The side story of 484 torpedo bombers
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「・・・オペレーターは、第1種警戒体制を持続、どんな些細なことでも良い、報告しろ!」
 ムサイが、第3戦闘ライン遥か後方に去ってかなりの時間が経っていたが、艦橋内の緊張が全て霧消していたわけではなかった。むしろ、高まっているとさえ言えた。
 無理もない、『チンタオ』の運命は、この『ベオグラード』のものであったかも知れないのだ。艦橋にいたものは、全員、『チンタオ』が轟然と爆沈する様を目の当たりにしたのだ。
 平静でいろというほうが無理な注文というものだ。
 しかし、艦長としては、それを黙認するわけにはいかなかった、断じて。
「は、はい!」
 オペレーターが、心ここにあらずといった感じで答える。
 悪い意味でではない。艦長であるゴトウ中佐の声も満足に聞き取れないほどサーチスクリーンに目を釘付けしているのだ。
 一応の安全が確認されてさえ、彼等の中では、まだ臨戦態勢が続いているのだ。それが証拠に、誰もノーマルスーツのバイザーを上げようとしない。ただ1人の例外があるとすれば、それはゴトウ中佐その人だけだった。
「少佐、艦内機密チェックをもう一度やらせろ!損傷個所は、特に念入りにだ!」
「了解です、艦長」
 応える副官も、バイザーを上げていない。
 確かに、バイザーを上げなくとも意志の疎通には問題がなかったし、ゴトウ中佐自身が、安全宣言を下したのでもなかったが、その現状をゴトウ中佐は、苦々しく思った。
 上に立つものは、下のものを言葉だけでなく物腰でさえ安堵させる責任がある筈だった。でなければ、上に立つ資格などありはしない。
「通信手は、敵信及びルナ2からの指令を聞き漏らすな!」
 1通りの命令をし終え、ゴトウ中佐は、誰にも気が付かれないように、ノーマルスーツの中で小さく肩を上下させた。
 艦橋内は、平静さを取り戻しつつあるように見える。けれど、何かの拍子にその平静さが脆くも崩れ去ってしまう危うさもあった。そうならないためには、部下達にそう言った考えを持たせる時間を与えないようにせねばならない。
「速力第4戦速のまま、進路を1時へ!」
 綻びの見えたところに目を配り、破綻しないように常に注意を払っておかねばならなかった。
「アイ、サー!」
 急な進路変更指示にびくりとしながらも操舵手は、応答する。
「機関推力、情況知らせ!!」
「現在のところ異常なし!いつでも全力を絞れます!」
「よろしい!」
 機関異常なし、その返答に合わせて幾人かの安堵ため息が漏れ聞こえてきた。常に緊張させると同時に、どこかでは緩めてやることもまた大事だった。そう言った意味では、機関が正常であることは絶大な意味がある。
 そして、まさに、その点が『ベオグラード』を生還させつつあるのだ。主砲を2基撃破され、対空機銃座も4基が破壊され、くわえて右舷ブリッヂを全壊されて、それでもなおかつザクの攻撃を振り切れたのは、機関に重大なダメージを負わなかったからこそだった。
 もちろん、ボール隊が、最後の瞬間まで2機のザクに抵抗したことも大きい。結局は、撃破されてしまったけれど、2機のボールは、ザクに推進剤を無駄に消費させ、弾薬を浪費させた。その働きは、感謝してもしきれないほどだった。
 そして、その2機のザクの技量が拙劣だったことも大きかった。いや、とゴトウ中佐は、考え直した。それは、あくまで比較でしかなかったからだ。
 あの恐ろしいほどまでに的確な攻撃を繰り出してきたピンクのザクに比べれば、というだけだったからだ。あの2機のうちのどちらかが、ピンクのザクと同じ、いや、その半分ほどでも良い、それに相当する技量の持ち主だったなら『ベオグラード』の運命は、『チンタオ』の辿ったものとどれほども違わなかったことは確実だったろう。
 それほど、ピンクのザクが、行った一連の攻撃は、正確かつ無駄がなかった。
 たったの2連射で、ボール隊の指揮官、ホーワン少尉も含めた2機のボールを撃破し、鮮やかな機動でこの『ベオグラード』の水線下を潜り抜けたピンクのザクは、『ベオグラード』ではなく後方に位置した『チンタオ』を獲物として選んだ。『チンタオ』のモーフェイ中佐に油断があったとすれば、その点だったろう。先に攻撃を受けるのは『ベオグラード』に違いない、自分はその支援をすればいいのだと。
