The side story of 484 torpedo bombers
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「不審な連邦軍艦艇のルナ2入港を阻止せよ」
 連邦軍部隊を捕捉できないまま哨戒活動中の『ウンディーネ』が、緊急レーザー通信によりグラナダから命令を受けたのはこの日の正午前だった。
「不審っていったい・・・、連邦軍の艦艇は全部不審なんじゃないんでしょうか?」
 暗号解読された電文に目を通しながら副官のペイサー少佐が首を捻った。それに、『ウンディーネ』の任務そのものが連邦軍艦艇の交通の遮断である以上、改めてこのような命令を送ってくる真意の理解に苦しむのだ。
「そうね?他には何か言ってないの?」
 グレースも、この命令の持つ意味についてこれといった心当たりがなかった。ルナ2と地球の交通を遮断することこそスミスの任務であったから、今更念を押される筋合いなどない。
「いえ、それだけです」
 通信士の方にちらりと神経質そうな顔を向けたペイサー少佐は、首を微かに横に振りながらいった。
「通常の哨戒活動を続ければいいと考えればいいのかしら?」
 まったく、判断に困る内容の通信だった。
「ですね、どこか特定の空域へ行けといってきてるわけでもありませんし、このまま行きましょう、どのみち推進剤の残量にそれほど余裕があるわけでもありませんし」
 ペイサーは、あまりに大ざっぱな命令を『ウンディーネ』の都合の良いように受け止めることをそれとなく具申した。
「そうね、本艦は現在の哨戒活動を続行する、とでも返電しておいてちょうだい」
 ほんの少し考えてグレースは、ペイサーの考えを入れることにした。敵のいる宙域が示唆されているならともかく現在受けている命令と推進剤の残量を考慮するならば『ウンディーネ』にできることはそうは多くなさそうだった。
 ただ、グレースは、ペイサー少佐ほど命令文を言葉通りに受け取ったりはしなかった。敵を見つけた際の、敵の動向いかんでは、やり過ごすことも考慮しなければならないことを、肝に銘じた。上層部が、どんな情報を得たかは、グレースのあずかり知らぬところだったけれど、1つだけ確かなことがあった。連邦は、何か重要な物資、又は人物を運んでいるに違いないということだった。そして、その重要度は、恐ろしく高いに違いなかった。
「返電は、いかがなさいます?」
「そうね?」
 グレースは、しばらく考えてからいった。「本艦は、敵の不審艦の捕捉に全力を尽くす、とでも打っておいて」
「アイ、マム!」
 少佐が、一際大きな声で、普段は形式張って応えるところをおどけて返答して見せた。雲を掴むような命令で士気が落ちるのを懸念してのことだったのだろうけれど、うまくはいかなかったようだ。
 少佐は、間違ってもムードメーカーになるようなタイプではないのだ。それに、雲を掴むような命令を受けたことに対して大方の艦橋要員は、既に緊張感を高めていたから尚更だった。
(まあ、気持ちはわかるけれど・・・)
 気遣いに感謝はしても、グレースは、それを感情にしてだすことはしなかった。そして、いつからあたしは、こんなに感情を出さなくなってしまったのだろうと、僅かな間自問した。
 1人の女性に戻りかけたグレースだったが、すぐにそういった思いを頭の中から無理矢理追い出すと少佐に負けないぐらいの大きな張りのある声で命じた。
「進路および速度このまま、オペレーターは、周辺宙域の警戒を厳にせよ!」
 操舵手やオペレーターが、復唱するのを聞きながらグレースは、艦長の自分へと戻る努力をした。交戦こそしておらず、未だ敵と接触する兆候さえもなかったけれど『ウンディーネ』は、間違いなく哨戒という戦闘任務に付いているのだ。そして、グレースは、多くの部下の命を預かる立場なのだから。
