The side story of 484 torpedo bombers
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

『総員、1秒でも早く仕上げて見せろ!!総員、気を抜くなっ!』
 ヘッドセットを通して、整備班指揮官のセイン大尉のがなり声が響く。
 ムサイのモビルスーツ格納の開口部には、既に1機目のザク、サクラ少尉のピンクのザクが、姿を現し、さらにその後ろにサクラ少尉の指揮下のザクが後続してきているのも見て取れる。
「いいか、嬢ちゃんのザクを10分以内にあげて見せろ!」
 コワロフスキー軍曹は、大尉の命令とは別に分隊向けの内線ですごむような声で命令した。
 もちろん、通常の手順通りにザクの整備が執り行われるならば、ザクの再出撃には、少なくとも30分はかかる。それを3分の1の時間でやって見せろというのだ。
 もちろん、完全な整備など施しようもないことは、百も承知である。
 出来る最低限の整備で送りだそうというのだ。
 その時間を1秒でも長く作りだそうと、ザクも安全基準速度を20パーセント近くも上回った速度で格納庫内に突入しつつある。
 推進剤をほとんど空になるまで消費し尽くし、携行弾薬を完全に消費してもなお50トン近い重量を持つザクが、万が一、格納庫内でその運動エネルギーの相殺に失敗すれば、待機している整備班の兵員は元より、ムサイ自体に重大な損傷を与えかねない。
 もちろん、防護ネットなどの最低限の安全対策は、施されているが、安全基準速度で突っ込んできたザクでさえ満足に受け止めることが出来ないのは、周知の事実だった。つまり、それらの設備は、気休めでしかないのだ。
 そして、ザクが安全基準速度を上回って接近してくるさまは、ザクの収艦になれている整備班の兵士にしても、思わず腰が引けそうになる光景だった。音もなく迫ってくる大質量の物体は、それだけで圧倒的だった。
 先頭を切って格納庫内に突入してきたピンクのザクは、その安全速度を超えた速度を格納庫内の半分ほどまで殺さずに突っ込んできた。
 流石の整備班の兵士達も、半分ほどが、思わず逃腰になる。
(嬢ちゃんは、ヘマはせん!)
 そうは思っても、サクラ少尉のザクの接近速度は、速かった。
 ゴウッ!と、速度を殺すためのバーニアが噴射され、それでも殺しきれない速度をザクの腕で直接殺す。ガシィーーーン。金属と金属が激しくぶつかり合う震動が、直接伝わってきた。ウンディーネ全体を震わせたであろう震動とともに、サクラ少尉のザクは、停止した。
 その時には、コワロフスキー軍曹指揮下の整備班の兵士達は、サクラ少尉のザクへと飛びついていた。冷却装置がセットされ、推進剤の注入パイプが装着される。それらの作業が、驚くほど手際よくなされていく。ザクが、完全にハンガーに固定されるころには、それぞれの兵士達が自分がなすべきことを始めていた。
 続いて、2機目3機目のザクがウンディーネへと帰還して、同じように整備班の兵士達が群がっていった。
 1機を失ったとはいえ、5機のザクが、全て収艦されるまでに要した時間は、僅か2分でしかなかった。
 手順を無視したザクの再出撃準備は、ほんの些細なミスでも大事故を招く作業だったが、ウンディーネの整備班達は、それをことなげもなく遂行していった。
 彼らは、いや、ウンディーネの全ての乗員が、プロの集団であることの証明が具現されていた。
 
 一方の、連邦軍艦隊では、発艦したジムの収容をジオン艦隊から距離を僅かに置く機動をとりつつ行おうとしていた。すなわち、戦闘空域から僅かに距離をとりつつも現空域に占位し、この小さな戦闘の勝利者であることを宣言しようというわけだ。
 もちろん、連邦側でもジオン艦隊が1艦を分離させたのを光学探査と赤外線探査で把握していた。しかし、大量のミノフスキー粒子の散布とともに1隻のムサイが、前進機動に入ったことをいかなる誘導兵器の干渉も受けないようにし、搭載モビルスーツの安全な収容を目的としたものと判断した。
 この判断は、もちろん妥当である。
