この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
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「フランク・アルフォード少尉、第12独立戦隊所属第一モビルスーツ隊、ガンキヤノン」
 自分の所属部隊が、発表されたときフランクは自分の耳を疑った。
 他の、同期のパイロット候補生は、みなジムに搭乗だというのに・・・。名前を呼ばれるのが一番最後になったことについて、別段なんの感慨も持っていなかったが、それが、ガンキヤノンに搭乗することとなると、話は違った。
「少尉、ガンキヤノンは、重装甲なモビルスーツだぞ」
 連絡将校は、言わなくても良い気休めを言って、余計に、フランクの気分を滅入らせた。
 その分、機動力に劣る、それがガンキヤノンの特徴でもあった。
 重装甲、重武装を欲張ったために、どうしても、機動力にしわ寄せがいったのだ。
 無論正式採用されている以上、悪い機体ではない。特に、地上で使う分には、中距離支援火力として果たす役割は、むしろ有用ですらあった。
 そのことは、9月以降の、ホワイトベース隊のモビルスーツ運用記録で広く、理解されていた。
 だが、と、フランクは心の中で、独りごちた。
 宇宙空間で、その鈍重さは、欠点でしかないはずだった。
 
「以後は、各自、所属部隊の指揮官の下に14:00までに集合し、指示を仰ぐこと。何か質問は?」
 連絡将校は、一通り、目をやると「以上、解散してよし」といって、自らも、副官を連れて出ていった。
「フランク、ジャブローに降りている、ガンキヤノン2機のうちの1機がお前の愛機になるって訳だ」
 同じ第12独立戦隊に配属の決まったシュタインは、連絡将校が出ていくのを見届けるとフランクのところへやって来た。シュタイン・ドッレドノート、同じパイロット候補生として、この3カ月を過ごしてきた同期生だ。フランクとは全く正反対の性格だったが、なぜか、シュタインの方から、フランクに近づいてきて、知らない間にもっとも仲のいい同期生になっていた。明るく誰とでも分け隔てなく話せる性格は、誰からも好かれる反面、フランクにとっては時々うるさく感じることもある男だった。
 シュタインは、何処でどう仕入れてくるのか、情報に詳しいという一面もあった。たまに、ガセネタのこともあったが、大抵は、正確な情報を仕入れてきている。
「2機しかないうちのか?」
 フランクは、自分の運のなさに絶句した。50人近い候補生の中で、ただ独り、ガンキヤノンに搭乗とは・・・。
「ああ、もう1機は、ティアンム艦隊のところに配属されたって言う話さ」
 シュタインが、得意げに話すところに、チン・リーがやってきた。
 東洋系のパイロットは、同期生の中では彼1人だった。シュタインとは同じ都市の出身で、入隊する以前からの知り合いらしく、入隊以来ずっと行動を供にしていた関係からフランクとも自然と良く話すようになっていた。フランクにとっては、初めての東洋人の友人だった。この物静かな友人は、表面上とは異なり、その内に秘めた闘志は他の誰よりも強いものを持っている。
「やあ、よろしく、僕も第12独立戦隊の第1になったよ」
「ああ、分かってるぞ、チン少尉」
 シュタインは、話の腰を折られたので、ちょっと不服そうな顔をした。
「で、もう一人は、誰なんだ?」
 シュタインは、もう一人いるはずの同じ小隊に配属になった仲間のことをきいた。フランクとチンが、首をかしげるのをみて、シュタインも肩をすくめて見せた。
 
