フランクは、ムサイの爆発が収まりつつある空域を僚機のジム・モビルスーツとともに月面へ向けて降下しつつあった。サラブレットの主砲とメガ粒子砲をまともに浴びたその無防備なムサイは、たった一撃で熱核爆発の中に消滅した。
 まるで、こちらに気付きもしていないようなあっけなさだった。
 すでに、10機のパブリクは定められた空間に向けて、ビーム撹乱膜散布ミサイルを投射し、思い思いの方向に突撃を開始していたし、ミスター・ボールも、フランク達の後方を援護すべく、ついてきていた。
 すでに、グラナダの第三戦闘ラインを突破しつつあるはずだったが、グラナダからの迎撃は未だになかった。
 ボールの後方からは、ムサイを一撃の下に葬ったサラブレットを先頭に、ブラジリア、ハイデルベルグ、マルセイユの各艦が縦列になってグラナダに突入しつつあった。
(奇襲になったのか?)
 フランクは、ガンキヤノンの精いっぱいのスピードで加速を続けながら、思った。誰もが、強襲になると信じて疑わなかった、グラナダへの一撃が今、奇襲になりつつあるのをフランクは感じ取った。
 どういった風の吹き回しかは分からなかったが、グラナダのジオン軍は12戦隊の接近に気付かなかったのだ。
 フランクは、ガンキヤノンを最大加速させながらも、僚機のジムから少しづつ遅れていくのに、多少の苛立ちを感じながらもこの目一杯の僥倖に感謝せずにいられなかった。
 そのフランク達モビルスーツ隊の上をサラブレットの主砲の砲弾と、他のサラミス級各艦のメガ粒子砲のビームが追い越していった。今まさに12戦隊の乱戦が始まろうとしていた。
 フランク達の最初の獲物は、よろぼうように移動していたムサイだった。ガンキヤノンのビームライフルがうなり、僚機のジムのビームスプレーガンも立て続けに連射された。幾条ものビームをまるで吸い込むように被弾したムサイは、たちまち熱核爆発を起こし、この日の12戦隊の2番目の獲物となった。その熱核爆発の下をまるで、編隊飛行のようにくぐり抜けた12戦隊のモビルスーツ達は密集することの危険を避けるために、散開しつつそれぞれの獲物を求めた。
 標的は、まるで射的の的のように次から次へと、フランクの目前に現れては通り過ぎていった。余りに多すぎてその全てに攻撃を仕掛けられないほどだった。フランクは、両肩のキヤノン砲を乱射しつつ最も適当と思える標的に向けて、的確なビームライフルの射撃を送り込んだ。ビームライフルの一撃ごとに、ジオン軍の戦艦かモビルスーツが確実に、宇宙のチリとなっていった。
 ジオン軍は、まさに逃げ惑うだけだった。グラナダ上空は、ジオンの艦艇とモビルスーツによって埋め尽くされんばかりだというのに反撃らしい反撃は、未だに始まってもいなかった。そのことについてフランクが、何らかの疑問を抱くのは戦闘が全て終わってからのことだった。今は、ただアドレナリンで沸騰しそうな興奮の元に攻撃を続けるだけだった。
 フランクは、新型のモビルスーツをさらに2機撃墜しつつ、ガンキヤノンをさらに月面すれすれにまで降下させた。月面からの反撃が始まったとき、月面に近ければ近いほど被弾する可能性が減るのだ。それは、すなはち生きて帰れることに直結する。
 フランクは、ある意味で割り切っていた。自分たちの任務は、敵を少しでも多く撃墜することではなく、グラナダのジオン軍を混乱させることにあるのだから、と。そういう意味では、奇襲というかたちで、グラナダに突入したという事実だけでジオン軍は十分に混乱し、12戦隊の役割は十分に果たせたことになるのだ。戦果を挙げるということは、その大目的の中で起こるイベントに過ぎないのだ。
 どんなに、戦果を挙げても、反対に自分が撃墜されて、戦死してしまっては意味がないのだ。フランクは、十分にそのことを心得ていた。
 だからと言って、フランクが、卑怯だということはできない。どんな指揮官であっても、部下に戦死を求めてはいないのだ。生きて帰ってこそ、また再び出撃することもできる。戦死したパイロットは、それがどんなに優秀なパイロットであったとしても、もう二度と役立つことはないのだから。
「なんだあれは?」
 月面に明らかな人工物がみえてきたのは、グラナダに突入して10分が、もうすぐ過ぎようというときだった。このころには、ジオン軍は、混乱しつつもようやく反撃ののろしを上げようとしていた。もちろん、まだ組織だった反撃には程遠かったが、油断は禁物だった。
 その、人工構造物は、中が透けてみえる半球上のドームのような施設だった。
 フランクには、それがどんな役に立つものかは分からなかったが、キヤノン砲の照準を無意識のうちにその構造物に合わせていた。ガンキヤノンを最大速度で移動させているので、その構造物は、あっというまに迫ってきた。
 ほんの一瞬だけ、フランクは、逡巡したが、次の瞬間には、キヤノン砲の発射ボタンを押していた。
 両肩から発射された360ミリキヤノン砲の砲弾は、ほんの一呼吸の間を置いて、そのドームに吸い込まれた。フランクの予想に反して、そのドームは、いやにあっさり粉砕された。誘爆を起こすこともなく、ただ粉砕された。
「何だったんだ?」
 しかし、フランクがそのことについて考えたのは、一瞬だけだった。フランクは、ジオンを混乱させるという意味では最大の戦果を挙げたのだけれど、そのことに気が付くことは永遠になかった。
 
 ジオン軍の反撃は、このときになってもまだ散発的でしかなかった。ここまでジオン軍の対応が遅れた直接の原因は、いくつかあった。
 まず第一に、演習直後であったこと。参加艦艇のほとんどは、エンジン出力を落とし、自艦のモビルスーツの収容を行っていた。艦艇の主武装であるメガ粒子砲は、熱核融合炉が発生させる莫大なエネルギーがなければ発射ができないのだった。メガ粒子砲発射ができるようになる臨界出力をえるにはそれ相応の時間が必要だった。
 第二に、演習に参加した全てのモビルスーツが、演習用の武装を装備しており、装備を換えなければ実戦を行えなかった。また仮に、実弾を持っていても、演習直後の状態では、推進剤の残りもほとんどなく、また残りの稼働時間もほとんどなくなっていた。僅か20機の連邦軍のモビルスーツを前に右往左往したのはそのせいだった。
 そして、第三、もっとも決定的だったことは、12戦隊が攻撃を仕掛けるまで、誰もその接近に気づかなかったということだ。
 数々の悪条件、12戦隊にとっては幸運、が重なった結果、グラナダのジオン軍は、完全な奇襲を受ける結果になった。かつてないほどの損害を受け、その損害は、まだ拡大の一途を辿っていた。
 そして、さらに最悪で最終的にジオン軍を混乱させたのは、キシリアが、観戦していたドームが吹き飛んだことだった。
 キシリアがいたはずのドームが吹き飛ぶ様は、余りに多くのジオン軍兵士によって目撃された。
「キシリア様、戦死」
 この第一報が、流れたことによって、混乱の中で誰が最初に流したかは不明だったが、ジオン軍の指揮系統は、混乱を極めた。余りに多くのキシリアの生死を確認する通信が殺到し、貴重な数分が無為に過ぎ去った。
「キシリア様、健在」
 キシリアの健在が、確認されたころには、12戦隊は、最後の破壊をまき散らしつつグラナダを離脱しつつあった。
 
