- 「こいつらっ」
チン少尉は、思わず、唸っていた。ジオン軍のモビルスーツ隊は、全く自分たちを無視してかかってきた。始めからモビルスーツなんかは、相手にしないというのが見て取れた。サラブレットだけを狙って襲い掛かってきたのだ。
戦場では、意志をもって襲い掛かってくる敵は、それが堅い意志であればあるほど、阻止するのは、困難だった。
しかも、今は数的にも不利だった、ベイを制圧しているジムが機動するのが一瞬サイドスクリーンに映ったが、サラブレットを護るには遅い。それに、サラブレットは、標的としては、大きすぎた。あまつさえ、今は、陸戦隊を上陸させている真っ最中のために、回避運動すら困難だった。
チン少尉は、ろくに狙いも付けずに、ビームスプレーガンを撃ち放った。無論、直撃を期待してのことではない。敵の、意志をくじくためである。しかし、ほとんど同時に、開始されたジオン軍の攻撃は、見事なまでに、サラブレットの右舷エンジンを直撃していった。
チン少尉は、エネルギーのなくなったビームスプレーガンを、ほうり捨てると、ジムに、ビームサーベルを引き抜かせた。淡い、ピンクの光を発光するビームサーベルは、ジオン軍のモビルスーツに触れるだけで、両断が可能な代物だった。しかし、その様な破壊力を得た結果、大量に消費するエネルギーのために、ビームの刃を形成できる時間は10分前後と短い。しかし、ここまで近接した以上10分は十分な時間だった。
右舷エンジンを切り離すサラブレットを眼下にしながら、恐らく最後になるはずの突撃を、チン少尉は敢行した。その時になって、ベイを制圧していた3機のジムの射撃がようやく始まったが全ては遅きに失している。戦場は、再び、混乱しつつあった。
「右舷エンジンに命中弾、エンジンもちません!!」
レリダ少佐が、レッドアラートの付いた右エンジンの状態を見て叫んだ。余りに、至近から現れたジオン軍のモビルスーツを阻止しきれなかった結果、サラブレットは次々に被弾をはじめた。ザクのマシンガンによる被害は小さかったが、無視してしまえるものでもない。より深刻なのは、ドムが、放ってくる大口径のバズーカ砲による被害だった。
右舷エンジンは、そのバズーカ砲の直撃を、ジムの迎撃が始まる前に3発も食らったのだ。エンジンが、重大な損傷を受けるには、十分な数の被弾だった。
「かまわん、右舷エンジンを切り離せ、急げ!」
- 片側のエンジンを切り離すということはそのままサラブレットの機動力を半減させることを意味していたが、被害状況と現在のサラブレットの置かれている状況を考えれば一刻も早く切り離されねばならなかった。
「右舷エンジン切り離します」
ライアン艦長の命令を受けると同時に、レリダ少佐は、エンジンを緊急離脱させるためのボタンを押し込んだ。予め仕込まれていた火薬ボルトが弾け飛び同時に小型のロケットエンジンがサラブレットの右舷エンジンを急速にサラブレットの後方へと飛ばす。
「左舷エンジン全開、緊急発進、少佐、10時方向に全力で前進しつつ降下しろ!」
既に、ア・バオア・クーの表面から、300メートルを切った位置にいるサラブレットをさらに降下させるのは至難の業だったが、今は、やるしかなかった。どのみち、エンジンを片一方失ったサラブレットが、生き残れる可能性は少ないのだ。
計器が示すア・バオア・クーからの距離が150メートルを切ったとき、切り離したエンジンが熱核爆発を起こし、そのエネルギーの一部は、サラブレットを予想以上に揺さぶった。
その衝撃で、対空砲火が一瞬だけ、途切れた。
