- 悲壮な突撃は、全く予想もしない友軍戦力の援護によって実りの有るものになりつつあった。3機を失いはしたが11機が、1つの目標に向かって多少乱れはしていたが突入しようとしていた。
- 本来ならここで編隊を解いて異方向同時包囲攻撃か、編隊を2分して、挟撃を行ないたいところだったが、そういった機動を成し遂げられるベテランパイロットは、ジィー少尉とリッツェン少尉、それにハリソンしか残っていなかった。そういった状況下ではたとえ危険度が高いといっても単一方位連続攻撃以外の攻撃法は残されていなかった。
- 本来ならマゼランクラスの戦艦を攻撃したいところだったが、それも無理な相談だった。マゼランクラスをかばうように1隻のサラミスクラスの巡洋艦が、機動しているからだ。
- 自分だけなら、そのサラミスを迂回する機動を行なってマゼランにミサイルをぶち込むことは、不可能事ではなかったけれど、学徒兵達にとってはサラミスの弾幕射撃を縫ってなおマゼランに攻撃を行なうなどということは絵空事でしかなかった。
- 「全機、手前のサラミスに集中攻撃!!続けっ!」
- 編隊の密集度を考えれば、無線は多少ノイズが入るにしてもかろうじて使えるはずだった。
- 同時にそれをまるで合図にしたかのように恐ろしいサラミスからの弾幕射撃が始まった。
- ガトルが、ミサイルを発射して命中が期待できる距離は2000メートル、確実に当てたいのならば1000まで接近する必要があった。現在の相対距離は8000、まだ気の遠くなるような距離がそこにはあった。実際には10秒足らずのことなのだが、命をやり取りする10秒間は、とてつもなく長いものに感じられるのだ。
-
- 「ガトル、本艦まで8000!!」
- 機関砲座の有効射程とされている10000はとっくに過ぎていたが、ブッパナスはまだ射撃命令を出してはいなかった。確かにカタログ上の有効射程はそうだったが、実戦では何もかもがカタログ通りではないからだ。
- 「各機関砲座、射撃はじめっ!!」
- 8000こそが、ブッパナスにとっての有効射撃距離だった。ブッパナスは、命じると同時に、やはりモビルスーツ隊だけでは、阻止できなかったな、と思った。そして、少し多いな、とも思う。確かに予想もしない敵の乱入によって引き起こされた事態ではあったが、それこそが戦場の不確定要素そのものだった。したがってモビルスーツ隊を責めるというような見当違いの感情は少しも抱きはしなかった。
- 「対空ロケットランチャー、ガトルの突入軌道をトレースしろ、信管調整は3000、5000で発射する!」
- 対空ロケットは、2番3番主砲の後方に両舷に1基づつ設置された6連装ランチャーから発射されるサラミス級巡洋艦の最終的な対空防御兵器である。時限信管を用い、接近する敵に対し1発あたり4000発の弾子を同心円状にばらまく確率兵器である。想定距離に合わせて発射する各ロケット弾の開角を微調整し3キロ四方、厚さ500メートルの空間を弾子で埋め尽くし、そこに突入してきた敵機を叩きのめす兵器である。
- これも本来ならば、信管調整は5000以上での発射が義務づけられていたが、マニュアルどおりにするつもりはブッパナスには毛頭なかった。
- レーダー時代の軍人が聞いたら鼻で笑いそうな兵器であったが、ミノフスキー粒子下の戦闘を余儀なくされている現状では少なくとも有効であるとされている兵器である。
- もちろんモビルスーツを想定して開発された兵器ではないためザクにはコケ脅し程度の効果しかなかったが、ガトルには、十分以上の効果を発揮するはずだった。
- 「アイアイサー」
- 砲術士官が、海軍式の返答を返すのをちらりと横目で見ながらブッパナスは、大胆に接近してくるガトル編隊をモニターの中に凝視した。前部と右舷の40ミリ連装機関砲座、合計4基から繰り出される防御射撃は、全く命中していない。ガトルが、偏差機動を行なっているためだ。コンピューターによってランダムに回避機動をするため防御射撃が躱されているのだ。
- 「距離、7000」
- オペレーターが距離を読む。秒単位の接近である。
- 「各機関砲座、どこを狙っておるのかっ!?」
- ブッパナスは、思わず大音声をあげた。まるでその声が威力を持っているかのようにようやく1機を撃墜できた。
-
- ジィー少尉は、標的とすべきサラミスを睨み付けながら自分が生きて帰れるとはみじんも思っていない。流星雨のように降り掛かってくるサラミスからの曳光弾は、一見すると全部が自分に向かってくるように見える。しかし、直前で右へ左へ、上へ下へと流れていく。時限信管付きなのだろう、編隊のあちこちで機関砲弾が炸裂し、危険な破片をばらまいている。
- 全て命中するように見える曳光弾も楕円形に見えるものは自分には向かってはこない。危険なのは、いつまでたっても円の形を保ったまま向かってくる曳光弾である。そして、向かってくる曳光弾の何倍もの機関砲弾が、周囲を飛び交っているのだ。いまだに1機の脱落もなく突撃を続けていられるのはまさに天佑、奇跡だった。
- (いけるかも知れん?)
