- フランク達、モビルスーツ隊を帰還させた12戦隊は、また新たな問題にぶつかろうとしていた。
- 「もう1度、確認は、できないのか?」
- ライアン艦長は、ステファニーが受信した命令文を読みながらいった。
- 「ハイ、以後通信を封鎖、といってました」
- 「どういった、命令なんですか、艦長」
- 副官のオドリック中佐が、ライアン艦長の近くまでやって来て小声で聞いた。現在、12戦隊は、周囲の安全も確保されたとして、4機のジムに哨戒をさせつつ、戦隊自体は、活動を停止していた。そのため、オドリック中佐もノーマルスーツは着用していたが、ヘルメットは外していた。
- 「うむ、12戦隊は、別命あるまで、現空域にて哨戒を実施されたし、だ。どう思う?中佐」
- 「ここで、ですか?」
- オドリック中佐も驚いた様子を見せた。初期の予定では、哨戒活動を12時間続けた後、コンペイトウへの帰還が許されていたからだ。
- 「補給は?」
- 「サラミス1隻を付けた補給艦を送るそうだ、ここには3時間後につくらしい」
- 「3時間後?早すぎますね」
- オドリック中佐は、明らかな不信感を抱いた。その点は、ライアン艦長も同じだった。
- 「どうも、最初からそのつもりだったようだ、サラミスはともかく、補給艦は、コンペイトウから3時間でここまでやって来られるわけはないんだ」
- 「ですね、モビルスーツは、補給に含まれるんでしょうか?」
- 「わからん、ただ護衛に付いてきたサラミスをそのまま部隊に編入していいそうだから、少なくとも、サラミスには2機か3機のモビルスーツが搭載してあるだろう」
- 「サラミスが、1隻加わることによって、正規の戦隊を編成できるわけですが、モビルスーツは、もうちょっと欲しいところですね」
- 「そうだな、フル編成で欲しいところだよ、まったく」
- 12戦隊の場合、モビルスーツをフル編成で装備すれば、5個小隊20機を運用できるのだけれども、部隊編成をしてからこちら、20機の定数を満たしたことはなかった。最高でも、11機が部隊配備されたに過ぎなかった。それどころか、グラナダ強襲の際にマルセイユを喪失して以降、その補充すらままならず、サラミスを1隻欠いたままで活動してきていた。
- 「どのみち、補給艦が来るまでは、ここから動くわけにはいかん。いまのうちに、君達は休んでおきたまえ。伍長、サブブリッジから、交替要員を呼んでくれたまえ」
- 「ハイ、艦長」
- ようやく、休息がとれる嬉しさからステファニー伍長は、溌溂とした返事をした。
- 「艦長は、どうされるんですか?」
- オドリック中佐は、艦長も休むものとして尋ねた。
- 「私が、休むわけにもいくまい、私は、このままここに残るよ。君も休んでくれたまえ」
- 「はい、し、しかし・・・」
- オドリック中佐は、若干のためらいを見せた。
- 「いざというときに冴えのない判断を副官にされては困るからね、休んでくれたまえ、これは命令だ」
- ライアン艦長は、にっこり微笑むとオドリック中佐にも休むことを命令というかたちで、勧めた。オドリック中佐は、しばらく、艦長にも休んでくれるように意見を具申したが、ライアン艦長は、それには笑って応じなかった。
- サブブリッジから交替要員が上がってきて、本来の艦橋要員に取って代わる、その時まで、オドリック中佐は、ライアン艦長に休むことを進言し続けたが、「命令が聞けないのかね?」といわれ渋々引き下がった。
-
- ステファニー伍長は、サブブリッジから上がってきたレイトン上級曹長に、「よろしくお願いしますね」と、いって、交替してもらうと、オドリック中佐と何事かを話しているライアン艦長に、礼を言って、自分の部屋に急いだ。
ステファニー伍長は、足早に自分の部屋に向かいながら、たとえ短い時間とはいえ、休息できることを心から喜んでいた。
- 部屋といっても、一兵士であるステファニーには個室は与えられていない。二人1部屋の部屋である。ステファニーと同室なのは、看護兵のエレナ上等兵だが、彼女は任務についているようだった。
- (負傷者なんていないはずなのに・・・)
- そんなことを思いながら、ステファニーは、ノーマルスーツを脱ぎ、傍らのベッドに脱ぎ捨てた。艦隊戦闘になるかもしれないという緊張から汗をかいていたステファニーは、シャワーを浴びることにした。ペガサス級では重力ブロックに一般兵士の分も含めて居住区があるので、宇宙空間であってもシャワーを浴びることは可能だった。
- 勿論、サラブレットが軍艦であり搭載している水も無限ではない以上、自由自在にシャワーを浴びるというわけにはいかなかったが、今回のように短い時間で帰れると分かっている場合は、ちょっとぐらいの贅沢は許されるはずだとステファニーは、思っていた。
- 通信は、受けてもそれを全部閲覧することのできないステファニーは、艦隊の任務が変更されたのを知らなかった。勿論、全ての通信を見られないというわけではなかったが、任務変更のような重要な通信は、コードが設定されていて、そのコードを知っているものにしか見ることができないのだ。
- だが、たとえ知っていてもいまのステファニーは、シャワーを浴びることをやめはしなかっただろう。清潔にしておきたい、次の瞬間には戦死してしまうかもしれない自身を、清潔にしておきたいと思っていたからだ。たとえ、熱核爆発のなかで蒸発しようと、宇宙空間の中へ消えてしまおうとも、そうしたいと思っていた。
- 身に付けているものを全て脱ぎ捨てると、ステファニーは、少し熱めのシャワーを全身に浴びた。汗ばんで、少しばかり粘ついていた肌が熱いシャワーで、洗い流されるのを感じながら、ステファニーは、自分が生きていることを実感した。明日は、どうなるのかは、分からなかったが、いまこうして熱いシャワーを浴びることができることに感謝をした。
- (死んじゃったら、こんなこともできないんだから・・・)
- ふと、そう思うと、このままじゃいけない、とステファニーは、思った。死んでしまっては、できないことが他にも沢山あることをあらためて感じたからだ。もちろん、そのなかにはサラブレットの中にいる以上できないことも沢山あったけれど、逆にできることも沢山あった。その両方の中で1番優先度が高くてもいいはずのことが今ならできることをステファニーは知っていた。けれど、それは時間制限があった。慌ててシャワーを浴びるのを止めたステファニーは、少しごわごわしたバスタオルで身体を乾かした。髪を乾かすのに多少時間が掛かると思ったけれどそのことについていい加減にするつもりはなかった。
- (お化粧だってしなくっちゃ)
- サラブレットにはたいした化粧品を持ってきているわけではなかったけれどそれでも何もしないよりはマシなはずだった。
-
- フランクは、士官室に戻って、疲れ切った身体をベッドに横たえて、目を閉じていた。
- 帰還したガンキャノンは試作機であるために、再出撃できるようになるまでには、少なくとも1時間は必要であり、その間は、何もすることがなかった。勿論、ガンキャノンの整備をやっても良かったのだが、ガンキャノンの整備を指揮するメカニックマンのオーエン軍曹に「少尉は、身体を休めて下さい、それとも、我々の整備じゃ不安ですか?」とまで言われては、休むしかなかった。
- 宇宙へ出てからこっち、まとまった睡眠など取ったこともなく、眠れるように部屋の明かりは落としてあったが、眠いはずなのに妙に目がさえていた。立て続けに起こった戦闘に、精神が高ぶっているせいかもしれなかった。あるいは、戦死してしまったパイロット達のことを考えていたせいかもしれなかった。特に、今日のドエトフ曹長の戦死は鮮烈だった。フランクの目前で、敵の新型モビルスーツのメガ粒子砲に貫かれて戦死したのだ。宇宙へ出てこっち、グレア少尉を始め多くの仲間を失ってきていたが目の前で、撃破される瞬間を見たのは、ドエトフ曹長のジムが最初だった。
- メガ粒子砲に対してシールド防御を行ったというミスであったが、誰もそれを咎めることはできなかった。連邦軍の中で、ビーム砲を持ったジオン軍モビルスーツと交戦したのは、12戦隊のフランク達が初めてなのだから。ましてや、ドエトフ曹長は、実戦が初めてだった。
- その彼に、間違いのない対応を求めるのは酷というものだった。ザクのマシンガンには、あれほどの装甲の堅固さを見せたジムだったが、メガ粒子砲の直撃には為す術が無かった。
- フランクよりも2つ若く、屈託のない笑いをするドエトフ曹長の顔が幽かに思い出された。
- 最後の瞬間にいったい何を考えたのだろうか?兄妹はいたのか?恋人は?
