the far far Moon
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「艦隊速力を第3戦速と成せ!00:25」
 旗艦『オトラント』の艦橋にあってブラッドリー准将は、命じた。命令は、復唱され『オトラント』から発光信号で全艦へと伝えられる。
 作戦タイムに合わせて『オトラント』は、加速を開始した。
 方位は、サイド7。
 出撃前に指示された方位だ。
 現在ルナ2とサイド7の位置関係は、丁度最遠、つまり互いに一番離れている位置にあった。ルナ2は、月の公転面に対して最下縁、サイド7は、逆に上限にあった。つまり、おおよそ17万キロの距離があることになる。現在の速力を維持するならばおおよそ34時間後にはサイド7入港ということになる。
 もちろん、ブラッドリー准将は、出撃前に兵士達の間で噂されていたように艦隊がこのままサイド7に逃げ込むなど微塵も思っていなかった。何しろ艦隊の編成は、素人が見ても何かしらの攻撃目標に対して打撃を与えることを目的に編成されていたからだ。戦力を退避させるためだけならば、虎の子の空母戦力を弾火薬庫のような状態にする必要はないはずだからだ。
 同時に、ブラッドリー准将のような機動部隊畑を歩んできたものには、このどう考えても奇異な編成で攻撃を掛けなければならない軍事目標がどいうものなのか、ある程度想像がついてはいた。
 少なくともサイド7方面、つまり現在この地球圏にあって唯一の連邦軍の制宙権が及んでいる宙域には、この艦隊編成から想定できるような攻撃対象はもちろんない。
 しかし、同時に指示された初期方位が突飛であったせいで目標を絞ることは出来なかった。未だ、指示次第でどんな方面にも艦隊は、進出が可能だった。
 艦隊の打撃力を考慮するならば、コロニーの3つ4つは、完全に破壊することができる。つまり、ジオンが再びコロニー落としのような暴挙を目論んでいるのであればそれを阻止することも可能だった。また、堅牢な軍事目標であってもそれは同じだ。ソロモンであれ、ア・バオア・クー、グラナダでも、それなりの打撃を与えることは可能であろう。
 だが、それには絶対条件があった。完全な奇襲に成功した場合のみ可能になるのだ。いや、成功の確率が、僅かに上がると言った方が良いかも知れない。開戦以来の戦闘を考慮するならば、現状の戦力では、たとえ2個艦隊による陽動が完全に成功したとしても事前に攻撃が察知されて迎撃された場合、作戦の遂行はかなり難しいと言わざるをえない。
 何しろ、相手は、全く新しい戦闘概念で軍事力を整備し、開戦以来連邦軍の最精鋭の2個機動艦隊を完膚無きまでに叩いたジオン軍なのだから。
 ブラッドリー准将の率いる艦隊は、それなりの戦力で構成されていたが、その精鋭機動部隊から較べるならばその戦力は1割にも満たないし、戦争形態が変わってしまった現状を鑑みれば旧来型の編成の域も出ていない。そんな艦隊が、事前に事を察知したジオン軍に迎撃されたなら・・・結果は、容易に想像できた。
(まあ、考えてもせんのないことだ・・・)
 ブラッドリー准将は、頭の中からそういった雑事を払拭すると当面の艦隊運動のことだけに意識を集中させた。もっとも、作戦指令書が開示になるまでの艦隊は、直進するだけだ。進路上のゴミに注意するだけで良かった。
 攻撃目標が、何処であるにせよ、それは現在ケツをまくっている方向にしかありえなかった。つまり、ブラッドリー准将の考えが間違っているのでなければ、艦隊は、推進剤の盛大な無駄使いを行っているわけだ。
 もっとも、推進剤の多少の無駄使いは、司令部も考慮しているのだろう。だからなのだ、艦隊が推進剤だけを詰め込んだ最新鋭の『コロンブス』級補給艦を4隻も伴っているのは。
 ちらりと、手元のスクリーンに目をやる。
 画面の右端に作戦指令書のファイルが赤く点滅して、まだそれが開示されていないことを知らせていた。
「艦隊速力、第3戦速」
 オペレーターから、艦隊の速力が第3戦速に達したことが報告される。
