「ソロモン表面上に動きがあります」
 ジオン軍の新たな動きは、優秀な連邦軍のオペレーターによってただちに、ティアンムに報告された。
「何か?」
「中規模の艦隊が出撃しつつあるようです」
 オペレーターの報告に、ティアンムは一瞬だけ逡巡した。周りの者には、即座に命令が下されたようにしか感じられなかったが。
「ソーラー・システムは、まだ使えるかね?オズウェル大佐」
 最後の報告では、衛星ミサイルによってソーラー・システムはかなりの損害を被ったとの報告を受けていた。
「はい、70パーセントの確率ですが、いけます。やりますか?」
 副官は、若干の懸念を表した。味方のモビルスーツ部隊が展開している以上、どんなに集光範囲を限定しても、巻き添えが出るのは避けられないからだ。
「やりたまえ、ソーラー・システム集光後各艦は、各個に敵を殲滅する。最大戦速にはいれ」
 ティアンムも、味方の巻き添えのことは十分に考慮したが、ジオンの艦隊が展開したことによる全体の損害の方が大きいと判断したのだ。
 ついに、連邦軍の主力艦隊は、動きだした。
 
 連邦軍の対要塞兵器のソーラー・システムは、ティアンムの副官が報告した効率よりも少し悪い64パーセントの集光率でこの日2度目の照射を行った。直接破壊されたミラーの他にもレーダー通信に支障を来したミラーがかなりの数にのぼったのだ。
 その集光率でさえ、ジオン軍の残存艦隊に与えた損害は、かなりのものになった。そしてまた、戦後になっても、その実数は公表されないままになっているが、かなりの連邦軍モビルスーツが、巻き添えになったこともまた確かだった。戦後に発表されたある資料では、直接戦闘で失ったよりも多くのモビルスーツがこのときに失われたとするものもあるほどだ。
 ソーラー・システムは、味方と敵を区別して攻撃できるほど繊細な兵器ではなかったのだ。その宇宙的な規模と同様に兵器としては大ざっぱでしかなかった。その分、ソロモンに直接与えた打撃には測りしれないものがあった。
 2度にわたるソーラー・システムの照射とそれまでの戦闘によってほぼ壊滅的な損害を受けていたジオン軍であったが、最後の瞬間、連邦軍の包囲網を突破しようと試みた際の残存兵力の抵抗はすさまじいものだった。それは、端的にドズル中将が自ら搭乗したビグザムに象徴された。ビグザムは、ソロモンを出撃してからガンダムに撃墜されるまでの僅か十数分間にただ1機で、実に9隻もの連邦軍艦艇を撃沈した。そして、その中には、このソロモン攻略戦の指揮をとったティアンム提督が座乗するマゼラン級戦艦ボスポラスも含まれていた。
 その結果、多くの友軍モビルスーツを巻き添えにしたことの責任を取れるものはいなくなってしまった。
 このように、局地的には、連邦軍の指揮官を戦死させるというような戦果を上げたジオン軍だったが、結局のところ、連邦軍の包囲網を突破できたジオン軍の戦力は、微々たるものでしかなかった。
 そして、ガンダムによるビグザムの撃墜を、まるで合図にしたかのように、ソロモンのジオン軍は、急速にその抵抗を終息していった。
 信じられないことに、ジオンの最重要拠点であるはずのソロモンは、連邦軍が、攻撃開始してから僅か1時間余りで、陥落してしまった。それは、ジオン軍もそうだが、攻撃を掛けた連邦軍ですら予想だにしていなかったことだった。
 ソロモンにジオン軍が配置した戦力は、ドズル中将とともに宇宙に消えてしまった。
 そして、ソロモンが、陥落したことによって地球周辺の制宙権は連邦軍の手中に帰した。このことは、ジオン軍が地球に対して補給を容易に送れなくなったことを意味すると同時に、連邦軍が宇宙へ戦力を比較的自由に展開できるようになったことをも意味した。
 
 フランク達のソロモン戦は、ガトルの発着場を占拠したあとは、全くしまらないものだった。ガトルの発着場で無駄に過ごした20分の間に、多勢は決着してしまったからだ。
 フランクが、シュタインとチンとともに、再び宇宙に出たときには、ソロモンのジオン軍は、撃破されるか連邦軍の包囲網を突破してしまった後だった。
 ジオン軍の脱出方向が、連邦軍の主力隊とは、反対の方向だったこともあって、連邦軍の主力艦隊のモビルスーツ隊は、ほとんど戦果を挙げることがなかった。
 現実に戦果も少なかったわけだが、被害も、多くはなかった。
 連邦軍の主力が、感じたただ一つの脅威、ビグザムの特攻は、フランク達がガトルの発着場でぐずぐずしているうちに終わっていた。
 12戦隊と、14戦隊はティアンム主力隊の後尾についていたので、ビグザムの脅威を目の当たりにはしたが、直接的な脅威にさらされる前に、ビグザムは、ガンダムに撃破された。
 フランクが、シュタインとチンとともに、ソロモンをでたときには、残ったジオン軍のモビルスーツは、武器を捨てて戦場を離脱しようとしていた。戦場離脱用のロープを曳いているモビルスーツも多数あり、南極条約では、そういったモビルスーツを攻撃することは禁じられていた。もちろん、頭に血の上った連邦軍モビルスーツによって撃破されるものも皆無ではなかったが、少なくとも、フランクは、戦闘マニュアルを厳粛に受け止めるタイプだった。
 急速に、戦闘の終息したソロモン空域に、連邦軍の生き残った艦艇が集結を始めた。ティアンム提督が戦死したために、暫定的にルナ2艦隊のワッケイン司令が指揮をとっていた。
 ソロモンからの反撃、ソロモン放棄が全てに伝わったわけでは当然ないからだ、に注意を払いつつ、連邦軍艦艇は、ソロモンを取り巻くように集まり始めていた。
 フランクは、その中から、的確にサラブレットの位置を知った。
 後で、チン少尉に、「なぜ、あの時まっすぐにサラブレットに戻れたんですか?」と聞かれたが、その時は、サラブレットの位置がわかったんだ、としかフランクには答えられなかった。
 戦闘終結後に、混乱した中で、まっすぐに出撃した母艦に戻れた例は、ほとんどなかったことをフランクが、知るのは、戦後になってからだった。ほとんどのモビルスーツは、手近にいた友軍の艦艇の護衛に甘んじていた。それは、同じ12戦隊の他のブラジリア、ハイデルベルグの所属モビルスーツにしても同じことだった。12戦隊からは、このソロモン戦において奇跡的にも全く被害が出なかったのだが、そのブラジリアとハイデルベルグの所属機にしても母艦に帰投できたのは、ソロモン戦の混乱が収拾して、ずいぶん後のことだった。
 ともかく、フランク達は、サラブレットを直掩しながら、新たな命令が出されるのを待った。
 それから2時間後にいくつかの部隊に、哨戒が命じられる中で、12戦隊のモビルスーツは着艦を許可された。
 
「准尉達のジムから、連絡ないか?」
 帰艦したフランクは、コクピットから出る前にステファニー伍長に一番に尋ねた。
「いえ、まだミノフスキー粒子の濃度が高くて」
 モニターの中で、ステファニー伍長が少し心配そうな顔をした。「一緒じゃなかったんですか?」
「フランク少尉、別れたのか?」
 横合いから割り込むようにライアン艦長が、通信に入ってきた。
「はい」フランクは、ガトルの発着場を占拠した状況をできる限り正確に説明した。
「了解した、ガンキヤノンの整備が一段落したらブリッジの上がってくれ、少尉」
 ライアン艦長自身もフランクの説明を聞き、処置としての正しさを認めた。フランクの判断に、特に間違ったところがないから、ソロモン戦の混乱が一段落したら二人は、笑顔とともに帰って来るはずだった。
 しかし、二人の准尉は、他のモビルスーツが次々に所属艦に帰還してくる中、その後何時間経っても帰ってこなかった。生き残ったモビルスーツの多くが所属艦に帰還した後になっても、サラブレットの二人の准尉は姿を見せないままだった。
 