「よおし、後方に弾幕を張りつつ戦線を離脱する」
 ライアン大佐は、まだ興奮冷めやらないまま最終段階の命令を下した。ライアン大佐は、心のどこかで、この命令を下すことがないのではないかと思っていた。この命令を下す前にサラブレットが撃沈されてしまうのではないかと危惧していたからだ。
 ところが、現実は、まだ1隻の被害も出さずに全艦が追随してきていた。 この時点で、いや、とラインアン艦長は考え直した、突入に成功した時点で、12戦隊の大目的は達成したと言えた。12戦隊の目的は、あくまでグラナダを混乱させるとことであり、その意味では、完全な成功だった。
 モビルスーツ隊の方は、どうなったのかは、合流地点で残存機を収容してみないと分からなかったが、予想外の大成功だった。あとは、一人でも多くの仲間を生きたまま連れて帰ることだけを考えるべきだった。
「ライアン艦長、グラナダからの反撃が激しくなってきました」
 クリンゴ曹長は、若干青ざめた表情で報告した。
 だが、その激しさは、グラナダの火力の半分ほどもなかった。未だ、グラナダは、上空に散らばっている友軍への同士打ちを恐れて全火力を迎撃に使えないでいたのだ。
「マルセイユ、被弾!!」
 クリンゴ曹長とペアを組んでいるオペレーターのレイキンズ曹長が、後方監視モニターの中にマルセイユが被弾するを見て取って、すぐに報告する。この日、12戦隊が被った初めての被害らしい被害だった。
「映し出せ」
 ライアン大佐の命令で、メイン・モニターに最後尾のサラミス級巡洋艦のマルセイユが被弾している姿が映し出された。まだ致命傷ではなかったが、ジオン軍の砲火が、徐々にマルセイユに集中していくのがモニターの中でも分かった。モニターで見るかぎり被害はそれほど深刻であるようには見えなかったが、そうでないことがすぐに知らされた。
「マルセイユから、発光信号。機関出力低下、だそうです」
 ステファニー伍長が、曇った声で報告してきた。
「なに?」
 ライアンは、思わず大きな声を出して通信席を振り返った。ステファニー伍長が、驚いたような表情で、ライアンを見つめ返した。
 最終加速をする直前に被弾したマルセイユは、戦隊から徐々に遅れだした。だからといって、ライアン艦長は、戦隊全部を危険にさらす、つまり、速力をマルセイユに合わせるということはできなかった。
 グラナダからの反撃は、ようよう本格さを増してきており、それは秒単位で激しさを増していった。ほんの一瞬、サラブレットだけでも、回頭するべきかと考えたが、このサラブレットが連邦軍にまだ数隻しかない本格的なモビルスーツ運用艦であることと、自分だけが乗り組んでいるのではないことを考えたとき、ライアン艦長は非情な決断を下さざるをえなかった。
 だが、それより先に、マルセイユから新たな通信が入電した。
「か、艦長・・・、マルセイユの艦長から・・・」
 ステファニー伍長は、今にも泣き出しそうな顔になっていた。平分で入ってきた短い電文はステファニーにも充分すぎるぐらいに意味がわかった。
「なにか?」
 モニターに映し出されたマルセイユから目を離さずにライアン艦長はいった。
「我に構わず、先行されたし、いつかまた邂逅せんことを願う。です・・・」
「・・・」
 ライアン艦長は、絶句した。いつかまた、は、決してないのだ。その電文の意味するところはあまりにも明確だった。敵の本拠地にただ1隻残された巡洋艦が生還できる可能性はゼロだった。それを敢えて、マルセイユの艦長は、ライアン艦長が決断を下しやすいように決別電を打ってくれたのだ。
「伍長、マルセイユに発光信号。必ずや、邂逅せんことを願う、だ」
 ライアン艦長はすぐさま返電を打つように命じた。今となっては、マルセイユの艦長ともっと語り合っておくべきだったと後悔しても始まらなかったが、それが心残りだった。
(畜生、俺は・・・)
 非情な決断をしなければならない自分が悔しかったが、他にどうしようもないことも分かっていた。だから余計に悔しいのだ。
 しかし、ライアン艦長の返電は、マルセイユの艦長に届くことはなかった。
 ステファニー伍長が、返電しようとしたまさにその時モニターの中で、マルセイユの艦橋が被弾するのが、サラブレットの艦橋にいた全員の目に入った。マルセイユの艦橋は、爆煙の中に包まれ、マルセイユの艦長をはじめとする、艦橋にいた全員が戦死したのは間違いなかった。
 艦橋を失ったマルセイユの沈みゆく様は、まさに悲劇的だった。回避運動ができなくなったマルセイユは、次から次へと被弾していった。相次ぐ被弾によって進行方向さえ歪められ、それをもはや是正することすらかなわないのに、それでも生き残っているメガ粒子砲を後方に向かって乱射し、ミサイルを放ち続けていた。おそらくマルセイユの艦長が最後に下した命令をマルセイユの乗員は、艦長が戦死したことを知らずに、あるいは知ってはいても忠実に実行しているに違いなかった。
 急速に、モニターの中で小さくなっていくマルセイユについに最後の時が来た。
 ジオン軍の要塞砲の放ったメガ粒子が、マルセイユの斜め後方から、前方へ突き抜けたのだった。
 次の瞬間、マルセイユは、他の多くの熱核融合のエンジンを持つ艦艇と同じように巨大な熱核爆発を起こした。開放された核エネルギーは、マルセイユを生き残っていた乗員とともに一瞬で蒸発させた。
 その爆発は、ほとんどのジオン軍から、残った12戦隊の艦艇を覆い隠す効果があった。マルセイユの熱核爆発が収まったとき、すでに12戦隊は、グラナダの防衛ラインの最終線を越え、多くのジオン軍から見て月の地平線の影に消えていた。
 それは、まるでマルセイユの艦長の最後の大仕事であったかのようだった。
 
 その頃グラナダ上空では、新たな殺戮が始まろうとしていた。
 ようやく、グラナダ守備隊のモビルスーツが迎撃に出始めたのだった。もちろん、12戦隊の残った3隻の戦艦や、ジムといったモビルスーツはすでに守備隊が追い付くことはかなわなかったが、それでも、復讐に燃えるジオン軍のモビルスーツパイロットの憂さを晴らす程度のささやかな獲物は戦場に残っていた。
 10機のボールである。
 もともとが、ジムを支援するのが目的で開発された機体であり、速度もでないし、武装のキヤノン砲の弾丸も20発程度しか持っていない機体を突入させたのは、明らかな間違いだった。すでに4機を撃墜されていたボールは、次から次へと、守備隊のリック・ドムに捕捉され、各個に撃破された。
 集団戦闘を意識し、ましてや、直接戦闘なぞ毛頭意識されていない機体が、ジオン軍の新鋭モビルスーツに対してできることは何もなかった。まさしく、赤子の手を捻るように撃墜され、グラナダ上空についえ去った。
 
「見えてきた」
 フランクは、サラブレットを視認できた瞬間肩から力が抜けていくのがわかった。
 無事に、グラナダ宙域を抜けはしたが、万が一サラブレットに戻れなかったらどうしようか?と考えていたのだ。
 サラブレットの方でもガンキヤノンを確認できたらしく、定められた明滅信号を繰り返し2度送ってきた。
 フランクは弛緩した身体をしゃきっとさせて少し贅沢に推進剤を使って、ガンキヤノンを着艦のコースへと乗せた。
「みんなは無事なんだろうか?」
 いざ、自分が助かってみると、他のことも考える余裕が出てきた。そのことに苦笑しながら、何しろ今の今まで自分が助かることしか考えていなかったのだから、それでも、心配なんだと、自分に言い聞かせた。
 左舷デッキに着艦し、コクピットのハッチを開けると、まずシュタインが目に入った、次いで、軽く会釈をして見せるチン少尉、その後ろには2人の准尉の顔も見えた。
 いつものように、メカニックマンが、機体整備のために駆け寄ってくる、コクピットの担当のメカニックマンが「少尉、よく御無事で」と、笑顔でいってくる。
 今日は、皆が生還したのだ。
「よう、フランク!」
 シュタインが茶目っ気たっぷりに、ウィンクをして見せた。
「みんな無事で」
 フランクは、改めて4人のパイロットの顔を見回した。戦争が終わってもいないのに、何かしら胸が熱くなる思いだった。ただ、今は、みんながこうして笑っていられることに感謝の気持ちでいっぱいだった。
 
 キシリアは、いつもよりマスクを上まで引き上げ、ヘルメットを目深にかぶって司令室に座っていた。そうしている理由は、側近達に自分の怯えを悟られはしまいか?と恐れたからだ。
 グッドウェン中将が、あの時「キシリア様、ここは危険かと存じます」といって、避難を勧めなかったらどうなっていたか?そして、それをいつになく素直に聞き入れていなければ?キシリアは、それを考えると怯えずにはいられなかった。
 間違いなく戦死だった。
 連邦軍に、このグラナダを蹂躙されたことも腹立たしかったが、まるで、子供のように怯えが収まらない自分にはもっと腹が立った。
(宇宙機動軍の指揮官であるあたしが、こうも怯えるとは・・・)
 キシリアは、うつむき加減のまま思った。
(死がこんなにも恐ろしく感じられるとは・・・)
 被害状況が次々に集計されていっているのだが、キシリアにとってはどうでもいいことだった。この被害については、たとえどんなに大きかろうと握りつぶすことに決めてあるのだ。どんな顔で、この事実を本国に伝えることができようか?
 できはしないのだ。
 なら、闇に葬ってしまえばいい。
 ここの総司令官は、あたしなのだから。
「キシリア様、被害および戦果の集計ができました」
 参謀の一人が差し出したレポートを見て、キシリアは、流石に息を飲んだ。
 そこには、開戦以来最大の被害というべき数字が羅列してあった。
 ただ、キシリアは知らなかったが、その数字ですら参謀達が、キシリアの怒りを恐れて控えめに報告した数字なのだった。
  
 フランクは、再びガンキヤノンのコクピットにいささかやり切れない気持ちで収まっていた。月からルナ2に戻るには、ジオン軍の哨戒線をもう一度越えないといけないということもあったが、ボール隊が1機も帰艦してこなかったことに気が滅入っていたのだ。
 ボールのパイロットは、フランクの知らない人間ばかりだったが、それでも同じ連邦軍の兵士として一人も帰ってこなかったというのはショックだった。
 12戦隊の全員が生還できることすら難しいと考えていたが、いざモビルスーツ隊の全員が生還したのに対して、ボール隊は10機全てが、帰還する時間になっても戻ってこなかったことを考えるとなおさらだった。
 パブリク突撃艇は、速度が速いことと一番最初に戦場に突入したことも相まってその脆弱性に反して10機のうち、7機が生還していた。
 フランク自身は、ムサイを共同で1隻、単独で1隻撃沈し、モビルスーツも6機撃墜するという戦果をあげていたが、喜ぶ気にはなれなかった。それが、12戦隊で最も大きな戦果であると知ってもその気持ちは変わるところが無かった。
 戦隊合計では、チベ・タイプの重巡洋艦を2隻、ムサイ・タイプの巡洋艦を9隻、補給艦を2隻撃沈し、モビルスーツは40機以上を撃墜したことが確認されていた。他にも月面上の施設に少なくない損害を与えていた。未確認の戦果を含めれば、数字はもっと大きくなるはずだった。
 開戦以来、連邦軍がジオン軍に与えた最大級の損害である、と聞いても、フランクの気持ちはやはり晴れなかった。確かに、戦術的にも戦略的にもこのグラナダ強襲作戦は、成功には違いなかったが、フランクには、数字だけで考えることができなかったのだ。ただ、一つの部隊が丸々全滅したということにのみ意識が集中してしまっていたのだ。
「誰が悪いんでもないさ」
 コクピットに戻る前、余りに、陰気な顔をしているフランクに対してシュタインは、少しでも気を楽にしてやろうとしてそういった。
「そうだけど・・・」
「お前が、考えたってボールが帰ってくるわけでもあるまい?素直に自分が生きて戻れたことに感謝しなくっちゃあな。違うかい?」
「そうですよ、フランク少尉」
 チンが、珍しく、シュタインがいいことを言うのに驚きながらも同調した。「それに、まだルナ2までにはもう一度ぐらいは戦わないといけないかもしれないんですよ」
「分かってるよ、分かってはいるんだけどね」
 フランクが、納得いかなさそうに答えるのに、シュタインもそれ以上何も言わなかった。
 チン少尉も、心配そうな顔をしてはいたがもう何も言わなかった。
 どちらにしろ、自分の気持ちには自分で折り合いを付けるしかないからだ。そんなやり取りの後、3人は、それぞれの機体のコクピットに収まったのだった。
 そんなやり取りを思い出しながら、ふと、通信用のモニターに目をやったフランクは、思わず苦笑していた。シュタインが、投げキッスを何度も寄越していたのだった。
 一瞬自分にかと思ったのだ。しかし、そのキスを投げて寄越そうとしている相手は、通信モニターに映っているステファニー伍長にであるらしかった。2面ある通信用のモニターのうち、1面には常時ステファニー伍長が映し出されていて、いつでも艦橋からの指示がきけるようになっていた。残りの一面は、任意のところと交信できるようになっている。
 そのモニターの中で、ステファニー伍長が困ったような顔をした後に、ぷいっと横を向いたのだ。それを見て思わず笑っている自分に気づいたとき、フランクは、考えるのは無事にルナ2にたどり着いてからにしようと考えられるようになっていた。それに、少し怒った顔のステファニー伍長も可愛いな、と考えている自分にも驚いた。そう、自分はまだ生きているんだと思えるようになっていたのだ。
 