 全力で空間戦闘を行ったモビルスーツは、可及的速やかに母艦に収容し、冷却作業を行わねば再出撃できないからだ。このことは、核融合炉から稼働に必要な大電力を供給するシステムである以上、連邦のモビルスーツでもジオンのモビルスーツでも避けて通れない問題だった。
 そして、今まさに互いの命を本気で遣り取りした戦闘が終わったのだ。
 モビルスーツは、可及的に速やかに収容されねばならない。
 それは、この新しい兵器、モビルスーツ戦闘の常識だった。
 そして、冷却作業が完了するまでは、ジオンのモビルスーツの再出撃はありえず、艦艇数で劣るジオン軍艦隊は、モビルスーツの収艦を完了させ、戦場を離脱していくに違いないと判断されたのだ。
「妙な動きなのか・・・それともセオリーなのか・・・」
 ゴトウ中佐は、メガ粒子砲塔を、敵に向けさせたままのベオグラードの艦橋で面白くなさそうに言った。
「これまでのところ、特に速力を上げているようにもみえませんが・・・」
「いえ、手前のムサイは速力30パーセント増しです・・・なお、増大中」
 副官の間違った判断にすぐさまオペレーターが、訂正を入れる。
 副官が臍を噛むのが分かったが、それは、いつものことだ。気にする必要もない。
 もとより、副官の進言など入れるつもりもなかったが、やはりなと思う。だが、その程度の速力増加では、判断する材料には乏しかった。艦隊司令部が判断したように航続時間の足りなくなったザクを収容するためのものにも思える。しかし、それ以上の意図が全くないのかを問われれば、答えられない自分がそこにいた。
 それが、面白くないのだ。
 モビルスーツ戦闘を初めて経験したゴトウ中佐が、状況を的確に判断するには、材料があまりにも少なすぎたのだ。
「増速したムサイの動向に注意!総員気を抜くなっ!」
「アイ!艦長!」
 とにかく、いまのところゴトウ中佐とベオグラードに出来ることは敵の動きに細心の注意を払うしかなかった。
 そんなゴトウ中佐のもやもやした不安を知ってか知らずか、ナイルの艦載モビルスーツが、編隊を組んでベオグラードの至近を通過してナイルへと向かっていった。
 1機を撃墜され、1機を撃破されたモビルスーツ隊は、戦場で合同し、一応の隊型を整えて帰還してきたのだ。何機かは、艦橋からざっと見ただけでも被弾の後をはっきりと残している。敵が、もっと大威力の武器を備えていたなら未帰還機が増えたに違いない証拠を刻みつけられて帰還してきたのだ。
 敵を2機墜としたといっても、こちらも2機撃破された戦闘は、やはり、楽ではなかったという証拠だ。
 ジオンのザクよりも優れたモビルスーツの実戦投入が可能になったと聞かされた戦闘がこれだ。多少、優れたモビルスーツが投入可能になったと言ってもジオンとの戦争は、一筋縄では行かないということだ。その一筋縄では行かない相手が、一体どういった行動を起こすのか・・・ゴトウ中佐には、いまのところ想像がつかなかった。
 敵が失った2機のモビルスーツに関してどういう判断をしたのか?モビルスーツ1機を失うことの意味を今一つ掴みかねるゴトウ中佐には、判断のしようがなかったのだ。もっとも、ゴトウ中佐に判断がついたとしても、1巡洋艦の艦長でしかないゴトウ中佐に出来ることは、艦隊司令に意見を具申するぐらいだったのだが。
 けれど、自分がどういった立場に置かれ、どういった役割を演じなければならない可能性があるのかを想定できないことは、全くもって不愉快極まりなかった。
 ただ1つ、確実にいえることがあるとすれば、ゴトウ中佐の中では、戦闘は未だ終わっていないということだけだった。
 
「敵は、モビルスーツの収容を行いつつあるようです」
 ムサイクラスの赤外線探査と光学探査の能力は、明らかに敵の動向を知るのには力不足だったが、ウンディーネのオペレーターは、それを経験でカバーしてくれている。失ってはならない人材の1人だ。
「引き続き、敵の動きに厳重注意!わが方のモビルスーツ隊の準備は?」
 帰還したら、労ってやらねば、と思う。そう、オペレーターだけでなく、全員をだ。スミス中佐は、乗員の全てをウンディーネごと危険に曝していることを十分に心得ていた。
「はっ!後5分と報告が上がってきております!」
 副官がすぐに報告する。
「5分?3分後には、最初の1機を出撃させなさい!」