 ピンクのザクは、未だ2機を残したボールの砲撃と『ベオグラード』の対空火器によって苦戦しつつある2機の友軍機を支援することもなく『チンタオ』への攻撃を敢行した。いや、この判断は、正しくないかも知れない。何故なら、ピンクのザクは、ゴトウ中佐が考えもしないほどの短時間で『チンタオ』を仕留めてしまったからだ。結果、2機のザクは、『チンタオ』からの攻撃を気にしなくて済むようになったのだから。
 水線下を潜り抜けたピンクのザクは、あっという間にその機体を『チンタオ』の艦橋へ接近させた。そして、間髪を入れず、120ミリ砲弾を艦橋へと叩き込んだのだ。対空機銃座からの防御射撃を避けながらの芸当である。ピンクのザクは、執拗に120ミリ砲弾を『チンタオ』のブリッヂに送り込んだ。いかに、サラミス級の構造が従来艦に比べて強固であろうと数十発に及ぼうかという120ミリ砲弾を一時に叩き込まれることなどサラミスの設計技師も想定などしていなかった。たとえそれが、ザクの発射する低初速の120ミリ砲弾であってもだ。
 結果『チンタオ』は、あっという間に指揮能力を失った。
 次いでピンクのザクは、艦橋を失ってもなお抵抗をやめない機銃座1つ1つに120ミリ砲弾を叩き付けた。艦橋ほど強固に装甲化されていない機銃座にとって120ミリ砲弾の着弾は、死刑宣告と同じだった。『チンタオ』の上で閃光がきらめくたびに機銃座は、潰されていった。
 そして、『チンタオ』の下腹に潜り込んだピンクのザクは、弾倉を取り換えたマシンガンで『チンタオ』の機関部を狙い撃ったのだ。
 サラミス級の下腹は、多くの艦艇がそうであるように上面や側面に比較すると装甲厚が薄く出来ていた。連続する120ミリ砲弾の直撃に抗するには、その薄い装甲は不十分だった。
 最後まで善戦したボールをようやく撃破したザクの直接攻撃を浴びはじめた『ベオグラード』では、それをなす術もなく見守ることしか出来なかった。
 致命傷を与えたと確信したのだろう、ピンクのザクが『チンタオ』からの離脱機動をとった。『チンタオ』が、一瞬膨らみ光の洪水を溢れさせたのは、その直後だった。
 
「艦長・・・」
 副官の呼びかけが、ゴトウ中佐を現実に呼び戻した。
「本艦の死傷者の集計です」
 声のトーンを落として副官は手書きされた集計表をゴトウ中佐に手渡した。
 戦死29、負傷者11、行方不明5。そう記録されていた。空間戦闘での行方不明は、戦死と同意だったからこの戦闘で『ベオグラード』は、34名もの仲間を失ったことになる。ボールの搭乗員や、パブリク艇の搭乗員を含めれば、『チンタオ』を覗いてさえ60名近い戦死者を出した計算になる。貴重な巡洋艦を1隻、パブリク艇と戦時急造とは言えボールをそれぞれ4機失い、あまつさえこの『ベオグラード』も中破された。
「それと、暗号通信が入っています」
 ゴトウ中佐が、返した集計表を受け取りながら副官の少佐は、メモリカードを手渡した。
「さがっていい」
「はい、艦長」
 副官を遠ざけるとゴトウ中佐は、そのメモリカードを手元の端末に差し込んだ。予め指揮官にだけ知らされているコードを打ち込むと、端末には短い通信文が表示された。
『磨き上げられた宝石は、無事届いた』
 自嘲せざるをえなかった。
 これほどの損害を出してさえ、作戦は成功だったのだ。
 貴重な巡洋艦を1隻失い、多くの人命を無為に散らしてなお、この作戦は、ゴトウ中佐の指揮下の輸送艦隊においてだけではなく、作戦全体として成功だったのだ。
 何故なら、この戦いは、艦隊殲滅戦ではなく、輸送艦護衛戦だったからだ。その意味では、ゴトウ中佐の保護下にあった輸送船も無事に戦線を離脱し、ジオンの砲火に曝されることはなかったのだから、成功といえるだろう。ただし、かなり評価の低い成功ではあるが。
 しかし、とゴトウ中佐は心の中で自問した。
 自分達が、命を賭して守り通した輸送艦の中身がただの空のコンテナと知っても命を落とした兵達は納得するだろうか?この事実は、ゴトウ中佐以外の誰も艦隊内で知りはしなかったけれど、もし、彼等が知っていたなら、彼等はあれほどまで必死に命を賭して戦っただろうか?