 ソロモン空域を遊弋する、サラブレットの艦橋は、これまでにない重い空気に支配されていた。
 ソロモン戦が終息してから既に半日余りが過ぎていた。このときになっても二人の准尉は帰還してこなかった。12戦隊としてもこのままにしておくわけにはいかなかった。もちろん二人の安否を気づかう意味もあったが、もっと現実的な意味で、このまま二人の戦死、もしくは行方不明を報告しないままにしておくと新たな戦力の補充を受けられなくなるという面もあった。それは、そのまま12戦隊の戦力低下につながる。
 新たな作戦がすぐに控えていることが、公然の秘密となっている中、それは避けなければならないことだった。
「これは、尋問ではない、少尉。確かに、その発着場は、制圧できていたんだな?」
 ライアン艦長は、もう一度、フランクに尋ねた。フランクの後ろには、シュタインとチンも付き従っていた。ステファニー伍長が、時折、フランクの方を心配そうに振り返っていたが、フランクは気付く余裕もなかった。
「あの場では、自分はそう判断しました」
 フランクは、再び同じ解答をした。
「二人はどうだ?」
 ライアン艦長の鋭い視線は、フランクの後ろの二人に注がれた。
 シュタインは、何か言いたげに、口を動かそうとしたが、適当な言葉がでてこないようだった。ライアン艦長から視線を外すと下を向いてしまった。
「フランク少尉の判断に間違いはなかったと思います」
 こう、しっかりとした声で応えたのは、意外にもチン少尉だった。艦橋にいた誰もが、一様に少なからずこのチン少尉の言葉に驚いた。普段は、どちらかといえば目立たず口数も少ないチン少尉が、自分の意見をしっかりとした口調で話したからだ。
 ライアン艦長自身も、フランクの判断の正しさを疑っているわけではなかった。現に、ライアン艦長自身も同じ状況であれば同じ判断を下していたと思っていた。黙っていることができなかったのだ、それがフランク少尉の精神を痛めつけることになると分かっていてもだった。だが、チン少尉のはっきりとした口調の意見を聞いて、ライアン艦長自身も、このようなことが意味のないことだと判断した。
 小部隊とはいえ、指揮官が残るわけにもいかない、そして、戦闘が起こる可能性の低いところに新米の兵士を残すのも、セオリー通りだった。そういった意味で、その判断を下すのが遅かったというきらいはあってもフランクの判断はどこも間違っていはしないからだ。
 それに、フランクの言葉通りならば、フランクと准尉達が別れたのは、戦闘の山場をとうに越えてからだった。ジオン軍の大方の部隊が、脱出を始めていた頃のことだ。安全なはずだった。ただ、確かなことは、予想もつかないような不運な出来事が、准尉達の身に振りかかったに違いないということだった。
「すまなかった、フランク少尉。それに、シュタイン少尉、チン少尉も」
 ライアン艦長は、それだけをいうと、フランク達パイロットを下がらせた。
「休んでくれていい」
 3人のパイロット達が出ていくのを見送った後、ライアン艦長は、戦争とはいえ、若いパイロットが次々に戦死していくことに、何かやり切れないものを感じてた。そこまで、考えて、ライアン艦長は、愕然としてしまった。フランク達と一緒に配属されてきたパイロットの名前が思い出せないのだ。まだ、彼が、戦死してから1週間と経っていないのにである。
(俺は、あのパイロットと、二人の准尉の両親に、手紙を書かなければならないというのに・・・)
 戦死した兵士の、身内に手紙を書くのは、部隊長として、サラブレットの艦長としての職責の一つだった。もちろん、彼らに身内がまだいるとしての話だったが。部屋に戻って、彼らの履歴に目を通さなければならなかった。いや、その前に、もう一つやらなければならないことがある、ライアン艦長は、そう考えると、シートを立った。
「オドリック中佐、しばらく、ここを頼む」
 そういうと、ライアン艦長は、今しがた3人のパイロットが出ていった通路を通って、艦橋を後にした。
 
 ソロモン陥落という事態に大混乱に陥ったジオン軍の隙を縫うように連邦軍の大艦隊が、宇宙へと飛び出していった。これらの艦隊を指揮するのは、レビル将軍である。
 この艦隊は、ルナ2に収容しきれないほどの大規模なものであった。
 しかし、ソロモンは、ジオン軍が予想もしない短時間の戦闘で陥落したため、施設の破壊が十分でなかった。本来、撤退にあたって連邦軍が施設を利用できないように破壊するのがセオリーだったが、それを実施することができないほど急速にソロモンは崩壊した。
 実際にはソロモンは、戦前にいわれていたほど強固でもなかったし、連邦軍が大量に投入したモビルスーツと対要塞兵器によって、まさに崩壊してしまった。その結果、ソロモンの施設の多くは無傷で残り、艦船の接岸や、係留にはなんの支障もなかった。
 その報告を受けたレビル将軍は、ただちに全艦隊をソロモンへと向けた。当初の予定では、全艦隊の3割近くをルナ2周辺にて遊弋させることにしていたのだが、レビルは、多少不備があるにしろ、今後の前線からより近いところに全艦隊を集結することにしたのだ。
 驚くべきことにソロモン陥落24時間後には、既にソロモンは、連邦軍の宇宙拠点として活動を始めていた。この24時間というものは、全てが記録ずくめの24時間だった。
 戦闘艦艇だけで100隻、支援艦艇も含めるならば150隻にものぼる連邦軍艦艇が、宇宙へ飛びだしたこともそうならば、24時間という短時間にそれを成し遂げたこともそうだった。破壊の程度が少なかったとはいえ、ソロモンを自軍の宇宙拠点としてしまったことも勿論そうである。連邦軍の物量に物を言わせた戦略の本領が発揮されようとしていた。
 
 このときになっても、ジオン軍の防衛作戦には、全く一貫したものがなかったとされる。政治的に、ギレンとキシリアが対立していたためである。また、デギンがこのとき既に講和に大きく傾いていたことにもよる。ジオン国内の足並みは、全く揃っていなかった。
 ジオン国内には、ソロモン陥落を契機に連邦軍との講和を考える一派ががぜん力を見せてきた。勿論、その中心は、デギン公王本人である。しかし、この講和勢力は、まだまだ小さなものでしかなかった。ギレン直属の親衛隊が、厳然たる勢力を国内に保っているためである。しかし、いかなギレン直属の親衛隊といえども、直接デギンには手出しができないため、講和派が一掃できないことも確かではあった。
 そうした、政治的な問題とは別にジオン軍の足並みがそろわないのは、ソロモンの位置に問題があった。ソロモンに集結した連邦軍は、その戦力を月、ア・バオア・クーのどちらにでも振り向けることが可能となっていた。まだ、宇宙での総合戦力としては、ジオン軍の方が有利であるとはいえ、ジオン軍は、その戦力を本国、月、ア・バオア・クーに分散させておかなければならなかった。
 特に、月を強襲されたことによって、本来なら手薄にしてもいいはずの本国にもそれなりの戦力を配置しておく必要にジオン軍は、迫られていた。万が一、本国を強襲されるようなことがあれば、それが戦略的に意味がなくとも、ジオン軍の威信は多いに傷つき、国民の信頼を損なうことになる。国民に広がりつつある厭戦気分は、一気にジオン国内に蔓延するに違いなかった。それは、どんなに報道管制が敷かれていても変るところがなかった。
 もともと人的資源の少ないジオンにとってそれだけは、避けねばならないことだった。
 3つの拠点を守らなければならないという制約のために、ポイント毎の戦力は、自由に任意の場所に全戦力を投入できる連邦軍の方が有利になっていた。
 
「もう少し、時間を稼いでくれると思ったが・・・」
 ギレンは、本国からア・バオア・クーに向かうグワジン級戦艦のネームシップ、グワジンの居室の中で、つぶやいた。
 既に、戦線は、崩壊しつつあったが、ギレンは、ソーラー・レイのあるかぎり、連邦軍の反撃など簡単に撃退できると考えていた。確かに、偏光ミラーの関係で、一度しか使えない代物ではあったが、その点も実用段階のものでは、改善され、何回かの掃射が可能となる、と聞かされていた。
「直径6キロのレーザーです。連邦軍の艦隊の1つや2つ、物の数ではございません」
 ソーラー・レイを直接指揮する技術顧問のアサクラ大佐は、胸を張ってそう答えた。確かに、直径6キロのレーザーが掃射を行えば、艦隊の1つや2つを殲滅するのは易しいはずだった。
 それにしても、ソロモンは、あっけなさ過ぎた。と、ギレンは、思う。父のデギンに対し、弟、ドズルの戦死とソロモンの陥落を奏上したとき、父の言った言葉「ドズルにして尤もなことだよ」を、聞かされたときには、軽い殺意すら覚えたギレンであったが、今こうしてじっくりと考えてみると、父の言うとおりかもしれなかった。
 決して、利口とは言えない弟であった。余りに連邦軍を正面から受け止めすぎたのではあるまいか?その点は、末弟のガルマにしても同じことだった。戦いに素直でありすぎるのがあの二人の共通の欠点であったかもしれなかった。
 自分は、どうなのか?ギレンは自問した。
「くくくくっ」
 ギレンは、思わず、小さな笑いを漏らした。
 自分も、ドズルとそうたいして変らないことに気が付いたからだ。確かに、今度の闘いが、月で行われようと、ア・バオア・クーで行われようと今次大戦の転換点とも言うべき闘いになるのは間違いがなかった。しかし、だからといってギレンが最前線に向かう必要はないはずだった。公式には前線の士気を鼓舞するため、といって出撃してきたのだが、そんなことは言い訳に過ぎないことは自分がいちばん良く知っていた。
「好きなのだな」
 でなければ、作戦全体の指揮などは、後方からレーザー通信で執れば良いものなのだ。少なくとも、ギレンが指揮をするのは、大局面であって、前線の些細な事象ではないのだからそれで十分なはずだった。
 ギレンは、答えを見つけだしてひとりごちた。
 結局のところザビ家の人間は、戦いが好きなのだ。
 闘いには、勝つであろうと確信は、あったが今回は、セシリアを同行させていなかった。
「危険なのですか?」
 セシリアに残れと命じたとき、彼女は、そういった。「戦場とは、危険なものだ」その時は、言い放ったが、それもまた、ギレンには、珍しいことだった。今まで、どこに行くのでも、セシリアを同行させていたのだから。
 心のどこかで、今度の戦いが危険なものになると、ギレン自身が無意識に考えた結果かもしれなかった。
「さて、連邦め、どうでてくるか?」
 そう呟きながら、しかし、ギレンは、妹のキシリアが、何を考えているのかがいちばんの気掛かりとなっていた。
「まあ、全ては、今度の戦いが済んでからのことだな」
 ギレンはすでに勝利した後のことに思いをはせ始めていた。
 
