The side story of 484 torpedo bombers
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「貴官には、単独で連邦軍の補給ラインを遮断する任務に従事してもらいたいのだ」
 2週間に及ぶ哨戒任務から帰還すると休むまもなく司令部への出頭命令を受けたグレース・スミス中佐が、哨戒艦隊艦隊司令官室のドアを開けて、席に着くかつかないかのうちに言い渡された命令がそれだった。
(まったく、気軽に・・・)
 自分の父親と同じ年頃だろうか?そんなことを思いながらグレースは、開戦の前年に席次を3つ飛ばして現在の地位に就いたホプキンス中将を不快感を与えぬ程度に軽く睨みつけた。
「ザクを新たに3機受領する書類にサインをしたまえ、スミス中佐」
 もちろん、その不作法に気が付いただろうがホプキンス中将は、無視した。
「3機?ですか?」
 スミス中佐は、ホプキンス中将が、差し出した書類にざっと目を通し、顔を上げるとホワイトブルーの瞳で軽い驚きを表現した。
 現在グレースが、指揮下に置いているムサイ級巡洋艦には、哨戒部隊の定数通りのザクが配備されており新たにザクを受領する必要性は特になかった。しかし、単艦でやや困難な作戦行動を行うというのであれば、新たなザクの受領は十分納得できる。ムサイは、国民に喧伝されているほどには最強の巡洋艦ではなかったし、むしろ単艦での戦闘力は貧弱であるとさえいえた。それを、国民に最強だと錯覚させているのは、一重にザクの存在あればこそだった。
 単艦による連邦軍補給線の遮断、確かにこれは困難な部類に入る任務であると同時に、スミスにとっては願ってもない任務だった。しかし、裏を返せば猪突猛進に艦隊行動も省みない戦闘精神旺盛な、悪くいえば艦隊行動をも無視する、スミスの艦隊からの体のいい追い出しなのかもしれなかった。
 同時に、無能な者がこの任務を言い渡されるのではないことも確かだった。無能な軍人にこの手の任務を与えることは、即ムサイの喪失を意味するからだ。貧弱ではあっても、ザクを運用できるムサイを失うことは、厳に戒められている。その証拠に、シャアを筆頭に単艦任務を行う艦艇の指揮官には、若く、有能なものが多い。
 それに連邦軍の補給ラインを遮断するという任務は、決して簡単なものではない。連邦軍は、それなりの護衛部隊を付けているからだ。いかに、圧倒的な制宙権をジオンが確保していると言っても戦争である以上絶対はない。交戦をする以上、危険は常にある。
「けっして簡単な任務ではないぞ。そのために、ザクは6機編成にさせてもらったのだ」
 ホプキンスは、多少もったいぶった言い方で6機のザクを任せるのだということを強調した。
 この点が、ただの追い出しでないことを決定づけているといえた。現在ムサイ級巡洋艦の標準的なザクの搭載定数は1小隊分、3機であり、6機はその倍である。ジオンでは、現在でも1機のザクは、1隻の巡洋艦に匹敵する戦力であると定義づけられている。つまり、貴重な戦力であるザクをそれだけ任せてもらえるということは、実力も認めてもらっているということなのだ。
 またその貴重なザクを6機与えられるということが、補給ラインの遮断という任務の危険性を艦隊司令部そのものも認めている証拠でもあった。ザクの有用性を認めつつも定数通りの数では、危険だからこそ6機なのだ。いまだ圧倒的な戦闘力を誇るザクとはいっても、現状強化されつつある連邦軍の護衛体勢は、侮れないものになりつつあるのだ。
「分かりました、司令」
 サインをした書類を手渡すとグレースは、格好の良い敬礼をさっとすると、この新しい命令を、顔色を少しも変えずに受領した。
 確かにサイドの残骸空域を哨戒するよりはよほど敵に接触する頻度も多くなるであろうこの任務の危険度は高かったけれど、その方が何かとスミス中佐には都合が良かった。安全な任務を安穏とこなしているだけでは、これ以上の昇進はないからだ。
「ザクの搬入は、今日中には終わる。出撃は、明朝以降になるだろうから、今日は休んでくれていい」
 相変わらず、可愛げの1つもないな、と思いながらホプキンスは、目の前の女性艦長を見た。にっこりと笑えば、いまだに男性社会である軍での受けも良かろうに、と思う。自分をガードしすぎる嫌いがあるのだ。