- そう思った瞬間、目に飛び込んできた曳光弾は、まさしく円の形をしたままジィー少尉に向かってきた。相対速度は、音速を軽く超えているにもかかわらず、その曳光弾は、スローモーションのようにゆっくりとジィー少尉に向かって迫ってきた。
- ジィー少尉は、最後の瞬間まで、目をそらすことはなかった。
-
- 「ジィー少尉機、撃墜!」
- ブレン曹長が、悲鳴にも似た報告を寄越す。
- 性格的には弱い一面もあったがジィー少尉は、紛れもない開戦以来の優秀なパイロットでありハリソンの戦友だった。
- (また1人、ベテランを失ってしまった・・・)
- ハリソンの心の中に微かな痛みが走るが、今はそれ以上考えるときではなかった。
- 後10機、この半分が、攻撃を行なえればなんとかなる。ハリソンは、今や完全にマゼランをカバーし、ジィー少尉機を撃墜してなお分厚い弾幕を張ってくるサラミスを穴が開くほど睨み付けた。
- 「距離6000、マーシー曹長機、撃墜!」
- 距離を読むと同時に、更に1機の撃墜をブレン曹長が伝えてくる。まだ、サラミスの対空火器のうちもっとも注意すべきロケット弾は発射されていない。豪胆な艦長が指揮しているに違いない。並みの艦長ならばとっくに発射して然る距離にまでハリソン達は肉薄しているのだから。
- 「スミス曹長機、撃墜、距離5000」
- その瞬間サラミスの舷側に噴煙が認められた。ロケットの発射された証拠である。もうもうと白煙を吹き上げ、6発のロケット弾が、時間差をおいて射出されてくるのがガトルのキャノピー越しにも見て取れた。まともに取り込まれればいかにベテランパイロットのハリソンにしても撃墜されるのは必死だった。
- それを避けるには時限信管を逆手にとって急制動をかけるか、加速をかけ、連邦軍の想定した迎撃空域に突っ込むのを避けなければならない。
- 「各機、全力加速、我に続けっ!!」
- もちろんハリソンは消極的な機動などするつもりはなかった。急制動も確かに有効かも知れなかったが、速度の落ちたガトルは、機関砲座のいい鴨にされてしまうに違いなかったからだ。
-
- 距離5000で発射された対空ロケット弾は、調整どおりポートダーウィン右舷、3000の位置に濃密な破壊空間を作り出した。6発のロケット弾が作り出した破壊の空間をなにかが通り抜けてくることは不可能のように思えたが、それは夢想にしか過ぎなかった。
- 確かに機関砲座よりよほど効果的ではあったが、敵の指揮官は勇敢であった。急加速することによって破壊空間から寸でのところで逃れたのだ。もちろん、全機が逃れられるなどということもなかったが、5機が、破壊空間を擦り抜けてなお接近をしてきていた。
「緊急回避を行なう!座っているものはベルトを、座れんものはなにかに掴まるか伏せろ!!」
- ブッパナスは、モニターの中のガトルを睨んだまま命令した。もちろん、この時点で旗艦を守るという目的は達成していたが、その代償で沈むつもりなど毛頭ブッパナスは考えていなかった。
- 地獄を抜けてきた5機は、まるでなにかに守られているかのように機関砲座からの射撃を擦り抜けて接近を続けている。
- 「距離2000!!」
- オペレーターの声が、初めて震えたものになっていた。大写しになった先頭のガトルの両翼からミサイルが発射されたのは、オペレーターが悲鳴のような声で1000を告げたときだった。
- 「緊急制動、全力!!続いて上げ角いっぱいっ!!」
- 発射の瞬間、ブッパナスはサラミスのできる目一杯の回避運動を命じた。その瞬間、ほぼ全速で前進していたポートダーウィンは、壁にぶつかったような衝撃を全乗組員に感じさせ、更に下から叩き付けるような衝撃を与えた。それは、なにか掴まったり伏せたりできなった乗員を壁に叩き付け骨の2、3本をも折れさせ、運の悪い乗員の首を折らせるほどの急激な減速と機動だった。