- 今更、考えてもしょうがないことが次から次へと去来し、フランクが熟睡するのを妨げた。
- ふと、時計を見ると、帰艦してから1時間余りが過ぎていた。
- (もう、モビルスーツの発進準備が終わるころだな)
- 敵性空域にいるために発進準備が完了すればパイロットは第1戦闘配備に着かねばならなかった。折角の戦闘の合間にとれた休息時間を無駄にしたかな?と思いながらもフランクは、ベッドの上で身を起こした。しかし、ベッドの上で身を横たえていたせいか、少しは疲れたが取れたような気もしていた。
- フランクが身体を起こしたのと同時にドアが軽くノックされた。
- チン少尉が、迎えに来たのか?とフランクは思って苦笑した。几帳面なチン少尉が、呼び出しがかかる前に迎えに来たと思ったのだ。
- 「開いてるぞ」
- 几帳面すぎるチン少尉に若干呆れながらもぶっきらぼうに答えた。
- ドアが開いて、人影が入ってきた。
- 「いいですか?少尉」
- 声は、チン少尉のものではなかった。
- 「ご、伍長」
- 驚いて声の主を見る。薄暗い照明の中でもそれが誰なのかはすぐに分かった。フランクは、意外な人物の出現に驚き、慌てて、ベッドから立ち上がった。
- 「艦長が、呼んでるのかい?」
- フランクは、なぜステファニー伍長が、やって来たのか、その理由が全く思い浮かばなかった。艦長が、呼ぶにしても、通信モニターで呼べばすむ話だったが、他に思い付かなかった。
- 「いいえ、少尉。そんなんじゃありません」
- ステファニー伍長は、まっすぐにフランクの目を見た。青く澄んだ瞳がまるでフランクの伍長に対する想いまで見透かすように思えて何となく怖かった。ここしばらくこんなふうに、女性に見られたことがなかったフランクは、いったいどうしていいのか分からなかったが、目をそらすことはできなかった。
- 「・・・」
- それに、何を言っていいのかも分からなかった。
- 「少尉・・・」
- そういうと、ステファニー伍長は、フランクに、しっかりと抱きついて、フランクの肩に自分の顔を埋めた。
- フランクは、頬に、いい匂いのするステファニーの髪越しに柔らかな温かさを感じて、どきりとした。フランクは、手をどうしようかと、少し考えたが、手をぶらりとさせておくのもへんな気がして、ステファニーの肩と腰にそっと回した。女性の身体って柔らかいんだな、フランクは、少し回した手に力を入れてその柔らかで、今にも壊れそうなステファニー伍長の温かさを大事にしたいと思った。
- ステファニーの肩が震え、フランクは、ステファニーが泣いているのかと思った。
- 「くっくっく・・・」
- だが、ステファニーは、笑いをこらえていた。
- フランクの肩に埋めた顔を上げたステファニーは、いたずらっぽい笑顔をフランクに向けた。間近で見る、ステファニーの笑顔は、屈託がなく、いまここにステファニーがいるのにもかかわらず、それがフランクには、信じられなかった。
- 「少尉、シャワー、浴びてませんね?汗臭いです」
- 言われて、フランクは、はっとした。下着こそ替えていたが、最後にシャワーを浴びたのは、もう3日も前だった。
- 「す、すまない、伍長」
- 「いいですよ、嫌いじゃありませんから・・・、男の人の汗の匂いって」
- そういいながらも、ステファニー伍長は、いたずらっぽい笑顔を絶やさなかった。そして、心の中で(特に、好きな男の人のはね)と、付け足した。
- 「フランク少尉、おられますか?」
- スラッフイ曹長の声が、部屋の外でした。「モビルスーツの準備ができたそうです」
- 同時に、部屋の中の通信モニターから、ガンキャノンの整備を指揮しているオーエン軍曹がフランクに呼びかけた。
- 「フランク少尉、オーエン軍曹であります、機体の整備が完了しました」
- 慌てて、フランクは、ステファニー伍長に回した手を放すと、くすくす笑う伍長から離れて、それぞれに答えた。
- 「ああ、ちょっとまってくれ」
- 「分かった、軍曹、いまからそっちへ行く」
- モニターに向かって、慌てて返事をして振り返ったフランクに、ステファニーは、もう一度抱きつき軽くキスをしてきた。それは余りにも突然すぎて、フランクは、ただ驚くだけだった。それは、フランクが全く予想しなかった一瞬の出来事だった。目を大きく見開いてただ驚いているフランクに、ステファニーは、あくまで笑顔を絶やさずにいった。
- 「少尉、死なないで下さいね」
- そういうと、ステファニー伍長は、フランクから身を離し、何事もなかったように、フランクの部屋から出ていった。後には、あっけにとられたフランクと、ステファニーが残した優しい香りだけが残った。
- しばらく、そのまま突っ立っていたフランクは、我に帰ると傍らのヘルメットにを手に取って部屋を出た。
- 部屋の外には、ぽかんと口を開けているスラッフィ曹長と、エイドリアン曹長がいた。
- 「いくぞ」
- フランクは、動揺を見透かされないように、少し大きな声で上官らしく言った。しかし、そんなことは無用の心配だった。二人の曹長は、余りに驚いてしまって、フランクの心の動揺に気付く余裕なんかまったくなかった。二人の曹長は、フランクの言葉に対してただ頷くだけだった。
- ようやく、エイドリアン曹長がいったのは
- 「しょ、少尉、内緒ですよね?」だった。
- それに対してフランクは。軽く笑って見せただけだった。
-
- それからさらに、1時間あまり後、12戦隊は、補給艦コロンブスと、それを護衛してきたサラミス級巡洋艦アジスアベバとの邂逅に無事成功した。
- アジスアベバは、ライアン艦長の予想をいい意味で外し、ジムを4機、フル装備していた。さらに、コロンブスは、6機のジムを搬送してきてもいた。その結果19、定数には1機たりないけれど、12戦隊としては、最高レベルに戦力が充実した。他にもボールが12機搬送されてきていた。
- しかし、それに対し、ライアン艦長が、手放しで喜んだわけではなかった。
- 「ずいぶん、張り込んできたな」
- ライアン艦長は、各艦に搬入されていく物資を眺めながら、困ったような顔をしながら渋い口調で言った。
- 「何か、考えてますね」
- オドリック中佐も、渋い顔をしていた。
- 「ああ、また厳しいことをさせられそうだ。独立戦隊だけに、自由に動かせるとでも思ってるんだろう」
- しかし、意外にも、アジスアベバが伝えてきた司令部からの命令は、現空域で待機せよ、というものだった。
- 決して、哨戒が安全な任務というわけでもなかった。特に、同じ個所に留まるのは得策ではなかった。それでも、今までの危険な任務と比べれば、まだまし、といえたのだ。
-
- 「動きだしたようです」
- ア・バオア・クーの統合作戦司令部に、その第一報が入ったのは、その日、午後に入ってからだった。
- 「レビルの部隊がか?」
- ギレンは、じろりと瞳だけを、その高級参謀に向け、厳しい口調できいた。
- 「ハイ、レビルは部隊を、3つにわけて行動を開始したようです。そのうちの2つは、ほぼ同じコースをとっています。それぞれを大隊と呼んでいますが、規模はそれぞれが一個艦隊規模のようです」
