The side story of 484 torpedo bombers
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「今日の少尉は、絶好調だな・・・」
 オルトマンは、撃墜され、後退機動に入ったザクのコクピットの中で続けられている模擬戦闘を眺めながらいった。
 それにしても、とオルトマンは、自分の機動を反省した。
 過日の輸送艦隊捕捉戦で少尉が、落ち込んでいるかもしれないと考え、必要以上に前へ出過ぎたのだ。少尉の叱咤が飛んだ時には遅かった。オルトマンは、規定より厳しく設定された被害判定、直撃3発、をゴドノフ少尉から送り込まれて、撃墜されたのだ。通常なら大破で戦場に残れるところだったが、今日はそれで全てがお終いだった。自分で予測したよりも早いゴドノフ少尉の接近機動と上下動を組みあわせた左展開機動に惑わされたのだ。もちろん、ゴドノフ少尉が、単機であればそれだけのことで撃墜されたりはしなかったが、ゴドノフ小隊は、ゴドノフ少尉の機動を巧く活かした牽制射撃をオルトマンに向けてきたのだ。
「バカ野郎!」
 サクラ少尉からの本気の叱咤に首を竦めながらもオルトマンは、訓練空域から後退せねばならなかった。
 その後退機動の途中、僅か3分にも満たなかったけれど、モニターに捕捉されたサクラ少尉の機動は、全く持って感嘆すべきものだった。その少尉にぴたりと追随するリックマンも大したものだ。
 それに比べて自分は・・・、まだまだ少尉のことを信じきれていない、これは多いに反省すべき点であると同時に、自分の技量が、まだまだ小隊長クラスの歴戦のパイロットには及んでいないことの証拠だった。
「飾り棒は、伊達じゃないってことか・・・」
『ウンディーネ』へ収容されるためにザクの機体を巡らし、訓練空域が見えなくなるまでに、ゴドノフ小隊は、2機を撃墜され、どうやら勝負はあったようだった。
 
「ったく!あれが一昨日まで落ち込んで奴の操縦かよっ!」
 ゴドノフは、120ミリマシンガンの射弾を前方にばらまきながら機体を上昇させた。リッチェンスとガルベスは、サクラ少尉のたった3斉射でリタイアをさせられていた。
 そして、ゴドノフが、図らずも口走ったように、モビルスーツの操縦というものは、一般に思われているよりもずっとパイロットのメンタルな部分に影響される。そして、それがサクラ少尉にも当てはまるならば、今日の模擬戦闘の勝利は、ゴドノフ小隊にあるはずだった。
 しかし、現実には、ゴドノフに思わず愚痴らせるほど、サクラ少尉の操縦の切れと射撃のセンスはいささかも曇ってはいなかった。
 この日の被害判定がいつもより厳しく、またサクラ少尉の射撃センスを十分に理解しているつもりであっても舌を巻かざるをえなかった。あっけなく撃墜されたとはいえ、2人の部下は3つの作戦を生き抜いているのだ。昨日今日のひよっことは違うのだ。
 それに、ゴドノフ自身もシールドに2発、機体に1発をくらっていた。今日の厳しい被害判定から行くと、もう1撃か2撃くらったらアウトになる。
 それに較べて、こちらの得点は、出だしに飛び出してきたオルトマン機をラッキー・シュートで撃墜しただけだ。リックマン機には、1発ぐらい被弾判定を与えたかも知れないが、前面に出てきてゴドノフ小隊を終始圧倒し続けるサクラ機には、まだ1発も命中弾を与えていない。いや、それどころか、掠めてさえいないだろう。
 ばらまいた120ミリ弾のうちの1発が、偶然にリックマン機を捉えたようだ。一瞬、リックマン機の機動が遅れ、サクラ機を支援できる位置からはずれた。
「見ていろ!」
 ゴドノフは、残った120ミリ弾を全てサクラ機に向けて放ち、同時にザクを全力で前進させた。回避でバランスを崩したところへ接近し、ヒートホークで止めを刺すつもりだった。リックマン機が、体勢を整えて相互支援できるようになってから加えられるサクラ機の射撃を躱せる自信はなかったからだ。
 しかし、前進機動のためにメインスラスターを全開させた瞬間、ゴドノフは、負けを悟った。
 サクラ機は、ゴドノフの牽制射撃をバランスを崩すことなく回避して見せたのだ。しかも、機体を正面に向けたままだった。構えられたマシンガンが火を吹けばゴドノフ機は、撃墜判定を免れない。
「!?」
 しかし、サクラ機のマシンガンは、火を吹くことはなかった。