 突き詰めれば、ゴトウ中佐自身の甘い判断、そして僅かな虚栄心によってこの損害はもたらされたかも知れないのだ。もちろん、すぐに離脱を謀ってもムサイに捕捉されていたかも知れない。けれど、振り切れた可能性もなくはないのだ。
 自身を更に責め立てそうになる自分を感情の奥底に押さえ込み、ゴトウ中佐は、メインスクリーンへと目をやった。『ベオグラード』は、まだ完全に安全を保証されたわけではないのだ。
 
「無傷のザクは2機だけ・・・」
 スミス中佐は、帰艦してきたザクのパイロットを艦橋に上げて呻くように言った。
 それを聞く6人のパイロット達は、一様にうなだれている。いや、サクラ少尉だけは違ったが、それでも、意気消沈しているのは明らかだ。
「申し訳ありません、わたしの隊が上手くやっていれば・・・」
 ゴドノフ少尉は、責任のかなりの部分を自分にあると思っている様子だった。無理もない、仮にも『ウンディーネ』モビルスーツ隊2個小隊の中で先任なのだから。1番、深刻な顔つきになっていた。
「仕方がありません、みなが無事帰還してくれただけでも・・・」
 4機を損傷させられ、うちリッチェンス曹長のザクは、廃棄せねばならないでしょうと整備班のコワロフスキー軍曹から聞かされている。つまり、帰艦してきた時点で『ウンディーネ』が運用できるザクは、2機しかなかったというわけだ。
 どのみち、推進剤の問題で追撃戦は、行えなかったのだが、出撃させたザクの半分以上を損傷させられるとは予想外の結果だった。巡洋艦を1隻沈めてはいたが、作戦目標が敵の輸送艦にあった以上、捕捉戦という意味では、失敗だったと評価されざるをえない。
 ザクが6機もあればという慢心があったのは否めない。スミス自身にも、そして、彼等にも。
 その結果が、思わぬ損害と作戦の失敗という形になって現れたのだ。
 しかし、最終的に悪いのは、パイロット達ではなく、自分なのだ。ザクさえ出撃させてしまえば些細な障害など問題ではなくなる、そういう慢心があった。明らかに、自分のミスであるとスミスは、心得ていた。自身の慢心が、知らず知らずのうちに部下たちにも伝染していった、そう考えるべきだった。
 しかし、艦長である以上、その尊厳は保たねばならなかった。
 それは、辛い作業であり、また避けて通れない作業だった。
「ゴドノフ少尉・・・」
「はっ!」
「サクラ少尉とともに戦闘報告書をまとめ、2時間以内に提出なさい」
「了解です、艦長!」
「他のものは、ザクの整備を手伝いなさい」
「はっ!」
 4人のパイロットが、ほぼ同時に返事を返す。
「下がって、よろしい」
 パイロットたちそれぞれに役目を言い渡すと、スミス中佐は、パイロットたちを下がらせた。グラナダへと艦首を巡らせてはいたが、グラナダに入港するにはまだ70時間あまりが必要だった。
 
「随分壊れちゃったわ・・・」
『ウンディーネ』のせまっ苦しい格納庫は、てんやわんやの状態になっていた。なにしろ、損傷したザクが、4機も一時に帰ってきたのだ。既にリッチェンス曹長のザクは、廃棄が決定していたが、使える部品や予備の備品になりそうな部分を遺棄する前に取り除く作業が急ピッチで進められている。
 そして、リッチェンスのザクの次に酷い損害を受けたのが、サクラ少尉のザクだった。
 サクラ少尉のザクは、左腕が完全に機能不全となり、頭部メインカメラもその機能を失っていた。推進剤タンクにもいくつかの漏れが確認されており、サラミスの対空砲座からの機関砲弾を何発かくらったゴドノフ少尉機やガルベス曹長機に比べてもその損傷度合いは、大きかった。
「少尉、そんなに気に病まんで下さい」
 オルトマンが、いかつい顔で珍しく落ち込んでいるサクラ少尉を気遣った。顔に似合わない所業と言われようとオルトマンにとっては、サクラ少尉の塞ぎ込んだ顔を見ることは辛いことなのだ。
「敵も狙ったわけじゃありませんぜ、あれは」
 リックマンも、恐る恐る運が悪かったのだということを言った。
 確かに、そうだった。敵は、狙ったのではなかった。それに、狙える情況ではなかったことも確かだった。
 なのに、被弾した。
 その原因は、明らかだった。
