The side story of 484 torpedo bombers
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「敵艦より、複数の高熱源体が分離しつつあり・・・モビルスーツらしい」
 急を告げる報告は、突如、そして、思いもしない内容だった。
「なんだと?」
 ゴトウ中佐は、思わず腰を浮かせた。
 何かをやる、それは、漠然と予想していたがザクを再出撃させてくるとまでは予想できなかった。ゴトウ中佐の、十分とは言えないザクに関する知識では、ザクの再出撃には30分を擁することになっている。
 敵が、ザクを収容してから10分あまりしか経っていないはずだった。
「真方位知らせ、モニタ最大望遠、急げ!機関最大戦速準備!メガ粒子砲、射撃準備!!」
 先に、予備命令を出しておいたおかげで攻撃準備に掛かる時間が、最小限ですんだのは、幸いだ。
「アイ!サー!!機関いつでも最大出力絞れます!」
「アイ!モニタ、最大望遠!ムサイ艦首を0時方向へ旋回させつつあり!」
「砲戦準備よし!」
 各部署から、瞬く間に準備が完了したことが伝達されてくる。
「よろしい、旗艦に通信。我、敵モビルスーツの発進を認む!交戦許可されたし!だ!!」
「アイ!通信送ります。ベオグラードより、ナイルへ!我・・・」
(くそっ!面白くなってきやがった、やっぱり敵は諦めてなんかいなかったんだ・・・とんだ殿だぜ!)
 旗艦でも、既にこのことを認知していいた様子で、しきりに発光信号を瞬かせている。けれど、機動はしていない。
「高熱源体の数、5、接近中 。敵艦、発砲始めました!」
 オペレーターの報告を見るよりもそれはメインモニターで明らかだった。接近を試みたムサイが、発砲を始めたのだ。その、目標は、幸いにもこのベオグラードではなく、先行する『キョウト』へと向けられている。さすがに、初弾命中というわけにはいかなかったが『キョウト』は、その進路変更を余儀なくされている。巧みな射撃だ。あわよくば、命中弾を得ようとしているが、その主な目的は、『キョウト』の頭を抑え、その進路を限定することにあるのは、明らかだ。
「旗艦より入電、各艦自由裁量にて反撃せよ!です」
「了解したと返電せよ!」
 いまのところ、有効な反撃を送れるのはこの『ベオグラード』おいて他にはない。
「主砲砲撃開始!ムサイの鼻面に当てて見せろっ!」
 有効射程の遥か彼方に位置するムサイに命中など期待できなかったが、砲撃はなされるべきだった。ザクに対する砲撃は、諸元自体が得られないために今はできないのだから。
 
 敵の反撃は、敵艦隊の後方、こちらから見れば手前に位置するサラミスから始まった。危険な相手だ、他の護衛艦が反撃を開始するよりもたっぷり1分は速く反撃の火ぶたを切ったのだ。
 最初は、ムサイを、そして、今は、砲撃目標をザクに切り替えてきている。
(あれを目標にすべきかも・・・)
 危険な相手は、いつどんな場面でも危険でありうる。であれば、やれるときにやっておくべきなのだ。しかし、現在の編成と不十分な冷却では、巡洋艦1隻に攻撃を指向すると主目標である空母を沈めるどころか空母自体に攻撃を掛けることすら難しくなる。
 ザクの装備するバズーカは、基本的に単発装備であり、自発装填するためには戦場で予備弾薬を装填せねばならないからだ。核弾頭装備であれば、一撃で片が付いた対艦戦闘も、通常弾頭のバズーカ砲弾では、余程の幸運に恵まれたとしても一撃で片を付けることは難しい。
 もちろん、予備弾頭はスカート部分に2発装備してある。
 しかし、それを全部使えるとは思えなかった。
 そう思わせるのは、まっさきに反撃のビーム砲撃を送って寄越してきたサラミスの存在だった。
 空母を含めて後の護衛艦艇にはなんの危険も感じない、凡庸な艦長が指揮しているに違いなかった。
 しかし、現状では、危険度の多寡を考慮せずに空母を叩かねばならない。それ以外に連邦をして、敗戦を認めさせることは不可能だからだ。
「ゴドノフ少尉、援護頼みます!」
 サクラ小隊の両翼に展開するゴドノフ少尉とガルベス曹長のザクに向けて発信する。ゴドノフ少尉の小隊は、万が一、敵のモビルスーツが再出撃してきた時の牽制役だった。本来なら撃退役と呼びたかったが、敵のモビルスーツの性能、主に火器のことを思えば、牽制以上の役割を課せるのは、酷というものだ。
「任せろ!サクラ小隊には一指も触れさせん!」
(言葉通りだと良いけれど・・・)
 ザクをその最高限度まで加速させながら皮肉でも何でもなくサクラ少尉は、思う。敵に予備モビルスーツがあれば?また、自分たちと同じように再出撃を試みてきたら?2機のザクでは、到底防ぎきれないだろう。
 けれど、いまのところその兆しはなかった。ならば、できることを全力でやるだけのことだ。
 