「はあ〜っ」
 フランクは、明かりを落とした自分に与えられた部屋のベッドに腰を下ろし、深いため息をついた。ベッドは、お世辞にも寝心地のいいものではなかったが、ここが豪華客船の一室ではなく軍艦の中、しかも、一士官の部屋であるのだから文句は言えなかった。
 結局のところ、自分があの若い、フランク自身も若いのだが、准尉達を戦死させてしまったのかもしれない、と思うとやり切れなかった。
 しかも、サラブレットのモビルスーツ隊を任されて最初の戦闘でのことだったから、なおさらだった。
 レイモンド中尉も、グレア少尉が、戦死した戦いの後で、こういうやり切れない気持ちになったのだろうか?フランクは、決して答えのでない問い掛けを自分自身に向けてみた。答えを知っている本人も、今はもう戦死してしまって、いない。
 不意に、ドアがノックされた。
 ステファニー伍長だろうか?フランクは、一瞬だけ甘いかすかな幻想を抱いた。
「フランク少尉、いいか?」
 声は、ライアン艦長のものだった。
 フランクは「少し、待って下さい」と答えながら、立ち上がると、部屋の明かりをつけ、ドアを開けた。
「休んでいるとこ、すまんな。少し、いいか?」
「ええ、どうぞ。呼んで下されば、私が艦長のお部屋に伺いましたのに」
 フランクは、ベッドに腰を下ろし、ライアン艦長には、イスを勧めながらいった。
「うん、まあたいそうなことになるからな」
 軽く笑ってライアン艦長は答えた。艦長室に呼びだすといやでも人目についてしまうからだ。逆に、艦長が、フランクの部屋に来たことも、目立つといえば目立つのだが・・・。
「で、なんでしょうか?」
 しばらく、沈黙が続いた後フランクから話を促した。
「いや、今日のことを気にしないでもらいたい、と思ってね」ライアン艦長は、艦長らしくないどこか自信なげな言い方をした。そういう艦長を見るのは、フランクは、初めてだった。「私だって、艦長をやるのは、この艦がはじめてだ。ましてや、小さいとはいえ、部隊の司令官というのもね。どっちかといえば、デスクワークの方が性に合っていると思うよ」
 ライアン艦長は、やや自嘲気味に話した。
「意外でした」
 フランクは短くいった。少なくとも巡洋艦クラスの艦長を務めたことのある人だと思っていた。それに、艦長が自信を持って、部隊を指揮しているとも思っていた。それほど、ライアン艦長の指揮はいつも自信に満ちあふれていた。
 グラナダ強襲の時にも、上層部に掛け合って、戦力の増強を認めさせてもいた。フランクにとっては信頼に十分足る指揮官であり、艦長だった。その艦長が、気弱なことを口にしたことにフランクは、正直驚いた。
「そうか?フランク、指揮官というものは、そうあらねばならないんだ。たとえ自信がなくともそういうそぶりは見せてはいけないんだ。わかるか?」
「はい・・・」
「指揮官が、不安そうなそぶりを見せると、それは、部隊全体に伝播するんだ。個々の兵士が優秀であるかどうかは関係ないんだ。知っているか?」
 ライアン艦長は、一度言葉を切った。
「どんなに、できの悪い指揮官でもいないよりはいるほうがましなんだ。勿論指揮官が優秀なことに越したことがないがね。指揮官のいなくなった部隊は、目の見えなくなった人間と同じだ。どうしていいか分からなくなるんだ。兵には、どんなに無能であっても方向性を示してやる指揮官が必要なんだよ。わたしみたいなものでもね」
 ライアン艦長は、今度は軽く笑って見せた。
「いえ、艦長は、素晴らしい指揮官だと思います」
 フランクは、素直に思っていることを口にした。実際、フランクは、ライアン艦長のことを信頼できる指揮官だと思っていた。
「そういって貰えると、ありがたいね。しかし、これだけはいえるよ、少尉。誰だって、最初から指揮官ではないってことだ。それにだ、優秀な指揮官だって、ミスはするもんだし、部下の兵士を一人も死なせないってことも小説や映画の中だけの話だ。戦争をやっている以上は、敵だって必死だし、敵の中にも優秀な指揮官や優秀な兵士はいるんだからな、当然といえば当然のことなんだ」
 フランクは、艦長の言わんとすることを考えながらただうなずいた。
「反省することは、大事だが、いつまでも引きずっていてはいけない。あんなふうに、ブリッジに呼びだしてしまったがね。今日の少尉の判断は、チン少尉も言っていたように、間違いはない、わたしも同じ立場だったら同じ判断を下していたよ」
「少尉には、サラブレットのモビルスーツ隊の指揮官を続けてもらわなければならないんだからな。正しい判断を下せば、誰も死なないってことなんかないんだ。戦争なんだからな。委縮せず、自信をもって指揮して欲しい」
 フランクは、返事を返さなかったが、艦長の深い思いやりが十分に感じることができた。
「そういうことだ。つまらんことに、時間をとらせてしまった。すまんな」
 最後にそういうと、ライアン艦長は、座ったままのフランクの肩をぽん、と叩いて、部屋を出ていった。
 残されたフランクは、ライアン艦長が、来るまでよりも少しばかり、気分が楽になったのを感じた。
 
「エイドリアン曹長です」
「スラッフィ曹長です」
「ドエトフ曹長です」
 3人の若い曹長が、新たにサラブレットに配属されてきたのは、翌日の午前11時だった。
 3人とも、極度に緊張した面持ちでサラブレットの艦橋に立ち、自分たちの階級を名乗った。
 この日、12戦隊に配属されたのは、6人のパイロットだった。そのうちの3人が、サラブレットに配属されることになった。フランク達や、ルナ2で配属されてきたパイロットが、パイロット士官候補生だったのに対して、新しく配属されてきたのは、ただのパイロット達だった。
 勿論、宇宙に出るのも初めてなら、本物のモビルスーツに乗って戦場に出るのも初めてだった。
「楽にしてくれていい」
 ライアン艦長は、フランク達と、新しいパイロット達を比べて、少し驚いた。新米のパイロットだと思っていたフランク達が、新しいパイロットと比べると、いっぱしの兵士づらになっていたからだ。たった、4度の戦いがフランク達をただの若者から兵士に変貌させていたのだ。
「サラブレット隊のモビルスーツの指揮は、このフランク少尉がとる。こっちはシュタイン少尉、それにチン少尉だ」
 その、変貌に、驚きつつライアン艦長は、新任のパイロットに、一人づつを紹介した。
「フランク少尉だ、よろしく、ガンキャノンに搭乗している」
 フランクも、3人の新米パイロットのカチコチの表情をみて、思わず苦笑しそうになった。きっと、自分たちも1週間前は、こんなだったに違いなかった。
「シュタイン少尉だ。君達と同じジムのパイロットだ」
「チン少尉です」
 シュタインは、シュタインらしく、右手の親指をぐっと突きだして見せた。後ろでは、オドリック中佐が渋い顔をしていたが、お構いなしだった。チン少尉は、相変わらず、言葉少なく、そして、軽く頭を下げた。
 一人、挨拶するごとに、3人のパイロットは、堅い敬礼をした。
「今日は、もう一日、待機命令が我戦隊には、出ているが、明日は、哨戒任務に出ることが決まっている。明朝、宇宙標準時0800時の出撃だ」
 一通りの挨拶がすむと、ライアン艦長は、明日の任務について切り出した。
「コンペイトウからは、敵の戦略拠点である、グラナダ、ア・バオア・クーは目と鼻の距離である。また、敵の偵察活動も活発化しており、コンペイトウとの中間宙域で小競り合いが頻発している」
 コンペイトウとは、連邦軍が、ソロモンに対して、名付けた新しいコードネームである。ニホン人の、高級参謀の一人が、ニホンの古い子供の食べ物に良く似た形だ、といったのが、そのまま新しいソロモンの呼び名に採用されていた。
「明日の、哨戒でも、ジオン軍との接触は必至である。3人の曹長には、初めての実戦となるだろうが、指揮官であるフランク少尉、上官であるシュタイン、チン少尉に従って、活躍をしてもらいたい。以上だ。何か質問は?」
 3人の曹長達は、早くも実戦に投入されると聞いて血の気の引いた顔で、ただ黙っていた。
「よろしい、では、解散」
 そういうと、ライアン艦長は、ちらりとフランクに目線をやってから艦橋をあとにした。
 オドリック中佐も、艦長の後に続いて、艦橋を出ていくと、艦橋には、フランク達パイロットだけが残された。二人の上官が、出ていっても3人の曹長は、緊張したままだった。
「そういうことだ、エイドリアン、スラッフィ、ドエトフ曹長。今日は、もう一日ゆっくり休んでくれ」
 フランクは、3人の曹長に、できるだけ、柔らかい口調で言った。
「心配しないでいい。ジムは、いいモビルスーツだからね」
 にっこり、微笑んでフランクは、いった。
「は、ハイ、フランク少尉」
 フランク少尉の微笑みを見て、3人の曹長は、いくぶん堅さがとれたようだった。
「各自、自室に戻って、休んでいいよ」
「ハイ、ありがとうございます、少尉」
「ハイ、少尉」
「ハイ、少尉、失礼します」
 3人それぞれに返答を返すと、3人の曹長は踵を返し、艦橋から出ていった。
 3人が、エレベーターに消えるのを待って、シュタインが口を開いた。
「おれたちも、最初はあんなだったな、少なくとも俺は、闘いにいでるのが怖かったよ。その気持ちは、今も少なからずあるけどな」
 いつもは、軽口を叩くシュタインが、神妙な顔でぽつりと漏らした。
「シュタイン少尉も?」
 チン少尉が、意外だ、という顔でいった。
「シュタイン少尉は、そんなことはないと思っていました」
「いつものは、ただの強がりさ、俺がいちばんびくついてるのかもな」
 シュタインは、肩をすくめると、自嘲気味にいった。
「俺もさ、シュタイン」
 フランクが、シュタインを慰めるようにいった。
「怖くない兵士なんていないさ。死と隣り合せなんだから」
「私も、フランク少尉の言う通りだと思いますよ」
 二人の、同期パイロットから同じ意見を聞いて、シュタインは、ふっと笑った。
「びくついてるのは、俺だけかと思ったぜ。おまえらより、撃墜数も少ないしな。でも、それを聞いて、なんか気が楽になったぜ」
「戦果なんて、関係ないさ、シュタイン。死んじゃ何にもならない、生きていてこそ、さ」
 フランクは、思っていることをそのまま口にした。
「この戦争は、もうそんなに長くないと思う。それなら無理して戦果を挙げようとして死んでしまうより、何とか生き残れるように努力するのがいいさ、違うかい?」
 チン少尉が、静かに頷き、シュタインは、あっけにとられたような顔をした。
「シュタイン、同期のパイロットも、もう半分は戦死してしまったんだ。むちゃはやめよう、戦果なんて気にしないほうがいい」
「フランク少尉の言う通りです、シュタイン少尉。私達は、最後まで生き残りましょう」
 シュタインは、あっけにとられていたが、やがて、大きく頷くと二人に同意した。
「ああ、そうだな。俺は、おまえらに、負けたくないって、思ってたよ。見てろよ、今度こそは、無理してでもってな。ありがとう、フランク、チン」
「ああ、生き残ろう」
 そういうと、フランクは、右手を差し出した。チン少尉がすかさず、その上に、自分の右手を重ねた。
「生き残りましょう」
 最後に、シュタインが、おずおずと右手を重ねた。
「分かった、生き残ろう」
 3人は、交互にお互いの目を見つめあって、この3人だけの約束に誓いを立てた。静まり返った、サラブレットの艦橋で、3人の少尉達は、新たな意気込みで、明日以降の戦いに備えることを誓ったのだった。
 