 自分の2隻目の戦果になるサラミスに致命傷を与えたことで慢心したのだ、一瞬。ゴドノフ少尉とガルベス曹長を窮地から救い出したという達成感もあった。
 急速に核エネルギーを開放しつつあるサラミスの爆発を盾にし、マシンガンの残弾を確認し、体勢を整えようとしたときにそれはやって来た。
 メインスクリーンから目を離したのは一瞬だった。いや、離しはしていない。意識を一瞬、残弾表示に向けただけのことだ。防眩フィルターが、掛かっていたせいでもあった。
 突如鳴り響いた接近警報に対応がほんの僅かに遅れたのは、接近してくるべきものがある筈がないと思い込んでいたせいでもあった。実際、誰が巡洋艦の機関の熱核爆発の中を通過して自分を窮地に陥れるものやって来るなどと想像することが出来るだろう。確かに、人が乗った兵器ではあり得なかった。放射線が渦巻く熱核爆発が収まりきらない中を潜り抜ける芸当が出来る兵器は、少なくとも連邦にはないのだから。
 それが、サラミスの左舷に残っていた対空ロケット弾だと気が付いたのは、自分だったからこそ可能だったとサクラ少尉は思う。僅かな開角をもって発射されたであろうサラミスのロケット弾は、次の瞬間、盛大に弾子をばらまいた。
 出来ることならシールドのある右側面でその攻撃を受けたかった。しかし、右側面を振り向けるためには、左側面を向けるよりコンマ何秒かではあれ、後れを取ることは必死だった。
 左腕でハッチのある胸部をかばい、対向面積を最小限にするための機動をとった瞬間、それは襲いかかってきた。
 ガガガッガンッ!
 この世の終わりかとも思える轟音が襲いかかり、さすがのサクラ少尉もコクピットの中で身体を縮めた。唯一、悲鳴をあげなかったのは、褒められて然るべきだろう。
 メインスクリーンの映像は、サブカメラからのものに移り変わり、コクピットは、ザクの機能異常を知らせる赤いランプの点滅と警告音に満たされた。次々にモニターに表示される機能異常を警告する文字の羅列のどれをとってもザクを戦場にとどめることを残念せねばならなかった。一瞬のうちに、弾子を飛び散らせたサラミスの対空ロケット弾によってサクラ少尉のザクは、全くもって不本意なことに戦線離脱を余儀なくされた。
 初陣で、連邦軍機の機銃掃射を受けて身がすくんで以来の屈辱の瞬間だった。
「あたしはね、アンタ達みたいに被弾慣れしてないのよ・・・」
 リックマンとオルトマンを背にして、サクラ少尉は、ぼそりといった。「今はね、1人にしておいて頂戴・・・」
 その声には、いつもの溌剌さは全くなかった。
「・・・分かりました、少尉、行きますよ?」
「ええ、そうして頂戴・・・」
 そう答えるサクラ少尉の背中でオルトマンが、肩を竦めて安心したような顔を見せたことには、サクラ少尉は気が付かなかった。もちろん、リックマンが、その肩を竦めたオルトマンを見て何度か首肯いたことも。
 2人の曹長は、長い付き合いから、サクラ少尉が知らず知らずに嫌みを言う間は、まだ大丈夫だということを知っていたのだ。そして、これ以上関わると痛い目に遭うことも。
「じゃ、少尉、失礼します」
 2人の大柄な曹長の気配が、キャットウォークの向こうに消えるのを感じ取ってからサクラ少尉は、その方向に顔を向けた。無重力の中で微かに切りそろえられ艶やかに手入れされたブラウンの髪が踊った。
 2人の曹長の姿が、完全に見えなくなっているのを見届けると、サクラ少尉は、視線を自分のザクへと再び戻した。
 格納庫のキャットウォークに取り付けられた申し訳程度の手摺に小さく華奢な顎を載せてサクラ少尉は、小さく溜め息をついた。
「こんなんじゃ、キシリア閣下に顔向けできやしない・・・」
 
「いやですよ、そ、そんなこと・・・」
 それほど広くないムサイ級巡洋艦の食堂の中でゴドノフは、さっきから2人の部下に頼みごとのような命令をしていた。
 テーブルには、あまり冷えていない瓶ビールが2本並んでいたが、中身は最初に注いだ分より減ってはいなかった。
「なんだ?お前!隊長の言うことが聞けないのか?」
 ゴドノフは、命令口調で言うが、その言葉にはいつもほど威厳がこもりもしていなかったし迫力にも欠けていた。
 最初は、リッチェンスの気を紛らわせるために集まった筈だったのだが、途中で、矛先が変わったのだ。