 上級司令部からは、ザクの積み込みが完了次第出撃させるように命じられていたのだけれど、サイド2空域の哨戒任務を終えて帰還したばかりの中佐をすぐにまた出撃させるのは、直属の上官であるホプキンスには酷だと思えた。
 それに、軍の組織にあっては新しい備品の搬入が遅れることは特に珍しいことではない。必要なものほどいつまでたってもこなかったりする。そうかと思えば、必要性の低いものがダブってやってきたりするのだ。まあ、ザクほどのものになるとそういうことは、滅多にないのだけれど、この若く優秀な指揮官にたった1日ではあったが休養を与えるには、ホプキンスが、一言「ザクの搬入が完了しておりません」といえば、事足りるのだ。
「はい、ありがとうございます」
 そういったホプキンスの心遣いには気が付くこともなくスミスは、事務的に返事をした。
「なにか質問は?」
 スミス中佐の署名した書類に決裁をしたという自身の署名をしながらホプキンスは、尋ねた。
 少し考えるそぶりを見せてからグレースは、一つ質問をした。
「では1つだけ、パイロットの方は?」
 ザクが来ても、パイロットが役に立たなければ戦力が増強されたということには全くならないからだ。今更聞いても、送られてくるパイロットがどうにかなるわけはなかったが、やはり一番気になることだった。
「分からんのだ」手許のファイルを閉じながらホプキンスは、肩を竦めた。「戦前からのパイロットではあるらしいがね」
 これは、本当だった。ザクを増強したムサイを単艦行動させろという命令を受けた際に、ザクとそのパイロットはこちらの方で手当てすると、上級司令部から言われたに過ぎないからだ。
 そう、ホプキンスは、確かに1艦隊の総司令官ではあったが、ここ、グラナダでは、一介の司令官にしか過ぎなかった。そんなホプキンスの知ることの出来る範囲は、極限られたものでしかなかったのだ。
「戦前?ベテランということでありますか?」
 戦前からのパイロットがみんな優秀なわけではない。中には、後方任務だけで今まで生き長らえてきたパイロットもなくはないのだ。現状では、そういったパイロットも前線に投入しなければならなくなってきていることは前線の指揮官の間では常識となっている。そして、そういうパイロットは大抵役に立たない。
「さあ?優秀なパイロットを寄越すようにはいっておいたんだがね。それに、どういったパイロットであろうと、任務が変更になったり延期されるわけではないことも分かっているだろう?」
 その言葉の中には、決してジオン軍の本流ではない自分の意見具申がどこまで通るかははなはだ心許ないという自嘲も入っている。同時にそれ以上は、なにか聞かれても答えられることはないぞ、という意思表示をホプキンスは見せつつファイルを後ろの棚へと戻した。
「もちろんです、司令!では、失礼します」
 自然なままに長くのびた髪を士官にだけ与えられるマントと一緒に右手で払い、そのままその右手でもう一度、敬礼をしてさっそうと踵を返すスミス中佐の後ろ姿を見てホプキンスは、髪を軍紀どうりに切ればどうなのだ?と、いいたかったが、どうせ聞く耳を持たないだろうと思い、やめにした。
 それに、流れるようにまっすぐに伸びたプラチナホワイトの髪は、切ってしまうには惜しいとも思えるほど綺麗に手入れがされてもいた。
 
 若くても有用な人材は、抜擢する。
 グレース・スミス中佐は、そのジオン軍の人材活用の見本のようなものだった。30を少し越えたばかりの彼女にムサイとはいえ、1艦を任せているのは適材適所を自負するジオンにあってもレアケース中のレアケースだった。
 元はジッコ突撃艇の艇長であり、2度の大戦闘を生き残っただけでなく、大きな戦果を挙げた結果が、キシリアの目に留まったのだ。その点、キシリアの情報網は、軍に広く張り巡らされており、突出した戦果や軍功を挙げたものには、1兵士から将軍に至るまで必ず何らかの調査が入るとまで言われていた。
 そのおかげで、開戦の2カ月後には、ムサイ級巡洋艦の艦長に抜擢されたわけだ。もちろん、軋轢がまったくなかったといえば嘘になる。しかし、それらはグレースにとっては些細なことだったし、キシリアの一言でケリがつく話だった。