- 「それで、連邦の最終的な目標は?」
- ギレンの抑揚を抑えた声は、それだけで、居並ぶ参謀達を緊張させるものがあった。
- 「連邦軍は、作戦を3つにわけて呼んでいるようですがア・バオア・クーを目指すようです」
- 「間違いないのだな?」
- 一瞬、高級参謀達が堅くなる。勿論、この報告をするにあたって、十分すぎるぐらいのデータを分析をし、定めし自信をもっての結論なのだが、いざ、ギレンに改めて問われるとジオンの軍人なら冷たい汗の一つも流れるというものだ。
- 「間違いないと思慮します」
- 高級参謀の一人が、応えるのに、ギレンが頷くと同時に、統合作戦司令部に、一般のジオン兵士とは明らかに異なる制服を着た大佐が入ってくると、それに気付いた参謀達は、さっきまでとは違った意味の緊張に襲われた。
- ギレンが直轄する親衛隊の大佐である。軍の組織というよりは、ギレンの私設のスパイ組織のようなものであり、正規軍とは全く別系統の組織である。また正規軍に対し、警察権をも有する。
- その大佐が、高級参謀達には、目もくれず、ギレンの傍に足早に歩いていくと、何事かを耳打ちした。
- ほんの一瞬だけ、ギレンの顔が険しいものになった。何事かを囁き返したが、大佐は、首を横に振った。それに対しギレンは、わかった、とだけ言うと、大佐を下がらせた。親衛隊大佐は、来たときと同様に、参謀達には一切目をくれず、出ていった。
- 参謀達の中には、それを苦々しく思う者もあったが、敢えて顔にそれを出す者は一人としていなかった。
-
- 「このグラナダを無視すると?」
- キシリアは、連邦軍の動向を知らせてきた参謀に、聞き返した。
- 「はい、キシリア様。連邦軍は、ア・バオア・クーを突破した後、そのまま本国を攻略するようです」
- キシリアのほうでは、ア・バオア・クーのギレンよりもより詳しい情報を得ていたが、それをギレンに知らせるようなことはしなかった。
- このころ、ジオン軍の内部は、完全に2つの組織に分断したような格好になっていた。キシリアの抑える月、地球の部隊と、それ以外の部隊にである。
- 「なるほど・・・、本国を攻略してしまえば、グラナダは、無力化できると考えているようだな・・・」
- 「そのようです」
- 「ソロモンに対して、攻撃隊を編制できないか?」
- キシリアは、その様なことを思い付く。
- 「もう、時間がありません。いまのところグラナダを防衛する方向で部隊の編成を進めましたので、それに連邦軍が、ここを攻撃する可能性がゼロになったわけではありませんし」
- やや歯切れの悪い言葉で参謀は、言った。
- 「だろうな、しかし、このグラナダを無視されるとなるとこのままというわけにも行かない、わたしも、ア・バオア・クーに出向きましょう」
- 「し、しかし、危険です、キシリア様」
- 前線に出向くというキシリアに対し参謀は、驚きを隠さなかった。
- 「ギレンは、あれを使うでしょう」
- キシリアは、冷静な声で応えた。
- 「あれを使えば、連邦軍の過半数を沈められます、後は、ア・バオア・クーの戦力と、ギレンが持ち出したドロスで、なんとでもなります」
- 「しかし、キシリア様に万一のことがありましたら・・・」
- 「では、シャアに護衛させましょう。あのララァとか言うニュータイプ、かなりの能力だときいています、シャアのザンジバルと、ムサイを何隻か同行させます。編成を進めなさい、急いで」
- キシリアの意志の堅さを知った参謀は、これ以上の説得は、無理だと判断し、キシリアのグワジンを護衛させるのに最適な部隊を考え始めた。余りに大規模な部隊は、キシリア自身が好まないはずだったし、それを編成する時間もなかった。
-
- 連邦軍は、既に艦隊を3つにわけて、ア・バオア・クーに対する第3戦闘ライン上に集結させつつあった。それぞれの部隊は、ジオン軍を混乱させるために、第1、2、4大隊と呼ばれていたが、それぞれの規模は、間違いなく1個艦隊の規模だった。敢えて、第3大隊を飛ばしているのは、ジオン軍に4つの部隊が行動していると思わせるためだった。
- しかし、これらの欺瞞作戦は、後述するように、ほとんど効をなしていなかった。
- ジオン軍の情報部は、それなりに優秀であり、連邦軍の動向をほぼ正しく掴んでいたのだ。
- レビルは、3つの部隊のうち、第2、4大隊をア・バオア・クーのNフィールドから突入させ、自らが直卒する第1大隊をSフィールドからほぼ同時に突入させるつもりだった。すなわち、地球の公転面に対し、南北から部隊を投入しア・バオア・クーを挟撃する作戦だった。作戦としては新鮮味に欠けるが、堅実であり、単純である分、部隊同士が混乱に陥る危険性も少ないと言えた。複雑すぎる作戦は、時として、部隊を泥沼の混乱に陥れることがあるからだ。そういった点でも、レビルの立てた作戦は、正しいものだった。
- この時点で、連邦軍は、ジオン軍が、この戦闘に新兵器を投入するという情報を得ていたが、それが具体的に、何なのか?新型戦艦なのか、モビルスーツなのかまでは、情報を得ていなかった。しかし、レビル将軍を始め、大方の予想は、現時点での新型兵器の投入は多勢に影響を与え得ないというものだった。
- 一部には、ソロモン攻略戦時のような対ビームバリアを装備したモビルアーマーの大量投入を危惧する声もあったが、それすらも、13独立戦隊のガンダムが示したような闘い方をすれば、撃破可能であるとされ、問題視されなかった。
- その様な、自信を連邦軍にもたらしたものは、連邦軍がこの戦いに大量投入するモビルスーツと戦闘艦艇の数だった。艦艇総数は、支援艦艇も含めるならば、200隻余りであり、これは、ルウム戦役でレビルが集結させた艦艇数にも劣らないものだった。ルウム戦役と大きく異なるのは、多数のモビルスーツ、しかも、その性能はジオン軍のどんなモビルスーツにも引けを取らないことが既に実証されているモビルスーツ・ジム、を伴っている点である。連邦軍が、この戦いに投入するモビルスーツ・ジムは、ほぼ、600機にもおよぶ規模だった。これに、ほぼ同数の支援モビルスーツ、ボールも参加し、その攻撃力は空前のものとなっていた。
- 以上の点から連邦軍首脳部、特にジャブローの将軍達は、後に、この戦いがこれほど苦戦するものになろうとは、思いもしていなかった。
- それは、端的にレビル将軍に、もっとも顕著に表れていたかもしれない。レビル将軍は、部隊の集結地点をソロモン攻略戦時のティアンムのように秘匿する努力をするべきだった。余りに大胆な戦力展開は、ジオン軍情報部によってすっかりその全容が知られてしまっていた。
-
- 「グレートデギンが、和平交渉をと・・・」
- それは、ゼロアワーを目前にしているときの出来事だった。レビルの側近が、信じられないというような顔をして、1通の電文を持ってきたのだ。
- しかし、それは、やがてジオン公国の方からゆっくりと現れたグワジン級戦艦と、それに付き従う2隻のムサイ級巡洋艦によって間違いのないことが証明された。