「よろしい!各艦の艦隊位置を微調整!その後進路を維持、全周囲警戒を怠るな!」
 各艦に微調整を行わせるのは、それぞれの艦種によって加速能力が異なるからだ。またそれは、同型艦であっても個艦によって微妙な差がある。このため指示した艦速に到達しても艦艇ごとに微妙な速力差が生じてしまう。海上の艦艇のように速力がせいぜい時速50キロあまりなら問題とならない誤差も、宇宙艦艇のように巡航速度でさえ時速3000キロの場合、小さな誤差があっという間に各艦の艦隊位置に影響を与えてしまうことになる。そのため、増速ないしは、減速の際には旗艦に合わせて速力の微調整は必須だった。
「アイ、サー!」
「通信士、ルナ2からのレーザー通信は、常にモニターし、常に最優先で受信せよ」
 これは、作戦事態が何らかの理由で頓挫した場合など、作戦指令書が想定しない事態が起こった場合に新たな指示があるとすればルナ2からのレーザー通信しかなかったからだ。
 もっとも、その可能性は低かった。しかし、だからと言って疎かにしていれば万が一の事態が起こって作戦そのものが中止になったことにも気が付かずに単独で意味のない攻撃を仕掛けてしまうことにもなりかねないからだ。
「アイ、サー」
 さらに3つ4つの命令を下し、復唱を聞きながらブラッドリー准将は、一体どれだけの味方を再びこのルナ2宙域に連れて戻れるのかを考えた。半分連れて戻れれば御の字だろうと思う。その中に果たして自分は含まれるだろうか?そこまで考えてブラッドリー准将は、軽く首を2度3度振った。作戦の内容を知る前から命の心配をするのは怯懦の極みに思えたからだ。
 
 軽やかな電子音とともに作戦指令書が開示になったのは、ルナ2を出撃してからキッカリ24時間経った後だった。
 その音に気が付いた艦橋要員が、やれやれといった表情で振り向く。
 目的がなんであれ、はっきりとするのは良い事だった。自分が何をやらされるのか分からずにいるということはストレス以外の何ものでもなかったからだ。
『オトラント』艦長のローガン大佐が、艦長席から身体を流してくる。副官のストロバノフ大佐も脇へとやってくる。ただし、スクリーンが目に入る位置にはやってこない。あくまでも作戦指令書そのものを見ることが許されているのはブラッドリー准将だけだからだ。
「どうですか?准将・・・」
 最初に口を開いたのは、ストロバノフ大佐だった。
「ふむ・・・」
 ブラッドリー准将は、開示され、その内容を表示しているモニターを見つめながら曖昧な返事を返した。
「難事なのですか?」
「そうだといえばそうだし・・・そうでないといえばそうだ・・・」
 それに対してブラッドリー准将は、またしても曖昧な返事を返した。
「?」
 2人の大佐は、同様に怪訝な表情を浮かべた。
 それは、3人の会話を漏れ聞いた艦橋要員にしても同じことだった。
「見ていいぞ」
 ブラッドリー准将は、こつこつと表示されたモニターを指先で叩いた。
 2人の大佐は、お互いに顔を見合わせた後、ブラッドリー准将の左右からモニターを覗き込んで・・・すぐに、2人がほとんど同時に肩を竦めた。
「全く自由度を持たせないということでしょうか?准将」
 やや怒りを込めた口調でローガン大佐は、言った。
 普段は、それほど容易に感情を表に出さないローガン大佐だったが、指令書が24時間も開示されないままだったこと、そして、ようやく開示された指令書の内容もそうさせずにはいられないようなものだったのだ。
「11:00に艦隊進路を2時方向に変針せよ、とは・・・」
 ストロバノフ大佐も頭を捻らずにはいられなかった。
 この程度の内容であれば、出港時の命令に含めておいても良さそうなものだった。
「分かったことは、サイド7への寄港ではないということだ・・・」
 ブラッドリー准将は、モニターの中の指令書を終了させながら言った。終了させるとまたモニターの隅で赤い点滅が始まった。
「つまり、司令部がどういう経緯であれ、艦隊の目標を敵に知られたくないのだろう」
「艦隊内からの漏洩の可能性ですか?」
 ローガン大佐は、不快感を露にした。