 一般に信じられているように、ガンダム、ガンキヤノンといったモビルスーツは、たった1機か2機生産されたわけではない。
 ガンキヤノンについては、複数の機体があったことが比較的知られているが、ことガンダムに関してはただ1機しかなかったこということが、広く信じられている。
 しかし、実際には、ガンダムを含む連邦軍試作モビルスーツは、それぞれ、8機が生産されている。
 ただ、厳密にいうならば、ガンキヤノンは、8機ともに同じ機体であったが、ガンダムは試作機8機のうち、サイド7に運ばれた2機のみが、出力を3割り増しにした強化型ものであった。
 したがって、アムロ少尉の搭乗した機体、つまり、ひろく知られているガンダムは、1機しかないといってよかった。(もう1機は、ザクによりサイド7内で破壊された)
 一方、フランクが搭乗を希望していたジム・モビルスーツは、いわゆる、汎用型の機体で、この6月に量産が開始されたばかりの連邦軍の主力モビルスーツとなるべき機体だった。ルナツーを含む8ケ所の拠点で生産されるジム・モビルスーツは、既に400機以上が生産されているはずであり、ガンキヤノンのようなプロトタイプの機体は、必要としないはずだった。
 しかし、ホワイトベース隊の、ガンキヤノンが、予想以上の戦果を挙げている以上、放置しておくのは、勿体なかろう、というのが上層部の判断だったのだ。
 加えていうならば、フランクは、50人の同期生の中にあって非常に優秀と評価されていたのだった。優秀なパイロットならば、多少鈍重な機体でも上手く扱えるはずだと判断されたのだ。
 3人が、彼らの所属艦に赴いたとき、シュタイン以外は、正直に、驚いた。シュタインも、驚いたのだが、情報通を任じる彼としては、他の2人のように、驚いて見せるわけにはいかなかった。
「これ、ホワイトベース?じゃないですよね」
 チン少尉は、思ったことをそのまま口にした。フランクも同じ思いだった。
「違うね」シュタインは、自分の情報を総動員した「ペガサス級の2番艦か、3番艦さ」
 たぶん、当たらずとも遠からず、の筈だった。
 3人とも、1個艦隊の部隊に配属されることは聞いていたので、母艦は、サラミス級の巡洋艦か、マゼラン級の戦艦かと思っていたのだ。
 普通の1個艦隊は、マゼラン級一隻に、サラミス級が3隻で編成され、モビルスーツが12乃至、16機配属される。
 だから、そのどちらかだと思い込んでいたのだ。ペガサス級の強襲揚陸艦は、まだ、ほんの数隻しか完成していないから、彼らがそう考えるのは無理もなかった。そして、シュタインが考えた通り、目の前のペガサス級強襲揚陸艦は2隻目の就役艦だった。
「これは間違いなく、最前線に放り込まれるな・・・」
 シュタインは、そういって肩をすくめて見せた。
 3人が、ペガサス級強襲揚陸艦(連邦軍は戦艦とは呼ばない)の2番艦、サラブレットのブリーフィングルームに入ったときには、もうほとんどの乗員が集合していた。
 まあ、全員といっても200名弱なのだから、多いとはいえない。
 もう一人のパイロット、グレア少尉、は既に着席していた。
 乗員は、男が多いとはいえ、女性も3割程度はいるようだった。パイロットとなると、まだ1割程度だったが、最前線にでるという部隊に、3割の女性は多いようにフランクには感じられた。
 さらに、何人かが入室したところで、先任士官が「艦長、全員揃ったようです」と、名簿を見ながら報告した。
「よろしい、では諸君、私が、艦長のライアン・バーナード大佐だ、・・・」
 艦長のライアン大佐は、簡単に現状を説明し、フランク達が配属された12戦隊が実施する作戦について説明を始めた。
 
 地球上のジオン軍は、アフリカを除けばもう、ほとんど無視していい状態だった。そして、アフリカ戦線は、主戦場とはなりえなかった。
 地上のジオン軍がここまで弱体化したのは、もちろん「オデッサ作戦」の成功も大きな要因の一つだったが、ジオン北米総軍が実施し失敗した、二つの作戦も関与するところが大きい。
 一つは、ガルマ大佐が、直接指揮を執り、ホワイトベースを捕捉しようとした作戦だった。この一連の戦いにおいて、ガルマ大佐は、指揮官が犯してはならない過ち、つまり所要に満たない戦力の逐次投入を行った。その結果、北米のジオン軍は、信じられないような損失を短期間で出してしまった。ガルマ大佐の副官、ダロタ中尉の行った無謀な作戦と合わせるならば、その損害はほぼ2個師団に匹敵するものだった。特に、6機のガウ攻撃空母を失ったことは大きかった。
 もう一つは、ジャブロー強襲作戦である。シャア大佐の要請によって実施されたこの作戦は、確かに、連邦軍の高官を驚かせはしたが、それ以上の効果はなかった。ジオン北米総軍のほぼ総力を上げたこの攻撃は、ジャブローの施設自体、また、肝心の連邦軍宇宙戦力にはなんら影響を与えずに終わった。それどころか、投入したもビルスーツのほぼ全数を失い、ガウ攻撃空母も3割を撃破された。
 その結果、ジオン北米総軍の戦力は、無視してしまえるほどまでに枯渇した。
 オデッサ作戦の後に予定されていた連邦軍の、北米への反攻作戦「ホワイト・ストーム」は、実施の必要性なしと判断されたほどだった。
 
 ライアン艦長の話は、まだ続いていた。
「われわれの任務は、ティアンム艦隊を、無事に宇宙に出すための陽動である。・・・」
 
「つまり、囮ってわけさ」
 シュタインが、つぶやいた。
 確かにそうだとフランクは思った。たった4隻から編成される艦隊が宇宙へ飛びだしてもやれることはタカが知れているのだから・・・。
 
「同様の任務は、我が戦隊の他にも3隊が当たることになっている。出撃は明朝04:00宇宙標準時だ」
 そこまで言うと、ライアン大佐は、一同を見回した。「何か質問はあるか?」
 ほとんどが20代の乗員達は、明日から実戦に出るという緊張感に押しつぶされていて、ライアン艦長に質問できるものはだれ一人としていなかった。突然の実戦参加にまだ質問をできるほど状況を把握しているものは1人だっていなかった。それに、彼らのほとんどは、実戦を経験したこともないのだから的確な質問など急に浮かぶはずもないのが道理というものだった。
「では、解散だ。各自、自分の部署の配置を確認しておくように」
 艦長は、言い終わると背をくるりと向けてブリーフィングルームから出ていった。
 