その瞬間を待っていたように、1機のドムが、サラブレットに一撃を加えた。まさに1発だけの一撃だったが、当たり所は、最悪だった。サラブレットの主砲に命中したバズーカ砲の砲弾は、モンロー効果を充分に発揮して、熱エネルギーをたっぷりと、砲塔内に送りこんだ。その結果、自動装填装置内にあった、予備弾薬が、全て誘爆した。その結果は、余りにも重大だった。もちろん主弾薬庫内まで誘爆がおよんでいれば、その時点で、サラブレットは粉々に吹き飛んでいたのだが、その最悪の事態だけは、幾重にも講じられていた防御機構のおかげで避けられたが、1発の命中弾が及ぼした結果としては、ほぼ最悪のものだった。
爆発の、エネルギーの大半は、主砲塔をバラバラに吹き飛ばしつついちばん開放されている、上空へ逃げたが、それでも、サブブリッジを全壊させるには十分なエネルギーが、サブブリッジに流れ込んだ。次いで、爆発のエネルギーは、さらに別な出口を求めて、サラブレットの艦内を席捲した。その出口となったのは、機銃座だった。片舷5基づつの、機銃座から吹き出した爆発エネルギーは、まだ健在だった機銃座も含めて、全てを破壊し、機銃要員を全員戦死させた。もちろん、通路にいた兵の運命は、ゆうまでもなかった。
しかし、被害は、それだけに収まらなかった。
粉々に砕けた、主砲塔の断片のほとんどは、宇宙空間に向けて飛んでいったが、比較的大きな破片が、一つ、艦橋最前部を、下から直撃し、上方へ駆け抜けた。その破片は、まともに、操舵所を直撃し、さらに破片を撒散らした。
艦橋は、いや、艦自体が、大きく揺さぶられ、主砲塔の爆発エネルギーでブレーキを掛けられたようになったサラブレットは、そのままア・バオア・クーに、叩き付けられるように、着底、擱坐してしまった。
チン少尉が、スプレーガンを、遺棄したことは、そのまま、2機のザクを呼び込むことになった。マシンガンを持ったザクと、バズーカをもったザクが、1機ずつだ。
バズーカをもったザクは、チンのジム同様、バズーカを捨て、ヒートホークを抜いた。マシンガンを持ったザクは、射撃をそのまま加えてきた。チン少尉は、シールドを差し出しつつ、ジムに回避行動を取らせた。左右のサイドモニターに、曳光弾が流れていくと同時に、3度の衝撃が、襲い掛かった。至近からの120ミリ砲弾の直撃の衝撃は、チン少尉のジムを大きく揺さぶった。同時に、接近警報が、鳴り響いた。
シールドを下げると同時に、メインモニターには、ヒートホークを振り上げたザクが、大写しになっていた。マシンガン持ったほうのザクも、左手にヒートホークを握り、急速に距離を詰めようとしていた。
僚機のジムは、支援できる位置にはいなかった。もっとも頼りになるスラッフィ曹長は、別なモビルスーツとの白兵戦を強いられていた。
チン少尉は、ヒートホークで斬り付けてきたザクに対し、すかさずシールドを再び突き出した。鈍い衝撃とともに、ザクが、シールドにぶつかるのが伝わってきた。衝撃で、吹き飛ばされそうになるのを、バーニヤをフル稼働させ、チン少尉は、その場に、ジムを留まらせた。
その間に、もう1機のザクが、距離を詰め、ヒートホークを頭上から振り下ろしてきた。そのザクに対しては、頭部のバルカン砲を叩き込んだが、これまでの戦闘で弾丸を消耗しており、ザクに損傷こそ与えたが、致命傷を与える前に、残った弾丸を使い尽くした。
使い尽くすと同時に、メインモニターは、沈黙した。ヒートホークの一閃が、頭部にまともに食い込んだからだ。だが、同時に、チン少尉の振るったビームサーベルも、そのザクに、致命傷を与えた。
チン少尉は、推進剤を全力燃焼させ、ジムを上方へ逃れさせようとした。だが、充分に推力を得る前に、致命傷を浴びせたザクが、行動の自由を失ってチン少尉のジムにぶつかってきた。旧式とはいえ、機体重量が、60トンもあるザクがぶつかったことによってチン少尉のジムは、大きくバランスを崩した。そのバランスを崩したところへ、シールドで、攻撃を躱したザクのヒートホークの第2撃目が襲い掛かってきた。
もし、が許されるなら、バランスさえ崩していなければ、そのヒートホークの一撃は、再びシールドに食い込んだだけですんだに違いなかった。しかし、現実には、ヒートホークは、ジムのコクピットに、まともに振り降ろされた。