- 主砲塔を、後方へ向け、戦闘の意志がないことを示しつつ、深紅に彩られ、艦首に鮮やかな黄色で、ジオンの紋章を記されたグワジン級戦艦が、投降してきたのだ。仮にそれが偽装でなければ、このグワジン級戦艦は、紛れもなくデギン公王の乗艦グレートデギンに間違いないはずだった。
- たった2隻のムサイ級巡洋艦に付き添われただけのグワジン級戦艦は、何か物悲しげですらあった。
- 「ジオンもつらいのだな・・・」
- レビルは、自分が座乗するマゼラン級戦艦、ボスポラスに横付けしたグレートデギンの艦橋にデギンを認めると、誰に言うともなく、呟いた。
-
- その2隻の戦艦が、邂逅する数十分前、ジオン本国、ソーラーレイ管制室では、突然の命令変更に、驚き、慌てふためいていた。
- 既に、数時間前に入手した連邦軍集結地点の情報に基づき、発射軸は固定されており、後は、ギレンからの発射命令を待つばかりとなっていたときの、変更である。変更と言っても、ソーラーレイの発射軸の変更は、物がもともとスペースコロニーだけに容易ではない。
- 「間違いないのだな?」
- アサクラ大佐は、もう一度、確認をした。
- 「間違いありません、ギレン閣下からの勅命であります。新しい発射軸は、ゲルドルバ、間違いありません」
- 電文を確認した参謀は、怒鳴るように、返事をした。
- 「発射時刻は、今から20分後です」
- 「20分後?だと?連邦軍の攻撃時刻が早まったとでも言うのか?この期に及んでなぜだ?発射軸を変更すれば、連邦艦隊を半減させられないぞ」
- アサクラ大佐は、理不尽な命令に憤りを隠せなかった。現在確定されている発射軸ですら、連邦軍を半減させることは、絶望視されている。それでも、そういった状況の中で、もっとも理想的な発射軸を選んだ自信は十分にあるつもりだった。
- しかし、ギレンの勅命に逆らうわけにはいかなかった。
- 「発射軸変更!!新しい発射軸は、ゲルドルバ、急げぃっ」
- ソーラーレイは、ジオン、サイド3、の密閉型コロニーの1基、マハルをそのまま流用した物であり、それは、密閉型コロニーを主体とするジオンだからこそ完成しえた兵器である。
- 簡単に言えばソーラーレイは、コロニーの内面をアルミコーティングし、それ自体をレーザー発振本体としたものであり、直径6キロ、全長30キロにも及ぶ壮大な宇宙兵器である。
- もともとが、コロニーであるために、発射軸の変更には、コロニーの緊急軌道変更用の推進システムを流用しているだけであり、コンピューターで管制されているといっても、急速な変更には、細心の注意が必要だった。
- そういった意味で、ギレンが指示してきた20分という時間は、無謀なものだった。それは、発射準備も同時に行わなければならない状況下での発射軸変更という、非常に際どいものだからだ。
- しかし、アサクラ大佐は、それをやり遂げた。実に際どいタイミングであったが、ギレンの指示した時間通り、1秒たりとも遅れることなく、ソーラーレイを稼働させることに成功したのである。
- そして、本来の発射時刻を早めたにもかかわらず、ソーラーレイは完璧に作動した。
- その瞬間、人類が作り出した最大のレーザーが発射される瞬間は、まさに、壮絶の一言だった。直視することなど、到底不可能なまばゆさを撒散らしながら、レーザーは、ほんのコンマ2秒掃射された。
- コンマ2秒のために、マハルのジオン国民を、1カ月掛かりで、疎開させ、国防予算のかなリを注ぎ込み、ほぼ半年に渡る突貫工事で完成したソーラーレイだったが、そのコンマ2秒で、
少なくとも、ギレンの意図したことは完遂された。
-
- コロニーをほとばしりでたレーザーは、僅か数秒で標的、連邦軍第1大隊の大部分を飲み込んだ。それはまさに、飲み込んだと形容するのが正しかった。命中した、では表現できないほどの多くの連邦軍艦艇を、その総指揮官であるレビル将軍とともに瞬時に葬ったのだ。
- しかし、戦略的にみれば、いや戦術的に見てさえこの発射軸の変更は、大きな間違いだった。
- ア・バオア・クー防衛に際し、侵攻してくる連邦軍の約半数を葬るべく計画されたソーラーレイだったが、ギレンが発射直前に指示した変更によって、それは不可能となった。本来ほぼ同一地点に終結しつつあった連邦軍第2、4大隊を掃射するはずだったにもかかわらず、変更によって第1大隊の約7割を殲滅したに過ぎなかった。
- それでも、60隻近い艦艇と、それが搭載するモビルスーツを僅かコンマ2秒の掃射で一掃されたのだから連邦軍の受けた衝撃は、測りしれないものだった。
- 特に、直撃を受けた第1大隊の惨状は目に余るものがあり、そのまま部隊が四散してもおかしくない状況だった。
- しかし、このときに直撃を免れた、マゼラン級戦艦ルザルのモーガン少将は、自分が生き残った中で最上級の指揮官であることを奇跡的なほど短時間で認識すると、ただちに断固たる態度で部隊の再編にあたった。そして、このとき同じように直撃を逃れたホワイトベースを起点に残存艦艇の集結を図ったのだ。真っ白なホワイトベースが、宇宙空間では、他のどんな連邦軍艦艇よりも目立ち、集結の起点としては、またとない絶好の標識となったからだ。この時のホワイトベースの位置もまた残存艦艇を終結させるには絶好の位置だった。単なる偶然でしかなかったが、後にニュータイプ部隊であるホワイトベースがことのあることを知ってその位置にいたというものもあった。
- 混乱、その1点だけでいえば、かえって、この時点で損害のなかった第2、4大隊の方が大きかったかもしれない。幕僚の一部は、本気で撤退を考えたらしいからだ。第1大隊の損害は、ほぼ全滅ということ以外詳しく分からなかったし、その様な大損害を一瞬のうちに第1大隊に与えた新兵器が、自分たちにいつ向けられるか分からないという恐怖もあった。
この時点で、ほとんど、作戦中止の段階にまで至ったと言われる。参加総数の約3割が戦闘開始前に総指揮官とともに消滅したのだから無理もないことだった。
- それでも、ア・バオア・クー攻略戦が中止されなかったのは、ソーラーレイからの第2撃を恐れたためである。皮肉なことに、後退途中に、背後から掃射を受けるかもしれない、という恐怖が、ア・バオア・クー攻略戦を強行させる一番の原動力となったのだ。
- さらに、作戦開始、ゼロアワーまで、今少し、時間があったことも大きかった。当初、混乱の中で、第1大隊が完全に全滅したと考えられていたが、時間とともに、そうではないこと、確かに、大損害を受けはしたが、未だに戦闘可能な艦艇が、20隻以上存在し、13戦隊のホワイトベースを起点に集結しつつあるということもわかった。そして、この第1大隊の生き残りこそが、ア・バオア・クー戦に、大きな役割を果たすこととなるのだった。
-
- 一方、父、デギンを連邦軍第1大隊とともに葬ったギレンは、ア・バオア・クーの全将兵に向けて演説を行った。
- 時間的には短かったが、自分たちの総司令官が、最前線にまで出向いて、演説してくれた、ということで、ジオン軍兵士の士気は、多いに上がった。
- ギレンは、この演説の中で、実際には、3割強程度の、連邦軍を撃破したに過ぎないのに、半数を確実に葬ったと断言した。その言葉の背景には、ア・バオア・クーの絶対的な防御力、ほぼ1000機におよぶモビルスーツ戦力と、それを支援する多数の迎撃機に裏打ちされた自信があった。