 フランクが、ようやく自分なりの折り合いを付けたとき艦橋でも、フランクと同じように、いや、自分の意見具申でボール隊を連れてきただけに、それ以上にやりきれない思いを抱いている人間がいた。
 ライアン大佐である。
「帰投コースは、ミノフスキー粒子の濃度が濃いようです」
 レイキンズ曹長の報告にも「ああ」と、生返事を返したきりだった。
「艦長、しっかりして下さい」
 副官のオドリック中佐も見るに見かねて小声で注意してきたほどだった。それでも、ライアン艦長は、考えずにはいられなかった。10人の若者を殺したのは、間接的には自分なのかもしれないからだった。
 あるいは、不謹慎な考えだったが、ジム・モビルスーツも何機か撃墜されていればこんなにも思い悩まずにすむのかもしれないと考えてもみた。ボールだけが全機未帰還だったことが、ボールを連れてきたことが間違いだったように、ライアン艦長には感じられていたからだ。
 もともと、彼らは、このグラナダ強襲作戦、結果的には奇襲になったが、に組み込まれてはいなかったのだ。それを、12戦隊全体の生還率を上げるためにといって無理矢理に編入させたのは、他ならぬ自分なのだという思いがライアン艦長をして、忸怩たる思いにさせていたのだ。サラブレットの艦長として、また12戦隊の司令官として12戦隊を任されてはいたが、一つの部隊が丸々全滅するなどということは、ライアン艦長にとってはもちろん初めて経験することであり、そうしたこともあって考えずにはいられなかったのだ。
 結果論でしかないが、今度の場合、ボールがいたことによる影響は絶無だったのかもしれないとまで考えていた。
 何らかの答えが見つからないまま、まとまらない思いだけが、ライアン艦長の頭の中で堂々めぐりをしていた。このままではいけないと思うそばから、戦死してしまったボールの搭乗員のことが頭に浮かんでくるのを抑えきれなかった。
 このままでは、ジオン軍のパトロール隊と会敵したときに決定的な判断の過ちすら起こしかねなかった。指揮官が的確な判断を下せない部隊は、驚くほど脆弱である。個々の兵士の能力ももちろん大事だが、それも統一された指揮下であってこそその本来の威力を発揮するのだ。今、この状況は、12戦隊にとって危機的であるとすら言えた。
 その危険な状態を回復させたのは、意外にもステファニー伍長だった。
「艦長・・・」
 オドリック中佐や、レリダ少佐が、艦長の態度にやきもきしているときに、普段は、通信の報告しかしないステファニー伍長が不意に口を開いた。
 ライアン艦長も、意外な人物の声に、思わずステファニー伍長の方を振り返った。
「艦長は、おっしゃいました」
 ライアン艦長の注意を引いたのを確かめてから、ステファニー伍長は話はじめた。「この作戦が始まる前に『心配しなくていい、俺がみんなを無事に連れて帰ってやる』って、確かに、たくさんの人が戦死しました。でもまだ私たちは、ここにこうして生きています。私たちを無事にルナ2に戻していただけませんか?」
 オドリック中佐は、驚いたような表情でステファニー伍長と、ライアン艦長を交互に見た。
 オドリック中佐は、流石にステファニー伍長の言葉に何か文句を挟もうとしたが、ライアン艦長の表情を見て、今回は大目に見ることにした。ステファニー伍長の言葉を聞いたライアン艦長の表情が、次第にいつものものに戻ろうとしていたのだ。
「もちろんだ、みんなをルナ2に連れて帰るとも、みんなを」
 ステファニー伍長の言葉を聞いて、ライアン艦長は、まだ任務が終わっていないことを思い知らされた。無事に、みんなをルナ2に連れて帰らねばならないのだ。ボール隊全滅の件については、いずれ自分以外の誰かが答えを出してくれるだろう。今は、まだ任務の半ばだった。自分のやるべきことがまだ終わっていないことをライアン艦長は、ステファニー伍長の一言で思い知らされたのだ。
 再び自信に満ちあふれた表情に戻ったライアン艦長は、ぎこちないウィンクをステファニーに送って見せた。それを見たステファニー伍長は、くすっと笑って安心した笑顔を浮かべるとコンソールの方に向き直った。
 オドリック中佐は、やれやれという顔をすると自分の席にどっかと腰を下ろした。ライアン艦長さえしっかりしてくれていれば副官としてやることはいまのところ無いからだ。規則から言えば、一兵士でしかないステファニー伍長のやったことは、越権行為も甚だしいのだが、結果としては好ましいものになった。
 規則は、守られねばならないがいつもそうではないんだな、とオドリック中佐は、少しばかり自分の考えを正すべきかもしれないと考えてみることにした。
 レリダ少佐もどことなく安心した態度でサラブレットの舵輪を握り直して、もう後ろを振り返るのをやめ、前方にしっかりと視線を固定した。
「オペレーター、ジオンの哨戒線まであとどのくらいか?」
 再び戦う男に戻ったライアン艦長の声が艦橋に響いた。
「はい、ジオン軍の哨戒線までは30分ほどです」
 クリンゴ曹長も、元気いっぱいに報告する。
 再び、サラブレットの艦橋は、沈欝なムードからいつもの溌溂としたものになろうとしていた。
(こうでなくってはな)
 オドリック中佐は、一人満足そうにうなずいた。
 
「まさか、あの部隊だったとはな」
 セルジュは、前方に見えてきた連邦軍の艦隊を見て、リック・ドムのコクピットの中で思わずほくそ笑んだ。
 グラナダにちょっかいをかけて撃退された連邦軍の小部隊がいるときかされて、あわよくば自分たちのところで引っ掛かればと思っていたのだが、その通りになったばかりか、その小部隊が3日前に自分に恥をかかせた部隊とは思ってもいなかった。
 もしかしたら、違うのかもしれなかったが、木馬型戦艦とサラミスからなる小部隊は、連邦軍と言えどもそうは多くないはずだった。それを考えるならば目の前に展開しつつある連邦軍が3日前と同じ部隊であることは確実にも思えた。
 サラミスが1隻、3日前に比べると少ないが、グラナダに手を出して無傷ですんだはずがないから数のことは気にしなくてもいいはずだった、むしろ1隻しか欠けていないことの方が奇跡的かもしれなかった。
 今回ばかりは、セルジュ少佐も、ボルワルド大佐も慎重になっていた。前回は、連邦軍がモビルスーツを宇宙でも実戦配備していることを考えもせずに戦ったために手痛い目に合わされたのだから無理もない。
「二度の失敗は許されないのだ、少佐。分かっているだろうな?」
 出撃前にボルワルド大佐は、念を押すようにセルジュに言った。
「分かっていますとも、大佐。2度も3度も同じ過ちは繰り返しません」
 セルジュは、そう自信を持って応え、リック・ドムに乗り込み、出撃してきたのだ。
 6機のリック・ドムのうち3機は新型の大型バズーカ砲を持たせてあったが、残りの3機、自分の小隊の3機にはザク用の120ミリマシンガンを装備させ、連邦軍のモビルスーツ対策とした。ザク3機にも120ミリマシンガンの第1種装備で出撃させていた。
 マシンガンを持った6機のモビルスーツが前面に出て、その後方から3機のバズーカ砲装備のリック・ドムが追随する変則的な編隊を組んでセルジュは、連邦軍に相対した。
 モビルスーツの数も1機だけとはいえ多いし、今回はモビルスーツ同士の戦闘を最初から意識しており、セルジュは自信を持っていた。後は、自分を含めてどこまでリック・ドムの性能を引きだせるかということにかかっていた。しかし、その点に関してもセルジュ本人に限ってみれば全く不安な点はなかった。
 セルジュは、自分に過剰なほど自信を持っていた。
 だが、後方から3隻のムサイの援護射撃が、前方からは3隻の連邦軍の艦艇の援護射撃が始まったときに、セルジュは、またしても意表をつかれた。
 連邦軍のモビルスーツは、10機もいたのだった。
 そして、その後方からは、見慣れたパブリクタイプの突撃艇までもが現れた。いつもならば、鴨でしかないパブリクもモビルスーツと一緒に出てきたのであれば状況は別だった。パブリクは、無視するしかなかった。パブリクにかかわれば、自分自身が連邦軍のモビルスーツの餌食になりかねないからだ。
 ムサイにだって個艦防衛用の武器はあるのだ。
「ちいっ、またしても予想を裏切ってくれるぜ」
 セルジュは、悪態をついた。
 しかし、悪態をつきながらも、またしても120ミリマシンガンの交戦距離外から始まった連邦軍のモビルスーツのビーム砲射撃を回避することは忘れなかった。
 連邦軍は、最初の斉射を済ませた後、上下に別れた。下側へは、パブリク全機と赤いモビルスーツ、これがセルジュには、シャアを思い起こさせて気にくわなかったのだ、と2機のモビルスーツが、そして、上へは、残りの7機のモビルスーツが分かれた。
 それを見てもセルジュは、自分達も分散させるような愚は犯さなかった。
 セルジュは、迷わず7機の方に全機を振り向けた。パブリク隊に付いた3機のモビルスーツは、明らかにパブリクを援護するためのものだったし、逆に、パブリクの方へ部隊を振り向ければ、背後から残った7機の攻撃を受けるのは明らかだった。
 分散させるのは、さらに悪い判断だった。少なくとも連邦のモビルスーツは、ザクと同等かそれ以上の性能を持っており、部隊を分散させるのは得策ではなかった。ここは、局地的にでも数の優勢を作り出し、連邦を圧倒しなければならない。
 連邦軍のビーム砲攻撃は続いていたが、新型のリック・ドムに対して迷いがあるらしく、まだ1機の被害も出していない。このまま、120ミリマシンガンの交戦距離に持ち込めれば、全滅とまでは行かなくても、連邦軍に手痛い損害を与えてやれるはずだった。
 そう、セルジュが、ほくそ笑んだとき、後方からビームが走り抜けた。
 しかも、そのビームは、ただ走り抜けただけでなく、セルジュの小隊に新しく配属されたトッド少尉のリック・ドムを貫いていった。重装甲のリック・ドムとはいえ、ビームの一撃にはひとたまりもなかった。たちまち、熱核爆発を起こした。
 次の瞬間、信じがたいことに後方から付いてきていたザクの1機がまともに、リック・ドムの熱核爆発の中に飛び込んだのだ。
 いかに、宇宙空間であるといっても、自分から熱核爆発のただ中に飛び込んでザクが無事にすむわけが無かった。飛び込んだザクも、熱核爆発を起こし、たった一撃で2機の新旧のモビルスーツが失われ、これで正面の敵に対しての数の優位もなくなった。
 おまけに120ミリマシンガンを持つモビルスーツが2機も撃墜されたことによって、優位どころか、不利でさえあった。
(連邦の赤いモビルスーツめ・・・)
 セルジュは、見たわけではなかったが、この攻撃が連邦軍の赤いモビルスーツによるものだと直感した。
 しかし、今は、そのことを確かめている時間は、一秒たりともなかった。連邦軍のモビルスーツとの交戦が迫っていた。
 