 サラブレッドは、第13戦隊のホワイトベースが出撃してからちょうど30分後に、ジャブローの宇宙船ドックを出撃した。
 同じ12戦隊のサラミスは随伴していない。それは、ペガサス級強襲揚陸艦が、これまでの連邦軍艦艇と決定的に違った推進方式を採用していたためだった。旧来のサラミス、マゼランと言った連邦軍艦艇は、20世紀に開発されたスペースシャトルとシステム的に変わりないロケットブースターによって、加速され、大気圏を離脱する。無論、エネルギー効率等は、格段に改善されてはいるが基本的な構造に変化はなく、大気圏離脱に要する時間はほんの10分ほどでしかない。
 これに対して、ペガサス級では、ミノフスキー粒子物理学を応用した推進システムを採用しており、従来の艦艇とは全く異なる大気圏離脱行動をとる。レーダー等の電波兵器をいっさい無効にするミノフスキー粒子は、また、暫定的な反重力システムの構成も可能にしていた。いち早く、このシステム、ミノフスキー・クラフトの運用をペガサス級は可能としていたのだった。このシステムを利用し、ペガサス級の艦は、亜成層圏まで上昇し、後は自前の熱核反応炉の推進力だけで大気圏を離脱できた。亜成層圏に到達するまでには約一時間程度が必要であり、衛星軌道上で合流するためには、時間差をつけて発進しなければならなかったのだ。
 
「進路クリアーです」
 戦闘下ではないために、レーダーもある程度信頼できるため、レーダーモニターを見ながら、オペレーターのクリンゴ曹長が、現コースで問題のないことを伝える。
「ホワイトベースからも、敵を見ないと言ってきています」
「よし、赤外線探査装置からも目を離すな、機関室、第2戦速、ミノフスキー・クラフト、出力を上げろ」
 ライアン大佐のよくとおる声が艦橋に響いた。
 操舵手の、レリダ少佐が、それに応えて、出力を一気に上げ、同時に、ミノフスキー・クラフトのパワーも上げていった。少佐は、ルウム戦役を戦った数少ない生き残りの一人で、操艦技術には自信を持っている男だった。
 サラブレッドは、アマゾンのジャングルの上を急速にスピードを上げながら、上昇し始めた。
 後、一時間もすれば、サラブレッドは宇宙にいるはずだった。もし、何事も起こらなければ。
 
 フランク達、パイロットは各自のモビルスーツのコクピットに収まっていた。一応、ジオン軍のパトロール艦隊のコースは、シュミレーションはしてあったが、一時間後にはどうなっているかはわからなかったし、いったん、最終加速を始めたら、いかにペガサス級といえども離脱コースの変更はできない。
 離脱地点にジオン艦隊が待ち伏せているということもありえるのだ。ルナ2から、陽動のための艦隊がいくらか出撃するとは聞かされていたが、安全度が多少増したというだけの話でジオンのパトロール艦隊と接触する危険は常にあった。
 そうなれば、すぐにでも戦闘が始まるはずだった。
 もっとも、離脱の最終段階を捕捉された場合、反撃すらできずに撃破されてしまう可能性もあった。囮の各戦隊が時間差をつけて、別々な方位に大気圏を離脱するのは、1隊が捕捉されても他の隊が無事に宇宙へ出るための手段だった。
「問題なし、と」
 フランクは、もう一度、最終確認を行った。大体、メカニックマンがやってくれているから、その必要はないのだが、ガンキヤノンのコクピットの中では、他にすることがなかった。
「よう、フランク?どうだい?」
 不意に、通話用のモニターの一つが開いた。そこには、同じように暇を持て余したシュタインが映っていた。
「コクピットの中は、ジムもガンキヤノンも同じようだな」
 モニターを通してみる、シュタインのジムのコクピットもやはり、フランクのガンキヤノンと同じだった。
「そうみたいだな、シュタイン、調子はどうだい?」
 あれ?確か第1戦闘配備で待機中には勝手な私語は禁止されてたはずだけれど?と思い出しながらフランクは答えた。
「ああ、やることがなくってな、フランク。だいたい・・・」
 そこまで、シュタインが話したとき、もう一つの通話用モニターが開いた。
 今度は、伍長の襟章を付けた女性が映し出された。
「フランク少尉、シュタイン少尉、私語は禁止よ。会話は、すべてトレースされています、以後、作戦に関係のない会話はやめてください。よろしいですね?」
「了解、ステファニー伍長」
 シュタインが、そういうとシュタインが映っていたモニターは消えた。
「フランク少尉もよろしいですね?艦長が、今回だけは大目に見るとおっしゃってるわ」
「りょ、了解、伍長」
 フランクが、答えると伍長の映っていたモニターも消え、ガンキヤノンのコクピットは、またもとの静かな空間に戻った。
 宇宙に出るまでに、後40分余り、また退屈な時間が始まった。
(しかし)
 と、フランクは思った。
(何で、シュタインのやつは、あの伍長の名前を知ってやがったんだ?)
 フランクは、あの伍長の名前をいつの間にやら知っていたシュタインをいぶかった。肩まで伸びた金髪が、透き通るような青い瞳と相まって魅力的な伍長だった。あごのラインが少々気の強さを感じさせたが、それを差し引いても美人だった。ひょっとしたら他の女性兵士の名前を全部知っているのだろうか?それとも・・・、フランクの意識は、戦闘とは別の、24歳の若者らしい考えの方へ移っていた。
 