- 並みの回避運動では、確実に致命傷を受けてしまうのが明らかな以上、乗員に優しい機動などしている場合ではなかった。
-
- 「距離2000!3機、撃墜!」
- 破壊空間をくぐり抜けられなかった機数を伝えるブレン曹長の、緊張の極まった声は、それが曹長が喋った最後だった。機関砲弾の一発が、その直後ブレン曹長のいるコクピットを粉砕したからだ。
- 偏差機動を解いて、直線機動に入った直後のことである。ミサイル発射をするためにはどうしても偏差機動を解いてガトルを直進させざるをえない。偏差機動をしたまま標的をレクチルに捕らえることは、いかにベテランと言えども不可能だからだ。
- ガンっ、という衝撃とともに一瞬機体のコントロールを乱しそうになる。それをなんとか強引なバーニア機動で押さえ込み左を見るとブレン曹長のいたはずのコクピットは機関砲弾が貫通し、真っ暗になっていた。キャノピーが、赤黒く染まっているように見えるのは気のせいではないはずだった。
- 「ぬおぉ〜〜〜〜っ」
- 怪鳥のような叫びを上げ、ハリソンは、相対距離計が1000になると同時にミサイルを発射した。
- その瞬間サラミスが、急速制動をかけるのが見えた。そして、艦首をぐっと持ち上げる。未来位置を想定して自分が発射したミサイルは確かにその無茶苦茶な機動で回避できるだろう。しかし、続けて発射される4機分のガトルのミサイルを全て回避しきれるわけはない。
-
- 先頭機は、ミサイル発射すると急激な回避機動を鮮やかにこなしてポートダーウィンの上方へと逃れていく。発射されたミサイルは、まさに魚雷のように白い噴煙の筋を引きながら艦首方向やや下方を通過していく。回避運動を適切に行っていなければ確実に致命傷を負っていたことは間違いがない。
- (1機目)
- ブッパナスは、心の中で勘定をした。
- 「取り舵イッパイ、急速回頭!!」
- 続け様に回避運動を指示する。
- 2機目の放ってきたミサイルの航跡は、1機目のそれよりもポートダーウィンに迫ってきた。艦首をぎりぎり掠めて躱せるように思えた瞬間、4発のうち1発が命中した。激しい衝撃がポートダーウィンを襲い、艦首付近が炎に包まれる。回避運動が間に合わなかったのだ。
- (2機目、しかし、致命傷ではあるまい)
- オペレーターや副官が悲鳴を上げるなかブッパナスは冷静に判断した。艦首のミサイルは、既にあらかた発射し尽くしているから誘爆の恐れは少ない。
- 3機目のミサイルは、明後日の方向へと流れていく。パイロットが、冷静さを欠いているおかげだ。
- (3機目)
- 4機目は、発射の瞬間爆炎に包まれる、偶然を伴った機関砲座の弾幕が阻止したのだ。ミサイル命中の衝撃の中で狙って命中させることなどできるわけがないのだ。
- (4機目・・・)
- 5機目は、4機目の爆炎に包まれて見えなくなった。
-
- 484大隊第1中隊第2小隊3番機のドジェリ・ドペ曹長は第1中隊最後の生き残りとして本来ならば先頭にいるべきだった。けれど実際には、生き残った5機縦列の殿になっている。指揮をハリソン中尉が執っていることを割り引いても2番機の位置を占めるべきなのだ。けれど、学徒兵であり初陣でもあるドペ曹長にそれを求めるのは酷かも知れなかった。
- ハリソン中尉のガトルが、先頭だからそうに違いないとドペ曹長は思っている、上方へ回避し、2機目3機目がミサイルの発射後に右と左に上手く回避していく。自分は発射後にどの方向に退避するべきなのだろう?そう思った瞬間、目の前を行く4番機がなんの前触れもなく大爆発を起こした。
- 「うわぁ〜〜!」
- 避けるとかそういう次元ではなかった。思った瞬間には、ドペ曹長のガトルは、その爆発の中に突っ込んでいた。
- (駄目だ!!)