 ムサイの砲撃(今は後方のムサイも砲撃に加わっていた)は、進路を確保しようとする『ナッシュビル』に収束されている。そのせいで、『ナッシュビル』の砲撃は、ムサイに固定されている。いや、ムサイに固定せざるをえないのだ。
 『キョウト』は、旗艦のナイルの影でその砲撃力を十分に生かせないでいる。
 『ナイル』の単装砲塔も射撃を行っているが、その砲撃は、自身の気休め程度にもなっていない。
 艦隊全体では、かなりの砲撃量に見えても結局、ザクを有効に阻止するという意味では、ゴトウ中佐の『ベオグラード』だけが、有効な射撃を実施しているに過ぎない。
「くそっ!当てて見せろ!進路を妨害するだけで良いんだぞっ!」
 ゴトウ中佐は、いっこうに命中しないメガビーム砲撃にしびれを切らして叫んだ。もちろん、ザクに命中させるためには、よほどの僥倖が必要なことは分かっていたが、4基の主砲から迸るメガビームを見ていると砲撃手の怠慢に思えてくるのだ。
 このままでは、ザクに酷い目にあわされるのは目に見えていた。
 何とか、ザクの進路をゆがめねばならない。
「オペレーター!ザクの進路算定!想定進路にロケット弾を発射しろ!」
「信管調整は、いかがします?」
 砲撃士官が、怪訝そうにいう。無論、ロケット弾の有効射程内でないことは承知している。
「無調整で良い!」
「は?」
 今度は、本当に怪訝そうにいう。無理もない、高価なロケット弾を無駄に発射しろと命令しているのだから。
「無調整で良い!どうせ当たりはしない!!」
「しかし・・・」
「当てようなどとは思っていない!ザクの進路と交差するように発射するだけで良い!ザクのパイロットには分かりはしない!連続4発発射!!」
 最後の切り札であるロケット弾を発射することを全員に納得させるためにゴトウ中佐は、大声で命じた。
「アイ!連続発射します!」
 砲撃士官も合点がいったらしい。
 まっしぐらに切り込んでくるザクは、至近を通過してこようとするロケット弾をどう判断するだろう?ゴトウ中佐は、ザクのパイロットが、普通の神経の持ち主であることを祈った。
 
「畜生!」
 サクラ少尉は、件のサラミスの舷側でロケット弾斉射の白煙を認めて思わず罵声を声に出していた。
 ザクは、一直線に進撃しているに過ぎない。ビームが命中しないのは、艦載砲の精度が、ザクのような小型高速移動目標を捕捉するようにはできていないのと、微かな幸運に恵まれているからだ。いかに艦載砲の命中精度が低いと言っても、運が悪ければ直撃を受けてしまう。そうなれば、ザクの運命など言うまでもない。
 ビーム砲撃が、矢で1点を射るようなものなら、ロケット弾は、投網のようなものだった。進路が予めわかっているのなら、投網ほど威力の大きな武器はない。簡単な電算で接触空域は、算出できるからだ。
 まさか、この距離でロケット弾を使ってくるとは思わなかった。
 全く厄介なサラミスだった。
 やはり、当初の目標を変えねばならないようだった。
 ぐるりと機体をロールさせスラスターバーニアを噴射し、進路をずらす。それだけで、ロケット弾を無害なものにできたが、予備機動は、これでほとんど不可能になった。
 