- しかし、ギレンは、1000機という数は知ってはいても、その内容までは事細かに知らされていなかった。パイロット総数の3割以上が、学徒兵だということは当然知らなかった。学徒兵以外にも初めて実戦にでるというパイロットも少なくなくその戦力は開戦時の1000機とは新型機が実戦配備されていることを考慮しても比べ物にならないくらい低いものでしかなかった。さらに
1000機のうち、実に4割以上がザクであり、さらに旧式なMS−05さえ、少なくない数が投入されていた。半数近くを占めるリックドムは、確かに高性能な機体であったが、それに見合う武器を持たされてはいなかった。
- 最新型のゲルググは、数が少ないうえに、肝心の主武装であるビームライフルの信頼性に多いに問題があった。
- さらに、連邦軍の使う兵器に関しても、ギレンは、誤った知識しか持たなかった。
- 連邦軍が、ソロモンで初めて使用した新型のビーム撹乱膜は、従来型のものと比較して非常に優秀であり、ソロモンの要塞メガ粒子砲をほとんど無力化した事実、連邦軍の量産型モビルスーツが、非常に優秀である事実、そういったことをほとんど知らなかったのだ。
- ギレンに限らず、ことここに至ってもジオン軍の誰もが、自分たちが初めて、モビルスーツを伴った連邦軍の大部隊と交戦するという事実に気付いていなかったのだ。
- そして、ア・バオア・クー攻略戦、開始のゼロアワーとともに、連邦軍第2、4大隊は、規定通りの侵入コースを維持し、ア・バオア・クーへの突撃を始めた。
- 宇宙標準時、04:00、連邦軍宇宙最大の反抗作戦は、第2大隊旗艦、ジョマードのメガ粒子砲フル斉射によって、その火蓋が切られた。一斉に突撃を開始した連邦軍の第2、4大隊の艦艇総数は、ほぼ120隻だった。それを支援するパブリク突撃艇は、400機。まさに、連邦軍が、宇宙において持てる戦力の大半をつぎ込んだものといえる。
- 120隻にもおよぶ、連邦軍艦艇が、メガ粒子砲をフル斉射する様は、まさに壮観だった。まるで吸い込まれるようにメガ粒子のビームが、ア・バオア・クーの表面に到達していく。
- 連邦軍艦隊の突撃開始とほぼ同時に、ア・バオア・クーからも、ただちに反撃のメガ粒子砲の攻撃が加えられ始めた。この防御砲火の密度もすさまじく、戦闘開始後5分も経たないうちに、撃破される連邦軍艦艇もあったが、今はまだ、数隻に留まっていた。
- この時点では、モビルスーツの発進は、なされていない。
- 約半数の200機にもおよぶ、パブリク突撃艇が、先陣を切りア・バオア・クーに対する第1戦闘ライン上にビーム撹乱膜を散布すべく、突撃を開始した。
- 戦闘開始後10分でビーム撹乱膜の展帳に成功すると、ア・バオア・クーからのメガ粒子砲による反撃は、ほとんど無力化され、連邦軍も攻撃をミサイルの大量発射に切り替えた。数千発規模のミサイル斉射が繰り返され、ア・バオア・クーに向けて発射された。
- ア・バオア・クーからの迎撃の主力もミサイルに切り替わったが、回避運動を行いつつ近接を図る連邦軍に対して、その迎撃効率は大幅に減少した。
- 対する、連邦軍のミサイルは、動かない標的に向けて発射されるので、ア・バオア・クーの迎撃力を少しづつだが確実に削り取っていた。
- これに対し、ア・バオア・クーのジオン軍は、その反撃の主力を、ガトル、ジッコといった攻撃艇に移しつつ、順次、モビルスーツ隊の出撃も行いはじめた。
-
- サラブレットと12戦隊は、第2大隊の右翼を進撃していた。後方からは、同じペガサス級の強襲揚陸艦ゼブラホースが続航していた。
- この「星1号作戦」には、陸戦隊を上陸させるべく、この2隻のほかにも、4隻のペガサス級強襲揚陸艦が投入されていたが、既に、第1大隊のホワイトホースとグレイトホースが、沈んだため、残るは、第4大隊のポニーとブラックホースである。
- これらペガサス級の各艦はそれぞれ1個大隊の陸戦隊を上陸させる任務を帯びていた。
- 幾ら、モビルスーツが、戦争の主力といっても、要塞の様な拠点を最終的に制圧するためには、陸戦隊の投入が必要不可欠であったからだ。
- 「サラミス各艦、付いてきているか?」
- ライアン艦長は、前方から嵐のごとくやって来るミサイルに多少の恐怖を覚えながら聞いた。全く、命中しないのが不思議だった。
- 「アジスアベバが、小破、それ以外は損害ありません」
- クリンゴ曹長が、即座に答えた。
- 「艦長」
- 「なにか?」
- ステファニー伍長の呼び掛けに、ライアン艦長は、振り返った。
- 「旗艦より、入電。モビルスーツ隊を発進させよ、です」
- 「ようやくか、12戦隊、各艦、モビルスーツ発進させよ、曹長、アジスアベバ、付いてこれそうか?」
- 「航行には支障ないそうです!」
- それを聞くと多少安堵しつつ、ライアン艦長は、モビルスーツデッキを呼びだした。戦力は、多いに越したことはなかった。たとえサラミス1隻の戦力でも無駄にはできなかった。
- 「少尉!」
- ライアン艦長は、フランク少尉を呼びだした。
- 「右舷デッキ、フランク少尉です」
- サブのモニターに、ガンキャノンのコクピットに収まったフランク少尉がうつしだされた。
- 「我々は、陸戦隊を上陸させねばならない。それまでは、なにがあっても沈むわけにはいかないんだ。発進後、パラソル隊形で、前方10キロに位置してくれ」
- 「フランク少尉、了解です」
-
- 通信モニターから、ライアン艦長が消えると、すぐにステファニー伍長が代わってうつしだされた。
- 「少尉?発進準備、よろし?」
- 「ガンキャノン、発進準備、完了」
- 「1分後に発進です。・・・・・」
- 不意に、口パクになったステファニーに、「了解」と、応えながら、フランクは、モニターが故障したのか?と思った。しかし、微かに、ライアン艦長が、命令をがなり立てているのが聞こえている。
- おかしいと思っていると、ステファニー伍長は、もう1度、口をぱくぱくさせた。そして、もう1度、今度はゆっくり。
- 「カタパルト、装着完了」
- フランクは、手順を口で、いつものようにいいながら、ステファニーの口の動きを読んだ。
- 「死なないで・・・」
- ステファニー伍長がそういっているのだと分かった瞬間、フランクは、大きくうなづくと「了解」と力強く応えた。ステファニーは、にっこり笑うと、モニターから消えた。
- 心配してくれている人がいる、そう思うと、フランクは、心の中に温かいものが込み上げてくるのを感じた。
- 30秒後、フランクは、再び、モビルスーツのパイロットとして、宇宙の人となった。しかし、今度は、自分が生き残るためだけに戦うのではないことを知っていた。護らなければならない人のために戦えるのだ。
-
- 戦闘自体は、ジオン軍が、やや優勢のまま推移していた。撃沈される艦艇は、連邦軍の方に多かったし、連邦軍は、モビルスーツを発進させるタイミングをやや失ってもいたからだ。
- また空母ドロスが、連邦軍艦隊の攻撃を一手に引き受けていたこともあって、Nフィールドから侵入した連邦軍は停滞していた。