「大佐、どうなんです?」
 セルジュ少佐は、ムサイの艦橋に入ってくるなり聞いた。
「残念ながら、大気圏離脱の前には捕捉できそうにない、10分ばかり遅かったようだ、もっとも少佐にはその方がよかったんだろうがね、違うかね?」
 ボルドワル大佐は、前方を見据えたまま、セルジュ少佐に答えた、最後の、違うかね?というところだけ振り向いて。
「まあ、そういうことです。大佐、ザクの出撃、よろしいですね?」
「だめだと言って、聞くわけでもあるまい、少佐?戦果を期待する」
 大佐は、皮肉そうに言うと、ザクの出撃を認めた。実際、ボルドワルのパトロール隊にはザクが9機あり、9機のザクであれば、たいした戦力でもない連邦軍の戦隊の一つや二つはたやすく殲滅できるはずだった。
「期待には背きませんよ、援護射撃の方は、お願いしますよ?ワーメルとリズメルのザクは第2種装備で出るように指示してください、大佐。全部沈めてごらんにいれますよ」
 そういうと、セルジュ少佐は艦橋を飛びだしていった。
 それを見届けると大佐は、新たな命令を出した。
「総員第1戦闘配備、速力、第1戦速、ザクの発進は5分後に行う、連邦の頭を押さえて、1隻も逃がすんじゃないぞ」
 4隻もの連邦軍艦隊を捕捉するのは久しぶりだった。
 ボルドワル自身も、連邦軍艦隊を殲滅することに自信を十分に持っていた。 
 
 不意に、鳴り響いたアラートは、あまりの退屈さにまどろみかけていたフランクを現実に引き戻した。
 ほとんど、同時に、コクピット内のモニターに、ステファニー伍長が映し出された。
「第3戦闘ライン上に、敵艦隊。少尉、発進準備よろしい?」
 落ち着いた、低めのステファニーの声がヘルメットのヘッドフォンを通して聞こえてきた。
「フランク、ガンキヤノン、発進準備、完了」
「2分後に、発進、モビルスーツ隊の指揮は、ブラジリアのレイモンド中尉がとるわ、そのまま待機を願います」
「フランク少尉、了解。このまま待機します」
 次いで、フランクは舌打ちを心の中だけでする。あわよくば、戦闘なしでルナ2に入港できればと思っていたのだ。現実は、もちろんそれを許さなかったわけだ。前方のモニターにサラブレットのハッチが開いて行くのが映し出された。暗黒の宇宙に、瞬く星が妙に印象的だった。
 フランクは、ガンキヤノンをカタパルトの位置へと移動させながら、本当に戦闘になるのか、まだ半信半疑だった。ひょっとすると、性質の悪い訓練かもしれないと、思いながら。
 その、ガンキヤノンの後方では、シュタインが軽口をたたいていた。
「おいでなすったか、メカニック、ちょいと行ってくるぜ」
「少尉、戦果を期待します」
 ハッチを開けたままのシュタインに最後までつきあわされていたメカニックが、やれやれという顔をしながら言った。
「気が早いんだよ」
 そういいながらも、シュタインはきっちりとVサインを送って寄越してからハッチを閉じる開閉ボタンを押した。重いモーター音がしてジムのコクピットハッチが閉じていく。額面ではザクの120ミリマシンガンの砲弾を阻止できるはずの重装甲が施されているハッチだ。
 フランクのガンキヤノンに続いて、シュタインのジムがカタパルトの位置に着くころには、サラブレットの左舷ハッチは完全に開ききっていた。
「モビルスーツ、発進!!」
 急激なGを感じながらも、フランクは、叫んだ。
「フランク、ガンキヤノン、行きま〜す」
 ライアン大佐の、命令とともに、サラブレットから4機のモビルスーツが次々に射出されていった。右舷デッキと左舷デッキから交互に発進したジムとガンキャノンは、プリセットされた軌道変更を行った後それぞれのパイロットの手に委ねられていく。つまり、発進そのものは難しい作業ではないのだ。
 事前のブリーフィングでは、横一列体型の編隊を組み、遠距離からビーム砲による射撃でジオン軍モビルスーツを蹴散らすことになっていた。この日宇宙に出た他の3つの戦隊とともに12戦隊の各モビルスーツは、全機がビーム兵器を装備していた。特にジムの装備する火器は、試作段階であまりに量産性の悪いビームライフルに変わってジムの標準火器として採用されたビームスプレーガンと呼ばれる新しい火器だった。ライフルに比べるとその威力は落ちるといわれていたが、対モビルスーツ戦闘における破壊力は現在確認されているいかなる実体弾火器よりも優れている。
 右舷3時方向に、ジオン軍が出現したために、必然的に、フランクは左翼に位置することになった。新米のパイロット達は推進剤を多少無駄にしながらも、編隊を組みつつあった。
 中央に位置するレイモンド中尉のジムが、大きくシールドを振り上げるのがサイドモニターに映し出される。このシールドが振り下ろされたときが、射撃開始の合図なのだ。
 そして、同時に、最大望遠で映し出された正面モニターにザクタイプのモビルスーツが映し出された。コンピューターが画像処理した画面には9機のザクが示されていた。
「畜生、あい・・ほ・・、おおいじゃ・・か?」
 シュタインの声が、通信機を通して聞こえてきた。
 しかし、その声は、ミノフスキー粒子に干渉されてすでにとぎれとぎれでしかなかった。
 フランクは、恐怖で心臓が喉から飛び出そうになりながらも、自分が狙撃するべきザクに照準を合わせた。ジオンもまだ回避運動を始めてはいなかった。マニュアルによると、ジオン軍のザクタイプの交戦距離は・・・、そこまでフランクが、考えたとき、レイモンド中尉のジムのシールドが振り下ろされた。
 フランクは、実戦で初めての射撃を躊躇なく行った。8機の連邦軍モビルスーツの放ったビーム砲のビームは、淡いピンクの光を帯びながら、まっすぐ、ジオン軍モビルスーツを目掛けて、流れるように宇宙を切り裂いた。
 