 過去127時間『ウンディーネ』は、敵に遭遇しないまま哨戒活動を続行しており、通常の哨戒が続けられるならばもう12時間の哨戒が可能だった。12時間は、敵を捕捉するには十分な時間ではなかったが、運さえ良ければ、不可能ではない時間でもあった。
 
「さすがの中佐も引きが弱くなったってわけだ」
 ゴドノフは、サクラ小隊の待機室でカードをやりながら愚痴をこぼした。ここのところ、めっきり自分の部下達と過ごす時間よりも、サクラ小隊といる時間が増えているゴドノフだった。トランプの負けを取り返す、というのが専らの名目だったが、それだけではないことをゴドノフ自身が一番良く知っていた。
 もちろん、スミス艦長指揮下の『ウンディーネ』が、他の哨戒部隊に比べれば格段の会敵率を誇っていることもゴドノフは、十分に承知している。にもかかわらずパイロットというものはたった1度の未会敵が退屈に感じるものなのだ。
 しかし、まったく退屈というわけではない。ここに来る理由の1つにもなっているように、カードゲームは、負けが確かにこんでいるにせよ、時間を潰せたし、サクラ少尉の笑顔で心が和む。それに、今、配られたカードの手は悪くない。
「そうはいっても少尉、私たちにも整備兵達にも休養は必要ですよ」
 それに対してサクラ少尉が、カードを1枚交換しながらいった。相変わらず人当たりの良いというか、癒されるというか、不思議な感じの笑顔を見せる。引いてきたのはスペードのエースが1枚。
(わたしに関していえば引きはいいままね)
 サクラ少尉は、心の中だけで表情とはまったく別の笑顔を作った。
「特に整備兵達はな、少尉!」
 整備兵達のうち、コワロフスキー軍曹をはじめ3人はいまだに包帯が取れていないのだ。
「それはいいっこなしです」
 頬を少し膨らませていうさまは、本当に少女のようだ。しかし、どんなカードが来たのかはまったく表情に出さない。ポーカーフェイスとは、良くいったものだと、ゴドノフは、感心するやら呆れるやらした。
「そうですよ、ゴドノフ少尉。あれは不可抗力ってぇもんです。うちの少尉は悪くありません」
 リックマンはそういいながら、カードを換えるべきかどうかを考えた。リックマンには、ゴドノフよりもずっとサクラ少尉との付き合いが長いにも関わらず、やはりサクラ少尉の表情は読めない。諦めて、自分の手札に視線を落とす。10とクィーンが2枚づつ。決して悪い手ではないが、正面のゴドノフ少尉の、口の右端がわずかにつり上がっているのを見ると少尉の手はかなりいいらしい。自分も換えていい手がそろったときに顔にでないかどうか心配だったがやはり1枚換えることにした。
 自分では少なくとも顔に出なかったはずだと引いてきた1枚を見ながらリックマンは自分に言い聞かせた。
「いや、ちょっとは・・・」
 オルトマンが、少尉もちょっとは悪いことを口ごもりながらいう。7が2枚、3が2枚揃っている。2ペアだけれど手としては低い。それでも今日、オルトマンが手にしたカードの中では最高だった。それでもこの2ペアで勝てるわけはないと思う。なにしろ、今日は一度も勝てた試しがないのだから。思い切って3枚をテーブルに投げて交換する。引いてきたカードを見て今夜は完全に女神に見放されていたかと思っていたけれど、そうではなかったようだとオルトマンは思い直した。
「悪くないわけはないさ。喧嘩っていうのはな、どちらか一方だけが悪いってことはあんまりないもんだぜ」
 全員が、カードを引き終わったのを見てゴドノフは、そういいながら掛け金をテーブルの上に出した。「100だ、降りてもいいんだぜ」
 100は上限だった。つまり100を出すっていうことはこのゲームに関してゴドノフ少尉は、十分な勝算があるらしい。もちろん、多少のはったりもあるには違いなかったけれど。
「じぶんも100です」
 リックマンも、すかさず掛け金を出す。賭け金の上限をリックマンも出したことにゴドノフ少尉がわずかに驚く。
「じゃあ、わたしも100」
 オルトマンも、すかさず賭ける。