- しかし、連邦軍はモビルスーツを、ついに発進させた。
- 既に少なくない母艦を失っていた連邦軍であったが、発進させたモビルスーツ・ジムの数は300機以上にも上っていた。さらに、ほぼ同数のボールが加わった。
- 一撃で、巡洋艦クラスを撃破するビームライフルを装備したモビルスーツ・ジムの戦線投入によって、戦場の流れは、明らかに変ろうとしていた。
- それは、絶妙なタイミングだった。ジオン軍の迎撃部隊の大半が、Nフィールドに、その主力を移しつつあった瞬間に、Sフィールドから、これもまた大量のミサイルの斉射を行いつつ、第1大隊の生き残りと、連邦軍最強部隊の誉れ高い13戦隊が突入を敢行したのだった。
- Sフィールド方面の戦力をNフィールドへ引き抜くことによって手薄すにしていたジオン軍は、突然の新手の連邦軍部隊のSフィールド出現に驚いたが、これに、シャア大佐率いるモビルスーツ隊を充てることで、撃退が可能と信じた。
-
- そして、信じられないことが、ア・バオア・クーの総司令部で起きた。
- キシリアは、Sフィールドから侵入してきた連邦軍艦隊に、シャアを含めるモビルスーツ隊を振り向けた後、この闘いの結末が見えたと確信した。
- そして、やるならば、このときしかないと決意した。
- おもむろに、立ち上がると、司令部の中央の指揮官席に座った兄、ギレンの方へと歩いていった。司令部に詰める、誰もが、戦闘指揮に気を取られ、キシリアの行動に気が付かなかった。ア・バオア・クーを巡る戦闘は、もっとも重要な局面に差し掛かっており、レーザー通信を用いた統一指揮が不可欠だった。
- 「グレートデギン、どこに配備なさったのですか?ズムシテイですか?」
- キシリアは、落ち着いた低い声で、ギレンに話し掛けた。
- 不意に、耳元で聞こえた、妹、キシリアの声にほんの少し、ギレンは、驚いた。
- 「先行しすぎて沈んだよ」
- 「ほう、父上から?」
- 「父が、グレートデギンを手放すと思うか?」
- 「思いません」
- 「では、そういうことだ」
- 面倒くさそうに、ギレンはいうと、この件は、終わりだとばかりに、前に向き直った。
- 「グレートデギンには、父が、その上で何故です?」
- 「タイミングずれの和平交渉が、どうなるというのだ?」
- 司令部の兵たちも、ただならぬ雰囲気を感じ始めていたが、作戦指揮におわれ、なにが話されているのかというところまで、注意を払うものはいなかった。
- 「死なすことはありませんでしたナ?」
- そういうと、キシリアは、腰の銃を引抜き、ギレンの後頭部に押し当てた。
- 「冗談はよせ」
- それが、ギレンが口をきいた最後だった。
- 「兄上も意外と甘いようで・・・」
- そういうと、キシリアは、躊躇無く、引き金を引いた。
- 突然の銃の発射音、無重力の中を血を撒散らしながら、はねるギレンに、司令部の内部は騒然とした。
- 「父殺しの罪は、たとえ総帥であっても免れることはできない、異議のある者はこの闘いの終了後、法定に申したていっ」
- キシリアの、大音声に、司令部は、凍り付いたように、静まり返った。
- 貴重な時間が、刻一刻と過ぎるが、誰も動けなかった。
- (くそう、こんな危急の時に)
- トワニング准将は、心の中だけで、毒づきながらいった。
- 「ギレン閣下は、名誉の戦死をされた、キシリア閣下、ご采配を」
- 今は、ここで揉める訳にはいかなかった。生粋のギレン派のトワニング准将だったが、戦況は、1分、いや秒単位で、推移しつつある。ザビ家の内輪もめごときで、この闘いを失うわけにはいかないのだ。
- (糞っ垂れ!!)トワニング准将は、キシリアの弁解めいた礼を聞きながら、毒づいた。(今、この瞬間が、ターニングポイントかも知れんのだぞ)と。
-
- ア・バオア・クー内で、事件が起こったとき、時を同じくして、Nフィールドを支えていたドロスがついに撃破された。
- Sフィールドも、侵入してきた艦隊の半分近くを撃破したが、肝心のモビルスーツ隊は、シャア大佐が、私怨に走ったため、阻止することができず、ついにア・バオア・クーは、連邦軍モビルスーツの上陸を許してしまった。シャア大佐を、過大評価しすぎたことによって十分なモビルスーツをSフィールドに送り込まなかったことも相まって、Sフィールドの防衛戦は、あっけないほど簡単に崩壊し、上陸したのはジムだけでも70機近くにも及んだ。
- 要塞の表面伝いに、侵攻してくる連邦軍モビルスーツ隊によって、ア・バオア・クーの、迎撃力は、急速に減少していった。
-
- 12戦隊は、アジスアベバを、ガトル攻撃艇の集中攻撃で失い、ブラジリアが、ザクの攻撃で損傷しているほかは、順調といってよかった。
- 後方のゼブラホース隊のほうは、まだ損害らしい損害も受けていない。
- それに対して、フランクを中心にしたモビルスーツ隊は、ガトルを20機以上、ジオン軍モビルスーツも既に5機撃墜していた。
- しかし、一方でフランクは、これがまだ本格的な迎撃でないことも知っていた。確かに、ガトルの集中攻撃は、侮れないものであったが、阻止は、容易だった。
- またザクも、ほとんど単機で接近してきたので、これも脅威には程遠かった。
- 12戦隊と、ゼブラホース隊が、本格的な敵の迎撃を受けたのは、第2戦闘ラインを越えてすぐだった。
- ザクを中心とした1個中隊規模(9機)のジオン軍モビルスーツ隊に支援されたガトル戦闘爆撃機、14、5機の迎撃を受けたのだ。
- 戦隊の10時方向に現れた1群のジオン部隊が、明らかに、自分たちの方を指向したのを見て取ると、フランクは、事前に決めた通りの合図を送り、自らも、ただちに、そのジオン軍部隊の方に、機体を振り向けた。
- それに追随するのは、シュタインとエイドリアン曹長のジムのほかには、アジスアベバ所属の4機のジムと6機のミスターボールだった。
- 残存の7隻の艦艇から、気休めの援護射撃が送り込まれ、ジオン軍部隊の進撃路を局限する。
- 運の悪いガトルの1機が、艦艇からの援護射撃によって、粉砕されるのをまるで合図にするかのように、フランク達は戦闘に突入した。
- 後方から、ボールの支援射撃が始まるのを、確認しつつ、フランクは、まずキヤノン砲の弾幕をガトル隊の全面に張り巡らした。瞬く間に、数機のガトルが、ボールとフランクの射撃を浴びて爆発していった。残ったガトルは、わき目も振らずに、戦隊の方へと突撃していく。狙いは、艦艇のみ、という強い意志の元に突撃しているようだった。
- しかし、フランクが、ガトルにかまえたのは、そこまでだった。小隊毎の機動を行うザクとドムを相手にしなければならなかったからだ。ドムは2機しかいなかったが、侮るわけにはいかなかった。
- (ちぃっ、チン少尉、上手くやってくれよ)
- 後のことは、戦隊の直掩として残ったチン少尉達に任せるしかなかった。
- 9機のうち、フランクとエイドリアン曹長の方には、3機のザクが向かって来た。
- エイドリアン曹長のジムが、フランクの斜め後方に位置し、3機のザクに対してビーム砲の射撃を加えはじめた。
- それに対し、ジオン軍モビルスーツは巧みな回避運動で、容易に標的となってはくれない。