「凄い」
 フランクは、自分のやったことに驚いていた。スコープの中で2機のモビルスーツが消滅するのが見て取れた。
 もともとガンキヤノンは、中距離支援用のモビルスーツとして開発されただけに、武装だけをとってみればかなり強力なものを持っていた。連邦軍のモビルスーツに標準の頭部のバルカン砲、両肩の360ミリキヤノン砲、そしてビームライフルである。
 そのビームライフルは、ジム・モビルスーツが短距離で、連射できるのを主眼としたのとは対局に、長距離射撃を主眼としたものだった。その分、ビームライフル自体も大きく、RX−78のものよりもさらに一回り大きかった。欠点として、一戦闘あたりの射撃回数が少なく、連射速度も劣るが、ガンキヤノンにはそれで十分、という思想の元に制作されたものだった。
 照準用の望遠スコープも、他のどのモビルスーツより優れたものを試作機の特権として与えられてもいた。
 フランクは、それを利用したのだった。
 機体だけを、ジオン軍のモビルスーツの編隊に向け、宇宙だからこそできた芸当だ、そして、一度だけ射撃をしたのだった。
 続けることもできたが、今のフランクの任務は、パブリクの護衛だったし、それに、ジオン軍のモビルスーツ隊は、今の一撃で混乱し、数の上でも7機同士になったのだから。
 後は、徐々に大きくなってきている前方のムサイにだけ意識を集中するべきだった。3隻のムサイは、今はもう援護射撃ではなく自分を守るための射撃を行っていた。
 3隻のムサイが、撃ってくるメガ粒子砲の火線は、恐ろしくもあったが、フランクは、どこか楽観していた。戦闘マニュアルには、戦艦のメガ粒子砲はめったに命中しないと、明記されていたからだ。
 ムサイには、メガ粒子砲以外には、大型の対艦ミサイルと、個艦防衛用のミサイルしか装備していなかった。対艦ミサイルは、対モビルスーツには使えないし、個艦防衛用のミサイルも、目で見て、よけることが 容易だった。
 それにしても、とフランクは思った。
 パブリク隊の隊長、クルーグマン少佐は、凄い人だと思った。ライアン艦長に、直接掛け合ってパブリク隊の出撃を認めさせたというのだ。自分なら、命じられていない戦闘に自ら加われるだろうか?多分できない、その時になってみないと分からないが、多分できないだろうというのがフランクの答えだった。
 もちろん、だからといってフランクが、臆病というわけではない。少なくともフランクは、モビルスーツのパイロットを志願しているのだから。
 1機のパブリクが、メガ粒子砲にまともにとらえられ、爆発した。余りにもあっけない最後だった。そして、その爆発を合図かのように残った6機のパブリクが突撃を開始した。
 機体後部に取り付けた補助エンジンを捨てて、メインエンジンを全開にし、突撃したのだった。全速力で突撃するパブリクには、もうジムといえども追い付けなかった。
 それを、援護するべく、フランクは中央に位置するムサイに対して360ミリ砲とビームライフルの乱射をした。2機のジム、アルベベ准尉とキリングス准尉のジムは左翼のムサイに攻撃を集中していった。
 
「パブリク、1機撃墜、残りが突撃を開始しました」
 オペレーターが恐怖に引きつった声で報告する。
 いわれなくても、艦橋の強化ガラス越しに、突撃してくるパブリクのエンジンの発する光がもう直接みえた。 それに、モニターには大写しになっている。何たる悲劇。いや喜劇かもしれない。まさか、自分の指揮する艦隊がパブリクの突撃を許すとは・・・。
 最後の希望、パブリクが欲をかいてばらばらに攻撃してはくれないかという希望ははかないものだった。パブリク隊の隊長は腹の据わった男らしかった。残った6機が、まるで一つの意志を持ったかのように一群となって左翼のワーメルに向かって突撃を敢行していた。あれでは、ワーメルは助かるまい。そう思った次の瞬間、自分も助からないことをボルワルドは確信した。
「敵モビルスーツ、3機攻撃してきます」
 絶望的な報告だった。
 今更、2機か3機かのモビルスーツを直衛用に残しておくのだったと後悔しても始まらない。全ては、遅すぎた。
 たった3隻の連邦軍艦隊に負けるのなら死んだほうがましだと考えて、ボルワルドは、軽く首を振った。いやいや、俺は、今から戦死するのだと、思い直したのだ。
 連邦軍のモビルスーツは、ムサイのメガ粒子砲の死角を突いて、憎らしいまでの接近行動をした後に攻撃を開始した。
 モニターの中で、パブリクの1機が、小型ミサイルの嵐に突っ込んで粉砕されるのがみえたが、ボルワルドのムサイ3隻にできたことは、そこまでだった。
 ムサイは、連邦軍のモビルスーツの前に余りにも脆弱でありすぎた。
 まず、リズメルが、2機の貧弱な、ドムを見た後のボルワルドには、そうみえた、連邦軍のモビルスーツのビーム砲の攻撃を浴びてあっさり誘爆した。
 そして、ワーメルは、残った5機のパブリクが発射した大型ミサイルを7発も被弾し、いっさいの攻撃力をなくし、漂流しはじめた。艦橋を粉砕され、艦首も無残に破壊され、メガ粒子砲塔は沈黙した。熱核爆発を起こさなかったのが奇跡だったが、もはや、ワーメルが戦闘艦としての生涯を終えたのは明らかだった。後は巨大な宇宙漂流物としてどこかへ流れていくだけだった。
 ボルワルドのリパメルは、右舷のエンジンを連邦軍の赤いモビルスーツに打ち抜かれて、熱核爆発の渦に巻き込まれた。
 ボルワルドが、最後に考えたことは、連邦軍にも派手なモビルスーツに乗っている酔狂なやつがいるのだな、ということだった。
 パブリクが、突撃を開始して1分で全ては終わっていた。
 