 いったん右へ振られたマシンガンは、ザクの右腕が戻る機動と一緒にサクラ機の左側の空間へと投げ捨てられた。そして、マシンガンを投げ捨てた右腕が元の位置に戻ったときには、サクラ機のザクもヒートホークを構えていた。
「なめやがってぇっ!」
 その瞬間、ゴドノフは、本気でサクラ機を撃墜してやる!と考えた。
 サクラ機の小刻みな機動に合わせつつゴドノフも進路を微調整し、距離を詰め、左腕でサクラ機に掴み掛りつつ、ゴドノフは、大きく振り上げていた右腕を振り降ろした。
 しかし、必殺のはずの一撃は、空を切った。ヒートホークが食い込むことを前提にしていたゴドノフのザクは、大きく体勢を崩した。
 フラッシュのような光を残して、モニターから、サクラ機が掻き消えたのだ。
「どこだ!」
 誰も応えはしなかったが、自分がどうなったのかだけは分かった。
 撃墜されたのだ。
 モニターが、赤く点滅し、撃破されたことを文字と光で知らせていた。
『メインスラスターに大ダメージ、撃破』
 同じ文字が何度も明滅する中、ゴドノフは、何故自分のザクが、後方から攻撃されることになったのかを理解できていなかった。
 
「さくら小隊の勝ちですね・・・」
『ウンディーネ』の艦橋で模擬戦闘を眺めていた副官が、戦闘の終了を見ていった。確かに、さくら小隊の勝利だったが、勝ちというようなものではなかった。圧勝と呼ぶべき闘いだった。
 接触から交戦の終了まで3分あまり、ザクが3機撃墜されるにはあまりに短い時間といえた。ベテランとひよっこの戦闘でももう少しマシなのではないか?と思える。しかし、その一方でスミス艦長は、ゴドノフ小隊が何か特別なへまを犯したわけではないことも知っていた。サクラ小隊が、いや、サクラ少尉の機動が鮮やかにすぎるのだ。
「グワジン、第3戦闘ライン上から左翼へ移動します・・・」
 オペレーターが、この模擬戦闘中、ずっと停船し、模擬戦闘のデータを収集していたらしいグワジンが動き出したことを報告した。
「グラナダへ帰還するようです・・・」
 グワジン、グワジン級戦艦のネーム・シップであり、ジオンの兵士なら誰もが知っているキシリア少将の座乗艦だ。グワジンは、キシリアの座乗なしに港を出ることはないとされている。そのグワジンが、月の完全制空権下であるとはいえ、随伴艦もなしにこの演習空域に現れたのはなぜか?スミス中佐は、オペレーターの報告を聞きながら考えた。
 新型モビルスーツを導入した模擬戦闘ならば、理解できないこともない。それでも、1哨戒艦の小隊同志の模擬戦闘訓練である。ジオン軍最強のグラナダ戦闘団の総指揮官であり、地球侵攻の総指揮をも実質的に執り行っている人間が、興味を持ちそうなところは皆無といえる。
 あるいは、偶然にこの空域を通りかかり、たまたま始まった模擬戦闘訓練に見入ったのかもしれない。
 しかし、偶然ではあるまい、そうは思えても何故なのかまでは思いが至らない。
「ザクが、帰還します6分後に接触」
 思考を遮るようにオペレーターが続けて報告してくる。
 そして、まさか?と思いが至った。
 キシリア少将は、サクラ少尉を見たかったのではないか?と。
 1つの軍を指揮下に置くものが、1士官の模擬戦闘を視察するなどありえない話だった。あの大乱闘の日、キシリア少将が直々に厳罰を与えぬようにスミスに命じたことがなければ、そんな考えは、すぐに頭の中から払拭されただろう。
 けれど、それがどうしてなのかスミスには分からなかった。確かに、サクラ少尉が腕の良いパイロットだというのは分かる。しかし『ウンディーネ』に配属されて以降の戦果は、それほど大きいものではない。確かに、サラミスを1隻沈めたことは感嘆すべきことだったが、同時に、被弾してもいる。スミスの知っているいわゆるエースパイロットたちからそれほど傑出しているようには、今迄は感じなかった。
「少佐、モビルスーツ隊の戦闘報告を艦長室に回しておいて頂戴。モビルスーツを収容後本艦はただちに帰還します、良いわね?」
 今迄、それほど真剣に目を通してこなかった戦闘詳報に、その何かが隠されているのかもしれない、そう考えたスミスは、副官に命じた。
 副官は、やや怪訝そうな顔をして見せたが、すぐに返事をした。
「アイ!艦長!」
 訓練を支援するためにだけ出港してきた『ウンディーネ』は、ザクを収容してしまえばグラナダに帰還すればいいだけのことだった。副官に任せてしまってもなんの問題もない。帰還するまでには1時間あまり、その間に、これまでの戦闘詳報にじっくりと目を通せば、何か見落としていたことに気が付くかもしれない、そうスミスは考えたのだ。