- 「これで、どうだっ」
- 叫びつつ、巧みな回避運動を見せる、ザクにフランクは、近接信管付きのキヤノン砲弾を浴びせた。
- 至近を通ったキヤノン砲弾の炸裂に、機体のコントロールを一瞬失ったザクに、フランクは、容赦ないビームライフルの一撃を浴びせた。
- 淡いピンクのビームは、狙い過たず、ザクを走り抜け、そのザクを四散させた。熱核爆発は、一瞬視界を妨げた。
- その時、フランクの後衛に付いているべき、エイドリアンのジムが、フランクの前に、出た。
- 「気をつけろ」
- 余りに、濃密なミノフスキー粒子に、干渉されて、聞こえるはずもなかったが、フランクは、思わず叫んでいた。
- そのザクは、フランクが撃墜したザクの熱核爆発が、拡散すると同時に、踊りだした。不意をつかれたエイドリアンは、ライフルを闇雲に放ったが、命中しなかった。
- フランクは、周囲を警戒しつつ、援護の射撃を送ろうとしたが、エイドリアンのジムが邪魔になって、撃てなかった。
- あるいは、そのザクが、マシンガンで射撃したならば、エイドリアンは、戦死しなくてすんだかもしれなかった。しかし、現実には、ザクは至近からバズーカを一撃した。
- マシンガンには、ある程度の、抗靭性を持つジムの装甲も、モンロー効果を利用したバズーカの直撃には、無力だった。
- フランクは、ジムの爆発を避けようとしたザクに、ビームライフルを撃ち込み、撃破したが、その時には、エイドリアンのジムも、他の多くのモビルスーツのように、四散し、果てていた。
- しかし、フランクには、それを悲しむ余裕すらなかった。さらに、もう1機のザクが視界に入って来たからだった。
-
- シュタインは、必然的に、アジスアベバのジム4機を率いる格好になっていた。4機のジムは、ガトルに気を取られて、射撃を送ったが、シュタインは、前方から接近してくるジオン軍モビルスーツだけに意識を集中していた。
- 怖いのは、ガトルではなく、モビルスーツだからだ。
- 「畜生」
- シュタインは、後方確認用モニターに、ちらりと目をやって、毒づいた。4機のジムは、編隊を崩してしまっていた。
- もう、満足な、後方の支援は、期待できなかった。
- 「これだから、新米さんは、困るんだよ」
- 悪態をつきながらも、シュタインは、前方のジオン軍モビルスーツの動きから目を離さなかった。
- ジオンは、モビルスーツ隊を二手に分けた。ザク3機は、フランクの方へ向かった。これは、フランクに任せれば、問題ないはずだった。エイドリアン曹長が、どうなるかは、彼の運次第だと思いながら、シュタインは自分自身の戦闘に意識を集中した。
- 問題は、自分たちの方に向かってきた残りの6機だった。運の悪いことに、リック・ドムが2機混じっている。
- アジスアベバのジムは、今度は、ばらばらに、突撃をはじめた。
- 「ばかやろうっ、そんなんじゃ、駄目なんだよ」
- てんで、勝手な射撃は、事前のブリーフィングとは、全く異なった展開になっていた。
- 交錯は、一瞬だった。ジムからビームが放たれ、ザクはマシンガンをばらまくように撃ち放し、ドムは必殺のバーズカを至近から放った。
- ビームに貫かれたザクとドムが、一瞬の間もなく熱核爆発を起こし、必要以上にマシンガンの弾丸を浴びすぎたジムが四散し、ドムのバズーカを避け損ねたジムが、熱核爆発を起こす。
- 3機のジムが、あっという間に撃破されると同時に、ザクは全て、ドムも1機が撃破された。狭い空間が、8個の熱核爆発に覆われ、それが収まったとき、シュタインは、至近から突進してくるドムを認めた。
- 「しまったぁっ」
- ジムに何かの機動をさせるには、既に手遅れだった。ドムが、既に照準を合わせていたバズーカを発射するのを認めたとき、シュタインは全てを観念した。強烈な衝撃がシュタインを襲い、全ては暗転した。
- シュタインのジムに一撃を浴びせたドムは、しかし、生き残っていたジムにビームを浴びせられて、宇宙の塵と化した。
-
- 5分に満たない戦闘が、終わった後、フランクのガンキャノンのもとに集まってきたのは、アジスアベバのジムが、たった1機きりだった。シュタインのジムも、集まってはこなかった。
- アジスアベバのジム(コードウエル軍曹と名のった)と、たった2機きりの編隊を組むとフランクは、独自にア・バオア・クーを目指さなければならなかった。たとえ、5分といえども12戦隊全体としては、現空域に留まるわけにはいかなかったからだ。
- しかし、フランクは、自分がどの方向へ機体を進めればいいのか分かっていた。
-
- 「少佐、出撃命令です」
- 「やっとか」
- 悪態をつきながら、セルジュ少佐は、ドムのコクピットの中で、ヘルメットをかぶり直した。連邦軍の本格的な攻撃を受けているというのに、本来のア・バオア・クー所属隊でないという理由だけで、出撃が、許されないことに遣り場のない怒りを爆発寸前にしていたセルジュ少佐だった。
- それでも、どうにか自分を抑えられたのは、同じように怒り狂っているソロモンの生き残りをまとめる立場にあったからにほかならない。
- 「指示は?」
- 「連邦軍モビルスーツを撃退せよです」
- 「どっちに向けて進撃すればいいんだ?」
- あいまいな命令に、セルジュは、怒りを爆発させかけた。
- 「既に、連邦軍は、ア・バオア・クーの各所に上陸しつつあり・・・」
- 「わかった」
- セルジュは、その士官にそれ以上しゃべらせなかった。ようするに、事態は、どうしようもないくらいに、悪いということだった。
- 「777モビルスーツ隊、発進する、ゲートを開けてくれ」
- 「了解です、少佐、戦果を期待します」
- さっきまで、再三の出撃要請を頑なに拒み続けた士官は、一転変って、頑張れと言ってきた。それには、応えず、セルジュは、ゲートのオープンを待った。
- 重装甲のゲートがゆっくりと開くと同時に、それは視界に入ってきた。連邦軍のマゼラン級戦艦の一隻が、上空を占位していたのだ。ゲートから1キロと離れていない、至近距離だった。しかも、最悪なことに、マゼランの砲塔は、ゆっくりと旋回しつつある。
- マゼランは、このゲートに気が付いているのだ。
- 「各機、発進急げぇっ、マゼランが攻撃してくるぞっ」
- まず、セルジュのドムが開ききる前のゲートから出た、同時にゲートから離れる。続いて、もう1機、さらに1機。少し間を置いて、今度はザクが1機、セルジュは、その間にバズーカをマゼランに向けて、連続発射した。
- 砲弾は、5発しかなかったが、かまわずに全弾を、マゼランに向けて放った。しかし、最初の一発が、命中する前に、マゼランは、照準を終え、ゲートに指向しうる全砲塔、5基からの斉射を開始した。
- 連装メガ粒子砲、5基からの斉射は、瞬時に、まだ15、6機残っているモビルスーツ発進ゲートを直撃した。
- ゲートを出たばかりのザクは、メガ粒子ビームの一撃から逃れることができずに、一瞬で熱核爆発を起こした。次々に着弾するメガ粒子ビームに、後続のモビルスーツは、ゲートを出ることもできずに、あっという間に撃破され、直撃を受けなかったモビルスーツも、撃破されたモビルスーツの熱核爆発に巻き込まれていった。狭い格納所では、避けようもなかった。モビルスーツの格納所は、10機以上のモビルスーツが、連鎖的に起こした熱核爆発によって完全に消滅した。