 確かに、キシリア・ザビは、デギンの娘であるということを除けば、24歳の若い女性でしかなかったが、キシリアには、人が持たないずば抜けた統率力と政治力、そしてある種のカリスマ性があった。でなければ、いかに指導者の娘であるとはいっても、突撃宇宙軍をまとめることなど不可能だったに違いない。そして、軍事面でこそ参謀の意見を聞き入れることがあるにせよ、それ以外については、まさにキシリアの采配によって全てが決定されていた。
 そう、軍事作戦面以外では、絶対的なキシリアがいなければ、スミスの現在の地位は、あり得なかった。
 艦長に就任したグレースが、一番最初に行ったのが、艦の名称変更の具申だった。当初は、あからさまに難色を示した艦政本部だったが、やはり、キシリアの一言でそれは、受け入れられることになった。そうしてグレースが命名したのは、『ウンディーネ』という艦名だった。
 もちろん、艦名が変わったからといって何かが変わるわけではなかったが、グレースにとっては、重要な儀式とでもいうべきものだった。また、それは同時にジッコの艇長とは違い1つの有機的に運用できる戦力を多くの乗員の命とともに任されたことに対する決意のようなものであったかも知れない。
 グレースは、名前の由来を聞かれても特に答えたりはしなかったが、『ウンディーネ』とは子供の頃から好きだった古代神話に登場する水の精霊の名前からとったものだった。神話の中で『ウンディーネ』は、魂のない精霊といわれている。であれば、自分が艦長を務めることによって魂を与えるムサイにこそ『ウンディーネ』という艦名は、ぴったりな名前だと思ったのだ。
 こうして艦名を元の『ザルメル』から変更された『ウンディーネ』は、いくつか知られるムサイ級巡洋艦のサブタイプのうち現在生産されつつある簡易型の生産に移行する直前に生産された標準型ムサイの最終量産型の1艦だった。外形的にはほとんど見分けることなど不可能だったが、初期型に比べるとさまざまな改良がなされており、同じムサイとはいっても初期生産型に比べると航続力で2割、最大戦速も1割がたアップしている。
 
 グラナダの数ある宇宙港の一つ、元は民間用だった、に停泊している『ウンディーネ』に戻ったグレースは、新しいパイロット3名が、もう着任していることを副官のサンダース・マカロフ大尉から知らされた。
 大尉に艦長室へ通すように命じると、グレース自身も艦長室に急いだ。
 部屋の中のイスに腰を下ろして間も無く、ドアがノックされた。重々しいノックの音を想像していたが、余程繊細なパイロットなのか澄んだ軽いノックの音だった。指揮官らしい威厳を保つために、少し乱れている呼吸を整え、グレースは、椅子に座り直し、応えた。
「だれか?」
「本日付けでウンディーネに転属になりましたエルフィン・サクラ少尉、入ります」
 グレースは、自分自身が女性であるにもかかわらず、そのハリのある女性の声に驚いた。なぜなら、まだまだ女性パイロット、しかも指揮官ともなればその数は、決して多くはないからだ。
「入って良し!」
 しかし、そのことは、顔に出さなかった。いや出さないつもりだったが、その少尉がドアを開けてはいってきたとき、少しばかり驚かねばならなかった。余りにも少女然としていたからだった。身長は160センチほどだろうか?パイロットの中でも小柄なほうだ。グレースにこそ及ばないもののパイロットとしては明らかに長すぎる濃いブラウンの髪は、真っ直ぐに延び、その髪と同じ色の瞳は。まさに少女のようだった。それを余計に強調しているのは、後ろに控えている大男、2人とも軽く190はありそうな大男、だった。特に隻眼のパイロットの方は、強面で、小さな子供だったら顔を見ただけで泣き出しそうなほどだった。恐らくこの男になつく子供は皆無だろう。例え、それが自分の子供であるとしてもだ。
「エルフィン・サクラ少尉、オットー・オルトマン曹長、アラン・リックマン曹長、本日付けをもってウンディーネに着任いたしました」
 名前をきいてグレースは、思い出した。少女のようなエースパイロットがグラナダにはいるという噂を。開戦以来、かくかくたる戦果を挙げ、しかも巡洋艦を沈めている女性パイロットの数は決して多くない。その中の1人が、エルフィン・サクラと言う名前であることをグレースは微かに思い出したのだ。
「わたしは、本艦の艦長、グレース・スミス中佐だ。楽にしていい」