数千度の熱を発っするヒートホークは、あっさりジムのコクピットに食い込んだ。
チン少尉が、最後に見たものは、白熱したヒートホークの刃の部分だった。だが、それが何なのかを認識する前に、チン少尉は蒸発した。チン少尉の戦争は、この時点で終結した。
「少尉っ」
スラッフイ曹長は、2機のザクと絡み合うような白兵戦を強いられているチン少尉を、救援しようとしたが、1機のドムに阻まれた。
ドムが、接近戦を挑んできたからだ。頭部のバルカン砲で、ドムのモノアイを撃破しつつ、振りかざされたドムのサーベルを回避し、シールドを投げ捨てたスラッフイ曹長は、ビームサーベルを左手で引き抜かせ、そのドムを両断した。
そのドムが、熱核爆発を起こす前に、ロケットエンジンを全開にし、スラッフイ曹長は、チン少尉を援護するコースに機体をのせようとした。
しかし、その時には、全てが終わっていた。
1機のザクが、その場を離脱しつつあり、なのにチン少尉のジムは、激しくスパークを撒散らしているザクと絡み合ったままもう、動こうとはしていなかった。
次の瞬間、ザクとジム、どちらが起こしたものかは分からなかったが、2機のモビルスーツは熱核爆発の中に消滅した。
その、熱核爆発が、消えたとき、12戦隊を襲った災厄は、終わっていた。12戦隊で生き残ったジムは、スラッフィ曹長、ただ1機だった。他には、ベイを制圧していたゼブラホース隊のジムが、1機残っているだけだった。
ドロスの沈没以降、全体の趨勢は、明らかに連邦軍側に移りつつあった。何よりも、連邦軍を有利に導いたのは、ビームスプレーガンを標準装備したジムモビルスーツの性能だった。ムサイ級巡洋艦を一撃で撃破できるスプレーガンを持ち、強固な装甲を持ったジムは、ジオン軍を圧倒した。もちろん、素人同然のパイロットが操縦しても、最低限の機動は、行ってみせる教育型コンピューターによるところもおおいに大きい。
そういった能力を持ったモビルスーツを伴った連邦軍艦艇は、艦隊戦において、もともと同じ条件であれば、優勢だっただけに、急激に戦場の支配権は、連邦軍へと移り始めた。
最初、Sフィールドで破綻を来したジオン軍は、その綻びを修復できること無くNフィールドでも、その支配権を急速に失っていった。各所で、連邦軍のモビルスーツに、防衛線を突破されたジオン軍は、局所的に、優勢を保つことはできても、全体の流れは、変えることができなくなっていた。更に、追い討ちをかけるべき命令は、キシリア少将自身が下したとされる。
つまり、「ア・バオア・クー内に、引き込み、しらみつぶしにせよ」というものだった。
この命令は、実質的には、後退命令に等しいものだった。結果、ジオン軍は、ソロモンと同様の愚を、ここ、ア・バオア・クーでも冒すことになった。この代償は、あまりにも、大きなものとなった。後退時に、多くのモビルスーツ戦力を失うとともに、再び、ガトル、ジッコといった、モビルスーツと共同してこそ始めて有効になる戦力を多数無力化、しかも自軍の手によって、することになったのだった。
勢いに乗った連邦軍は、一気に多数の戦力を、ア・バオア・クーに上陸させることに成功し、結果、戦闘は、掃討戦の様相を早くも見せはじめた。この時点で、戦闘艦のほとんどを、撃破されていたジオン軍にとって、制宙権は、喪失したも同然だった。
ア・バオア・クーの周辺宙域には、もはや、1隻の巡洋艦すら残されていなかった。
それでも、この絶望的な状況の中で、ア・バオア・クーのジオン軍は、最後まで徹底的な交戦の姿勢を見せた。単機レベルの戦闘では、恐ろしいまでの、働きを見せるジオン軍モビルスーツもあるにはあったが、全体の中、部隊レベルでは、抗しうるべくもなく戦闘自体は、収束に向かいつつあった。