- 激しい衝撃にもみくちゃにされ、全てが終わったと思ったが激しい痛みが、ドペ曹長に自分が生きていることを知らせた。激痛に思わず閉じていた目を開けるとキャノピーを突き破ってコクピット内に飛び込んだ破片が、ドペ曹長の右の太股に深々と刺さっていた。真空中へ急速に吸い出される自分の血液でコクピット内が汚されていく。恐ろしいほどの苦痛で急速に遠のいていく意識の中でドペ曹長は、最後の気力を振り絞った。
- そして、顔を上げた瞬間、サラミスはそこにいた。
- ドペ曹長は、レクチルを覗くこともせずに全弾発射のボタンを機械のように押した。確かに照準の必要もないゼロ距離射撃のようなものだった。わずかに機体を翻そうとしたが、サラミスに連続命中したミサイルの爆発がドペ曹長のガトルを包んでいく。ガトルは、2度も爆発を擦り抜けられるほど頑丈にできてはいなかった。サラミスの艦上で沸起る爆発の一つに取り込まれドペ曹長は自分の行った快挙を知ることもなくその若い命を散らしていった。
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- 5機目、それは爆発を奇跡的にも抜け出てきた。
- その瞬間、ブッパナスは、覚悟した。
- 艦橋にいてモニターを見ることのできるものが、悲鳴を上げる、いやモニターを見なくても艦橋の分厚い防弾ガラス越しにも5機目のガトルは、十分にそのディテールまでが見て取れた。通信士が、思わず腰を浮かせて逃げようとする。しかし、ベルトが食い込んだだけだった。たとえベルトがなくても結果は同じだったけれど。
- ミサイルを発射したガトルが、艦橋の至近を擦過しようとした瞬間には、機体に書かれた機体番号までが読み取れた。2段にかかれた番号は、ブッパナスには484、そして1−2−3と読めた。ブッパナスが、ガトルをこれほど間近で見たのは初めてであり、最後だった。
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- 5機目のガトルが発射した4発のミサイルは、そのうち3発までもがポートダーウィンの上に叩き付けられた。1発目は、右舷艦橋をまともに直撃した。右舷艦橋にいた8名の要員は、自分に何が起こったかも分からずに即死した。2発目は、5番メガ粒子砲のやや艦首より上に命中した。その爆発エネルギーは5番メガ粒子砲のみならず上甲板の4番メガ粒子砲をも吹き飛ばし、危うくポートダーウィンの核融合炉にも干渉するほどだった。しかし、強固な防御装甲で覆われた核融合炉は寸でのところでその破壊のエネルギーから護られた。3発目は、艦橋の後方10メートルを無為に飛び去った。しかし、4発目は再々度ポートダーウィンを叩きのめした。右舷1番機関砲座、艦橋横、にまともに命中したミサイルは、機関砲座を完全に破壊し、最後まで射撃を続けていた機関砲要員をぺちゃんこにした後、遅動信管を働かせた。機関部や主船体ほど強固な装甲を施されていない艦橋を吹っ飛ばすには、十分すぎる炸薬がミサイルには詰まっていた。盛大な爆発は、ミサイルを発射したガトル自身をも取り込みながらポートダーウィンの艦橋の上半分を綺麗さっぱり吹き飛ばした。
- 艦橋を吹き飛ばされたことによって統一されたダメージコントロールが不可能になったポートダーウィンは、スパークや小爆発を起こしつつ最後に行なった機動のまま54戦隊から取り残された。
- 艦橋が吹き飛んだことによって誰も退艦を命令することのないまま、ポートダーウィンは、ついにメイン推進剤タンクに引火誘爆し、ア・バオア・クー空域にその姿を消した。
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