 ゴドノフ少尉とリックマンは、そのオルトマンにあからさまに驚いた。今日は、カードを始めてからこっち、オルトマンが、勝負に出たのは初めてだったからだ。
「しかし、あの場合はいきなりからんできたあの軍曹が悪いと思うんですがね」
 オルトマンは、2人が驚くのを気持ち良く見回しながらしわくちゃになったなけなしの20紙幣を5枚テーブルの中央に投げ出した。
 3人が全員上限を賭けてくるなんて、今夜はいったい・・・。サクラ少尉は、今夜のこのゲームに勝負の女神がいったいどんな悪戯をしたのか聞きたい気持ちだった。
「あたしだけが、降りるわけにもいきませんね」
 ちょっと困ったような顔をしてサクラ少尉がいうのに、ゴドノフが多いに機嫌を良くした。
「いやあ、降りてもいいんだぜ。何事も無理は禁物さ」
 4人全員の掛け金400と場にあった200と少しがテーブルの上に並んだ。
(こりゃあほとんど給料の半分はあるぜ)
 ゴドノフは、使い道まで考え始めた。
「ご愁傷様だ、がっはははっは」
 豪快に笑いながらエースがみごとに3枚揃ったカードをテーブルの上に放り出しガサガサとテーブルの上の紙幣をかき集めようとする。そのゴドノフを止めたのはリックマンだった。
「すみません、少尉。そいつはこっちへいただけますか?後で酒を1杯ぐらいおごりますんで、悪く思わんで下さい」
 出されたカードはクィーンと10のフルハウスだった。
「畜生、このくそったれ。持っていきやがれ」
 集めた金をそのままリックマンの方へ押し返そうとしたゴドノフにまたまた声が掛かる。
「お〜っと少尉、すみませんがそいつはこっちに回してもらえませんか?どうもツキがようやくこっちに回ってきたみたいなんでね」
 声を掛けたのは、オルトマンだった。今日、オルトマンがこんなに強気になったのは初めてだった。だが、それだけのことはあった。4枚のカードが同じ7で揃っている。7のフォアカードだった。凄みのある顔が、にんまりと微笑んでいる。ただし、それが笑顔に見えるかどうかは、かなり疑問だった。
「おいおい、どうなってんだい?参ったぜ」
 ゴドノフは、もう完全にお手上げだというように両手を高くあげた。しかし、7の4カードが相手ではそれも仕方なかった。リックマンもまさかのオルトマンの手札にがっくりと首をうなだれた。
「すみませんね、ゴドノフ少尉。ですがわたしは2杯おごらしてもらいますよ」
 オルトマンは、にんまりと笑うとテーブルに手を伸ばした。
「じゃあ、わたしは3杯にしておきます」
 3人の動きが止まり、視線が、サクラ少尉に集まる。
 にっこり笑ってサクラ少尉が出したカードは、カードゲームで最高の手だった。
「4杯にしましょうか?」
 あんぐりと口を開けた3人に向かってサクラ少尉がそういったとき、敵の発見を告げる警報が鳴り響いた。
 どうやら、グレース・スミス艦長のつきもサクラ少尉と同様に落ちてはいないらしかった。
 
「間違いないのか?」
 午後遅くの休憩を艦長室で過ごしているときに発見の報告をうけ、急ぎ駆けつけ、艦長席に着きながらスミス中佐は、オペレーターの報告を確認した。
「間違いありません、サラミス級2隻に、艦型不明の輸送船が1隻です。第3戦闘ライン上に接触しつつあります」
 オペレーターがすぐさま答える。
 データー・スクリーンにプロットされた敵は、第3戦闘ラインギリギリに位置していた。ムサイの貧弱な、探査システムを考えるならば、奇跡に近い捕捉だとも言えた。もちろん、奇跡だけでは捕捉など出来ない、どんな些細な兆候も見逃さないオペレーター・アーサー准尉の努力の賜物でもあることも確かだ。
「総員戦闘配置、敵を捕捉し、これを撃破する!」
 敵が2隻のサラミスであると知ってなお、グレースは、敵の撃滅を命じた。
 素人から見ればサラミス級2隻という戦力は、ムサイ1隻の手に余るように思えるだろうが、なんの躊躇もなくそう命じたのは、ザクの存在がそれを対等以上にしてくれるからだ。