それでも、最後の悪あがきをしようとする人間はいた。ザビ家、最後の生き残りとなった、キシリア・ザビ少将その人だった。
ア・バオア・クーの、緊急発進ベイの一つに入港していたザンジバル級機動巡洋艦ガーゴイルを、脱出用の艦に選んだ、キシリアは、幕僚の、「現時点での脱出行為は、自殺行為です」という声にも、耳を貸さず、脱出を強行したとされる。
既に、上空を、数隻のサラミスに占位された状況では、いかに新鋭巡洋艦といえども単艦では、無理があった。既に、キシリアが、脱出しようというのに、護衛のモビルスーツは、ザク、1機すらない状況では、なおさらだった。
結果、ガーゴイルは、緊急上昇をしたにもかかわらず、その船体を宇宙に出すと同時に、数隻のサラミスからの斉射を受け、ア・バオア・クーから数十メートルと離れないうちに、撃破され、ジオンの最後の血筋は絶たれた。一説には、ガーゴイルが、上昇した時点では、内部抗争により、キシリアは、暗殺されていたという説もあるが、戦後になっても、それを裏付ける証拠は挙がってはいない。確かなことは、キシリア少将が、脱出するために乗り込んだとされるザンジバル級機動巡洋艦が、その目的を果たすことなくア・バオア・クー上で撃沈されたということと、それ以降、キシリア少将を見たものがいないということだけである。
しかし、キシリアが戦死したからといって、戦闘自体が、終わったわけではなかった。ジオン軍全体に、キシリアの戦死が伝わったわけではなかったし、キシリアが、最後に発した命令は、最後の一兵まで、抗戦せよ、というものであったからだ。
そういった中で、主砲を、撃破され、その誘爆で、大損害を被り、ア・バオア・クーに着底したサラブレットにおいても例外ではなかった。
「・・ちょう、ステファニー伍長・・」
やけに、遠くから呼ばれるような声に、ステファニーは、ようやく正気に戻った。それでも、声をかけてくれているのが、副長のオッドリック中佐だと、気が付くのには、もうしばらくが必要だった。艦橋内は、真っ暗で、非常灯すら付いていなかった。
「大丈夫・・です」
「クリンゴ曹長、伍長は、無事だ、銃を持って、ここを脱出する」
オドリック中佐は、ステファニー伍長の無事を確認すると、後ろを振り返り叫んだ。クリンゴ曹長が、短く返事するのを聞いた後、「よかった」と、ヘッドセットをとおしてレイキンズ曹長の声も聞き取れた。
「伍長、銃は扱えるか?」
「はい、なんとか・・」
腰の拳銃に手をやり、ステファニーは、おそるおそる答えた。まさか、自分が、拳銃を使うことになるとは、夢にも思わなかったので、声が震えた。
オドリック中佐の肩越しに、艦橋の前方に目をやると、そこは、酷いことになっていた。
艦橋の前方は、何かに切り取られたように、きれいさっぱりなくなっていた。レリダ少佐が、いたはずの操舵所から先が破口になり、直接外部にむき出しとなっていた。最後の瞬間までサラブレットを操っていたレリダ少佐が、生きている可能性は、万に一つも無いはずだった。
「クリンゴ曹長、前を見張ってくれ、電源が切れていれば、エレベーターは、使えんからそこから外に出るしかないからな」
「クリンゴ曹長、レイキンズ曹長、安全装置をはずすのを忘れるな」
オドリック中佐が、てきぱきと、それでいて、適切な指示を次々に下していくのを、聞きながら、ステファニーは、何か違和感を感じられずにはいられなかった。しかし、ぼうっとした頭では、それが何なのかはすぐに分からなかった。
それが何かということに気が付いたのは、艦長席に視線をやったときだった。艦長席には、ライアン艦長が首をうなだれて座ったままだった。本来指揮を執るべき艦長が、席に着いたままで、オドリック中佐が、かわりに指揮を執っていることがステファニーに違和感を抱かせているのだった。
「伍長も、銃の安全装置を」