- マゼランの艦上で、セルジュの放ったバズーカが次々に炸裂したが、致命傷を与えるには至らなかった。何とか出撃し、難を逃れた2機のリック・ドムが、マゼランのエンジン部に、全てのバズーカ砲弾を叩き込むことによって、ようやく、マゼランは、巨大な、戦艦にふさわしい、熱核爆発の中に取り込まれていった。
- しかし、そのことに対して喝采を感じることはできなかった、あの2機のリック・ドム以外の戦友は全員戦うこともなく戦死したのだったし、マゼランを撃破したことによって4、5機の連邦軍のモビルスーツが、セルジュ達に対して、敵意をむき出しにして迫りつつあったからだ。
- 敵意をむき出しにしてくる連邦軍のモビルスーツの中にセルジュ少佐は、期待していたものを見つけた。
- 「赤いやつが3機も?」
- セルジュ少佐は、生き残った2機のリック・ドムを率いながら、遭遇した連邦軍の赤いモビルスーツの数に驚いた。これまで単機でしか見たことのなかった赤いやつが3機もいるのだ。連邦軍は、この赤いモビルスーツも、量産化したというのか?セルジュは、戦闘に入る前に、そういった思考を巡らせた。しかし、直に、敵を殲滅することだけに意識を集中しはじめた。戦場では、余分な思考は、しに直結するからだ。少なくとも、赤いやつが敵ならば、申し分はなかった。
- 「阻止してやる!」
- セルジュは、3対3であるのも気に入っていた。それに、どれか1機は、セルジュに苦汁を舐めさせ続けてきた連邦軍パイロットの搭乗機かもしれないのだ。
- 3対3の編隊戦闘は、ほとんど同時に火蓋を切った。リックドムは、バズーカ砲を、連邦軍のモビルスーツは、ビームライフルと、両肩のキヤノン砲をほぼ同時に放った。互いに、必中を狙った攻撃だったはずだが、その結果は、余りにも隔絶していた。
- セルジュ隊の放った攻撃は、余りにもあっさりと躱され、逆に連邦軍の攻撃は、余りにも的確に、セルジュ達のリックドムを捉えた。
- セルジュ少佐の機体も、敵弾を躱すことができなかった。機体の3カ所に受けたキヤノン砲弾の被害によって、コクピットの計器類がスパークをはじめた。特に、ドムの腰の部分に受けた一撃は、致命的で、核融合炉が暴走するのは、確実だった。
- 「畜生」
- セルジュ少佐は、力なく呟いた。もはや、脱出すらかなわなかった。メインモニターが、ブラックアウトする瞬間、セルジュは、赤いモビルスーツの108という、白い機体ナンバーを見て取ることができた。
- それは、セルジュ少佐が、何かを意識した最後の思考だった。
- ゼブラホース隊と合計すれば、戦闘開始前には、36機のモビルスーツを保有していた12戦隊だったが、既に7割近いモビルスーツを、喪失、または分離していた。艦艇の方も、ゼブラホース隊が、相次いで、2隻のサラミスを失い、残った戦力もペガサス級2隻、サラミスが3隻まで漸減していた。生き残った艦艇もほとんどが、大なり小なり何らかの損傷を負っていたが、奇跡的にもサラミス級のハイデルベルグだけは、未だに全くの無傷であり、6基のメガ粒子砲のフル斉射を続行できた。サラブレットは、まだ比較的損傷が少ないと言えたが、それでも右舷メガ粒子砲を吹き飛ばされていたし、左舷エンジンは、全力発揮が不可能となっていた。
- 「陸戦隊揚陸準備、上空、ジムに援護させろ!!」
- ライアン艦長は、何とか、自分の役目を果たせそうなことに安堵しながらも、最後の一瞬まで、気を抜くことはなかった。
- 「チン少尉とスラッフイ曹長が、上空を占位してくれています」
- クリンゴ曹長が、上空を占位するジムが2機いて、それがサラブレットのジムであることを伝えた。
- 「了解した、ゼブラホースに信号、陸戦隊揚陸開始せよ、とな」
- 「発光信号送ります」
- サラブレットから、発光信号が送られると、ただちに、ゼブラホースは、第3デッキの扉を開け、陸戦隊を満載した上陸用の艦載艇を発進させはじめた。後部デッキからも、同じように艦載艇を発進させ、全てを発進させ終わると、ゼブラホースは、エンジンを全開させて、現空域の離脱を急いだ。
- ゼブラホースを、発進した艦載艇は、ゼブラホース隊のジム3機が制圧しているア・バオア・クーの、開口部の一つへと、まっしぐらに突進した。
- 「よし、本艦からも、陸戦隊を出す、第3デッキオープン、後部デッキも艦載艇の発進はじめ」
- ゼブラホースが、全ての艦載艇を発進させ終え、自隊のサラミスと護衛のモビルスーツとともに離脱をはじめたのを確認すると、ライアン艦長は、サラブレットからも、陸戦隊を揚陸させるべく命令した。ジム隊は、引き続きベイの制圧任務を続行してくれている。
- 「第3デッキ、オープンして下さい」
- ステファニーが、凛とした声で、ライアン艦長の命令を第3デッキに伝えると、ゆっくりと、第3デッキのハッチが開きはじめた。ペガサス級にとって、これ以上ない危険な状態だったが、陸戦隊を揚陸させるためには、仕方がなかった。
- 「デッキオープン、完了次第・・・」
- 「右舷、後下方より、敵モビルスーツ、多数!!」
- レイキンズ曹長が、悲鳴にも近い声で、ライアン艦長の命令を遮った。
- 「揚陸作業は、続行せよ。右舷対空機銃、主砲、撃ち方はじめっ!!ステファニー伍長、チン少尉に、迎撃させろ」
- スクリーンには、レイキンズ曹長が悲鳴をあげたくなるのも十分にうなづけるほどの数のモビルスーツが映し出された。タイミング的、戦力の展開状況、戦力差そういった全てが最悪に近い。
- 「チン少尉、スラッフィ曹長、聞こえますか?迎撃願います」
- ステファニーは、いつになく、焦っているライアン艦長の声に、今の状況が悪いということを感じた。
-
- 「了解、迎撃します」
- チン少尉は、途切れがちなサラブレットからの通信を受けると、ただちに、ジムを、サラブレットの右舷方向に振り向けた。スラッフイ曹長のジムも、ただちに後ろについてくれた。しかし、後手に回ってしまったのは否めなかった。上空に気を取られ、よもや、ア・バオア・クー上から、ジオン軍が飛び出すことを想像していなかったからだ。
- やや、遅れて、12戦隊の生き残りのジム、2機も、機動したが、チン少尉は、この2機を当てにしないことにした。スラッフイ曹長は、信頼できるにたるが、この2機は、単に星の巡りでここまで生き延びたに過ぎないからだ。
- 対するジオン軍は、ドムを含む、ザクを中心とした混成部隊だった。数は、ざっとみたところ10機。それに対して、こちらは、ベイに展開しているジムを勘定に入れても7機。
- チン少尉のジムのスプレーガンは、ここを制圧する際の戦闘が終了した時点で、既に残エネルギー減少の警告を出しっぱなしだった。
- 後3回も射撃できればいいといったところだ。その後は、ビームサーベルを使った白兵戦しかなかった。
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