 もっとも、極く自然に話の矛先を変えたと思っているのは、ゴドノフ少尉だけで、2人の部下は、呆れ半分そのことに当然のように気が付いていた。
 あまりにも見え見えだったし、半分以上、いやもっと私的な命令だったから、2人は、端から聞くつもりもなく、適当にいなそうとしていたのだ。
「俺が言ってるんだから、行ってこい!命令だぞ!!」
 ついに、我慢しきれなくなったゴドノフは、バッと立ち上がると右腕をさっとドアの方へ伸ばして叫ぶように言った。
「少尉、無茶ですよ。少尉自身が行けばいいじゃないですか!」
 さすがに搭乗機を撃破されたリッチェンスは、何も言わなかったが、その分ガルベス曹長が、大げさな身振りも交えて反抗してきた。
「いやですよ!」
 ガルベス曹長は、最後にもう一度はっきり言った。
「リッチ・・・」
 ゴドノフが、顔をリッチェンスの方に向けて、何かを話しだすより先にリッチェンス曹長は、首を横に振っていた。
「くそったれ!なんて、頼みがいのない奴等なんだ!!」
 もうそれは、ほとんど子供の駄々のようだった。
「なんで少尉自身で行かないんです?仲が悪いわけじゃないんですから、少尉が行って自分で聞けばいいじゃないですか」
 ガルベス曹長は、もう全く頼まれるつもりはないらしく、席に腰を降ろしたままいった。ゴドノフ少尉からの頼まれ事よりも、リッチェンス曹長の酒の相手をするほうを選んだらしい。もともとそのつもりで食堂には来たのだ。
「どんな顔で行けばいいんだってんだ!」
「そんなの、聞かれても困ります!」
「役に立たない野郎どもだぜ、全くよぉ」
「ポーカーでも?って誘えばどうですか?」
「きっさまぁ!!そんなこと言えるわけ・・・」
 あまりにもそっけないガルベスに掴みかかろうとしたその時、食堂のドアが軽いモーター音とともに開いた。
 ドアを開けたのは、はなしの中の主人公その人だった。
「まあ、珍しいですね・・・3人が一緒なんて」
 小柄なサクラ少尉が、入ってこなかったらガルベス曹長は、ぶっ飛ばされていたはずだ。もっとも、理不尽な言い争いの上でのことだからぶっ飛ばされて終わりの訳がなく、きっとレクリエーションになっていたろう。
「お、おお・・少尉、珍しいって、小隊の仲間だ。一緒にいてもおかしくあるまい?」
 ゴドノフは、掴みかかろうとした体勢をどうやって元に戻そうか?と考えながら応えた。
「そうでした?少尉」
「あ、まあ、その・・・なんだ」
 言われてみれば、サクラ少尉が『ウンディーネ』にやって来てからこっち、ゴドノフは、大抵の自由時間をサクラ小隊の顔触れと過ごしていた。
「では、ゴドノフ少尉、自分達はこれで失礼いたします!」
 がたたっと椅子を引いて同時にリッチェンスとガルベス曹長が、立ち上がり、ガルベス曹長がわざとらしく敬礼をして立ち去ろうとした。
「お、おい・・・」
 2人きりにされたら・・・俺は、何も喋れなくなるじゃないかと言おうとして、ゴドノフは、言葉を飲み込んだ。
「リッチェンス曹長、ガルベス曹長」
 その危機を救ったのは、またしてもサクラ少尉だった。立ち上がって、席を外しかけた2人をサクラ少尉が呼び止めたのだ。
「はっ!何でしょう、少尉」
「どう?たまには4人で飲まない?」
 ウィンクで小首をかしげてサクラ少尉が言った。
「それとも、何か用事があるのかしら?」
「あ、ありませんが・・・なあ、リッツ」
「じゃあ、上官の命令よ、お酌しなさい!」
 にっこりと笑って優しい口調でサクラ少尉から言われて断れる兵士など、男であるかぎりいないに違いなかった。
「はっ!喜んで!」
「って、お前ら、なんで俺を差し引いて、オッケーしてるんだ!?」
 半分は、照れ隠しで怒鳴りながら、ゴドノフ少尉は、サクラ少尉がいつもとそれほど変わらない様子なのに安心した。
 艦内の情報通、ウェイ伍長、艦内のことなら3日先のメニューから艦長の下着の色まで知っているといわれている、から「サクラ少尉が、ど〜〜ンと、落ち込んでますよ」聞かされて、心配していたのだ。
 程なく運ばれてきたビールを、サクラ少尉の音頭で乾杯しながら、ゴドノフは、取りあえず、心配しなくてもいいのかな?と、今1つ釈然としないまま、思った。