「ちぃっ」
 セルジュは、舌打ちをしていた。
 連邦軍のモビルスーツが出てくるとは、想像もしていなかったのだ。セルジュとて、連邦軍のモビルスーツが実用段階に入ったことを知らぬわけではなかった。
 だが、知っていても、現実に戦う羽目になろうとは思いもしていなかったのだ。ジオン軍が「木馬」というコードネームを与えた連邦軍の新型戦艦が、試験運用している、その程度の認識だったのだ。
 無論、セルジュの知らないことも多い、「木馬」が運用する3機のモビルスーツがいかに大きな戦果を挙げているか、というようなことは、ジオン軍の上層部しか知らないことだったし、連邦軍がいち早く量産型のモビルスーツを宇宙に実戦配備していることは、上層部ですら知らなかった。
「木馬」タイプの戦艦が、目標に含まれることを知ったときから 
(もしや、モビルスーツが出てくるのではあるまいな?)
 と、危惧していたが、現実となると、自分の判断が悔やまれてならなかった。
 マシンガンを装備している機体は、僅かに2機しかなく、残りの7機が、自分を含めて、対艦攻撃兵装の第2種装備、つまり、バズーカー砲を装備しているのだった。
 大きくて、動きの鈍い戦艦相手ならば、効果を発揮するであろう280ミリ口径のバズーカー砲も、モビルスーツ相手には効果がないであろうことは、ザク同士の模擬戦闘でも明らかだった。
(格闘戦に持ち込まねばなるまい)
 そう考えたとき、ザクの交戦距離のはるか手前から、連邦軍モビルスーツの射撃が始まった。
「あ、あれは・・・」
 セルジュは、思わず声を上げていた。
 宇宙空間を走り抜けてくる、透明感のある光の筋は、明らかにメガ粒子砲のそれだった。セルジュは、どういうわけか、連邦軍のモビルスーツの携行火器がザクと同じような通常火器だと信じ込んでいたのだった。
 しかし、驚きに反してセルジュはザクに回避運動を行わせるのを忘れてはいなかった。推力130トンのロケットエンジンを一気にフルパワーで噴射させることによって、ザクを回避させたのだ。数瞬前まで、セルジュのザクが占位していた空間をビームの光が煌めきながら走り抜けていった。
 いったい、どれほどの威力があるのか?
 そう思った瞬間、セルジュの右手から、圧倒的な光が走り込んできた。
 セルジュは、見ないでもそれが何なのか理解していた。
 ジオン軍が有利に戦いを進めてきたとはいえ、撃破されるザクがなかったわけではない。そして、ザクが撃破されるときには、たいてい、搭載する核融合炉エンジンが熱核爆発を起こすのだった。歴戦の勇者であるセルジュは、戦いの中で、ザクの熱核爆発を何度も見ていた。
 いまのは、紛れもなく、ザクの熱核爆発の光だった。
 一撃でザクを撃破するビーム砲を装備する連邦のモビルスーツの威力に驚きながらも、セルジュは、部下を殺された怒りで、自分を奮い立たせた。
 だが、さらにもう1機のザクが狙撃され、熱核爆発を起こしたとき、セルジュは背中に冷たいものが走るのを感じた。いまだ、ザクの交戦距離には遠かった。
 