 つまりパニックに陥るのは、こちらではなく、むこうのほうであることは間違いがないのだ。もっとも、連邦の指揮官の全てがそうなるのではないこともグレースは知っている。敵の指揮官が、どういったタイプであれ、グレースの命令は変わることなどなかった。サラミスが2隻ということもそうだけれど艦型不明の輸送艦ということが興味を引く。絶対に叩かなければならない相手だとグレースの感が教えていた。
「ペイサー少佐、推進剤残量は?」
 慌ただしさの中でグレースも頭の中で素早く計算する。いくら重要な目標であれ、推進剤の残量を無視してまで攻撃は、不可能だからだ。
「十分とはいえませんが、やってやれないことはありません」
 ペイサー少佐も戦意に満ちた顔で即答した。「それにグラナダからは、この敵をどんなことがあっても捕捉するようにいってきています」
「グラナダが?」
 グレースは、いぶかると同時に、自分の感が正しいのだという証明の1つだとも考えた。通常、グラナダは、イチイチ個艦の戦闘動向に興味を示すことなどしない。これは、異例中の異例事だった。
「ええ、中佐が、来られる前に一応報告電を打ちました。その返電です。おかしいと思いますが・・・。しかも、その返電がいつになく早かったのです。おかしいといえば連邦軍もです」
 加えて、通常任務にある艦艇、あるいは艦隊からの通信は、通常、グラナダのあらゆる指揮系統を通過することになり、迅速に返電されることなど皆無だった。それが、敵発見の一報から、グレースが艦長席に着くまでの短い時間になされたのだから異例といえる。言っておくならば、グレースは、どんなときにも、もたついたことなどありはしない。
「そうね、たかだか艦型不明とは言え輸送船の護衛にサラミスが2隻もついてるなんて変ね。敵の軌道は・・・?」
「ルナ2へ、既に敵を捕捉できる進路をとっています、艦長」
 ペイサー少佐が、既に『ウンディーネ』を最適な軌道に乗せていることを伝える。
「さすがですね」
 にっこり笑ったスミス中佐は、しかし、その一瞬後には表情を引き締めた。「第2戦闘ラインまで接近してザクを発進させる。主砲射撃準備、対艦ミサイル発射準備、総員、連邦を撃破する!」
 
「ジオン軍です」
 オペレーターが、恐怖の声色を隠さずに報告したのは、5分ほど前だ。
「艦種及び敵勢力を知らせ」
 艦長として、またこの小さな輸送任務部隊の指揮官としてゴトウ中佐は、オペレーターと同じような反応だけは示すわけにはいかなかった。努めて落ち着いた声で命じる。
「敵は、ムサイ級巡洋艦1隻、向こうもこちらを捕捉しているようです」
 やってやれないことはない、とサラミス級『チンタオ』艦長、ゴトウ中佐は、自分たちの持つ戦力をざっと勘定する。2隻の巡洋艦にパブリク艇4、実戦配備が始まったばかりのボールと呼ばれる機動戦闘用兵器が6機。1つ1つは、そのどれをとってもザクを随伴するジオン軍巡洋艦に抗するには、役不足だったが、統一指揮のもと最適なタイミングでそれらを使うことが出来れば、見かけ以上の効果を発揮するはずだった。そして、ゴトウ中佐には、自信があった。
 相手が1隻ならば押し切れる、そうゴトウ中佐は判断した。
「輸送艦に離脱の進路を指示しろ。敵は、本艦とベオグラードで阻止をする。総員戦闘配置、急げっ!!」
 ゴトウ中佐は、僚艦の『ベオグラード』とともにジオンを阻止することを決意した。事前の作戦指導では、そこまで求められていなかった。それに、輸送船の積み荷を考えれば、命を張ることなどバカらしい。けれど勝算が十分に見込める以上、ジオン軍をここで叩いて個人的に得点を上げておくのも悪くないと思ったのだ。
 
 その思いは、第2戦闘ラインを越え、オペレーターが新たな報告を寄越すその時まで変わることはなかった。
「敵は、ザクを発進させました。1、2、3まだ増えます・・・5、いえ6機です」