 名乗りながら、新しい3人のパイロットを観察すると2人の曹長が、自分たちの上官を全くもって尊敬しているのが分かった。腕力だけならば2人の曹長にあっさりと捻られてしまうはずの少尉に、2人の曹長は、姿勢も崩さずに従っているのだ。その様子からは、全く侮蔑の念は、見られない。
 しかし、それにしてもと、グレースは、エルフィンと名乗った少尉を見て思った。恐らく日系の血が入っているのだろうが、若すぎると思えたのだ。
「少尉は・・・、いくつなのだ?」
 このグレースの質問に先に心外だという顔をしたのは、2人の曹長だった。もしも、グレースが一介の士官だったら殴り掛かってきそうなほどの気迫だった。しかし、当の本人は、慣れっこなのだろう、顔色の一つも変えずに答えた。
「28であります、中佐」
 ハイティーンでも通りそうなこの少尉が、自分と5歳しか変わらないことに更に驚きつつグレースは、2人の曹長の態度を見るかぎり実力も兼ね備えた指揮官であることを読み取った。少尉が答えた途端に2人の曹長は姿勢を正し直したからだ。いかにも荒くれ者といった2人の曹長を、従えさせているのは、ただ者でない証拠だと思えたからだ。
「すまない、少尉、意味のない質問だったな。許して欲しい」
「気になさらないで下さい、中佐」
 嫌な顔一つしないで応える少尉の度量の深さが、この少尉をして指揮官たらしめているに違いなかった。
 場合によっては、『ウンディーネ』のモビルスーツ隊を任すことも考えるべきかも知れないと思いつつグレースは、この新しい3人の頼もしい、パイロットを、艦隊司令のホプキンス中将にはついぞ見せたことのない笑顔とともに迎え入れた。
「ウンディーネにようこそ、少尉。それに、2人の曹長も」
 
「しかし、少尉は、心がお広いですな」
 艦長室を出てすぐにリックマンがいった。その眉のない顔が、憤懣やる方ないといった様子になっている。ただでさえ強面の顔がまさに鬼のようになっている。
「何が?」
 サクラは、まったく興味がないように言った。事実、まったく興味のないことだった。中佐は、自分のような女パイロット、しかも小隊指揮官、に確かに驚きはしたに違いなかったが、悪意は、微塵も感じなかったからだ。
 驚かれるのは慣れっこだ。
 大学の面接試験から車の運転免許試験、軍の任官。数え上げればきりがない。
「何が?って。歳を聞いてくるなんて失礼じゃないですか」
 オルトマンが、2人に共通の思いなので後を引き継いだ。こちらも眉こそはあったけれどルウム戦役の際にザクに被弾したときに受けた傷によって右目が潰れてしまっている。もともとお世辞にもいい男とは言えなかった顔をその傷がことさら凶悪に見せている。サクラ少尉からは、眼帯をするように言われているのだけれど、これが自分の顔ですからといって断っているのだ。
 ただ見た目と同じように2人が、凶悪な性格の持ち主かというとそうではない。喧嘩っ早いことは確かだったけれどそれと2人が凶悪かということは別問題だった。
「いつものことじゃない」
 サクラ少尉は、どうってことないというように言う。そうなのだ。歳を聞かれたり女性だからということで随分いらない詮索を受けるのだ。そして、サクラ少尉が、何かを言い返す前に大抵、この2人が、行動を起こしてしまうのだ。そのせいで2人は、とっくに准尉あたりまで昇進してもいいだけの功績がありながらいまだに曹長止まりなのだ。
 殴り掛かった上官の数は、数えるのもばからしいくらいだ。今日その数が増えなかったのは、サクラ少尉が前もって念を押しておいたのと相手がやはり女性であったせいだ。念を押しておいたからといって殴りかからないほど聞き分けのいい2人ではないのだ。
「しかしですね、艦長御自身も女性ではないですか。だったらと、わたしは、思うのです」
 いかにも納得がいかないというようにリックマンは、いう。いつものように殴り掛かれなかったことがフラストレーションを感じさせているのだ。
「リックマンのいう通りですぜ、少尉が前もって自制しろって言ってくれてなかったら締め上げてやったところですぜ」
 オルトマンも、手で締め上げるまねをしてさも残念そうに言った。実際、念を押していなければ、艦長で女性だといっても手を出しかねない2人なのだ。