オドリック中佐にいわれて、ステファニーは、腰のホルスターから、連邦軍の正式拳銃を取り出した。訓練で、何度か手に取ったことはあったが、実際の戦場で、手にするとは、夢にも思っていなかった。
「艦長も・・・」
ステファニーが、全てを言う前に、オドリック中佐は、力なく首を振った。それが意味することに気が付いたが、ステファニーには信じることができなかった。「嘘・・・ですよね・・・」
ステファニーの位置からは、首をうなだれているようにしか見えなかったが、ライアン艦長の首から上は鋭利な破片によってすっぱりと切断されていたのだった。
オドリック中佐の険しい表情は、ノーマルスーツのバイザー越しにも十分伝わってきて、それ以上ステファニーは、もう何もしゃべらなかった。
「駄目です、やはりサブの電源もやられてしまってるようです」
- レイキンズ曹長が、銃を手にして戻ってきた。
「仕方ないな、ブリッヂの破口から外に出て後部デッキにいくしかないな・・・」
そんな会話を聞きながら、ステファニーは、ようやく拳銃の安全装置を外せた。ふと、クリンゴ曹長のほうを見たときに、それは起こった。
音の無い世界で、不意にクリンゴ曹長の体が、赤い霧に包まれた。そんなことは、起こり得ないはずなのにである。微かに「うっ」と言うようなクリンゴ曹長の声が聞こえた気もした。赤い霧に包まれたクリンゴ曹長の体は、そのまま吹き飛ばされた。
「レイキンズ曹長、前だ、ジオン兵だっ」
その叫び声と、クリンゴ曹長のいたところに、ジオン軍の緑っぽいノーマルスーツが、いくつか現れたのは、ほとんど同時だった。レイキンズ曹長は、オドリック中佐の叫び声のような命令を聞くか聞かないうちに発砲していた。しかし、ステファニーは拳銃を敵に向けることすらできなかった。
「伍長、撃てっ」
オドリック中佐の、叱咤にも近い叫びが聞こえたが、突然のことに体が石のように、硬直したステファニーにできたことは、ジオン兵が自分に銃口をまっすぐに向けるのをただ凝視することだけだった。
次の瞬間目を閉じたステファニーは、自分の体に何か、重い衝撃を感じて、自分が、吹き飛ばされるのを感じた。自分の意識がどこか遠いところへ漂っていくのを感じた後、ステファニーの意識は暗転した。
フランクのガンキャノンは、もうモビルスーツとは呼べないくらいにまで大破していた。両の脚は、ほとんど根元から、消失し、あまつさえ右腕もひじから先が無くなっていた。もちろん、頭部のバルカン砲や、両の肩のキャノン砲弾はとっくに尽き果てていた。推進剤もほぼ尽きて、行動の自由すらない。もっとも、核融合炉エンジンを停止させてしまっているので、たとえ推進剤が残っていたとしても満足に機動させることはかなわなかったのだけれど。
それでも、フランクが、漂流するガンキャノンに残ったのは、よほど運が悪く、流れ弾でも当たらない限り、半壊したガンキャノンではもはや攻撃される対象ではないことが明かだったからだ。
ジオン軍のどんな兵士ですら、このガンキャノンを戦闘力のある機体とは、みなさないからだ。もっとも、現時点となっては、モビルスーツ戦の主舞台は、とっくに、要塞の中に移動してしまっていた。
「戦いは、どうなってるんだ?」
フランクは、多少、潜みつづけているだけの自分に後ろめたさを感じながらも、真っ暗なコクピットの中で、つぶやいた。コクピットの中は、最低限の生命維持装置が稼動し、この狭い空間をフランクのために人間が生きていられるように保っていた。
サラブレットとはぐれて以降、ア・バオア・クーへの上陸を果たすべく前進を続けていたフランクは、ア・バオア・クーに接近するころにはアジスアベバのジムを含めて5機のジムと3機のボールを率いるようになっていた。接近するまでに、数度の交戦を繰り返し、フランクの率いる連邦軍モビルスーツの数は、減っては、増えるということを繰り返し、最終的な上陸の際にはその数になったのだ。無論、フランクが、好んでそういう立場を引き受けたのではなかった。ただ、赤いガンキャノンが、目立ち、部隊からはぐれた連邦軍モビルスーツが、集結するよい目印になっただけに過ぎなかった。