 セルジュは、連邦軍のモビルスーツが、予想以上に高性能なのを今更ながらに思い知らされた。この新型のリック・ドムのスピードですら連邦のモビルスーツに対してようやく同等でしかない。おまけに連邦のモビルスーツのビーム砲を一撃食らえばこちらはアウトだというのに、連邦のモビルスーツは、120ミリマシンガンの直撃を1発や2発食らっても平然としているのだ。
 直撃を与えることがまた容易ではなかった。
 厄介なことに、同じくらい頑丈なシールドも装備している。
 セルジュも、何発かは、120ミリ砲弾を直撃させたはずなのだが、手ごたえとして致命傷を与ええたものは1機たりともないようだった。
「こいつにもビーム砲があれば・・・」
 セルジュは、どうにもならない機体性能の差に歯ぎしりしたい気持ちだった。接近戦をしようにも、例のバルカン砲のことがあるのでそれも簡単にできない。
「これでどうだっ」
 セルジュは、何度目かの120ミリマシンガンの短い連射を連邦軍のモビルスーツに浴びせた。シルードと機体で120ミリ砲弾の直撃を示す爆発が起こったが、連邦軍のモビルスーツはほんの少し体勢を崩しただけで、反撃のビームを送って寄越した。
「畜生!!」
 セルジュは、反撃のビームを回避しながら、悪態をついた。
 少し離れたところで、熱核爆発が起きるのが見て取れた。どちら側かは分からないが、またモビルスーツが1機撃墜された証拠だった。
「なん・こと・・くしょ・」
 とぎれとぎれのノイマン中尉の悪態がはいる。撃墜されたのは、味方のモビルスーツらしかった。
 セルジュは、頭に血が昇るのを感じながら、下手くそな射撃を送ってくる連邦軍のモビルスーツに再度120ミリマシンガンの射弾を送り込んだ。連邦軍のモビルスーツのパイロットに、せめてセルジュの半分ほども射撃の腕前があればセルジュのモビルスーツ隊はとっくに全滅していたかもしれない。
 今度も、セルジュの射撃は、的確に連邦軍のモビルスーツを捉えた。今度は、発射ボタンを押し続けた。訓練通りの射撃では、ザク相手なら効果があるかもしれないが、連邦軍のモビルスーツには無意味と悟ったからだ。5発以上が命中するのが確認できた後、不意に連邦軍のモビルスーツは誘爆した。
「ようやく、1機か・・・」
 その時、セルジュは、信じられない光景をリック・ドムのメインカメラを通してみた。
 3隻のムサイが信じられないくらい短時間に全て沈められたのだ。
「なんてことだ・・・」
 パブリクと3機のモビルスーツが向かっていったとき、1隻は沈むかもしれない、いや、悪くすれば1隻沈んだうえに全部が傷つくかかもしれないと覚悟した。しかし、1分もしないうちに全部が撃沈されるなど、想像の埒外だった。
 セルジュは、即座に戦場離脱の信号を発射した。
 母艦が沈んだ以上、これ以上戦場にとどまる意味はなかった。もはや、ソロモンに帰還でるかどうかすら怪しい状況なのだ。地球の公転面に対して3時の方向への脱出を指示する信号弾を生き残りの味方モビルスーツが見落とさないように2度続けて打ち出した後、セルジュ自身も連邦軍のモビルスーツを牽制しつつ戦場を後にする努力を始めた。残った推進剤は、戦場を離脱するために使われなければならなかった。
 連邦軍のモビルスーツは、ここぞとばかりに射撃を加えてくるがセルジュも残りの120ミリマシンガンの正確な射撃で、追撃を阻止しようと努めた。
 さらに、ビームが一条流れ、その軸線上で、一呼吸おいて熱核爆発が起こった。
「なんてことだ」
 セルジュは、味方のモビルスーツがまた1機、撃墜されたのを知った。
 見た目には、美しい淡いピンクのビームの煌めきが、恐ろしいまでの破壊力を持っているのが信じられないが、現実にその美しいビームの煌めきに絡めとられてもう何機もの友軍機を失っているのだ。もし、戦闘でなければ、どんなにか、見ごたえのあるショウだろう?一瞬だけ、あらぬことを考えながらも、今度もまたセルジュは負けたことを思い知った。
 ようやく、連邦軍が放ってくるビームの煌めきがやんだとき、セルジュのほかには、2機のリックドムしか残らなかった。集まったリック・ドムの中には、ノイマン中尉のリック・ドムの姿も見えなかった。
 しかし、今は、感傷には浸っていられなかった。母艦のムサイが全滅した以上、戦闘ではなく、宇宙を漂ったまま死んでしまう可能性もあるのだから。
 
「レイモンド中尉も未帰還だそうです」
 ステファニー伍長が、各艦からの被害の集計結果を報告してくる。
「レイモンド中尉もか・・・」
 ライアン艦長は、沈痛な口調でステファニー伍長の報告を受け止めた。今度も、奇跡的にサラブレットの搭載機は、生還したが、モビルスーツ隊の指揮官のレイモンド中尉機も含めて4機のジムが未帰還となっていた。ブラジリアと、ハイデルベルグにルナ2で配属された新米パイロットは二人とも未帰還だった。マルセイユのパイロットも未帰還で、マルセイユに乗り組んでいた全員が戦死してしまった。他にもパブリク突撃艇が2機撃墜され、12戦隊の戦力は、ガンキヤノン1機、ジムが5機、パブリクが5機というものになってしまった。
「ムサイは、3隻全て撃沈、敵のモビルスーツも5機ないし6機撃墜し、哨戒線の突破に成功しました」
 オドリック中佐は、沈みがちな雰囲気を何とかしようと、戦果が大きかったことを強調しようとした。しかし、それには、誰も同調しなかった。
 ライアン艦長だけは、オドリック中佐の気遣いを心の中だけで評価していた。ただ、サラブレットをはじめ、12戦隊のほとんどの兵士達は、戦いがどんなものなのか理解しきれていないのだった。ジオン軍だって必死に戦っているということを。ライアン艦長は、みんなに哨戒線を突破したことと、後3時間余りでルナ2の制宙圏内に入れることをを艦内放送で告げ、ムサイ3隻を撃破したことも付け加えた。
 
 ルナ2に入港した12戦隊は、半ば奇異の目で迎えられた。グラナダに突入して、しかも3隻も無事で帰ってくるとは、誰も思いもしていなかったからだ。12戦隊の、グラナダ強襲作戦は、12戦隊の未帰還を前提としていたのだった。
 しかも、戦闘詳報の分析結果は、12戦隊が望外の戦果を挙げたことをも知らしめた。ソロモンのパトロール隊との接触で、ある程度の損害を受けはしたが、そのパトロール隊も撃破して帰還したのは、全くもって称賛に値するものだった。
 本来ならば、休暇の1日や2日与えたいものだと、ルナ2司令のワッケイン大佐も考えたようだが、全体の作戦の流れは、それを許さなかった。新鋭の強襲揚陸艦を含めて3隻もの戦力を遊ばせておけるほど、宇宙の連邦軍は、余力があるわけではないからだ。
 ただ、僅かに、温情があったとすれば、12戦隊司令のライアン艦長以外には、全員に上陸許可が与えられたことでしかなかった。
 ライアン大佐は、上級司令部に他の戦隊の司令官達とともに出頭し、明日以降の作戦についての詳細を知らされた。
「ソロモン、ですか?」
 ライアン大佐は、ティアンム提督の主作戦目標をきかされて口ごもった。今日、グラナダに決死行を敢行したばかりなのに、明日、また、ジオン軍の3大拠点の一つに赴かなければならないのだ。
「今度は、先頭を切るのは、ワッケイン大佐のルナ2艦隊とホワイトベースの13戦隊だ。12戦隊は、ティアンム本体に一時的に編入し・・・」
 ソロモン攻略作戦の首席作戦参謀は、明日の作戦についての詳細をライアン艦長達に話はじめた。話を聞くかぎりでは、12戦隊は、比較の問題でしかなかったが、少しは楽ができそうだった。
 