「ザク、軌道変更!」
 オペレーターが、僅かに喜色のこもった声で報告する。
 その瞬間、ゴトウ中佐は、ニヤリと笑う。自信たっぷりに進撃してくるザクの進路をねじ曲げてやったのだ。
「よろしい!ロケット弾、続けて発射!初弾は、無調定で発射し、もう1発はザクの手前で爆発するように調定しろ!!」
「アイ!」
 今度は、誰も不審を示さない。今はもうゴトウ中佐が、何を意図しているかを艦橋の誰もが知っていたからだ。
「発射後、次発装填急げよ!」
 
「ちっ・・・」
 またしても、ロケット弾が発射された。全く、厄介なサラミスだった。問題は、さっきと同じかどうかということだ。つまり、調定されていないのか、それとも今度は調定されているのか・・・。
 先刻のロケット弾は、無調定だった。
 つまり、回避する必要などなかったのだ。けれど4発もまとめて発射されたロケット弾が無調定だなどと誰が考えるだろう?
(まだ、根性が足りないというわけね・・・)
 自分だけなら、できる判断も部下や仲間まで曝すとなるとさすがに判断に迷う、そこがまだサクラ少尉自身が許せない自分の甘いところだった。
 今度は、2発。
 ザクに無理矢理加速させたせいで、予備機動用の推進剤はほとんどなかった。ここで回避したら、空母を攻撃できない可能性が高かった。このロケット弾の攻撃を躱してもなお巡洋艦が張り巡らす対空弾幕を回避しなければ空母を攻撃できないからだ。
(爆発する?しない??)
 2発のロケット弾が、張り巡らす破壊の投網は、最悪の場合、ザクの半分を傷つけ、出撃した意味を失わせうだろう。しかし、回避することもこの出撃を無意味にしてしまう。
 ロケット弾は、僅かな時間差をおいて2発、まっしぐらにサクラ少尉達の方へ向かって進んでくる。当たり前だ、複雑な回避運動など全く行っていないのだから。
「直進!」
 サクラ少尉は、命じた。
 そして、1発目が編隊の右を掠めるように通過していく。思わず、サイドスクリーンに通過して行くロケット弾を目で追う。
 爆発しない。やはり、ロケット弾は、サラミス艦長のブラフだったのだ。
 その刹那、サクラ少尉が、視線を正面に戻した瞬間、編隊下方にやり過ごせるはずのロケット弾が炸裂した。
 その瞬間、サクラ少尉の、いやサクラ少尉達の身体は、機械のように動いた。訓練され、叩き込まれた回避機動を無意識のままに実施したのだ。
 サブ・スラスターを幾つも同時に噴射させ、姿勢を制御し、安全な方位へメイン・バーニアの全力噴射で回避する、全く持って合理的な判断がほとんど機械のようになされて身体が動いた。
 その結果、弾子のいくつかはザクの塗装を禿げさせる程度はして見せたが、ロケット弾の張り巡らせた投網は、ザクのどれにも致命傷を与えることはできなかった。
 その代わり、もう空母は、攻撃できなかった。
 そうであれば、予備弾は、無用の長物でしかなかった。2発の予備弾を合計すれば1トン近い重量物だ。全備重量で90トン近いザクの1パーセントを占める重量を切り離せば、その分、僅かではあってもザクの推進剤には余裕が出る。
「予備弾を投棄せよ!」
 こういった点については、サクラ少尉は、非常に合理的だった。
 