 フランクは、自分の狙撃したザクが、モニターの中で白い光の球に変じても、ザクを1機撃墜したという実感は、湧かなかった。
 五月雨のように続くビーム砲の乱射の中で、さらにもう1機のザクが撃墜されたときになって、ようやく、ザクを撃墜し、連邦軍が優位に立っているのではないか、と気づいた。
 しかし、残ったザクは、連邦軍の射撃を巧みにかいくぐり、接近してきた。それは、フランクにとっては悪夢のような出来事だった。ガンキヤノンで接近戦なんて、できるわけもないのだった。
 巧みな、回避運動で接近してくるザクを見て、明らかに他のジムのパイロットも動揺していた。
 レイモンド中尉が、散開の合図を送ってきた。これ以上の編隊機動は、得策でないと判断したのだろう。それぞれが相互支援を巧くできるのならば別だったが、フランク達はそういった機動をできる程モビルスーツ戦闘に熟練してはいないのだから正しい判断かもしれなかった。
 フランクは、上、宇宙空間であっても、上、という感覚は存在した、に機体を上昇させた。右下から、ジムが1機追随してくるのが警戒モニターに映し出されている。
(シュタインだな?)
 機体番号が見えたわけでもなかったが、フランクはそう判断した。本来ならばフランクが、シュタインに追随するべきだったが、行きがかり上逆になったのだ。
 上昇しながら、フランクは、2度、3度とビーム砲を撃ったが、ビームはザクを掠めもしなかった。付き従ってくるシュタインのジムも射撃を行っているようだが、そのビームも明後日の方向に流れていくだけだった。
 その時、明らかに、ビームの流れとは違う閃光が、宇宙空間を斬った。
 その流れが、ザクの発射するマシンガンの曳光弾だと気づいたとき、フランクは、自分たちも死の危険にさらされていることに今更ながらに気づいた。
 曳光弾の流れに気を取られた一瞬、それほど長い時間ではなかったはずだったが、左側から滑り込むような滑らかな動きで、ザクがフランクのガンキヤノンの至近に現れ、バズーカー砲を向けてきた。
「うわぁ〜〜っ」
 明らかに、自分を狙うザクにフランクは半狂乱になった。ロケットエンジンを一気に燃焼させると同時に、フランクは、ガンキヤノンの両肩に装備された360ミリキヤノン砲を発射した。20秒あまりの間に20発以上発射された360ミリ砲弾は、ザクを包み込むように覆った。ザクの放ったバズーカーの弾丸は、間一髪、フランクのガンキヤノンのやや下方をスピードを上げながら、走り抜けた。
 フランクは、回避に成功したが、フランクを狙ったザクはそうはいかなかった。フランクのガンキヤノンがばらまいた360ミリ砲の弾丸は、3発が命中しただけだったが、ザクの比較的薄い装甲をぶち破って、致命傷を与えるには十分だった。
 1発は、ザクの頭部を吹き飛ばした。2発目はザクの左肩のスパイクを粉砕した。そして、最後の1発は、ザクのコクピットの位置にまともに命中し、貫通した砲弾は、パイロットを即死させた。
 熱核爆発を起こすかもしれないザクから離れつつ、先刻まで追随していたジムがいまはもうついてこないことに、フランクは気が付き、一人きりになったことに怯えを感じずにはいられなかった。
(畜生、ひとりっきりで戦えって言うのか?)
 味方も見えなかったが、ザクも見えなかった。
 ただ、時折、闇を切り裂く閃光が、戦闘が続いていることを知らせてくれるだけだった。
 戦いは、乱戦になっていた。
 
 セルジュは、またしても舌打ちをしていた。
 赤いモビルスーツに向かったゲイツ軍曹が、撃破されるが目に入ったからだ。同時に、自分が標的にした連邦軍のモビルスーツが、バズーカーの射撃をことごとく回避したせいでもあった。
 当たるとも思っていなかったが、こうも回避されると、自分がアマチュアにも思えてくる。
(だが)
 と、セルジュは、ザクにヒートホークを抜かせながら不敵に笑った。
 バズーカーの攻撃を回避した連邦軍のモビルスーツは、大きく体勢を崩していた。その淡いブルーグレーの機体に一気に接近してセルジュは、ヒートホークを振り下ろした。
 数千度にも及ぶ高熱を発するヒートホークは連邦軍のモビルスーツに致命傷を与えるはずだった。だが、次の瞬間、連邦軍のモビルスーツの、頭部が突然、爆発した。ように見えた。
 ヒートホークが、連邦のモビルスーツに食い込む手ごたえを感じると同時に、セルジュのザクは、激しい衝撃に襲われた。
「ちぃ〜っ」
 セルジュは、この日何度目かの舌打ちを打った。連邦軍のモビルスーツは、頭部に接近戦用の火器を装備していたのだった。機関砲か、バルカン砲のようだったが、装甲の薄いザクに与えた被害は小さいものではなかった。あらゆる警報装置が、ザクの不都合を訴え始めた。セルジュは、残った推進剤の半分以上を一気に使って、戦場を離脱した。同時に撤退の発光信号を打ち上げた。
 開戦以来、使ったことのない種類の信号弾だった。
 結局、連邦軍の戦艦にはたどり着けもしなかった。
「ええいっ、うるさいっ」
 鳴りやまない警報装置に八つ当たりをし、セルジュは、連邦軍が追撃してこないことを祈りながら母艦のリパメルへと向かった。
 