 それほど自分たちの上官に心酔しているのだ。
「そういう無駄な力は、連邦相手にだけにしてちょうだい。それに・・・」
「分かってますって『あなたたちだって、初めて会ったときは・・・』でしょう?それはいいっこなしですぜ」
 オルトマンは、肩をすくめて言う。リックマンもばつの悪そうな顔をする。
「分かっていれば、よろしい」
 笑いをこぼしながら、サクラ少尉は、いった。その笑顔が、また少尉を年齢よりずっと若く見せるのだ。そして、その笑顔を見せられると2人とも、相好を崩さずにはいられなかった。
「じゃあ、新しい艦に着任した祝いを1杯やるわよ」
 ぐいっと、グラスで酒を飲む仕草をしながらサクラ少尉がいった。
「そいつはいいですね」
 それに2人が異口同音に言い、同じようにグラスを空ける仕草で応えた。
「少尉が、男だったら裸の付き合いもできるんですがねえ、残念ですよ」
 オルトマンが、本当に残念そうにいう。
「あら?わたしは、別に構わないのよ?」
「しょ、少尉・・・」
 サクラ少尉の切り返しに思わず詰まって少年のように顔を赤らめてしまう2人だった。
 
「なんだぁ?」
『ウンディーネ』の格納庫に搬入されてきたザクのうちの1機を見て思わずアンドレイ・ゴドノフ少尉は、声を上げてしまった。体格にあった野太い声が、格納庫中に響き渡る。ゴドノフ少尉が、声をあげたのも仕方がない。サーモンピンクを基調にパールピンクで塗色されたザクが搬入されてきたからだ。
 ただでさえ、新たに3機のザクが加わることによって手狭になる格納庫の中でそのザクは、一際目立った。
「オイ、あれはなんの冗談なんだ?」
 そばにいた整備班の兵士を捕まえてゴドノフは、聞いた。
「あ、新しく配備されてきた小隊の隊長機ですよ」
 驚いたのは、その整備兵だった。格納庫に入ってきたザクを見た途端、大声で叫んだゴドノフ少尉の顔が、見る見る赤く染まったかと思うと、もう次の瞬間には、襟首を掴まれていたのだから。
「お前、そんなのは頭を見れば解るだろうが、俺の言いたいのは、あの色だ」
 ゴドノフに言わせれば、玩具にでも塗ればいいような色なのだ、ピンクという色は。確かに実戦部隊には、およそ似付かわしくない色だった。
 ゴドノフの体格に圧倒されながらその兵士は、自分の知っていることをいった。
「あ、あのテリブル・ピンクの少尉が、こ、この艦に着任したんですよ」
「はぁ?」
 ゴドノフも、軍の公報でその名前を知らないわけではなかった。しかし、それとこれとは別だった。こんなに目立つ機体で戦場に出られては迷惑を被るのは、こちらなのだ。是が非でも、元のグリーンに戻させてやる。そう心に決めると、ゴドノフは、いつの間にか掴んでいた整備士官の襟を乱暴に放した。
 そして、おもむろに踵を返すと、暴風のように駆け出した。もうこうなったら誰も止められないのは『ウンディーネ』の誰もが知ることだった。
(ちくしょう、ふざけやがって。断固許さん、殴ってでも色を塗り替えさせてやる。この俺だって、標準色なのに!!)
 怒りの中には、半分ほど不純な動機も含まれていたが、そんなことはどうでもよかった。相手が同じ少尉であっても、この『ウンディーネ』では、自分が先任なのだ。たとえ、相手がどんな野郎であっても、腕力だったら負けはしない自信もあった。『ウンディーネ』にあっては、自分か、整備班のコワロフスキーかと言われているのだ。
 その背中を見送る整備士官は、捕まれた首筋をさすりながらやれやれと言うように肩を竦めた。
(これは、一騒動だぞ・・・)
 新たに3機もザクが搬入されてきて、その受け入れでパニックになりかけていなければ自分も見学に行きたいところだった。案外、班長のコワロフスキーを焚き付ければ、総員で見学できたかも知れなかったが、その後の艦長の怒りを考えるとその案は、没にせざるをえなかった。
 確かなことは、着任早々の新任の少尉とこの艦の古株の少尉との一騒動が、間違いなく起こるだろうということだった。
(まあ、1度くらいは見逃しても仕方ない・・・)
 そう、『ウンディーネ』では、レクリエーションは、別段珍しくはないのだ。それこそ、艦長を呆れさせるくらいの頻度でそれは開催されるのだ。新任の少尉にとっては、今日はその最初の1回になるに過ぎない、そう思い込むと整備兵は自分の仕事へと戻っていった。