「戦術講義をやるんだが、フランクも参加するかい?」
 シュタインが、新米の、といっても、シュタインやフランクも実戦経験はまだ3度しかないわけなのだが、アルベベ、キリングス両准尉を後ろに従えて声を掛けてきた。もちろん、チン少尉もしぶしぶ従わされている様子で、その後ろに立っていた。
「いや、勘弁して貰えるかい?」
 フランクは、しばらく考えるふりをして、断った。もちろん、最初から付きあうつもりはなかった。何しろ、この前の上陸では、結局大目的を果たせなかったからだ。味もわからないコーヒーをたった一口、口に運んだだけで、呼集を受けてしまったからだ。今夜こそは、士官食堂で、ましなもの、あればの話だが、を口にするつもりだったからシュタインの誘いは邪魔なものでしかなかった。まあ、どんなものでも、戦闘食よりはましなはずだった。
「しゃーないな、じゃあいくか?」
 後ろの3人を促しながら、シュタインは、少しだけ満足げな表情を浮かべた。何しろ、戦術講義を行うといっても、自分より撃墜数の多いフランクがいたらほんの少しやりにくいと心の中では思っていたからだ。すでに、フランクが10機もの撃墜を果たし、1隻は共同といっても3隻のムサイを葬っているのに対し、シュタインは、ようやく、今日のグラナダ強襲で2機の撃墜を果たしたに過ぎないからだった。加えていうならば、チン少尉は、グラナダで3機、ジオンパトロール隊との接触で1機を撃墜しているのだが、元来口数の少なく、控えめなチン少尉は、シュタインのいうままになっているのだ。
「すまないな、シュタイン」
「いやいや、気にせんでいいさ、フランク」
 そういうと、シュタイン達は、サラブレットの居住区を出てどこかへ歩いていった。
 去り際に、チン少尉が、救いの手を求めるようなしぐさを見せたのだが、表情の少ない東洋人の顔からそれを読み取れるほどフランクは、敏感ではなかった。
「う〜ん、今日は、たどり着けるかな?」
 一人つぶやいた、つもりだったが、後ろから声がかかった。
「無理なんじゃないですか?少尉?」
 ふりかえると、ステファニー伍長が、いつの間にか笑いながら立っていた。通信用モニターで見慣れた、ノーマルスーツではなくって、グレーの制服を着ていた。
「どちらへ行かれるんですか?少尉?」
「あ、あのですね、だな。士官食堂へ」
「士官食堂ですか?」ステファニー伍長は、にっこり笑って尋ねた。「よかったら少尉、御案内しましょうか?もし、私も、食事を御一緒してもいいんでしたら」
 ステファニー伍長の申し出はフランクにとってみれば願ってもないものだった。自分から誘いたいぐらいだったからフランクが、いやと言うはずがなかった。
「僕は、かまわないが・・・。他に誰かいないのかい?伍長」
 嬉しさを隠すために遠回しにオッケーをした後に野暮な質問を言って、しまったと思ったが言ってしまったものは仕方なかった。
「わたし、艦橋勤務でしょう?他の人たちとは、あんまり馴染みがなくって。まさか。オドリック中佐を誘うわけにもいかないでしょう?」
 いたずらっぽく笑ってステファニー伍長は、フランクをどぎまぎさせた。オドリック中佐は、規則ずめなので若い兵士から少しばかり疎んじられているのだ。それにいわれてみれば艦橋勤務で女性はステファニーしかいなかった。
「少尉とは、昨日食堂で一緒にお食事を仕掛けましたし、その続きです。後、士官食堂、士官と一緒なら入れるかなと思って」
 ステファニー伍長の本音が、士官食堂にあるのがわかってフランクは少しばかりがっかりしたが、また、道に迷ってタイムアウトになっても悔しいばっかりだし一緒に食事を食べられるということには違いがないので、ステファニー伍長に道案内を頼むことにした。
「じゃあ、言葉に甘えて、案内してもらうよ。でも、大丈夫かい?」
「はい、少尉。実は、昨日、場所だけ調べておいたんです」
 また笑いながら、ステファニー伍長は、抜け目のないところを披露した。
「ステファニー伍長、フランク少尉をルナ2士官食堂にお連れします」
 確か、伍長は、昨日も同じようなことをいっていたなと、苦笑しながら、フランクもそれに答えた。
「伍長、よろしく頼む」
 それを、少しおどけて言えたことにフランクは自分でも驚きながらステファニー伍長の後をついて歩きはじめた。
 昨日、フランクが、何時間かかっても辿り着けなかった士官食堂にステファニー伍長は、フランクを10分余りで連れてきた。ステファニーが凄いのか、それとも自分があまりにも方向音痴なのか?できれば前者の方であって欲しかった。
 士官食堂は、12戦隊の帰還した時間が、宇宙標準時の夜も遅くになったこともあってまたしてもがらんとしていた。一応24時間利用が可能なので、食べられないことはなかったが、寂しい感じがした。
 食堂の担当士官の年配の大尉は、ステファニーの伍長の階級章を見て何やらいいたそうにしたが、フランクが「12戦隊、モビルスーツパイロット、フランク少尉であります」と、いうと、驚いたような顔をした。
「12戦隊の?グラナダに行ってきたっていう?そっちのお嬢さんも?」
「伍長は、艦橋職員です」
 フランクは、後ろに立っているステファニー伍長についても説明をした。
「御苦労だったな、少尉。それから今日は特別に伍長も、ろくなもんは食えんが好きなものを食っていってくれ」
 交互に、2人を見た後にそういうと、大尉は、敬礼を送って寄越した。
 フランクとステファニー伍長も敬礼を送り返した。
 確かに、ろくなメニューはなく、ほとんどが代用食という代物だったが、一般兵士用の食堂よりは、選べる範囲がやや豊富という感じだった。それでも、宇宙に出てからこっち、戦闘食しか食べていなかったフランクにはどれもが御馳走にみえた。
 それぞれに食べたいものを注文してトレイに乗せると適当なテーブルについた。
「わたしたち、有名なのかもしれませんね?少尉」
 ステファニー伍長は、ハンバーグにナイフを入れながら、いった。
「そうかな?」
 フランクは、パスタをフォークに巻き付けながら気のないふりをして見せた。
「だって、少尉、あの大尉、少尉が『12戦隊の』っていったらびっくりしたような顔をしてましたよ。それに、本当は、わたし、ここに入っちゃいけないみたいな口ぶりでしたし」
「きっと、たまたま今日も一日戦ってきたのを知ってて、それをねぎらってやろうと思ったんじゃないかな?」
「そうかしら?」
 少し、首をかしげる仕草をして、ステファニー伍長はちょっと不服そうな表情をした。でも、すぐににこやかな表情になって別な話題を振ってきた。
「少尉は、12戦隊のエースですね?凄いです」
「え、エースって、そんな」
 フランクは、思いもかけない言葉に驚いた。
「あら?知らないんですか?サラブレットじゃみんないってますよ。オドリック中佐が5機以上撃墜をしたパイロットはエースなんだっていってましたもん」
 確かに、フランクも、パイロットの候補生として訓練を受けているときに、教官からそんなことを聞かされたのを思い出した。
「そんな大それたもんじゃないよ」
「でも少尉は、うちの隊じゃ一番のエースですよね?違いました?」
 ステファニー伍長は、フランクの瞳をのぞき込むように見つめた。
「ほ、他のパイロットがどうなのかよく知らないからな」
 フランクは、間近にステファニー伍長の顔を見てドキドキしてしまった。みればみるほど、端正な顔つきだった。それに女性の笑顔というのはいつみても、男の心を和ませる、それが美人ならなおさらだった。
 それを見て、ステファニー伍長は、あら?という顔をして、いたずらっぽく笑った。何かに気が付いたそぶりだった。
「ねえ、少尉?わたし、少尉みたいなひと好きですよ」
 そして、くすくす笑いながら続けた「なんて、言える身分じゃないですよね」
 フランクには見透かされてからかわれているようにしか思えなかった、でもけっしてからかうだけの意味で言っているのではなかったのだけれど。
「ご、伍長・・・」フランクは、かろうじて眉間にしわを寄せることができたが、主導権は、完全に伍長のものになった。
 いつしか、二人は、少尉と伍長ではなく二人の年齢にふさわしい話し方になっていた。もちろん、フランクは、上官だからということを気にしなかったし、ステファニー伍長も、フランクの心を見透かした後では、その方が楽しい一時を過ごせるのではないかと考えたからだった。
 ライアン艦長が、12戦隊に戻り、再び呼集をかけるまで、今夜は少しばかり時間があるようだった。
 
 フランク達が遅い夕食をとっているころ、ルナ2からは、明日の大作戦の第一陣が出港しつつあった。
 ルナ2艦隊のほぼ全力、マゼラン級戦艦3隻、サラミス級巡洋艦12隻からなる一隊である。これには、後に13戦隊のホワイトベース隊が合流することになっていた。ルナ2主力の任務は、ティアンム艦隊に先駆けて、ソロモンに攻撃をかけ、ソロモンのジオン軍を混乱させることにあった。艦外系止のモビルスーツも含めて、ルナ2艦隊には、ジム・モビルスーツが118機、ボールが188機随伴する。要塞のメガ粒子砲座の威力を半減させるビーム撹乱膜を散布するためのパブリク突撃艇も50機余りが同行する。無論、ソロモンの全戦力に比べると数は少ないが、無視してしまえるほどの戦力でもなかった。
 ルナ2艦隊の出現に、ソロモンのジオン軍は対処を迷うことになるだろう。
 さらに、陽動を主任務にしたサラミス2ないし3隻からなる小艦隊も数隊が同時に出港した。これらの任務は、ダミー部隊を編成し、作戦発動まで、主力のティアンム艦隊の所在を露見させないことにある。これらの部隊も、ジムを10ないし12機装備しており、作戦開始時には、ソロモンに突入することになる。しかし、主任務は、あくまで作戦開始時まで自分たちこそが主力隊であるように欺瞞することにある。
 支援隊に遅れること6時間、ティアンム本隊のマゼラン級戦艦6隻、サラミス級巡洋艦18隻がルナ2を発進する手はずになっていた。これには、12戦隊と14戦隊が随伴する合計では、マゼラン級7隻、サラミス級23隻、ペガサス級1隻の大部隊となる。さらに、コロンブス級大型補給艦が、8隻参加し、今回の作戦の目玉ともいうべき新兵器を運ぶ。
 ティアンム主力には、12戦隊と14戦隊のモビルスーツ戦力を合計し、実に208機のジムと277機のボールが配備されていた。
 
 一方、ソロモンでは、過去数時間の哨戒活動から、ソロモン空域での連邦軍の動きがかつてないほど活発になっているのを掴むと同時に、ルナ2から大規模な連邦軍艦隊が出撃したのを察知した。
 これを受けて、ソロモン宇宙攻撃軍司令ドズル中将は、24時間以内にソロモンに対し、連邦軍が攻撃をかけてくることを覚悟したと言われる。このときになって、ドズル中将は、本国政府に対し、モビルスーツ戦力の増援を要求すると同時にソーラー・レイの使用を具申したとされるが、デギン公王がこれに難色を示したこと、また、現時点において、連邦軍主力の位置を掴めていないことが災いし、ソーラー・レイの実戦使用は見送られた。また、一説には、この時点ではソーラー・レイ自体が稼働体制に入っていなかったとも言われている。
 10月に入って以降、ソロモンのジオン軍は、多数の艦艇とモビルスーツを連邦軍との交戦で喪失していたが、それに対する補充は全くされていなかった。
 実際、戦力が不足していたにもかかわらず、ソロモンのジオン軍、というよりは、ドズル中将は、グラナダに対しては一切、救援の要請を行わなかったとされている。本国よりもより、ソロモンに近く、戦力の急派も可能であったにもかかわらずにである。
 実際、この戦力の不足が、ソロモン周辺空域の偵察活動にも影響を及ぼし、連邦軍の攻撃を察知しながらも連邦軍本隊を発見することができずに有効な手立てが打ち出せないという悪い結果を生みだしていた。
 