 不意に、戦場は静かになった。もちろん、宇宙空間で音が伝わることはないのだが、そう表現するのがふさわしいようだった。
 フランクは、全周囲警戒を3度行って、戦闘が終息したのかもしれないと思ったが、確信は持てなかった。
 1機のジムがフランクのガンキヤノンに接触してきて通信回線を開いた。
 それは、チン少尉だった。
「フランク、終わったんだろうか?」
 その声は、心なしか震えているようだった。怯えからくる震えなのか?それとも高ぶりから来る震えなのかはわからなかったが。
「あ、ああ。ザクはいなくなったみたいだけど・・・」
 フランクは、判断に困った。戦闘マニュアルには確か・・・。
 そう考えたとき、発光信号が確認できた。
(各機、母艦に帰投せよ)の発光信号だった。
 戦闘は終わったのだった。
 
 母艦に帰投するのは、そんなに難しいことではなかった。母艦のサラブレッドが派手に発光信号を発信しているからだ。本来なら戒められるべきことだが、新米パイロット達を確実に母艦へ導くためにライアン艦長が危険を覚悟で命じたのだ。おおよその位置さえわかっていれば帰投は、新米のパイロットのフランク達にも簡単だった。
 それに、連邦軍のモビルスーツには、教育型コンピューターが標準で搭載(後の完全量産型では廃止された)されており、システムが正常であるかぎり帰投できないということはない。さらに言ってしまえば、たとえパイロットが戦死しても機体がある程度の移動能力を有していれば機体だけが帰投してくるシステムになっていた。
 パイロットが戦死してまでも、機体を回収するのは、教育型コンピューターを回収するための手段だった。モビルスーツの運用経験がない連邦軍は、どんなささいな戦闘記録も必要としていたのだ。パイロットのサポートをすると同時に、戦闘記録の全てを記録する教育型コンピューターの回収は、現状の連邦軍にとって必須事項なのは当然といえる。
 フランクは、しかし、コンピューターには頼らずに自分自身でガンキヤノンを帰投のコースに乗せた。戦闘マニュアルには、コンピューターに頼るのは最後の手段であると明記されていたからだった。ゆっくりと機体を巡らし、サラブレット目掛けて機体を加速させた。そのフランクの後方を、チンのジムが従うようについてきていた。
 
 サラブレットに近づくにつれて、フランクは、安堵感を覚えた。
 前方には、同じく帰投するジムが1機見て取れた。左舷のデッキに帰投するところを見ると、シュタインは無事らしかった。もう1機のグレアのジムはすでに帰投したのだろうか。他のパイロットのことにも気が配れるまでになった自分が何かおかしかった。なにしろつい先程までは自分自身が、パニックに陥りかけていたのだから。
 着艦自体もレーザーセンサーに乗ってしまえば後は、自動操縦になるため何も心配する必要はなかった。チン少尉のジムは右舷側のデッキに、フランクは、出撃した時と同じ左舷デッキにそれぞれ吸い込まれるように、着艦した。
 フランクの着艦した左舷デッキでは、少し前に着艦したシュタインのジムが今しも、モビルスーツハンガーに固定されるところだった。メカニックマン達によって、手早く冷却システムが接続されていく。出撃し、戦闘を行ったモビルスーツは、自らの核融合炉の稼働によって機体全体が高温になっている。核融合炉の発熱を、熱伝導によって、機体全体に分散させるシステムを採用しているからだ。
 したがって、再出撃を可能にするには機体を冷却してやる必要があるのだ。
 フランクのガンキヤノンも、2番のハンガーに向かって、自動的に歩いていき、ハンガーに固定される。
 ハッチがゆっくりと開くと、すでにメカニックマンがハッチの外側でフランクがコクピットからでるのを待っていた。
「少尉、御苦労様です」
 ノーマルスーツのヘッドホンを通して、メカニックマンの声が聞こえてきた。フランクがコクピットから出るのを手伝ってくれながらねぎらってくれた。ガンキャノンのコクピットの出入りはお世辞にもしやすいとはいえなかったのでフランクは助かった。
「助かります。ガンキヤノン、よろしく。キヤノン砲の弾丸は半分ほど残ってますから」
 フランクは、キャノン砲に弾丸が残っていることを伝えながらコクピットを出た。
 視線を前方にやると、ちょうど左舷のハッチが閉じるところだった。
「被弾はしなかったのですね?」
 メカニックマンがガンキャノンをざっと見回していった。キャノン砲の砲身が汚れているほかは奇麗なものだった。
「ああ、なんとかですけど」
「あっちは大変ですよ」そういって、メカニックマンは、3番ハンガーに固定されたジムの方を指さした。「シールドは予備がありますが、胸部の装甲板は取っ換えなきゃなりませんからね」
 そこには、シルードに被弾し、さらに右胸にあたる個所を大きく変形させたジムがいた。
 シュタインは、酷い戦闘を経験をしたらしかった。
「シュタイン少尉は?」
「先程、ブリッジの方へ行かれましたが?パイロットはブリッジに集合だそうです」
 軽く手を上げて、それに応えるとフランクは、艦橋へ向かうためにエレベーターの方へ歩いていった。
 