それは、迎撃戦闘を繰り広げるジオン軍側にとっても同じことがいえた。水際に布陣する最終防衛隊にとって赤いガンキャノンは、あまりに象徴的すぎた。
その結果、フランクを含めた臨時の混成部隊は、臨時の混成部隊であるがゆえに組織的なジオン軍の抵抗の前に、撃破された。
むしろ、混成部隊としては、よく頑張ったのかもしれない。20機以上のジオン軍の雑多な種類のモビルスーツのうち、実に13機を撃破したのだから。総勢9機、そのうちの3機がボールだったことを差し引けば、その戦果は、充分だった。
更に言えば、ジムのうち2機が何もしないうちに奇襲によって撃破され、ボールも1機が同様の運命をたどったのだから、なおさらだ。アジスアベバの軍曹のジムは、頭部を吹き飛ばされてもなお、ビームサーベルで、ザクの1機を両断した。フランクも、ガンキャノンがこれほど機動するのかというほど巧みな運動をして、4機のジオン軍モビルスーツをたちまち撃破し、リックドムに片足を切断されながら、そのリックドムを至近からのキャノン砲の一撃で撃破し、さらに近付くザクをバルカン砲で、行動できないほどに打ち据えた。
しかし、圧倒的多数の敵に囲まれた中で、できた抵抗はそれが最後だった。
右腕を、敵のバズーカ砲で吹き飛ばされ、機体のコントロールを失ったフランクは、戦闘空域外に、弾き飛ばされた。敵が追撃の一撃を加えていれば万事休すだったが、新たなジムの1団の接近によって、ジオン軍の守備隊は、戦闘力を失ったモビルスーツにかまっている余裕を失ったのだ。
かなりのスピードで、戦闘空域外に流れていこうとしたガンキャノンは、しかし、何かに激突し、左足をその衝撃で失うという代償を払い、漂うだけになった。
それが、今のフランクのガンキャノンがたどった軌跡だった。新たなジムの1団は、フランクの率いるモビルスーツ隊との交戦で戦力のほとんどを失ったジオン軍のその防衛隊を突破できたはずだった。つまり橋頭保が少なくとも1つはできたということだ。そうであれば、わざわざ自分の身を危険に晒す必要性を今のフランクに求めるものなどいないはずだった。ガンキャノンは、完全に戦闘能力を、そして移動力すら失っているのだから。
- ガンキャノンの生命維持装置の残稼働時間は10時間以上はある。それが十分なのか、全く足りないのか・・・。ア・バオア・クーを巡る戦闘が後どれほど続くのかはフランクには分からなかった。しかし、どちらにせよ全く抵抗もできない機体でサラブレットに戻ろうとすることは、間違いなく自殺行為であることだけは確かだった。
- (まあ、気楽にやるさ・・・)
- 自分がこれほど楽天的になれたことに多少驚きながらもフランクは、ガンキャノンのコクピットの中でどっしり構えることにした。
-
- どれほど時間が経ったのだろう?ふいに、フランクは、涙するステファニーをイメージできた。それは、まったく突然のことだった。ほんのわずかな痛みとしてイメージできたそれは、しかし、フランクに行動を決意させた。
「ステファニー・・・」
そうつぶやくと、フランクは、ガンキャノンの予備電源をオンにした。そうすると、死んでいたガンキャノンのコクピットに生命があふれるように、コンソールが次々にともっていき、今のガンキャノンの状態を示した。
それらを、確認し、ガンキャノンが、完全に行動不能なことを改めて確かめると、フランクは、大きくため息を吐いた。しかし、ガンキャノンとしての行動が不能ではあっても、ガンキヤノンという機体は、それで終わってしまうわけではなかった。それは、試作機のガンキヤノンが持つ、特権とも言える装備のおかげだった。
|