 その報告を聞いた瞬間、ゴトウ中佐は、自分が想像した倍ものザクを敵が搭載していたことに動揺せずにはいられなかった。しかし、もはや敵にケツを見せることもできない。会敵針路をとったため今からの再回頭では、敵のいい的になってしまうだけだからだ。
「ムサイの頭を抑え、敵の機動を限定する!1番2番及び4番5番主砲、ムサイの想定針路に向けて照準せよ!」
 命令が下達されるのを聞きながらゴトウ中佐は、頭の中で素早く情況を再計算した。ボールに援護させたパブリクを正面から突っ込ませる案は、引っ込めねばならない。ザクが、6機では、自殺行為よりもまだ悪い。
「ザクは2グループに分かれる模様!」
 新たな情況が、オペレーターから報告される。
 ジオンが、ザクを2手に分けたことが僅かな勝機に思える。
「パブリク隊のフリンガー大尉を呼びだせ!」
 じっとりとした汗が、ノーマルスーツの中で流れるのを感じながら、回線に出たフリンガー大尉に、ゴトウ中佐は、迂回攻撃を命じた。迂回機動をとるということは、それだけパブリクによる攻撃が遅れることに直結したが、ザクの注意を逸らすには有効なはずだった。ザクによる支援を受けられないムサイにとってパブリクの突入は悪夢の1つだからだ。敵は、ザクを分離せざるをえないだろう。とにかく、ザクが6機で艦隊に襲いかかってくる事態だけは避けねばならなかった。
「ボール隊のホーワン少尉を!」
 もはやパブリクにボールを随伴させるという案は、却下せざるをえなかった。ボールを艦隊防御に使わねばならないからだ。しかし、単に艦隊直掩をさせれば、ボールなどものの5分とかからずにザクの餌食になるに違いなかった。だが、使いようによっては、ザクのパイロットの不意をつけるはずだった。ゴトウ中佐の命令に若干の懸念を示したフリンガー大尉とホーワン少尉だったが、代案があるわけでもなく、また上官の命令に逆らえるわけでもなかった。それに、揉めていられるほど時間的猶予があるわけでもなかった。
「敵、増速しました!!進路180!」
 オペレーターの報告が、戦闘開始の合図となった。
 どのみち、戦わずには済まないのだ。
「パブリク隊、突撃!主砲射撃始め!!」
 ゴトウ中佐は、動揺を悟られないため、ことさら大きな声で戦闘の火ぶたを切る命令を下した。
 
(多少動揺しているけれど、いい射撃だわ)
 サクラ少尉は、ザクのコクピットの中で思った。『ウンディーネ』をビームの糸で搦め捕ろうとする手腕は、なかなかのものであるらしかった。
「私たちは、あれをやります」
 ミノフスキー粒子のせいでノイズが酷くなる中、サクラ少尉は、連邦軍の方向で流れる光点を4つ確認してゴドノフ少尉に意志を伝えた。同時に、ザクの指でも指し示す。流れの軌跡からして横合いからサクラ少尉達の母艦を脅かそうとするパブリクに違いなかった。
 旧式になったとはいえ護衛を受けなられない艦艇にとってはいまだ恐るべき攻撃力を有する相手であり、侮るわけにはいかなかった。つまり、無視できない相手なのだ。特にほとんど個艦防御システムが皆無に近いムサイにとってはその脅威度は更に高い。
 人型のいい点は、ザクの仕草でも意志を伝えることが可能だという点だった。従来の宇宙戦闘機ではそうはいかない。
「サラ・・・もら・・・悪・な」
 ゴドノフ少尉も、ザクの右手を軽くあげさせ、分かったことを伝えてきた。同時に、ランドセルのロケットバーニアを派手に点火させて一直線にサラミスの方へとザクを進撃させた。隊長のあまりに大胆な進撃にやや遅れてゴドノフの2人の部下達もザクをゴドノフに追随させていく。
 それを見届けるとサクラ少尉もザクの腕を軽く振って方位を定めるとピンクのザクを想定接触空域へと振り向けた。リックマンとオルトマンは、最初から分かっていたかのようにタイムラグの一つもなしにサクラ少尉のザクに付き従った。その様は、ピンクのザクに2機のザクが操られているかのようだった。
「気を抜いては駄目よ!」
 サクラ少尉が、そう言い放つと2人が同時にドスの利いた声で返事を返してきた。
 