 フランクは、その壮大な作業をガンキヤノンのコクピットから、半ば唖然として見守っていた。最初、例によってシュタインから連邦軍の対要塞兵器が、鏡を使って太陽光線を要塞上に集光するものであると聞いたとき、そのような前時代的な兵器が通用するのかどうか首をかしげたが、今は十分納得できた。8隻のコロンブス級補給艦から整然と吐き出され、宇宙空間を埋め尽くさんばかりの規模で並べられていく鏡をみていると、それが可能であることが実感できた。
 縦20メートル、横40メートルの鏡は、宇宙工学によって極限にまで薄く作られ、1枚1枚がレーザー通信によって操作されるのだ。
 その鏡が、万の単位で一糸乱れず展開される様は、まさに宇宙規模の兵器であると言えた。9割近くが、既に並び終わっている現在その専有面積は優に地球の小さな国家規模に達しようとしている。このように壮大な規模にもかかわらず、いまのところジオン軍に発見された兆候はなかった。
 攻撃開始の零アワーまでは、後数分しかなかったが、鏡の展開にはもうしばらくかかりそうだった。
(遅れているんだな)
 フランクは、漠然と考えた。
 ルナ2艦隊が突撃開始する零アワーに合わせてソーラー・システムを使用するのだと思っていたのだ。しかし、ティアンムには、最初からその気はなかった。ルナ2艦隊が攻撃を開始することによって、いやが上でもジオンの初動は、ルナ2艦隊に対応したものにならざるを得ない、そのためにも、ティアンムはルナ2艦隊に、十分な戦力を与え、ホワイトベースまで付けたのである。
 一反、ルナ2艦隊に反応したジオン軍が、後方から未知の新兵器に襲われたときその効果は絶大なものになるはずだったし、ソーラー・システムはそれができるだけの威力を持っているはずだった。
 ティアンムは、最初からその効果を狙っていたのだった。
 零アワーとほとんど同時にフランクは、ソロモンの方向で美しい煌めきが沸き起るのに気が付いた。最初はまばらに、しかしそれはすぐにソロモンの一角を覆い尽くすほどの規模になっていく。
「なんて綺麗なんだ・・・」
 フランクは、思わずつぶやいていた。しかし、すぐにその煌めきの意味に気が付いてフランクは、がく然とした。その美しい煌めきは、熱核爆発の煌めきだということに気が付いたのだ。つまり、一つ煌めくごとに、何人か、何十人かの兵士達が死んでいっている証なのだ。
 その恐ろしい意味を持つ煌めきが、絶えることなくソロモンの周りで煌めきはじめたのだ。
 
「思いの外、連邦軍のビーム撹乱膜の性能はいいようです」
 副官のラッコク大佐が、ドズル中将に耳打ちするように言った。連邦軍のビーム撹乱膜によってソロモンのメガ粒子砲は、半ば以上無力化されていた。迎撃をミサイル中心のものに変更していたが、その効率の低下は否めなかった。
「連邦軍の主力には、グワラン隊を差し向けたのだな?」
 ドズルの雷のような大声が、司令部にこだました。ラコックの意見具申とは言え、自分の妻と娘を脱出ポッドで脱出させたことに多少の負い目を感じている様子だった。
「はい」
 ラコックは、返事をして、多少ためらってからもう一つの意見具申をすることを決意した。先に攻撃を掛けてきた連邦軍部隊にでさえ手を焼いているところに、ようやく連邦軍の主力を見つけたところだった。この主力隊とおぼしき連邦軍艦隊を発見した偵察小隊のザクは、まだ動きを見せていないとの連絡のあと報告を絶っており詳細は不明なままだった。既に、連邦軍の別動隊が、攻撃を開始して10分以上も経過しているのにもかかわらずその方面からの攻撃はなされていない。これは、明らかにおかしい事態だった。ラコックをはじめ、ジオン軍の参謀達は、ただならぬものを感じていた。セオリーに反する行動の裏には、何らかの秘策があるに違いないからだ。もしくは、報告をたった偵察小隊の誤認であるかだ。
 しかし、先に攻撃を始めた部隊が主力であり得ない以上、偵察小隊の送ってきた情報に基づき艦隊を送るしかなかった。現に艦隊は確認されたのだから。なによりもソロモンの司令部を不安にさせているのは、この攻略作戦は、知将の誉れ高い、ティアンムが指揮する艦隊であるということだ。何もないはずがなかった。
「閣下、第七師団に援軍を求められましたら?」
 第七師団とは、キシリアの宇宙機動軍の最精鋭師団であり、常時出動体制が整えてある部隊である。数あるジオン軍の戦闘師団のうち最も戦闘力の高い師団である。もっとも、ドズルは、認めていなかったが。
 しかし、ドズルは、即座にそれをはねのけた。
「・・・ふん、これしきで、国中の物笑いの種になるわ」
 その、直後だった。
 外部の情報を送ってくるテレビカメラの映像が、次々と消え始め、かすかな震動が、ソロモン全体を揺るがしはじめた。
 
「そ、ソロモンが・・・」
 フランクは、ついに、稼働した連邦軍の対要塞兵器の威力を遠望した。攻撃の瞬間になっても、派手なことは何も起こらなかったが、それとは、裏腹に、全てのミラーの集点は、ソロモンの一角に集中したのだった。
 やがて、ソロモンの一角が、白熱し、明るく輝くのが見て取れた。
 衛星ミサイルが、ミラーを直撃し、ミラーを何個所かで数百枚単位で粉砕したが、全体の数から考えればそれは被害のうちにも入らないのかもしれなかった。
 フランクは、衛星ミサイルが、次々とティアンム艦隊の方へ流れていくのをただ見ているしかなかった。ただの岩石に、化学ロケットエンジンを付けただけの衛星ミサイルは、迎撃のしようもない厄介な代物だった。岩石の質量そのものに、速度を与えて、攻撃力としているだけに破壊のしようがないのだった。コースさえ、見誤らなければ、直撃を避けることは容易だったが、いったん直撃すれば、質量そのものが破壊力となり、岩石によって、いかな最新鋭艦といっても押しつぶされてしまうのは必至だった。
 衛星ミサイルが、次から次へと流れてくる中、ついに、全モビルスーツ突撃の発光信号が打ち上げられた。フランクが、衛星ミサイルに目を奪われている間に、ソーラー・システムの照射はいつしか終わっていた。
「効果があったのか?」
 フランクは、誰も返事をしてくれることのない質問をしながら、ガンキヤノンを前進させた。その動作は、いつしか自信の溢れたものになっていた。フランクは、4度目の戦闘に自身を投入した。
 
 僅か、1分余りのソーラー・システムの照射によって、ソロモンのジオン軍は深刻な損害を受けていた。まず、連邦軍主力を迎え撃つべき、グワラン隊のグワランを含めたほとんど全ての艦艇が、照射のただ中に搦め捕られた。
 グワラン隊に、焦点が合わされたわけではなかったが、それでも、戦艦を撃破するには十分な熱量があったのだ。連邦軍としては、そのような効果は期待していなかったが、たまたま照射のただ中に、グワラン隊が存在してしまったのだ。不幸な出来事だったがソロモンにとっての不幸はまだ始まったばかりだった。
 連邦軍の艦艇も含めて、どんな艦艇も、表面温度が1000度にもなることを想定して建造はされていない。その結果、熱核爆発を起こすまでもなく、艦内の兵士達は、蒸し焼きにされる結果になった。その後に起こる熱核爆発は、既に死んでしまった兵士を蒸発させるだけだった。
 20隻余りの艦隊は、搭載モビルスーツとともに、僅か1分でジオン軍の艦籍簿から消えることになった。
 1分間のソーラー・システムの照射によって、直接焦点の合わされたソロモンスペースゲート付近の温度は、6000度以上にもなった。もはや、いかな兵器も耐えうることが不可能な熱地獄の出現だった。ソロモンの表面の約7パーセントが、ソーラー・システムの照射にさらされた。照射にさらされた区画にあったメガ粒子砲座、ミサイル発射機は全てが破壊された。全体では、7パーセントでも、連邦軍の主力隊が進攻してくる戦闘正面だけで見ると、その、照射面積は、実に42パーセントにも達し、事実上、組織だった迎撃が不可能になった。
 さらに、何に攻撃されたかも分からない状況下で、しかも、1分という短時間で、グワラン隊のほぼ全部、連邦軍主力隊進攻正面のほぼ半分の迎撃力が失われたことは、ソロモンのジオン軍司令部を混乱させずにはおかなかった。
 ソロモンのジオン軍は、もちろん、全滅してしまったグワラン隊の代わりの戦力を編成しなければならなかった。要塞自体の防御力が、減少したことによって、さらに、多くの戦力を必要としたが、その戦力は、もうどこにもなかった。
 ドズル中将は、このとき、全てのモビルスーツ戦力をいったん引き、ソロモンの水際で迎撃することを命じた。しかし、このことは、さらにジオン軍戦力をすり減らすことになった。交戦中の部隊にも、後退を命じたためだ。
 戦闘での損害というものは、正面切っての戦闘をしているときにはさほど、派手さの割には発生しない。お互いに、敵を見ているからだ。損害が発生するのは、まさに後退の時だった。後退する側は、心理的に負けを意識し、士気も下がる。また、自分だけが戦場に取り残されるのではないかという不安も心に取り付く。一概に秩序を失ってしまう。
 逆に、攻撃側は、敵が後退をし始めたことによって、自分たちが勝っているということを意識し、士気はおおいに上がる。また、背を見せた敵を撃破することは容易にもなる。
 古今東西、その傾向は変わることがなかった。そして、このソロモンの戦いでもそれは証明された。撃墜、撃沈されるモビルスーツ、艦艇が続出したのだ。ソロモンのジオン軍は、一気に多数の戦力を失った。
 また、友軍モビルスーツの援護を受けられなくなったジオン軍のガトル、ジッコといった攻撃艇は、一方的に撃破され始めた。これらの戦力は、ソロモンに後退しても、要塞の中では全く役に立たないために、後退命令を受けなかったのだ。だが、これらの戦力は、モビルスーツと共同してこそ戦力たりうるものだったので、モビルスーツ隊が後退したあとは、連邦軍のボールにさえ、餌食にされることになった。
 さらに、後退する友軍モビルスーツに混じって接近してきた連邦軍モビルスーツを、ソロモンの迎撃戦力は、同士打ちを恐れて有効に迎撃できず、多数の連邦軍モビルスーツの上陸を許してしまった。その数は、100機を越える大規模なものだった。
 ソーラー・システムによって混乱したジオン軍は、戦術的な誤りを犯してしまったのだ。
 ソロモンのジオン軍としては、ルナ2艦隊の攻撃を最初から水際で受け止めるべきだった。ドズル中将は、20隻程度の連邦軍は一蹴できると考えてしまったのだ。その考えの中には、破竹の勢いだった開戦当時の記憶がなかったとは言い切れない。モビルスーツを200機以上も、ボールも含めてだが、装備した連邦軍の攻撃力を見誤った結果、ドズル中将の予想に反して、ルナ2艦隊の殲滅に失敗し、その間に、未知の新兵器の攻撃を受けてしまった。
 また、ろくな機種転換訓練もしないままリック・ドムを各部隊に配備したことも全体の戦力の低下を招いていた。リック・ドムの操縦に不慣れなパイロットが多数存在したのだ。機体本来の性能を引き出せないままに、多くのリック・ドムが失われた。それに対し、教育型コンピューターを装備した連邦軍のジムは、機体本来の性能を十分に発揮していた。そして、装備する武器が決定的に違ったことも見逃せない。
 そして、細かなことになるが、13戦隊のガンダムと、コアブースターの異常な戦闘力も一役かったことは、間違いがなかった。
 こうした種々の過誤が重なった結果、ソロモンのジオン軍戦力は、急速に磨り減っていった。
 もちろん、連邦軍にも、過誤が全くなかったわけではない。
 しかし、より多くの過誤を犯したのは、ジオン軍であった。そして、戦争においては、過誤のより多いほうが敗北を喫するのだ。
 