「諸君らは、臨時の第777モビルスーツ隊を編成することになる」
 中佐の肩章を付けた、黒人の士官が、ソロモンの生き残りパイロットを集めて、新しい所属を告げた。直接ソロモンを脱出して、ここ、ア・バオア・クーに収容されたモビルスーツのパイロットは32名だった。位置の関係上、生き残った戦力の大半は、グラナダ方面へ離脱したのだが、そうできなかったものもいたのだ。勿論、生き残った戦力自体、ごく僅かでしかなかった。
「指揮官は、セルジュ少佐が、任命されている、少佐、いいかな?」
「ハイ、中佐」
 セルジュは、短く答えた。ソロモン戦では、上級の階級のものが、ほとんど戦死してしまって、現時点で、ここで確認されているモビルスーツ隊の最上級の士官はセルジュだった。
 連邦軍に、母艦を撃破され、3機残ったセルジュ達は、地球からア・バオア・クーへ向かう連絡艇に運良く拾われ、命を救われた。
 ソロモンの陥落も、ここで知らされたのだった。
「君らのうち、機体が再使用に堪えないものに対しての機体の再補充は、現在のところない状況だ。つまり、君らには、現有戦力で、戦ってもらうことになる」
 モビルスーツパイロットに、モビルスーツが補充されないということは、彼らに、戦いの場がないということだった。
 実際、使用に耐えうるモビルスーツは、新旧合わせてもようやく20機といったところだった。つまり、10人以上のパイロットには、やることがないということになる。
「旧式の機体でもいいです、何とかならないのでしょうか?」
 セルジュ少佐は、すかさず、きいた。
「現在のところ、我ア・バオア・クー全体でも、同様の事態となっている。モビルスーツの数が足りないのだ。旧式のザクといえども、いまのところ予備機はない」
 中佐は、断言した。
「追って、通達があると思うが、君らの担当区域は、Sフィールドになる予定だ。セルジュ・・少佐だったな、君が、部隊をまとめて、Sフィールドの守備隊として、編成を進めてくれたまえ。なお、機体のないパイロットについては、ジオン本国に後送されることになる。何か質問は?」
 それを聞いて、セルジュは、一つの疑念を抱いた。
 最前線であるはずの、ア・バオア・クーから、ほぼ1ダースものパイロットを後送するのは、本国防衛を優先するためではないか?と。パイロットを後送するくらいなら、モビルスーツを、本国から送り込むことも可能なはずだった。
 モビルスーツを必要とするのは、現時点では、本国よりも、ここであり、グラナダであるはずだった。
 それに、セルジュは、ここには、ソロモンよりも遥に充実した戦力が集結しているのにも気が付いていた。ここには、セルジュが熱望していたビームライフルを標準装備したゲルググという新型モビルスーツが、中隊単位で配備されていた。ソロモンでは、ついぞ見たことのない機体である。リック・ドムの充足率もソロモンとは比べ物にならないくらい進んでいた。
 本来は、最前線にこそ必要な機体である。
「我々は、連邦軍が攻めてくるまで、ただじっと待つのでしょうか?」
 一人の、若い大尉が質問をした。
「そういうことになる、何しろ、君らを搭載する艦もない状況だ、他には?」
 それ以上は、何も質問が出なかった。
「では、本国へ後送する人員の人選は、少佐に一任する。決まり次第、司令部の私宛に連絡してもらいたい、以上だ」
 それだけを言うと、中佐は、ソロモンの生き残りを残して、出ていった。
 残されたパイロット達は、待遇の悪さに、口々に悪態をついたり、運のなさに嘆いたりした。セルジュは、しばらくそういう状態を続けさせた後、全員の注目を自分に集めた。
「よし、聞いてくれ」
 ざわついていた部屋の中はすぐに、静まり返った。
「まずは、戦力の把握をしたい、みんなの階級と、搭乗機を教えてくれ。誰か、書き留めてくれんか?」
「自分が、やります、少佐。私は、搭乗機がありませんから、バッカス軍曹であります」
 一人の軍曹が名乗り出た。
「では、頼む、軍曹。まずは、大尉、君からだ」
 セルジュは、いちばん手近にいた大尉の階級章の男を指名した。
「ゲイレン大尉であります。リック・ドムに搭乗しております。所属は・・・」
 順に、自分の階級と、搭乗機の有無、元の所属をそれぞれが申告していった。
 全員が、申告を終えると、新しい777モビルスーツ隊の戦力、21機のうち、実に13機がザクであった。新型のリック・ドムはたったの8機でしかなかった。そのリック・ドムのうち、3機はセルジュの隊のものだったから、直接ソロモンの攻防戦から脱出できたリック・ドムは、5機しかなかったことになる。
 さらに、機体を喪失したものに対しては、その戦歴を聞き取り、機体がある者と比較し、より優秀なものに、機体を再配備させることとした。最終的に、11人が、本国に送られる人員として選ばれた。彼らは、全員、曹長以下の階級であり、年齢も若い者が占めた。
 このセルジュの決定に文句を言うものは、一人もいなかった。
 さらに、セルジュは、モビルスーツ隊を3隊に分けた。1隊は、セルジュが直卒するリック・ドム隊、8機である。ザクは、それぞれ6機と7機の2隊に分けた。これで、曲がりなりにも増強された2個中隊規模のモビルスーツ隊が編成できたことになった。全体の指揮は、勿論セルジュが執ることになるが、実際の戦闘では、ザクとリック・ドムが共同することには、多少無理があるので、リック・ドムとザクは別々に戦うことになる。
 (ソロモンの生き残りの意地を見せてやる)
 セルジュは、密かに思った。あの中佐は、寄せ集めの、しかも死に損ないの部隊など知ったことではないという態度があからさまだった。なら、実戦で見返すしかないのだから。
 それに、ア・バオア・クーに、連邦軍がやって来れば、この俺に屈辱を幾度も味あわせたあの連邦軍部隊にあいまみえることもありえないことではないはず、だとも考えていた。
 それこそが、セルジュの望むことだった。
 栄えある、自分の経歴に1度ならず傷を付けた連邦軍のあの部隊こそ、今のセルジュが戦争を続けるにたる理由のもっとも大きなものになっていた。今、セルジュがただ一つ願うことは、連邦軍が、グラナダではなく、このア・バオア・クーに向けてやってくることだった。
 