 もちろん、無理は承知の上だ。最後の1機を収容してからまだ3分とは経っていない。1機目のサクラ少尉の収容からでも6分というところだ。本来なら早く見積もっても15分、通常の作業時間を見込むなら25分掛かっても不思議ではないどころか及第点だ。
 しかし、普通ではダメなのだ。敵の意表をつくには、敵の想像しないようなことをやってのけねばならない。そして、それは、ジオン軍全体にいえることでもあった。敵が、想像もしえないようなこと、例えばブリティッシュ作戦のようなことをやり続けねばジオンの勝利は見込めはしないのだ。
「アイ!艦長」
 目を丸くした副官が、スミスの言葉のまま整備班へと伝える。
 もとより、完全な状態でザクを再出撃させようなどとはこれっぽっちもスミスは思っていなかった。この点に関しては、実質的なモビルスーツ隊の指揮を第2次出撃以降執るであろうサクラ少尉も同じ気持ちのはずだった。
 とにかく、推進剤を搭載し、バズーカー砲を装備し、出撃までに1度でも機体温度が下がればそれでいい、そういった認識のもとでウンディーネは、再出撃を進めているのだ。
「敵の針路は?」
 既にザクを収容してから5分、収容してなお前進機動を継続しているウンディーネを不審がり始めても不思議ではないはずだ。これからは、1分、いや1秒毎が、運命を決めるといっても過言ではなかった。
「アイ、艦長。本艦の針路に対し3時方向に移動中、速力12ないし13と推測、敵は、モビルスーツを収容しつつ針路を固定の模様」
 敵のモビルスーツ隊は、戦場で体型を整えた後に後退という愚、つまり、時間を無駄にした。ザクよりも優速なのにもかかわらず、収艦が遅れているのはそのせいだ。
 ムサイの貧弱な探査設備を考慮すれば、本当にオペレーターはよくやってくれている。スミスは、オペレーターの報告に絶対の信頼を置いて指揮をしていた。
「本艦は、3分後に第2戦速へ増速!ザクを出撃させる!急げっ!!オペレーター、敵のどんな些細な変化も逃すなっ!」
「アイ!」」
 スミスの美しい眉間に険しいしわが刻まれる。
「主砲、連続射撃用意!」
「アイ!艦長!!」
 ウンディーネの能力を最大限、いや、その能力以上に搾り出せるように指揮しなければならなかった。でなければ、スミスに絶対の信頼を置いてくれている部下達を労ってやることが出来なくなる。
 戦闘の2幕は、こちらが一方的に切れるようにしなければならなかった。
 
 ザクの固定が済むより早くコクピットを飛び出したサクラ少尉は、自分のザクに取りつくのがコワロフスキー軍曹の分隊だというのを知って任せきりでいいと判断した。例の一件以降、コワロフスキー軍曹は、自分に対して一目置いていたし、もともと整備班内でも腕は確かだったからだ。
 だから「お願いする!」そのたった一言でよかった。
 自分のザクを他人に任せきりにするのは、不安ではあったが、コワロフスキー軍曹の分隊にであれば、その不安も最小限で済んだ。
 コクピットを出たサクラ少尉は、オルトマンのザクが、自分と同じように安全速度を無視して艦内に突入してくるのをちらりと横目で見ながら身体をパイロット控室の方へ流した。
(チッ、びびって進入してきている・・・)
 もちろん、オルトマンのザクも安全速度など無視していたが、サクラ少尉から見ればそれでもその機動に迷いが見えるのだ。
 普段なら敬礼と供に迎えられる士官パイロットの帰艦だったが、今は、誰もそういった無駄な儀礼のために手を休めようなどとはしなかった。
 待機室になだれ込むと自分専用の更衣ルームに入り、与圧をかける。与圧時間を最短にしたせいで耳がつんとするが、1秒を争う今という状況下では仕方なかった。与圧が完了したことを示す青ランプが点くやいなやサクラ少尉は、ノーマルスーツからヘルメットを取り去り、ノーマルスーツそのものも脱ぎ去った。そして、汗でぐっしょりになったアンダーシャツと下着も脱ぎ、新しいものに取り換えた。
(こんなに、ぐっしょりになったのは久しぶりだわ・・・)
 それほど、連邦軍のモビルスーツとの交戦は、一瞬の気も抜けないものだったのだ。たった一撃でザクをあっさりと撃破してしまうビーム火器を装備した敵との交戦で、息を抜けるはずなどなかった。まぐれ当たりの一撃でこの世とお別れしなければならないのだ。自分では、冷静に戦ったつもりだったが、そうでなかったのは、この汗の量で明らかだった。