(思い切りがいい・・・)
 ゴドノフは、サクラ少尉の予備弾投棄命令を聞いて思わず感嘆した。
 2度の回避を強要されたせいで、確かに本来の目標である空母攻撃は、不可能になったかもしれない。けれど、ゴドノフに、同じことができるかといえば、首を捻らねばならない。
 卵の殻ほどの薄く脆い可能性を捨てきれない可能性の方が高かった。
 思い切りがいいといえば、自分とガルベスを第1種装備で出撃させたこともだ。5機全てが、2種装備で攻撃を掛けたほうがその効果は大きい。だが、サクラ少尉は、万が一のことを考えてそうはしなかった。
 確かに、今のところは、サクラ少尉の判断は、違っていたと戦闘報告を読むお偉いさんには論評されるだろう。
 だが、実際にはどうだろう?
 自分とガルベスが、敵の援護機を抑えてくれるという安心感が攻撃隊にはあるはずだ。
 その精神面での安定は、決して戦闘報告には反映されないが、大きなものであるはずだった。
 
「ザク、5機、来ます!」
「貧乏くじを引いてしまったぜ・・・」
 オペレーターの引き攣った声を聞きながらゴトウ中佐は、小さく呟いた。
 艦隊攻撃、おそらくは空母を狙ったであろう、を試みたザクは、ゴトウ中佐の2度にわたる牽制攻撃のせいでその狙いを残念せざるをえなくなった。その結果、逆恨み半分でこの『ベオグラード』に攻撃目標を振り替えたらしい。しかし、思わずこぼしたのは標的が自分の『ベオグラード』になったからではなかった。敵を誘引するのが、半分は目的だったし、殿に位置しているのだ、敵に狙われて当然だ。こぼしたのは、スクリーンに映し出された5機のザクの指揮官機がピンク色だったからだ。
 恐るべき手際の良さで『チンタオ』をあっという間に沈めて見せたあのザクに違いなかった。
 けれど、達観したり諦めたりなんかはしていなかった、まったくもって。
 どうせ敵にできるのは、一撃、通り魔程度の攻撃でしかない。
 それさえ躱せれば、良いのだ。
 またしても乗艦を損傷させたゴトウ中佐は、今後2度と昇進の階段を上ることなど無くなるだろう。まあ、そんな嘆きも生きていなければできないし、まだそうなると決まったわけでもない。
 それに、この『ベオグラード』を損傷させられるにしてもそれを最小限度に抑える使命を放棄するわけにはいかない。
 ゴトウ中佐は、モニターに映し出されたザクを見据えた、大写しになったザクのどんな動きも見逃すまいと。
 今日は、既に2度、このザクの裏をかいているのだ。3度目だって、やってやれないことはないはずだった。
「対空機関砲座!射撃自由!撃ち落とさなくて良い!当てて見せろ!!」
「射撃開始!」
「操舵手、いつでも舵をきれるように!」
「アイ!サー!どんな方向にでも逃げ切って見せます!!」
 この時、確かに『ベオグラード』の全ての乗員が、1つになって戦っていた。
 
