だってモビルスーツを投入してきているって言う噂だぜ・・・」
 それは、あくまで噂だったが、その噂を知らないものはモビルスーツ・パイロットの中では誰もいなかった。同時に、開戦したころは、連邦のモビルスーツが実用化されて前線に出てくる前に戦争は終わってしまうとも信じられていた。
 しかし、ギレン総帥の演説や、軍本部の喧伝にも関わらず、戦争自体が当初予定されていたような短期間で終る見込みがないことを前線の兵士達は既に感付き始めていた。
 噂されたルナ2攻略戦も実施されないまま月日だけが流れ、連邦軍のモビルスーツが前線に出てくるという噂は、日に日に信憑性を増していた。
「衛星軌道の哨戒に出ている部隊は、既に始めているって言う噂だ」
 南極条約の締結以降、実際に、衛星軌道上の哨戒を主任務にしている部隊は、それまでの対艦攻撃訓練を主にした訓練から対モビルスーツ戦闘の訓練をメインにし始めていた。本国の守備にあたっているような主なモビルスーツ部隊も、順次訓練を開始していると噂されていた。
「その種の訓練は、大事かも知れんが」
 ザグエル曹長は、暗に今必要なのはそういう訓練じゃないということを漂わした。
「ま、今すぐじゃないのは分かってるだろう?今必要なのは、ここを連邦軍の攻撃から守ることだ。それには、今日のような攻撃機を阻止する訓練は必要だ。ここじゃそもそも連邦と遣り合うこともないだろうがな」
 ザグエル曹長が、漂わしたニュアンスに気が付いたのか気が付かないのかルーベンス曹長は、自嘲した。
 ルーベンス曹長が、自嘲するのはもっともなことかも知れなかった。
 彼らが現在配備されているのは月の表側、マスドライバー施設だった。もちろん、グラナダの絶対防衛圏内であり、連邦軍の襲撃なぞ万に一つもありえないとされる施設の防衛が担当だった。
 搭乗機も既に機種転換が進められており第一線を退きつつあるC型だった。それでも第119モビルスーツ中隊は、ましといえた。同じようにマスドライバー施設の防衛を担当している第121中隊では、小隊長機以外は、未だに半分近くが05だったからだ。同様に予備部隊として配置されている第115中隊に至っては、全てが未だに05だった。
 最新型のF型の配備は、本国や重要拠点、前線部隊を中心にされており、重要な施設であるはずのマスドライバーの防衛部隊の機種転換は、全くもって進められる気配が無かった。
 装備している機種に若干の違いはあったが、この3つの中隊に等しく言えることがあった。
 それは、技量未熟なパイロットが、大半を占めるという点にあった。彼らのほとんどは、開戦の前年、後半期にパイロットとしての錬成を始めた兵士達であり、貴重な推進剤を精鋭部隊中心に使い始めた時期のパイロット達だった。そう、より重要な作戦に投入する部隊を中心に訓練の重点が移行しだした時期のパイロットだった。限られた資材と限られた時間の中では当然の措置だったかも知れなかったが、パイロットの技量格差が厳然として存在する結果を生みだしていた。
「それは、わかんないぜ」
 ザグエル曹長は、言った。
「ここからなされている攻撃が、どれほど連邦軍を痛めつけてるかを考えればな!」
「そうか?」
 ルーベンス曹長は、バカにしたような笑顔を浮かべていった。「岩ごとき出来ることが?」
 何人かのパイロットが、それに同調するように軽い笑いを漏らした。