 本当ならシャワーも浴びたかったが、さすがにそんな余裕はなく、アンダーシャツを取り換えるだけで我慢しなければならなかった。
 真新しいアンダーシャツの心地よさを実感するのももどかしくノーマルスーツを着込み、汗臭くなったヘルメットを被り終えると、サクラ少尉は再び、モビルスーツデッキへと向かった。
 その時には、既に生き残った5機全ての収艦が終わり、それぞれの機体に整備班がアリのように群がって喧騒をほしいままにしていた。
「少尉!これを!」
 ひとりの兵士が、手にしたミネラルウォーターと栄養サプリメントのプラスティックバッグを手渡してくれる。
「すまない!」
 それを受け取るとサクラ少尉は、一気にコクピットにまで跳ねた。
『発艦準備の完了したものから発艦位置へ!!』
 艦内オールで流れるスミス艦長の声にサクラ少尉は、また新しい汗が、流れるのを感じながらも微笑まずにはいられなかった。理解していて貰えるというのは、なんとも心地よかった。
 なにしろ、通常の安全規則に則るのならザクの発艦準備など、全く整ってなどいなかったからだ。
 コクピットハッチの脇で、コワロフスキー軍曹が、バイザー越しにも分かる並びの悪い汚い歯を見せてニッと笑い、軍曹も理解しているのが分かって、サクラ少尉は、本当にウンディーネのことが好きなった。
 全然発進準備が完了していないザクは、発進が可能となっていた。
 
「右回頭180!!全力!総員!手近なものに捕まれ!!」
「アイ!右回頭180!!全力で行います!」
 スミス艦長は、サクラ少尉のザクが帰艦してからきっちり8分後にウンディーネの回頭を命じた。前進機動を行っているウンディーネの速力を殺さない180度回頭は、艦尾を先にした前進機動を意味する。つまりウンディーネは、艦尾を敵に向けて突撃することになる。そうすることで、ムサイ級の貧弱な射出装置であっても、ザクに十分な予備加速エネルギーを与えることが可能だった。
 乗員全てに振り回すようなGを感じさせながらムサイ級に可能なかぎりの全力回頭を強制する。
「ザクを発進させよ!!」
 その回頭が終わりきるか切らないうちにスミスは、次の命令を下していた。
 敵からの砲撃を受けた場合、全く反撃を行えない体勢になることは全くもって心もとなかったが、冷却を完全に行えなかったザクの負担を少しでも軽減するには必要な機動だった。
「アイ!モビルスーツ隊、発進せよ!!」
 その命令が、半分も言い終わらないうちに、ザクの射出したことを示す震動がウンディーネの艦橋に伝わってきた。この短い1時間に2回目の震動だった。ザクが、ウンディーネから射出される震動は、いつ感じても心地よいものだった。
 けれど、今回だけは、単に心地よさを感じているわけには行かなかった。やらねばならないことは、まだまだある。
「ザクの発艦終了後、制動!回頭左90!援護射撃1分!!」
 4機目の発進の震動が、艦橋を軽く揺るがす。
「アクメルは?」
「回頭しました・・・本艦の現在の進路に対して3時方向です」
 5機目の発進の震動が、伝わる。
「左回頭90、回頭します!!」
 途端にスミスにもぐっとGを感じさせて心臓に軽い負担をかける。軽いと言っても、心臓に何か欠陥があれば致命的になる程の負担だ。鍛えられていればこそだ。
「主砲!敵の先頭艦に照準、撃ち方始めっ!!」
「アイ!照準、敵の先頭艦、撃ち方始めます!!」
 艦橋から見下ろす位置にある連装3基の主砲塔の先端にメガ粒子が、集積し、迸るように伸びたのは、その3秒後だった。
 眩いばかりの黄色いメガビームが、敵に向かって伸びていく。
 その射線軸の遥か下方を5機のザクが、敵に向かって進撃していく。
(サクラ少尉、あなたの働きが、この戦いを変えるのよ・・・)
 5秒に1回発射される援護射撃のビーム光によって掻き消されるザクに全てを託す以外、スミスに出来ることはなかった。
「ビーム砲!狙いが甘い!撃てばいいというものではない!!」
 スミスの口から鋭い叱咤が飛ぶ。
 戦闘の2幕は切って落とされた。