 気が付いたからどうなのだと言われてしまえばそれまでだったが、自分の知らない何かが、進行しているのはどうにも我慢できなかった。
「お願いね」
 そう言うとスミスは、マントを翻し、足早に艦橋を後にした。
 
「ザクにこんな芸当が出来るとは驚きだ・・・」
 自分が撃墜されるシーンをビデオで見ながらゴドノフは、肩を竦めた。
 ゴドノフ機をギリギリまで引き寄せたサクラ機は、いったん下へと沈み、180度振り返りながら上昇し、勢い余ってバランスを崩したゴドノフ機の後方へと躍り出て、ヒートホークを振り降ろしたのだ。ビデオで見ても鮮やかな機動は、実際の戦場では、下へ沈むときのバーニヤフラッシュが、一時的とは言えザクのモニターを射ることによってより一層の効果を上げたのだ。
「これじゃ、俺の隊は、あっという間に全滅というのも無理ない」
 後ろに控えた2人の部下を振り返ってからゴドノフは自嘲気味にいった。
 1度は、小隊間の模擬戦闘をやらせてくれとスミス艦長に願い出たのは、ゴドノフだったが、これほどまで実力が隔絶しているとは思わなかったのも事実だ。さすがに、サラミスとの戦闘やボールを狙撃して見せた腕前を直接見せられていたから、楽に勝てる模擬戦闘になるなどとは思ってはいなかったが、互いのチームのコンビネーション次第ではそこそこいい勝負になるのではないか?と、ゴドノフは考えていたのだ。
 それに、サクラ少尉の心理状態を知ってもいた。
「かなりのGが掛かりますけど、対モビルスーツ戦闘では有効ですよ」
 サクラ少尉は、にこやかに笑っていった。
 確かにそうだろう、直進しているザクを強制的に90度近く進行方向を下に向けるのだから。そして、腕を振って180度振り向け、上昇するのだ。素人なら一発で失神する機動だ。どんなザク・パイロットも想像しない機動に違いない。
「腕を振るタイミングさえ掴めばそう難しい機動ではありませんよ」
 サクラ少尉は、あっさりといってのけるけれど容易でないのは明らかだった。ビデオで見れるだけでも腕以外に脚も巧みに動き、機体各所の姿勢制御バーニアも小刻みに噴射させている。やれといわれて出来る芸当ではない。
(完敗だな・・・)
 ゴドノフは、口には出さずに思った。
「こんな機動、どこでならったんだ?」
 ゴドノフとて、開戦時からのザク乗りだ。けれど、こんな機動をならった覚えは全くなかった。
「習いませんよ、自己流です」
 これには、一同絶句せざるをえなかった。
 下手をすればザクをも壊しかねず、自分自身も痛めつける機動を自己流で身に付けたというのだから。
「おいおい、ほんとか?じゃあ、お前らも出来るのか?」
 ちゃかしながらゴドノフはいったが、目まで笑っていたかは自信がなかった。こんな自殺行為1歩手前の機動を自己流で身に付けたなどとにわかには信じられなかったが、サクラ少尉ならあり得ないことではないと思えた。
「いえ、自分たちは・・・」
 リックマン曹長が、肩を軽く竦めて出来ないことを示した。
「小隊機動訓練で叩き込んではいるんですけど、この2人は覚えが悪くって・・・、後、十分な時間がとれないせいでもあるんですけど」
 サクラ少尉は、少し残念そうにいう。
 訓練時間が十分にとれない、それは、ジオン軍全体としての問題だった。もっとも、訓練時間が多少増えたからといってこの機動を会得できるとは思えなかった。
 訓練で会得できるかどうかは、別にして、実際問題として特に実機を使っての空間機動訓練は、実施自体が難しくなっていた。戦線が、急速に拡大し、在宇宙軍の作戦回数が増加したためだ。そのほとんどが、敵を叩くものではなく、地上へ展開した部隊のための補給船団を守るためだった。
 地球侵攻軍が消費する物資の量は生半可なものではなく、それを地上へ送り込むためには、大量の輸送船とそれを護衛する艦隊が必要だった。本国は、制宙権を確保していると喧伝しているがそれは、大いに間違いだった。ルナ2から出撃してくる連邦軍の艦隊は、現に補給部隊を常に脅かしている。
 また、急速に拡大した地球の占領地域で工業品の生産がジオンのために開始されているというのも嘘だ。もちろん、全く生産されていないわけではなかったが、生産されていてもそれらの大半は、日常消耗品であり、軍需品などではなかった。
 現実問題としてジオンが、主力とするモビルスーツ・ザクや、それが消費する軍需物資を中心としたジオン製兵器は、本国以外では生産されてはいない。それらの規格は、ジオン軍独自のものだったし、ザクの生産を可能にするような機械や治具は、地球上のどこにも揃えられていなかった。