 対空砲の砲門が、開かれたサラミスは、厄介だ。
 けれど、真横から接近することでその有効な対空砲座の数は、半減できた。
 サラミスとの距離は、2000。ロケットモーターによって加速され、最終速度が音速に近くなるザクのバズーカも、初速は遅い。したがって、この距離で発射しても命中は期しがたい。仮に、命中したとしても致命傷を与えることは、不可能に近い。たった3発では、致命傷になるかどうかも怪しかったが、あのサラミスの戦闘力を永遠に奪うことは可能だった。
 このサラミスを有力たらしめているのは、サラミス自身ではない。このサラミスを指揮している男の危険さゆえだ。であれば、サラミス自体を沈めてしまわずともこのサラミスを危険でなくすることは可能だった。
 艦橋にぶち込めばいい。
 炸薬量350キロの弾頭の爆発に、サラミス自体は耐えられても艦橋にいる男達は無事ではすまない。そうすることでサラミス自体が残っても、もはやそれは無害なものでしかない。いずれ、どこかの戦場で屍を曝すことになるだろう。
「オルトマン!リックマンは、エンジンを!いくぞ!」
 ランダム回避を継続しながらサクラ少尉は、大声で命じると一気に最終加速を実施した。ピンクのザクから、青白い噴射炎が大きく伸び、一気に加速したザクにサラミスの対空機関砲弾は、気圧されるように命中しない。発射されてくる機関砲弾は、全て右へ左へ、上下へと逸れていく。
 サラミスの回避まで読んでサクラ少尉は、ゆらりとバズーカの砲身をサラミスの艦橋へと向けて、発射した。
「発射!」
 自分の発射と同時にサクラ少尉は、オルトマンとリックマンにもバズーカの発射を命じた。
 砲身から踊りだした砲弾が凄まじい噴煙を残してサラミスの艦橋へと突進していく。そして、サクラ少尉の右と左からも同じように砲弾がサラミスへ向かって一気に加速していく。同時に、機体をはね上げるようにサラミスの上方へと吹っ飛ばす。
 背骨がミシリと嫌な音を立てる。Gが、容赦なくサクラ少尉の華奢な、それでいてしなやかな身体に重圧をかける。
「くっ!!」
 思わず歯の間から声が漏れる。
 同時に、笑み。
 歓喜ではない、半分は呆れて、残りの半分は称賛の笑みだ。
 サラミスは、サクラ少尉が、想定したようには回避しなかった。
 まるで跳ねるように船体を上昇させたのだ。サクラ少尉が、想定したのは、船体を下方へ下げる回避運動だった。
 サクラ少尉の放ったバズーカ砲弾は、艦橋にではなく、サラミスの船体のど真ん中へと吸い込まれた。
 派手なオレンジとどす黒い赤の混じった爆炎が、サラミスの船体の中央から吹き上がる。しかし、見た目ほど打撃を与えていないのは過去の戦訓からはっきりしていた。サラミスの船体中央部分は、十分な装甲が施されており、バズーカ砲弾の直撃程度ではそれほど深刻なダメージを与えることはできないのだ。
 そして、爆炎は1つきりだった。
 オルトマンとリックマンの放った砲弾は、無残にも想像しなかった回避運動によって紙一重のところで回避されてしまったのだ。
 予備弾頭もないザクにとってできることはもう何もない。
 サクラ少尉は、機体を翻すと帰投命令を出し、自身もバーニアを全開にした。
 まだ、機関砲弾による弾幕射撃を受けていたが、その危険区域は、あっという間に後方へと置き去りになった。
 
 ビィ〜〜ッ!ビィ〜〜ッ!
 艦内は、けたたましい警報音で満たされていた。艦橋の電源は、落ち、サブ電源に切り替わったため最低限の照明しか得られていなかった。
 艦橋職員の何人かは、体をしっかり固定しきれなかったせいで壁面や天上に叩き付けられて負傷していた。それでも、艦橋だけを見れば、戦死者は一人もいない。
 両翼のザクから受けた悔し紛れのマシンガン砲撃も何発かは、命中したから戦死者が全くいないというわけにはいかないだろうが、少なくともベオグラードは、損傷しつつも戦闘力を維持している。
 そこが大事なのだ。
 後退していくザクへのビーム砲撃をやめさせ、旗艦の指示に従いベオグラードを回頭させる。
 今度こそ、戦闘はおしまいだった。
(空母は、守りきったから、何とか勝ちかな?)
 後退していくザクをモニターの中に見つめながらゴトウ中佐は、思った。ふと気が付くと、全身が汗でびっしょりになっていた。
(できれば、この次はザクの迎撃戦闘は勘弁させてもらいたいものだ・・・命が幾つあってもたりん)
 艦橋にいる全員がきっと同じ思いだろう。
 オペレーター、通信手、操舵手などを除いて当座は何もすることの無くなった艦橋職員達は、みな一様に脱力したように背を椅子の背もたれに預けたり、生を確かめるように首をぐるぐる回したりしていた。
 旗艦の『ナイル』が、集まれの信号を明滅させながら戦場を離脱していく。両翼に『キョウト』と『ナッシュビル』が位置し、やはり『ベオグラード』は、殿のままだった。
(おいおい、損傷艦を労ったらどうなんだ?)
 艦長シートに深く腰を沈めてゴトウ中佐は、誰にも聞こえないように愚痴った。