 フランクが、艦橋に入っていくとシュタインとチンは、すでにあがっていた。
 艦橋は、すでに戦闘があったことを感じさせなかった。出撃前と同じように、レリダ少佐がサラブレットを操舵し、オペレーターの二人の曹長が、360度のセンサーモニターを凝視していた。ライアン大佐は、艦長席横の艦内電話を手にして、何事かの確認を取っていた。
 フランクは、ちらっとステファニー伍長の方を盗み見たが、残念なことにフランクの位置からは、後ろ姿しか見えなかった。それでも伍長の金髪がモニターで見るよりもずっと綺麗なのが分かった。そんなことを思える自分が初めての実戦を経験したにもかかわらず落ち着いていると実感できた。同時に2人をちらりと見ると、チン少尉は分からなかったがシュタイン少尉の顔が青ざめているのが分かった。
 ふと、艦橋から外を見ると、右舷デッキのハッチがまだ開いたままなのがみえた。確か、戦闘マニュアルには、モビルスーツが帰艦した後は・・・.
 そこまで、考えたときライアン大佐が、受話器を置き、フランク達の方に向き直った。
「御苦労だった。特にフランク少尉は、ザク2機の撃墜、よくやった」
 レリダ少佐が、感心したような顔を一瞬だけ振り向けた。チンとシュタインも驚きを隠さなかった。
「シュタイン少尉、チン少尉もよく無事に戻ってくれた」
 しばらく、間を置いて、ライアン大佐は、残りを言いにくそうにいった。
「残念ながら、わが方も未帰還機を2機出した。そして、本当に残念ながら、そのうちの1機はグレア少尉のジムだ」
 その瞬間、艦橋の空気が堅いものに変わったようにフランクには、感じられた。少なくとも、フランクには、受け入れがたい事実だった。パイロット候補生時代には口をきいたこともなかったのだが、それでも同じ小隊に配属になり、グレア少尉とは、出撃の20分ほど前に言葉を交わしたばかりだったからだ。
「現在、レーダー発信を行って、本艦の位置を知らせているが、まだ連絡はない。誰かグレア少尉のジムを見たものはいないか?」
「いえ、みていません」
 しばらく沈黙があってから最初に、フランクが応えた。
 チン少尉は、力なく首を振っただけだった。東洋人特有の、表情のない顔だったが、フランク以上にグレア少尉の未帰還にショックを受けているのがそれで分かった。
「わたしは」シュタインは、迷いを含んだような口調で答えた。「ジムが1機、撃墜されるのを目撃しました、グレア少尉のジムかどうかは分かりませんが・・・」
 いつものシュタインらしくない、弱々しい声だった。それが、被弾したせいなのかグレアの未帰還によるものなのかはフランクには分からなかった。
「そうか・・・、ハイデルベルグのハイライン少尉のジムも未帰還らしい。ここから観測できたデータでは、ジムのうち撃墜が確認できたのは1機だけだ。グレア少尉かハイライン少尉か、どちらかは分からんが帰艦の可能性があるかもしれんな」
 だが、その言葉には、気休め以上の何も含まれないことをフランク達は知っていた。現に、艦隊は、ルナ2へ向けての航行をやめていなかったし、捜索のための手段もほとんど何もこうじられていなかった。ただ、レーダー発信を行っているだけだった。
 クリンゴ曹長が、恐る恐るといった口調で「ルナ2への進路クリアー」といったときそれは、さらに明らかになった。ライアン大佐は、それには答えなかったが、ライアン大佐の考えがすでに無事にルナ2へ入港することで占められていることは間違いがないはずだった。
 だが、とフランクは考えた。それを責めることは誰にもできはしないのだ。
 12戦隊の任務は、ルナ2に無事に入港することであり、もっと正確にいえば、この12戦隊を始め4つの戦隊の任務は、ティアンム艦隊を無事に宇宙に出すための囮でしかないのだから。ライアン大佐がどう考えているかは分からなかったが、少なくとも連邦軍の高官達にとっては、グレア少尉の未帰還というのは、ただのイベントにしか過ぎないはずだった。
「諸君らは、休んでよし。明日も出撃があるだろうからな、解散」
 ライアン大佐は、前方に視線を向けたままいった。
 フランク達も、無言で敬礼だけを返すと、艦橋を後にした。
 フランク達は、エレベーターに乗っても、無言のままだった。エレベーターを降りて、それぞれの個室に入るまで誰も口をきかなかった。フランク達は肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。