「残骸が、多くてセンサー類がほとんど役に立ちません」
 レイキンズ曹長は、肩をすくめて、ライアン艦長に報告した。
「ミノフスキー粒子も相当、濃いです」
 クリンゴ曹長も続けた。
 12戦隊が、コンペイトウからア・バオア・クー方面へ向けての哨戒に出て、既に2時間余りが過ぎ、12戦隊は、サイド1空域の暗礁地帯に差し掛かっていた。先日の哨戒でも、連邦軍の1隊がジオン軍と交戦した空域だった。
 連邦軍、ジオン軍ともに互いの動きを掴もうと活発に活動しているのがこの空域だった。
「赤外線センサーはどうか?」
 ライアン艦長は、ミノフスキー粒子登場以来、もっとも信頼性の高い探知システムについてきいた。
「よく、分かりませんね、第3戦闘ライン上ぎりぎりに反応らしきものはありますが、どのみちこう、障害物が多いと、正確には」
 クリンゴ曹長が、眉をしかめつつコンソールを見ながらいった。
「モビルスーツ隊を出しますか?」
 オドリック中佐が珍しく意見を具申した。サラブレットの艦橋にあっては珍しいことだった。少なくとも、宇宙に出てからこっち、オドリック中佐が自分の意見を出したのは初めてといってよかった。
「そうだな・・・」
 ライアン艦長は、しばらく考えた。
 モビルスーツに偵察させるのは、確かに一つの選択肢であり、そして、最良の選択肢だった。他のどんな選択肢も、モビルスーツによる威力偵察に比べれば不確実性が高すぎて選択できなかった。
 (暗礁空域が、哨戒地区に指定されていなければ)
 考えても仕方のないことにライアン艦長は、ほんの一瞬だけ思いをはせた。もともと敵が密かに戦力を集結できそうなところは、暗礁空域しかないのだから。
「よし、サラブレットのモビルスーツを出す。ブラジリアとハイデルベルグのモビルスーツ隊は、そのまま。発艦準備を急げ」
 
 出撃の前のモビルスーツデッキは、喧騒としていた。いや、実際には音などはしないのだが大気の中での作業ならさどかし物すごい騒音のはずだった。左舷デッキは、ガンキャノンのほかにシュタインのジムとエイドリアンのジムが、発信準備を既に済ませていた。
 それでも、モビルスーツをハンガーから開放させる作業や、最終的なチェックが必要不可欠だった。それらの作業が、一斉に3機分行われているのだから、必然とせわしいものになる。
「少尉、戦果を期待します」
 ガンキャノンのコクピットのハッチが閉じる瞬間、メカニックのルイが、いつもの決まり文句を言うのが、ヘルメットのヘッドセットを通して聞こえた。
 それには、軽く右手を挙げて答えながら、フランクは、ガンキャノンをカタパルトへ乗せるための動作をした。
 あらかじめ、プリセットされた行動だけに、何も迷う必要もなかった。手順さえ間違えなければ、子供にもできる作業の一つだ。
「少尉、よろしく頼む」
 コクピットの通信用モニターから、ライアン艦長が、出撃前の最後の通信を送って寄越した。
「はい」
 と、短く堪えて、フランクは、射出の衝撃に備えた。
 緊急出撃ではないために、その衝撃はさほどでもなかったが、フランクをガンキャノンのシートに押し付けるには十分だった。
「フランク、ガンキャノン、行きます」
 言葉が終わらないうちに、フランクは、再び宇宙の人となった。
 ガンキャノンの深紅の機体に続いて、右舷デッキと左舷デッキから次々にジムが5機射出されてくる。
 3人の曹長にとっては、初めてのカタパルト射出である。
 (大丈夫か?)
 後方確認用モニターにちらりと目をやり、5機のモビルスーツがついてくるのを確認する。
 チン少尉の大書きされた名前が、やけに目立つ。
 今回の任務は、フランク達にとっても初めての威力偵察であり、フランクもある意味で緊張していた。これまでの出撃は、あらかじめ、敵がいると分かっての出撃だったが、今回の出撃は、敵の所在が不明だった。
 
 赤外線センサーは、余りにも多く浮遊している残骸のためにほとんど役に立っていなかった。残骸自体が太陽光線を受けて熱源となっているからだ。全力稼働している敵がいれば、その放射熱量が違うために、発見も不可能ではなかったが、そんな僥倖を願うのは、間違いだった。
 少なくとも、フランク達でさえ、核融合炉エンジンの稼働は、最低限に抑えていた。そうすることによって、ジオン軍からの発見を最低限の確率に抑えることが可能だった。それに、マニュアルには、ザクの赤外線センサーは、連邦軍のものに比べると確実に1世代前のものであると記載されていた。
 (じゃあ、あのリック・ドムとか言うやつのはどうなんだ?)
 フランクは、ソロモン戦で捕虜になったジオン兵から名前の分かった新型機について思った。実機も何機か捕獲されたが、その性能が明らかになるのは、まだ先だからである。現時点で分かっているのは、ドムが、未だに通常火器しか装備してないということだけだった。
「右手のコロニーのミラーの残骸に気を付けろ」
 ミノフスキー粒子の濃度は濃いが、モビルスーツ各機の間隔を詰めているので、無線は、多少不鮮明ながら使えた。ただ、戦闘状態になれば、連携するには無理がある。
「了解、フランク」
 いちばん右手に位置する、チンが返事を寄越してきた。
 フランクは、哨戒にあたって、もっとも基本とされる横一列体型をとっていた。中央にフランク自身が、両サイドにはチンとシュタインを配し、3人の曹長はその間に挟み込んである。各機の間隔は、500メートルとやや短めにとっている。それでも6機のモビルスーツが作る直線は2.5キロにもなっていた。
 未だ、ジオン軍を発見できていなかったが、移動には細心の注意が必要だった。うかつにスピードを上げると、残骸にぶつかり、一巻の終わりとなる。実際に、残骸にぶつかって戦死したパイロットの話しには事欠かない。逆に、スピードが遅すぎても敵の狙撃の餌食になる可能性が高まる。その辺りは、指揮官のセンスに頼るしかなかった。
 
「木馬の部隊と接触するとはな」
 ジオン軍、ア・バオア・クー哨戒隊のチャールズ中佐は、思わず呟いた。連邦軍の偵察隊を、待ち伏せて、殲滅するという任務は、もっと簡単なものであるはずだったとの思いが強い。
 事実、昨日の待ち伏せでは、こちらも2機のリック・ドムを失いはしたが5機以上の連邦軍モビルスーツを撃墜し、サラミスタイプの巡洋艦も2隻沈めていた。そのうちの1隻は、チャールズ自身の仕事だった。
 木馬部隊の噂は、既にア・バオア・クーでも一種の伝説のようにまことしやかに語られていた。いわく、接触した部隊で生き残れたものはいないとか、木馬部隊は全員が、ニュータイプであるとか、である。もっとも、チャールズに関していえば、後の方はまゆつばだと思っている。確かに、木馬の部隊は、腕のいいパイロットの集団ではあるのだろうが、ニュータイプなんぞは実在しない、というのがチャールズの持論だからだ。
「だが、逃げるわけにもいかん」
 チャールズは、自分に言い聞かせるためにも言葉にした。今から、退こうとしても、発見されて、後ろから攻撃されるだけだからだ。敵が6機なら、こちらも6機、しかも昨日の2機喪失によって、新しい機体が2機加わってもいる。
 そのうちの1機には、指揮官の権限を利用して自分自身が搭乗していた。ただ、一つの不安は、新型機の常である、機体の不具合である。もう1機には、手管のジェイソン准尉が搭乗している。自分と、ジェイソン准尉が先制攻撃を掛けて、4機のリック・ドムで一気に突入すれば、たとえそれが木馬の部隊であっても殲滅は可能なはずだった。
 
 その兆候に最初に気づいたのは、チン少尉だった。
「散開して下さい」
 チン少尉の、声がヘッドセットに響いた。
 農場プラントの残骸に接近しようとした矢先のことだった。唐突に、チン少尉は、ビームスプレーガンを農場プラントの方向に連射した。
 フランクをはじめ、残りの5機が素早く散開する間、チン少尉は、スプレーガンを連射し続けた。
 散開しながらもフランクは、しかし、その農場プラントだけに、気を取られるような愚は犯さなかった。反対側に浮遊する小型の輸送船の残骸に、注意を向けていた。
 案の定、農場プラントのジオン軍に呼応するように、1機のリック・ドムが、その輸送船の影から飛び出してきた。タイミングとしては、最高だったが、フランクは、既に照準を合わせていた。ガンキャノンのビームライフルの2連射で、そのリック・ドムは、最高のタイミングで飛び出したにもかかわらず、熱核爆発を起こし、輸送船の残骸を消滅させつつ、自身も宇宙から消えていった。
 その頃には、さらに、4機のジオン軍モビルスーツが、そこここの残骸の陰から姿を表し、フランクにとっての5回目の戦闘が始まった。
 