「みんなは、ついてきてるのか?」
 フランクは、後方確認用モニターにちらりと視線を走らせた。シールドに、大きく自分の名前を漢字で書き込んだチン少尉のジムに並んで、シュタインのジム、さらに、その後方にアルベベ、キリングス准尉のジムが、フランクのガンキヤノンに続行していた。各々の機体には、名前や、撃墜マークが、書き込まれていた。
 そういう、フランクのガンキヤノンにも、右胸には撃墜マーク、左胸には名前を白でペイントされていた。
 頼んだわけではないのだが、オドリック中佐が、景気付けに書くようにメカニックマンに指示したらしい。モビルスーツ撃墜の戦果は、1機ごとに赤か白の星マークが書き込まれ、戦艦の撃破には、ムサイのシルエットが書き込まれていた。
 フランクが、先頭なのは、レイモンド中尉の戦死によって12戦隊のモビルスーツのうち、サラブレットのモビルスーツ隊の指揮をフランクが、任されることになったからだ。
 だが、全体の先頭を突っ走っているわけではなかった。サラブレット隊のモビルスーツの指揮官ではあっても、ティアンム艦隊全体から見れば、フランクは、一介の士官にしか過ぎず、全モビルスーツ隊の指揮は本隊の、何とか言う中佐がとっているのだ。
 確か、ブリーフィングでは、名前を聞いたのだが、アドレナリンが頭に上ってくると同時に失念してしまったのだ。しかし、それは、大きな問題ではなかった。いったん、突撃をし始めれば、ミノフスキー粒子の充満した宇宙空間では、無線連絡による相互のやり取りは不可能になるからだ。あとは、小隊単位で戦うほかはなくなる。濃いミノフスキー粒子散布下では、その小隊単位を維持するのも容易ではないのだ。
 だが、12戦隊のサラブレット隊は、フランクのおかげで、その危険は他の部隊より小さかった。真っ赤なガンキヤノンは、他のどんなモビルスーツよりも目立つからだ。
 約半分の迎撃力を奪われたとは、とても思えないほどの迎撃の砲火が、健在なジオン軍の火力拠点から撃ち上げられてきていた。残余のジオン軍は、まだ決して戦意を失っていないことが明らかだった。
 その防御砲火に捉えられて、撃墜される連邦軍のモビルスーツの数は、決して少なくはなかった。しかし、いまのところサラブレット所属のモビルスーツは、幸いにも1機の損害も受けていない。
 今や、ソロモンは、モニターの全面を占めるようになっていた。先頭集団のジム隊は、既にソロモン自体に上陸しつつあった。支援のボール隊の砲撃がソロモンの表面上で、炸裂しているが、効果があるのかどうか、フランクには分からなかった。
 フランクは、自分たちがどこに上陸すべきか、モニターを素早く見回した。事前のブリーフィングでは、「各個に、ソロモン上の拠点を制圧せよ」としか命じられていない。連邦軍には、ソロモンの確かな構造が全くわかっていないのだ。
 そして、ジオン軍のガトル戦闘艇が出撃してくる出撃口を見つけると、ガンキヤノンの左手で、指をさした。後方確認用のモニターの中で、他のモビルスーツがシールドを軽く上下させ、了解したという意思表示をした。5機のモビルスーツが、一塊になって、意志のある動きを見せ始めた。
 まず、チン少尉のジムが、出撃口に、バズーカー砲の砲弾を3発連続で叩き込んだ。バズーカーの砲弾は、3発とも、吸い込まれるように、出撃口に命中し、赤黒い爆発が起こる。その爆発をくぐり抜けるようにして1機のガトルが、奇跡的にも飛び出してきたが、そのガトルは、アルベベ准尉のジムのスプレーガンの3連射によって、1個の火球に変えられた。
 5機の連邦軍モビルスーツの接近に気付いた付近の砲座が、応射してくるが、モビルスーツの動きに合わせる前に、フランクが、キヤノン砲の射撃で次々にジオン軍の防御砲座を沈黙させていく。アルベベとキリングスのジムもそれに加勢をするに及んで、付近の防御砲座は完全に制圧され沈黙してしまった。
 同じような光景があちこちで繰り広げられ、連邦軍のモビルスーツ隊は、次々にソロモンへの上陸を果たしていった。 
 5機のモビルスーツは、次々に、出撃口を取り囲むように、ソロモンに接地した。
「シュタイン、手榴弾を」
 フランクは、シュタインに指示をした。これだけ近いと、ミノフスキー粒子の影響もほとんどなく、無線が使えた。本来、熱核爆発のことを考えれば、各機の間隔はもっと取らなければならないのだが、ソロモンに上陸するという興奮にフランクは、すっかりそれを失念していた。
「オッケー、フランク少尉殿」
 やや自嘲気味に返答をするとシュタインは、ジムのシールドの裏側に装着されたM−22手榴弾を1個取り外し、出撃口の中に押し出すように放り出した。手榴弾といっても、M−22手榴弾は、高性能火薬を300キログラムも詰め込んだ、もはや爆弾と表現したほうが早い代物だった。宇宙空間では、威力がないが、四方を囲まれた要塞内部で効果的に使えばそれなりの威力を発揮する。
 シュタインのジムの手を離れたM−22手榴弾は、軽くロケット噴射をすると、自ら出撃口の奥へと流れていった。
 一瞬の間を置いて、オレンジの炎が、出撃口から勢いよく噴出した。炎と一緒に、破壊されたガトルの破片も飛び出していく。
「よし、突入する」
 フランクは、短く命令した。まだ、命令を出すことに慣れていなかったが、黙っているわけにもいかなかった。戦闘マニュアルでは、簡潔な命令が望ましいと言っている。
 敵が、いたら?ガンキヤノンを前進させるときに、一瞬だけ恐怖を感じたが、フランクは、それを克服した。フランクに続いて4機のジムも突入した。
 30メートル四方の出撃口の内部は、M−22手榴弾とチン少尉の撃ち込んだバーズカーによって、焼けただれ、酷く破壊されていた。照明はほとんど失われていたがジムやガンキャノンの光学システムが増幅し視覚的な映像を得る程度には残っていた。
「フランク、敵はいないようだな」
 後方のシュタインが、呼び掛けてきた。予想した反撃は、全く起こらなかった。
「ああ、そうらしい」
 それでも、フランクは、モニターに全注意を注いだ。ザクが1機現れても、酷いことになる可能性があるからだ。
 20メートルほど進んだところが、ガトルの発着場になっていたらしくかなり広い空間になっていた。モビルスーツが5機入り込んでも、狭さを感じないほどの広さだった。恐らく、中隊単位のガトルの発着場だったに違いなかった。M−22手榴弾によって破壊されたガトルの残骸が、何機分か、その中を浮遊していた。
 いなければいいと思っていたジオン軍のモビルスーツは、本当にいなかった。
「どうします?フランク」
 チン少尉が、不安げな声で聞いてきた。
「あ、ああ」
 しかし、フランクは、あいまいな答えしかできなかった。突入すれば、戦闘につぐ戦闘で息つく暇もないと思っていただけに、突如としてやって来た静寂に対処を思い付かなかった。
 とりあえず、アルベベ、キリングス准尉にここの確保を命じ、この場所に残し、シュタインとチンを引き連れて新たな敵を探すために、ソロモンの外へ出ることを決めたのは、それから20分も経ってからだった。
 
 その頃、ドズル中将は、ビグザムのコクピットの中で、最終決断を迫られていた。
 既に、要塞内部に上陸した多数の連邦軍モビルスーツによって、ソロモンの内部はずたずたにされ、各拠点間との連絡すらままならないようになっていた。統一指揮による迎撃は、もはや完全に不可能になっていた。連邦軍の最初の攻撃から一時間と経っていなかった。
 自身は、ビグザムの強力すぎる火力によって、内部に侵入した連邦軍モビルスーツを10機以上も撃破していたが、それは、単なる自己満足にしか過ぎないということを知っていた。
(これ以上の抵抗は、各部隊が各個撃破されるだけだ)
 そう判断したドズル中将は、ソロモンの放棄を決意した。
 最後の予備戦力、チベ4隻、ムサイ12隻からなる部隊に連邦軍艦隊に対する突撃と、要塞の放棄を命じた。
 そして、自らも、残りの稼働時間が少なくなったビグザムで最後の決戦を敢行することにした。このビグザムのように目立つモビルアーマーが突撃すれば、当然連邦軍の注意を引く。そうすれば、1機でも、1隻でも多くの友軍戦力が脱出できるはずだった。また、ビグザムは、それができるだけの能力もあるはずだった。