「まあ、それも含めてだろう。だが、一番神経を払ったのはルナ2そのものからだろう。ルナ2には、サイド3の出身者も多いからな」
 実際、開戦以降、ルナ2から発信された不審な通信の数は、数えるのも面倒なくらいだった。
「なら良いのですが・・・」
 艦長職のローガン大佐にとっては、身内、つまり艦隊内の人間を疑われるのははなはだ面白く無いことだったからだ。
 
 同じ頃、兵員達の間でも作戦目標がはっきりしないことに対しての不満はピークに達しつつあった。特に、お客様扱いにあって情報が遮断されたに等しいうえに割り当てられた兵員室に押し込められている状態のパブリク突撃艇の搭乗員達の苛立ちは隠しようもなかった。
「どうなってやがんだ?!」
正規空母『ガルバルディ』の兵員室にあってオルグレイは、苛立っているパブリク搭乗員の代表のようなものだった。もっとも、オルグレイの場合は、最初っから苛立ちっぱなしだったというほうが正しい。出港からこっち、何度ライリー少尉に注意を受けたか分からない。
「よせよせ!また、ライリー少尉にガツンとやられるぜ。全く懲りないやつだなあ」
 303の同期で同じ防御銃座を担当している322号艇のオーガン曹長が、いい加減うんざりした表情を向けていった。
「だがな・・・」
「分かってるって」
 オルグレイが言おうとするのをオーガン曹長は、遮って言った。「何人もの殉職者を出すような訓練を行き成り言い渡されて、それを1週間もやらされた揚げ句に目的地も告げられずにこんな豚箱、お前の部屋の方がよっぽどだと思うがな、に詰め込まれて一体どうなってやがんだ!!って、言いたいんだろう?」
 それはまったく、オルグレイがぶちまけようと思ったことだった。
「・・・くそったれ」
「この24時間で何度目だ?ここにいる全員がもう空で言えるぜ?」
 腐るオルグレイに309号艇のグロード曹長が、軽いからかいを入れた。
 周囲にい搭乗員達が、笑いを漏らす。もちろん、失笑だ。
「だが、そう思うだろ?」
 なおも、オルグレイは、同意を求めた。
 もちろん、ここにいる搭乗員達が同じような思いでいるのをオルグレイ自身も良く承知していた。それでいて、オルグレイは、それを口に出して言わずにはいられなくって、おまけに同意を求めたくって仕方がなかったのだ。
「そうだなあ」
 声は、オルグレイが、イヤそこにいた同期生達も思いもしないところから発せられた。声は、真上から発せられた。
 声の主は、ふわりとオルグレイ達の間に降り立った。膝で程よく着地の勢いを殺して丁度オルグレイ達の真ん中に立った。
「大尉・・・」
 声の主は、303突撃艇戦隊の指揮官、ジョー・スミス大尉だった。大尉は、ルウム戦役において突撃艇による敵艦隊攻撃に参加し、生き残った数少ない実戦を経験した古参兵だった。
「お前らが、文句を言うのは分かる。この俺だって、ルナ2に向って唾を吐きたいくらいだ」
 普段のスミス大尉が、ベテランにありがちな粗野な感じではなく紳士然としていることを知っている搭乗員達は、スミス大尉のこの言葉を聞いて、少し驚いた。普段のスミス大尉は、物腰も柔らかくいかにも出世街道を真当にそつなく上がってきたと思われていたからだ。
 頭ごなしに「止めろ」と、言われるかと思ったオルグレイなんかは、まずその言葉に驚いた口だった。
「大尉も、そんな風に思われるのですか?」
 言いたいことをどのように口にしていいか分からないで口をもごもごさせているうちにオルグレイの言いたいことを317号艇のカルキン曹長が言った。
「まあな」
 スミス大尉は、それを肯定した。「誰だって、命を懸けようか?って言うときに何も知らされないの不安だし、怖いもんだ」
 スミス大尉は、言葉をいったん切った。そうして、そこにいる全員に視線をやった。
「でもなあ、これだけは間違いがないと思うぞ。俺たちが、やる任務は、やる価値がある、って事だ。それに、開戦以来2ヶ月が経つが、初めて受け身じゃない戦いになる」
 そういわれてみて、オルグレイ達は、それに気が付いた。