 チャールズは、あまりの出来事に言葉をなくしていた。
 チャールズとともに、農場プラントに潜み、連邦軍を狙撃しようとしたジェイソン准尉は、頭をのぞかせた瞬間に、連邦軍のモビルスーツの狙撃を受け、搭乗機の頭部を吹っ飛ばされた。その衝撃で、操縦系統に支障を来したのか、ジェイソン准尉のモビルスーツは、それっきり動かなくなった。
 しかし、それにかまっている余裕はなかった。
 連邦軍のモビルスーツは、射撃を続けており、そのビームは、農場プラントをやすやすと貫通し、チャールズに、物陰が別段安全ではないということを雄弁に物語ってくれていた。このままでは、プラントごと、撃墜されるのは時間の問題だった。
 さらに、驚いたことには、反対側から奇襲を掛けるべく配置しておいたベルグマン曹長のリック・ドムも、飛び出した瞬間に赤いモビルスーツに撃墜されたことだ。
「まるで、あそこから出てくるのが分かってたみたいではないか」
 思わず、チャールズは、叫んでいた。同数の戦いのはずが、早くも4対6の不利なものになっていた。
 しかし、チャールズは、赤いモビルスーツと、両翼のモビルスーツは、確かに手ごわい動きをしているが、他のモビルスーツは、そうでもないこと、そして、赤いモビルスーツ以外は、射撃の腕がさほでもないことに、同時に気づいていた。
「新型機をなめるなよ」
 チャールズは、そう、一人ごちると、ジオン軍がようやく実戦投入をはじめたばかりの新型モビルスーツ、ゲルググを過剰な自信とともに全力で前進させた。
 ジェイソン准尉を撃墜、頭部を破壊されただけだが稼働できなくなったのなら、撃墜されたと同じだ、した連邦軍モビルスーツが、ビームを送ってくるが、チャールズのゲルググの動きには、追随できていないようだった。事前の説明では、このゲルググは、リック・ドムより、さらに110パーセントの出力増強がなされていると聞かされていた。ならば、その出力を最大限に活かしきるまでのことだった。
 急速に、機体を左へターンさせると、ジェイソンを撃墜したモビルスーツは、その動きについていけなくなったようで、ビームの射撃が途切れた。あるいは、ビームのエネルギーが切れたのかもしれない。
 ゲルググの下方で、また味方機がやられたことを示す熱核爆発が広がった。
 チャールズは、その熱核爆発に、沿うように、機体を機動させると、味方機を火球に変えた連邦軍モビルスーツに、相対した。熱核爆発の光が、ちょうどいい具合に、ゲルググの機動を隠してくれるはずだ。
 しかし、連邦軍のモビルスーツは、チャールズのゲルググを、見つけたようだった。
「見つけたというより、素人なだけだな」
 連邦軍のモビルスーツの、緩慢な動きに、チャールズは、そう結論した。
 明らかに、その連邦軍のモビルスーツは、見たことのない機体に、動揺している様子だった。チャールズは、狙いを定め、一撃を送った。
 一撃目は、僅かに、右に外れた。
 連邦軍のモビルスーツは、シールドを差出し、その陰から反撃の態勢を整えようとした。
「ばかめ」
 軽い嘲笑を浮かべつつ、チャールズは、間違った判断をしたそのパイロットに死をプレゼントすべく、ビームライフルの狙いを定め発射した。
 
 また1機、敵を撃墜したことを示す火球のほうに、注意をやったとき、フランクは、見慣れない機体を捉えていた。
 その機体から、鮮やかな黄色の稲妻とも思える光が放たれた。
「フランク、ビーム砲だ」
 フランクが、息を飲んだ瞬間、間髪を入れずシュタインの悲鳴にも近い叫びが、ヘッドセットを通して聞こえた。
 しかし、今は、それに答えている場合では、なかった。新型機に狙われたジムは、シールド防御に頼ろうとしていた。ザクやドムならばそれも正しい判断の一つだったが、敵がビーム砲を持っている場合は、命取りだった。
「回避しろ!!」
 フランクは、叫んだが、既に遅かった。
 2度目の黄色の稲妻は、今度は、まともに、そのジムのシールドを捉え、シールドごと、ジムの機体を走り抜けた。ややあって、痙攣を起こしたように見えたジムが熱核爆発を、起こした。パイロットが誰であれ、戦死したことは間違いがなかった。
 フランクは、しかし、悲しんではいなかった。悲しむのは、後でゆっくりできる。今は、あの危険な新型機を何とかしなければならなかった。何とかしなければ、悲しむ量が増えることになる、それに、自分が悲しむこともできなくなる可能性だってあった。
 フランクは、熱核爆発が収まりつつある中を、その新型機に向けてガンキャノンを突進させた。不思議と、熱核爆発を通しても敵のいる位置がわかる気がしていた、そして、迷わず、その方向にガンキャノンを突撃させたのだ。
 
「やった」
 ドエトフ曹長は、自分の快挙に思わず喝さいした。防眩フィルターを通して、ジオン軍のモビルスーツが、火球に変じているのが見て取れた。偶然を伴った一撃が、命中したのだ。
「!?」
 それに、気付いたのは、ほとんど偶然だった。もう少し、経験のあるパイロットなら自分の戦果に見とれたりはせず、すぐに別の行動に入ったはずだからだ。防眩フィルターを通して、ドエトフ曹長は、自分の戦果に酔いしれていたのだ。
 それは、ドエトフ曹長の知らない機体だった。流線型で構成された機体は、いかにもジオンらしいデザインだったが、それでも、新米のドエトフ曹長は、一瞬躊躇した。
 その機体が、攻撃をしてきて初めて、ドエトフ曹長は、敵であることを確信し、攻撃を決意し、まず、シールド防御の態勢をとり、スプレーガンを構えた。
「フランク、ビーム砲だ」
「回避しろ!!」
 ほとんど、同時にヘッドセットを通してシュタイン少尉とフランク少尉の声が聞こえた。
 そして、それがドエトフ曹長が、誰か他の人間の声を聞いた最後だった。次の瞬間、ジムの機体を走り抜けたビームの粒子によって、ドエトフ曹長は、瞬時に原子にまで還元された。その死は、余りにも瞬間的で、ドエトフ曹長は、自分が死ぬということに気付くこともなかった。
 
「ほうっ」
 チャールズは、ビーム砲による初めての撃墜に、驚いた。
 (技術士官の言っていた、巡洋艦並というのはまんざら嘘でもないらしい)
 ゲルググが、熱核爆発の影響に晒されないよう、僅かに、後退させつつチャールズは、ゲルググのビーム砲の威力に感嘆していた。それはまた、たかだか、1機のモビルスーツが、核兵器を使わずとも、敵の戦艦を葬れることを意味していた。
 (防眩フィルターは、ドムの方がいいようだ・・・)
 そう考えたとき、チャールズは、薄れつつある熱核爆発の光芒の中に、別な輝きを見つけた。何か?と考えるよりも早く、チャールズは、ゲルググを右上方へ機動させた。
 ほとんど、同時に、先程まで、チャールズのいた位置を、曳光弾が通りすぎていく。同時に、激しい衝撃が、ゲルググを襲う。
「き、近接信管だとでも言うのか?」
 完全に、躱したはずなのに、至近を通過しようとした砲弾の1発が爆発し、ゲルググの機体を、弾片が甲高い音でノックしていく。その数は、1つや、2つではない。途端に、アラートの嵐が、コクピットを襲う。
 チャールズは、素早く、計器を見渡し、それが、全て、戦闘に直接影響がないのを確認すると、アラートを全てきった。
「赤いやつだな?」
 チャールズは、確認する前にそう断じた。ベルグマン曹長を一撃の下に撃破した腕前と通じるところがあった。違わず、メインモニターは、連邦軍の赤いモビルスーツを捉えていた。
「熱核爆発の光芒を抜けてくるとはな、いい度胸だ」
 モビルスーツの、起こす熱核爆発は、文字通り、核爆発であり、通常のパイロットならば、その中心を抜けてくるような、無謀なことはしない。汚染が怖いからである。
 常人のやらないことをやって来るのは、手強いパイロットの証拠である。
「これで、どうだっ!!」
 チャールズは、ビーム砲の発射ボタンを、小刻みに、2度押した。
「ん!?」
 連邦軍のモビルスーツを貫くはずのビームは、しかし、ただ虚空を切り裂いただけだった。あまつさえ、赤いモビルスーツは、両肩の、キヤノン砲から反撃を送って寄越し、ビーム砲まで、撃ってきた。もはや、攻撃どころではなかった。
 赤いモビルスーツは、的確な射撃を容赦なく、ゲルググに向けてきた。
「誰でもいい、援護しろ!」
 チャールズは、自分が、撃墜される恐怖に、恐れおののいた。しかし、チャールズの命令に応える味方パイロットは、誰もいなかった。
 ミノフスキー粒子が濃いか、もはや、味方機は全て撃墜されたかのどちらかだったが、チャールズは、楽観的な考えをするきにならなかった。
 