 考えてもみればいい、ザクを見たこともない人々に、さあ作ってくれ、といって作れるだろうか?簡単な工芸品ならいざ知らず、ザクは、最先端の技術を使った精密な工業品なのだ。しかも、現在は戦時であり、破壊された制圧地域でザクが量産されるなどということは、今後少なくとも1年はあり得ないだろう。
 早い話、ジオン製の武器を使うかぎり、小銃弾1発にしてもジオン本国から運んでこなければならなかった。
 そう言った状況が、厳然として横たわっているにも関わらず無秩序に占領軍を送り込み続けた結果、地上軍を賄うために必要とされる補給船団の規模は、ジオン軍首脳部が考えていた規模を遥かに越えるものになった。そして、その補給船団とそれを護衛する護衛艦隊の消費する推進剤の量は、ジオンが備蓄していた戦争消費財としての推進剤を瞬く間に枯渇させ、増産されているにも関わらず、需要を十分に満たすにはほど遠かった。
「そりゃお互い様だ。先月くらいから、訓練の大半を機械でやれと通達されてるんだ、今日の訓練が通ったのが不思議なくらいだ」
 ゴドノフも、それには閉口させられていた。
 シミュレーション訓練は、全くの無意味ではなかったが、しょせんは機械相手でしかない。確かに、ザクは、量産工業品であり、規格品だったが、実際には1機1機のクセがあった。ペダルの踏み応えや、トリガーの感触、モニターの輝度から通話装置の感度まで、それらが微妙に違うのだ。だからこそ、実機を使った訓練に意味があり、実戦指揮官はそれを所望するのだ。それが、部下を死なせないために必要にして欠かせないからだ。
 パイロットを本当に鍛えるのは実機訓練以外にあり得ない、実戦指揮官ならだれしもが同意する事実だった。
 にもかかわらず、実機を使った訓練は、開戦から半年が経とうとしている現在、厳しく制限されている。
「せめて、週間10時間訓練できれば、この2人にもマスターさせられるんですけど・・・」
 サクラ少尉が、口惜しそうにいう後ろで2人の曹長が顔を見合わせている。
 そりゃあ、そうだろう。ちょっとやそっとの訓練では、あの機動のまねは出来そうにない。
「機械じゃ出来ないのか?」
 機械であの機動のちょっとしたコツでも掴めれば、と思ったのだ。
「シミュレーターであれをやると・・・エラーが出ちゃうんですよ・・・」
 サクラ少尉は、少し残念そうにいう。
「なんだ?エラーって?」
 シミュレーターが、エラーを起こすなどというのは初めて聞く話だった。もっとも、ゴドノフに関していえば、シミュレーターは、実にならないという口実でそれほど真剣に取り組んでこなかったせいでもあるのだろうが。それにしても、シミュレーターがエラーを起こすなどとは初耳だった。
「エラー、つまり機械が想定してない動きらしくってフリーズしちゃうんですよ・・・」
「・・・」
 機械でさえフリーズさせる機動をこの小さな体の少尉がやっているのかと思うとゴドノフは絶句せずにいられなかった。
「で、2人は、フリーズさせたことは?」
「ありません」
「ないです」
 2人の曹長は、憮然といった。
「教えてるんだけどね、体の大きさのせいか、できないのよね・・・」
 そういってサクラ少尉は、後ろの2人の部下を振り返った。
「少尉、教えましょうか?」
「いや、遠慮しとくよ、あの機械をフリーズさせるなんて一生掛かってもできそうにないからな」
「そんなもんですか?」
 どうやらサクラ少尉にとってあの機動は、別段大したことではないらしい。けろっとした表情で首を傾げる。
「そんなもんだ」
 不思議そうにいうサクラ少尉に、ゴドノフ少尉は、ぴしゃりといった。少し不満げな顔をしたサクラ少尉にゴドノフは続けていった。
「続きは、飲みながらってのはどうだい?」
 ゴドノフは、ぎこちないウィンクをして見せる。
 これ以上サクラ少尉の話を素面で聞いていると気が滅入ってしまいそうだったからだ。もちろん、ゴドノフにだってそれなりの自信というものもあったし、ザクの操縦に関しては一家言持っている。けれど、そんなものはサクラ少尉の機動を見た後では色褪せてしまっていた。
「異議なし!!」
 サクラ少尉が、元気よく答え、戦技研究は、食堂へと引き継がれることになった。もちろん、サクラ少尉が異議なしと言っている以上、サクラ少尉の2人の部下に否はない。
 もっとも、戦技研究がどれだけ続くかは怪しいものだったけれど。