 確かに連邦軍は、常にジオン軍の仕掛けてくる戦闘に後手後手に回って対処するという泥縄式の戦いを強いられてきた。ルウム戦役やコロニー落としの阻止戦では、ジオンに数倍する戦力を投入することが出来たが、戦力比がどうであれ連邦軍は、ジオンが望む戦闘空域に引っ張り出されたことは否めなかった。
 結果は、戦力的に優勢だったにも関わらず、いずれの戦闘においても、甚大な損害を受けることになった。後年においては、戦略的な勝利だったと言われるが、それは結果論に過ぎない。
 少なくとも、2月の時点では、2つの戦いは2個機動艦隊を失ったという意味で紛れもない敗戦、それも史上類を見ない大敗戦だった。
「ですが大尉、たったこれだけの戦力では・・・」
 第3小隊長のキム准尉が、お言葉ですが・・・と言う言い方で言った。
 これは、出撃以来、303突撃戦隊、いや、艦隊乗組員のほとんどの兵士が、口に出さなくとも思っていたことだった。
「困った奴等だ・・・」
 スミス大尉は、軽く肩を竦めてやれやれといった風情で言った。もちろん、これには、聞いている搭乗員達に重くのしかかっている重圧を少しでも和らげるためでもあった。
「いつから、正規空母3隻を含む5隻の空母からなる機動部隊を『たったこれだけ』って、言うようになったんだ?」
「しかし、大尉・・・」
「まあ待て、お前達の言わんとすることは分かる。連邦軍は、開戦からこっちろくな戦いをやってこなかったのは確かだ。だから、言ったろ?今回のは違う、俺たちが、俺たちの選んだ戦場で、俺たちの望むやり方で、俺たちが始めるんだ」
 スミス大尉は、言葉を切った。集まっている搭乗員達に再び一様に視線を送る。
(ふむ、まあまあだな・・・)
 スミス大尉は、ひとりごちる。
 搭乗員達の表情からは、少しではあるが不安が取り除かれつつあるようだ。
「つまりはだ・・・敵の思う壷にはならない・・・ピップ達は、待ちかまえていないし、準備すらしていない。つまり、俺たちは、浮かれているピップ野郎達に不意打ちを食らわせることが出来るって言うことだ」
 そう締めくくるとスミス大尉は、もう一度視線をやった。
 どうやら、やる気が少しは芽生えたようだった。
「では、各自今日は休め!解散!!」
 後何日か、それはスミス大尉にも知らされてはいなかったが、少なくとも最低4日は、待機を続けなければならない搭乗員達の士気を如何に保つか?それは、実際の戦闘力以上に重要な問題だった。
 士気を喪失した部隊が戦場に出ていったときの結果は惨めだ。
 それを、ルウムで反復出撃を余儀なくされたスミス大尉は、身をもって経験した。
 意気軒高で出撃した第1次攻撃が、恐ろしいまでの損害と引き換えにほんの僅かな戦果しか挙げられなかったルウム戦役で、予備戦力を投入してまで行った第2次攻撃が、まさにそれだった。1つのサイドの造反戦力に鉄槌を下すらくちんな戦いのはずが、生きて帰ることすら難しい過酷な戦いに置き変わった瞬間、突撃艇搭乗員達の士気喪失は、刻々と伝えられる友軍艦隊の被害状況と共に出撃時する頃には極限にまで高まっていた。
 結果、第2次攻撃に参加した突撃艇で生還したものは、数えるほどだった。
 ジオンが、開発したモビルスーツが展開する防衛ラインは、従来型の突撃を敢行するしかその術を知らなかったパブリク突撃艇にとっては、容易に突破できない鉄壁だった。
 そのことについて、スミス大尉は、キム准尉やオルグレイ曹長をはじめとする新米搭乗員達に言うつもりはなかった。ザクが、如何にパブリクにとって天敵であるかということを説明することは全く利点がなかったからだ。必要のない恐怖感は、怯懦に繋がる。
 対策は、してある。少なくともルウムの時のような惨敗を喫しない程度には、だ。
 ただ、それがどれほどの効果があるのか・・・はなはだ疑わしいと言わざるをえなかった。ルウムの、地獄の釜から生還したスミス大尉に言わせるならば、作戦参謀が自信満々で説明した対策は、従来型の戦闘の域から抜けきれない対策でしかなかったからだ。
 言わせてもらうなら、とその対策を聞かされたときにスミス大尉は、心の中だけで思った。説明の半分、いや、10分の1で良いから効果を発揮して欲しい物だと。