「少尉、援護します」
 ヘッドセットを通して、スラッフィ曹長の声が明瞭に聞こえた。近くに、いるのだ。
 ほとんど、同時に、ガンキャノンの右後方から、淡いピンクの光がすばしっこく回避を続けるジオン軍の新型モビルスーツに向けて流れていった。
 そのビームは、ジオン軍の新型モビルスーツの右への動きを封じた。
 この新型モビルスーツに対して、フランクは、既に相当な数のキヤノン砲弾を使っており、これ以上、長引くのを恐れていたところへの、援軍だった。右への、機動を封じられた格好になった新型モビルスーツに、キヤノン砲の残りを撒散らすように、発射し、敵が慌てたところで、ビームライフルの発射ボタンを1度押した。
 ほとんど、同時、どちらかといえば、少し、早く、後方からもビームの光が流れていった。
 ほぼ、同じ個所に2つのビームは、直撃し、ジオン軍新型モビルスーツをザクや、ドムと同じ、光の球に変えた。
 
 赤いモビルスーツの後方から、連邦軍のモビルスーツがもう1機現れた。視界に捉えたと思った瞬間に、その新手のモビルスーツは、ビーム砲の射撃を送って寄越し、チャールズの回避の自由を奪った。
 その刹那、赤いモビルスーツからのキヤノン砲の射撃を浴せ掛けられ、チャールズは、何もかもが悪い方向で終わりかけるのが分かった。赤いモビルスーツの後方から現れたモビルスーツがビーム砲を放ち、続いて赤いモビルスーツが、ビーム砲を放った。
 一瞬、チャールズは、身体を堅くし、全てが終わった。チャールズの意識は、唐突に途切れた。
 
 新型モビルスーツが撒散らした熱核爆発の光芒が消えていくと同時に、暗礁空域を彩ったビームの煌めきや、モビルスーツが撒散らす熱核爆発の派手な輝きは終息した。
 フランクの周囲に味方のモビルスーツが、集まってきた。シュタインが、チンが、そして2機の曹長達のジムがフランクの赤いガンキャノンの周囲に集まってきた。
「敵は?」
 フランクは、誰に聞くとも無く尋ねた。
「今のが、最後だと思うぜ」
 シュタインが、その問いに応えた。「撃墜できなかったけど、生き残ったぜ」
 やや、自嘲じみた感じでシュタインは付け加えた。
「やられたのは誰だ?」
「ドエトフ曹長です」
「そうか・・・、チン少尉、スラッフィ曹長とともに、2時方向へ2キロ進出して、警戒してくれ」
 また1機、喪失機を出したことを、無理矢理頭の隅に追いやると、フランクは、自分たちの任務をより完璧にするべく、新たな命令を出した。
 6機ものモビルスーツがいた以上、母艦が2隻以上いるに違いなかったからだ。
「了解」「ハイ」
 チンとスラッフィから、返事が返り、2機のジムは互いに300メートルほどの距離をとるとその場を離れていった。
 
「やられてしまったようです」
 中佐の階級章を付けたジオン軍の士官が、眉を潜めながらいった。
 宇宙を彩った、モビルスーツ戦は、唐突に終わっていた。
 コロニーのミラーの残骸の陰に身を潜めるザンジバル級巡洋艦、ガーゴイルの艦橋は、静まり返っていた。それなりの自信を持って送り出したモビルスーツ隊が、5分足らずで殲滅されてしまったのだから無理もなかった。
 戦闘終了後に、送られてくるはずの合図は、3分経っても送られてこなかった。戦闘空域には、若干の動きが認められ、少なくとも、数機の連邦軍モビルスーツが、活動を続けているのは確かだった。
「後続を発進させますか?」
 いまだ、艦隊には、5機のモビルスーツ、ドムがあった。
「いや、敵の勢力がわからない」
 中佐に問い掛けられた、この艦隊の司令官、ランデル少将は、5機のモビルスーツを出すことを渋った。勢力がわからないことも確かだったが、残った5機を出撃させて、失ってしまえば、艦隊を守ってくれるモビルスーツが無くなってしまうからだ。それに、チャールズ中佐以上に、優秀なパイロットがもういないということも確かだからだ。
「しかし、このままでは、どのみち見つかってしまう可能性が高いと思慮しますが?」
「中佐のゲルググでさえ、やられたんだ。新兵のドムを出したところで木馬のモビルスーツ隊に撃墜マークをくれてやるようなものだ」
 遭遇した敵艦隊に木馬型が含まれていることから、ランデル少将をはじめ、艦隊の首脳は、敵対している連邦軍の部隊を木馬の部隊と信じて疑わなかった。勿論目視できたわけではないので推定に過ぎなかったが、木馬型についてのデータはそれなりに集積されており、熱量の発生量、パターンから推察された結果の判断だ。それが、彼らを臆病にさせていた。
「しかし、このままでは・・・」
 中佐は、前面のメインスクリーンを指し示した。
「連邦軍のモビルスーツは、こちらに向かってきています」
 確かに、連邦軍のモビルスーツ隊は、その一部を分離し、その一隊が着実に近づいていることが示されていた。問題は、連邦軍のモビルスーツもビーム砲を装備している、ということだ。ランデルは、モビルスーツの装備するビーム砲の威力を十分に知っていた。ゲルググを配備されたときに、技術士官からその威力については十分に講義を受けていた。
「当たり所によっては、一撃でサラミスクラスの巡洋艦を撃破できます」
 技術士官は、そう胸を張っていっていた。「少将の部隊には、巡洋艦が2隻加わったようなものです」、と。
 しかし、その巡洋艦並の戦力は、何も戦果を挙げないうちに、連邦軍のモビルスーツによって宇宙の塵になってしまっていた。
 そして、技術士官の言葉が正しいならば、まさに巡洋艦なみの攻撃力を持ったモビルスーツが複数、艦隊に迫りつつあるのだ。
 ランデルは、連邦軍のモビルスーツも同様の威力を持つビーム砲を装備していることを確信していた。そういった点では、ランデルは楽観主義者ではなかった。
 相手が、通常火器を持ったモビルスーツならば、急速反転の後に最大戦速で離脱も可能だったが、相手が、ビーム砲を持っているのならば、それは自殺行為でしかないはずだった。
 (一斉射撃をかけるか?)
 ランデルは、自問した。このザンジバルクラスの巡洋艦ガーゴイルと、ムサイクラスのソドメルの2隻が一斉に射撃を行えば、それなりの弾幕をはることが可能だった。勿論、直撃を期待するのではない、運が良ければその可能性がないこともなかったが、ランデルが期待するのは、圧倒的な弾幕に敵が怯えて後退することを期待するのだ。
「敵部隊に対し、一斉射撃を敢行する」
 残された時間が有限である以上、決断を下さねばならなかったランデルは、積極策をとることにした。
「残存モビルスーツに援護させつつ、5分間斉射を行い、その後戦場を離脱する」
 一瞬、ガーゴイルの艦橋が静まり返った。木馬の部隊と戦って生き残った部隊はいない、その木馬部隊と正面切って戦おうというのだ。しかし、それは一瞬のことだった次の瞬間には、全員が自分本来の任務につくための顔に戻っていた。そう、彼らは、ジオン軍の優秀な兵士なのだった。
「モビルスーツを発艦させろ、ソドメルに発光信号で伝達、5分後に一斉射撃を5分間行う、と」
「ソドメルに、発光信号で、伝達します」
「モビルスーツの発進急げ!!」
「機関、最大戦速へ移行の準備をせよ」
「砲撃戦用意、主砲射撃位置へ・・・」
 それぞれの担当士官が自分が下すべき命令を小気味よく下していく。
 それを満足そうに、見ながら、ランデルは、右舷側に位置するソドメルにも目をやった。発光信号が明滅するのが見て取れた。ほぼ同時に、ソドメルの連装主砲塔が、ゆっくりと旋回するのが分かった。
 ソドメルの艦長、キン大佐は、優秀な男だ。期待に違わない行動を示してくれるはずだった。
 