(上手い具合に分散してくれたが・・・)
 ゴトウ少佐は、目の前で繰り広げられるザクの機動をスクリーン上で自身の目で確認しながらひとりごちた。『チンタオ』と『ベオグラード』からは、絶え間なくメガビームの火線が放たれているが第2戦闘ラインぎりぎりの距離で同航し、反撃してくるムサイには、いまだ有効弾を与えることはできていなかった。
 お互いに複雑な回避運動を行っている以上、命中弾がやすやすと得られないのは十分に承知していたが、2隻をもってして艦隊砲撃戦力の点だけからみれば優位なのにも関わらず、その優位性がまったく発揮できていない現状に焦燥せずにいられなかった。
 明確な意志を持ったザクが、3機スクリーン上で刻一刻と接近してくるのが見て取れ、それがいっそうゴトウ中佐の焦燥感を募らせていく。
「ザク3機、向かってきます!!」
 オペレーターが、既に目にしていることを伝えてくる。
 現状を報告するのが、オペレーターの任務であったが、あまりの焦燥感に怒りが爆発しそうになる。なんとか、それを抑えられたのは自分が艦長であるという1点に尽きた。
 そして、ささやかではあるが、命令を下さねばならないということも自身を正気に保つのに役立っていた。
「各機銃座、撃ち方用意!!距離5000になるまでは撃つな!ロケットランチャーは、距離8000で発射せよ!!」
「少佐?ボール隊は?」
「まだだ」
 副官は、それが唯一の抵抗手段だと信じて疑わないボール隊を温存しているゴトウ中佐に、蒼白な顔を振り向けていった。
 逢えては、いわないがゴトウ中佐には、ボールがなんの解決にもならないのを知っていた。ただ、なんの対応策もザクに振り向けたならだ。もちろん、策を弄したからといって結果がどうなるかは知れない。ただ、手をこまねくよりはマシなはずだった。結果を知るのは神だけで十分だ。
「敵艦発砲を停止!ザク接近してきます!」
 敵が、発砲を止めたのはザクが艦隊攻撃の圏内に入りつつあるからだった。万が一にも味方の砲撃でザクを失うような間抜けたまねをしないための教本通りの手順を踏んでいるのだ。敵は、セオリー通り、危なげのない戦いをしているということだ。母艦が、教本どおりならばそれに搭載されるザクのパイロット達も教本どおりに機動するに違いない。分派したパブリクにザクの1小隊を振り向けたことからもこれまではゴトウ中佐の見積りは間違ってはいなかった。そして、そのことだけがゴトウ中佐、いや連邦軍輸送艦隊にとっての唯一の勝機だった。
 そして、それをより確実にするには自らは、セオリーを破らなければならない。
「回避運動止め!砲撃は継続!!」
 凍りつくような沈黙のあと、復唱がなされた。
 並みの艦長なら、意見の具申というかたちで反抗されたに違いない命令だった。しかし、開戦時のサイド2からの脱出劇、その後のジオンとの交戦を経て、ゴトウ中佐に対する艦隊乗組員の信頼は、並々ならぬものになっていたことがそれを辛うじて押し止めさせたのだ。
 それほど信頼を得ているゴトウ中佐の命令であっても空気が凍りついたのは、ザクが、接近してくる中、回避を止めてしまうなど、自殺行為でしかなかったからだ。教本どおりにことがなされるならば、対空弾幕を張りつつ回避運動を継続、退避せねばならない。
 そういう意味では、ゴトウ中佐の指揮下に置かれている輸送艦隊は、既に2つのセオリーを破っている。
 1つは、退避ではなく交戦を望んだこと、そして、今1つは、回避運動を止めてしまったことだった。ただ1つ、この回避の停止によってもたらされる良い点は、対空弾幕が集束しやすくなったという点だった。
 ザクは、集束してくる対空弾幕を前に、多少推進剤を無駄にせねばならないだろう。
 ゴトウ中佐は、迫り来る恐怖の代名詞を睨みつけ大声で命じた。。
「対空弾幕薄いぞ!訓練どおりにやってみせろ!対空ロケット、発射準備、1機でもいい、搦め捕ってみせろ!!」