 前方2キロを進む、チン少尉とスラッフィ曹長のジムに後続し、フランクは、偵察行動を続行していた。フランクのガンキャノンを挟んで、シュタインとエイドリアン曹長のジムが両翼に位置していた。
 暗礁空域を奥に進むに連れて残骸の密度は先刻の数倍になりつつあった。
 後方からは、10キロの距離を隔ててサラブレットと2隻のサラミス級巡洋艦、ブラジリア、ハイデルベルグが続航している筈だったが、3隻の姿を直接見ることは不可能だった。暗礁空域に浮かぶ雑多な残骸が、見通しを、酷く限られたものにしてしまっているからだ。
 2キロ先を進む、チン少尉達のジムでさえ時折、視界から消えてしまうほどだった。
 残骸、といってしまえばそれは簡単に聞こえるかもしれないが、宇宙でのそれは言葉の意味するほど、簡単なものではなかった。それぞれの残骸は、留まっているのではなく、動いていたし、残骸の一つ一つは、地球で想像する残骸の何倍もの大きさと質量を有していた。コンピューターによって適切な進路が示されているので、現状では、そういった残骸にぶつかる可能性は局限されていたが、もし、コンピューターの助けなしにこの空域を行動しろと言われれば、たいていのパイロットや艦長は尻込みするはずだった。
 実際、フランクも、いまここで先刻と同じような戦闘が起こったらと考えると、ぞっとした。回避の自由は、限定されてしまうだろうし、コンピューターが、安全な進路を示してくれても、戦闘中に、その指示通りに動けるわけはないからだ。
 (ジオンの母艦は、逃げてしまったのだろうか?)
 フランクは、希望的な想像をしてみた。無論、そのような機動を敵がしていれば気付かない筈がないので、あくまで、希望的観測だ。探知できないほど遠くに、敵の母艦がいれば話は別だが、モビルスーツの航続範囲を考えるならば、それはありえなかった。
 一般に考えられるよりもモビルスーツの航続範囲は、広くない。特に宇宙ではそうだ。それは、主に、熱核融合炉エンジンが発生させる膨大な熱エネルギーのためだ。勿論、それなりの冷却システムは、装備されているが、特に宇宙空間では、熱の逃げ場がないために、全力で稼働できる時間は20分ほどに過ぎないのだ。
 それに、機体を急速に機動させるためのロケット燃料の搭載量によるところも大きい。それら、種々の理由によって宇宙でのモビルスーツの行動範囲は酷く限定されており、母艦が探知できないほど遠方に存在するということはありえなかった。
 (もういてもいいはずだ・・・)
 フランクが、そう考えたのと、前方のチン少尉のジムが、合図を送って寄越すのが、ほとんど同時だった。
 フランクは、了解したことを示すために、機体の各所に装備されている編隊灯を明滅させた。シュタイン、エイドリアン曹長も、チン少尉の合図を確認したらしく、ジムの頭をフランクのほうに振り向けた。その人間じみたジムの動きで、二人が、チン少尉の合図に気付いたことが、無線を使わずとも見て取れた。
 フランクは、これまた人間じみた行動、ガンキャノンの左手で前方を指し示すポーズを取らせ、推進剤を2秒間使ってガンキャノンを一気に前方へ推し進めた。シュタインと、エイドリアン曹長のジムもそれに従い、推進剤を燃焼させた。
 前方では、チン少尉のジムとスラッフィ曹長のジムが互いの距離を開けつつあった。
 まだ、何もフランクには見えなかったが、先刻のこともあって、フランクは、チン少尉が何かを見つけたことは間違いないと確信していた。
 チン少尉達のジムまで、後1キロまで接近したところで唐突にそれは始まった。
 前方のコロニーのミラーの残骸の陰から、まさに飛び出すように、ジオン軍の艦艇、ムサイクラスの巡洋艦と、新型の大型巡洋艦が躍り出たのだ。ほぼ、同時に、複数のモビルスーツも飛び出してきた。
 ムサイクラスの巡洋艦の3基の連装主砲から発射されるメガ粒子と、新型艦から発射される、4条のメガ粒子は、圧倒的だった。2機のジムが、あっというまに撃墜されるのではないか?と感じられるほどである。しかし、戦闘教本にも書かれているように、艦艇のメガ粒子砲が、モビルスーツを直撃することは、適切な回避行動を行っているかぎり、まずない。現実も、それを肯定ししつつあった。
 モビルスーツにとって、もっとも恐ろしい敵は、やはりモビルスーツなのだった。
「エイドリアン曹長、付いてこい!!」
 フランクは、エイドリアン曹長の怯えを感じると、それを打ち消すために、叫んだ。多少の怯えは、指揮官の適切な命令があれば消えてなくなるものだ。それでも、怯えが去っていかないようならば、そいつは、本当の意気地無しで、処置がなかった。
「了解、少尉!!」
 しかし、エイドリアンは、そうでなかったようだ。短く答えると、チン少尉達との間合いを詰めるべく加速したフランクのガンキャノンにすぐさま、追随した。シュタインについては言うまでもない。フランクのガンキャノンを有効に援護できる位置をしめて、後続していた。
 一瞬だけ、本来は、それはガンキャノンの役目だと思いながらも、自分が指揮官であるということも忘れてはいなかった。
 
 2対5で始まったモビルスーツ戦は、チン少尉が1機を撃墜し、フランク達が戦闘に加入したことによって、5対4となっていた。
 同時に味方のモビルスーツを誤って、撃墜することを恐れた敵艦は、射撃を僅か2分余りで停止し、回頭、離脱の構えを見せていた。
 フランクは、それを見て取ると、モビルスーツの戦闘をジムに任せ、モビルスーツ戦の戦闘空域を迂回するように、ガンキャノンを機動させた。敵のモビルスーツは、全て、ドムという機種であり、同数ならばジムの方が有利と判断したからだ。
 それに、と、フランクは、思ってもいた。チン少尉がついていると。この東洋出身の少尉は、何かしら特別なような気がフランクにはしていたからだ。
 
 艦砲射撃は予定の半分も続けられなかった。
 5分間の予定だったが、現実には、功を焦るリック・ドムのパイロット達が、予定より早く戦闘を始めてしまったために、斉射は予定の半分も続けられなかった。
 未熟さ故の、誤判断である。未熟さを証明するかのように、早々と1機が撃墜された。
 期待したように連邦軍が怯えて、後退するということは起こらなかった。彼らはジオン軍の兵士達と同じように、勇敢であるらしかった。ギレン総帥が常日ごろ言うように、連邦軍の兵士は軟弱である、というのは少なくとも眼前の敵に対しては明らかな間違いのようだった。
「180度、急速回頭、急げ、戦線を離脱する!!」
「180度、急速回頭」
 操舵手が復唱し、同時に、姿勢制御バーニアが最大出力で噴射され、少し強い横への重力が、ランデルをはじめとする、ガーゴイルの乗員のほとんどにかかった。左翼では、同じように、ソドメルが回頭を行っていた。
 (間に合えばいいが・・・)
 ランデルは、新型のザンジバル級に比べて、やや反応の遅いムサイクラスの機動を見て微かな不安を抱いた。
「回頭終了」
「よろしい、機関最大出力、戦線を離脱する」
 ランデルは、いささか、後ろめたさを感じながらも命じた。
「機関最大出力」
 今度は、後方へ残されるような重力を感じを全ての乗員に与えながら、ガーゴイルは、戦場をあとにしようとした。
 回頭によって、右舷に位置することになった、ソドメルが、ようやく回頭を終えるのが目に入った。
 
 フランクは、ガンキャノンの加速の限界をののしりながらもなおも加速を続けた、本来ならかなり無駄な推進剤の使用であり、戒めねばならない機動だったが、この機動を終えたとき、推進剤を使うことはもうないと判断したからだ。
 その甲斐があって、フランクは、敵艦を射程内に収めることができた。
 一瞬、新型艦の方を攻撃したい誘惑に駆られたが、フランクは、確実に仕留められる、ムサイの方を最初のターゲットに選んだ。距離も、新型艦より近かったし、何より、豊富なデータ収集ができており、ムサイの機動は容易に予測が付いたからだ。
 フランクは、ビームライフルの照準を手早く付けると、合計4回、発射ボタンを短い間隔で押した。
 あるいは、ムサイやザンジバルが、後方に射撃可能な武装を持っていれば、対処が可能だったかもしれない。ジオンの艦艇の多くは、前方への攻撃に主眼を置いた設計のために、後方、特に後下方に指向可能な艦載兵器が皆無のものが多かった。
 このために、後方から迫ってきたガンキャノンに対しては、全くの無防備だったし、実際には、探知すらできていなかった。
 4発のビームは、1発は船体を掠め、外れたが、残りの3発のうち、1発は左エンジンを、2発は右エンジンを貫通した。デリケートなムサイの核融合炉エンジンは、エンジン部を切り離すよりも早く、熱核爆発を起こし、主船体をも熱核爆発のなかに取り込んでいった。
 熱核爆発が放出する、圧倒的な光によって、ガンキャノンの照準は、キャンセルされてしまい、新型艦への攻撃は残念しなければならなかった。
 しかし、新型艦こそ逃がしたものの、ムサイクラスの巡洋艦を1隻撃沈し、モビルスーツも10機余りを撃墜したのだから、12戦隊としては満足すべきなのかもしれなかった。
 
 残念ながら、無傷というわけにはいかなかった。戦死者こそでなかったものの、エイドリアン曹長のジムは、右腕をそっくり吹き飛ばされていた。シュタインは、1機をビームサーベルで両断するという戦果を挙げていたが、近距離まで接近を許した代償として、シールドは半壊し、スプレーガンを喪失していた。
 チン少尉と、スラッフィ曹長は、無傷であり、チン少尉がさらに1機を、スラッフィ曹長も1機を撃墜するという戦果を挙げていた。残った1機は、自ら残骸に突入して果てたらしかった。
 1機を撃墜され、2機が損傷し、各機の推進剤の残りも乏しい現状ではこれ以上の索敵は不可能と判断したフランクは、レーザー通信を用いて、帰還の許可を要請した。
 これは、ただちに了承され、フランク達に代わってハイデルベルグのジムと、ブラジリアのジム、4機が哨戒の任務につくことになった。