The side story of 484 torpedo bombers
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 この小説は、機動戦士ガンダム、および、一定の水準の軍事知識があることを前提に書かれています。
機動戦士ガンダム本編とは直接関係ありません、全くの別物として軽い気持ちでお楽しみ下さい。

「旗艦より信号!回頭左170度!速力40!、です」
「よろしい!回頭左170!速力40!!」
 ゴトウ中佐は、通信手からの伝達を聞き、間髪を入れずに下命した。
「アイ!サー。回頭左170、速力40に増速します!」
 操舵手が、小気味の良い返事を返し、勢い良く舵輪を回す。宇宙世紀の戦闘艦に舵輪とはいかにも時代錯誤であったけれど、宇宙船の操縦が、感覚的に行えるという点で非情に合理的なのも事実だった。
 もちろん、舵などは装備されていないが、早く回せば急速回頭が可能だったし、ゆっくり回せば緩操作も可能だった。
 地球の船と大きく異なるところがあるとすれば、サラミスの舵輪は、押したり引いたりすることも出来るというところだろう。この操作によってサラミスは上昇や下降操船も可能になっている。
「続けて、信号!ベオグラードは、後尾につけ!です」
「ふん!」
 面白くない命令だった。後尾につけということは、一番危険にさらされやすいということだ。けれど、予想していなくもなかった。軍隊では、良くあることだからだ。一番なじみの浅い部隊や艦を危険にさらすということは。「返電せよ!ベオグラード、了解せり!我、艦隊後尾に速やかに占位せん!」
 ゴトウ中佐は、旗艦の艦長を全く持って愚かな艦長だと思う。敵艦隊らしきものを第3戦闘ライン上ギリギリで発見したというのに発光信号を送って寄越すなどと。さすがは、退役将校だと思い、苦笑いを漏らした。
 もっとも、その考えの半分以上が間違いであることまでゴトウ中佐は、考えを及ばせていない。旗艦に座乗する指揮官が、敢えて発光信号を打たせたなどということに思いが至ってはいないのだ。
 それは、ゴトウ中佐の、能力が不足しているということとは少し違っている。何故なら、ゴトウ中佐は、あくまで1巡洋艦の艦長であり、今度の哨戒任務に持たされた意味の全てを知らされているわけではなかったからだ。
「アイ!サー!!」
 通信士が、緊張感を隠さない返事を返し、返電を始める。
「旗艦より、モビルスーツ発進します!!旗艦より入電!援護射撃、真方位174度、上下角13度、撃ち方用意!です」
 オペレーターの言にゴトウ中佐は、ブリッヂの厚い対衝撃防弾ガラス越しに旗艦であり、モビルスーツ母艦でもあるナイルの方を眺めた。
 オペレーターの言うように、ナイルは、その搭載モビルスーツを順次発進させつつあった。
 飛行甲板から・・・モビルスーツ甲板とでも言い換えるのだろうか?そんな思いを過らせながら、ゴトウ中佐は、次々と発進して行くモビルスーツを見やった。
 発進は、あっという間に終わる。
 なにしろ、ナイルの搭載しているモビルスーツの数は、予備機を入れてさえ、ようやく10機を数えるに過ぎないからだ。3分と掛からなかった。これが、往時のミシシッピ級のままであれば、50を越す艦載機を発進させたはずのナイルが、搭載している全てだった。
 それでも、連邦軍が、敵艦隊を捕捉し、モビルスーツを出撃させていることの意味は大きい。
「援護射撃、撃ち方容易!旗艦より命令あるまで、そのまま!」
「アイ!サー!!」
 これも、馬鹿馬鹿しい命令だと思いながらゴトウ中佐は、命じた。
 敵は、第3戦闘ラインのむこうなのだ。メガ・ビームは、届きはしても命中など期しがたい。いや、まぐれででも命中などすまい。敵の巡洋艦を一撃の下に轟沈させるだけの砲撃力を持つ巡洋艦が3隻もいて、やることと言ったら、味方のモビルスーツ隊を支援するための援護射撃でしかないのだから。
 今、艦隊の右翼で合同、編隊を組みつつある連邦軍の量産型モビルスーツの1機1機が巡洋艦に匹敵するほどの火力を有すると聞かされていても、その思いは、変わらなかった。
 ゴトウ中佐は、自分の目で見たものしか信用しないことを一応のモットーにしていたからだ。
(お偉方が言うような、働きを見せて欲しいもんだな・・・)
 合同を終えたモビルスーツ隊が、急加速して敵艦隊方位へ進撃を始めるのを見やりながらゴトウ中佐は、小さく呟いた。
 
(こんなに、激しい砲撃の応酬は、何ヶ月ぶりかしら・・・)
 宇宙では至近と表現されてよい空間で交あわせられているメガ・ビーム砲戦をメインスクリーンの端に捉え、サクラ少尉は、思った。
 2隻のムサイが、フル斉射で発射する黄色いメガ・ビームと連邦軍のおそらくはサラミス級から放たれてくるピンクのメガ・ビームの応酬は、自分たちを狙っているのではないと分かっていてもなお圧倒的だった。これほど激しい砲戦は、ひょっとするとルウム以来かもしれないと、思う。いや、艦隊規模から考えるのならば、そんなことはあり得なかったが、双方の間断のないフル斉射が、そう感じさせるのだろう。
 艦隊規模、それも連合艦隊規模の艦隊砲戦ともなると、かえって砲撃密度は、疎らになるものだ。
 たかだか合計しても4、5隻の巡洋艦同士の砲撃戦と言えども、密度が濃ければ、新兵が、怯えてしまうというのもなるほど首肯ける迫力になるというのは本当らしい。なにしろ、掠めでもすればザクなど一瞬で原子にまで分解されてしまう威力を秘めているというのも事実なのだ。それほど、艦艇の放って来るメガビームの威力は凄い。しかし、幸いなことに艦艇のメガビーム砲は、ザクのような機動兵器を捕捉できるように設計などされていない。
 だからだ、ザクが、主力兵器たりえているのは。
 けれど、今日の戦闘は、いつものように行かないこともサクラ少尉は既に承知していた。
 連邦軍は、発光信号を迂闊にも発信しながら、驚いたことにモビルスーツを発進させたからだ。
 その数は、8機、味方の9機に較べれば、1機少ないとはいえ、全く未知の機体と砲火を交あわすのだから、気を引き締めずにはいられなかった。
「ステップ・バイ・ステップフォーメーション!」
 指揮官機が、対モビルスーツ戦闘を意識して組み立てられた隊形を指示してくる。小隊ごとに横列になり進行方向に対して側面から見ると段状に見えるからそう呼ばれる。小隊間の間隔は、おおよそ500メートル。第1列の小隊が交戦を始めるとその上段から第2列が、さらに第3列がその上段から敵の上方空域を抑えるかたちで覆いかぶさっていく戦闘方法だった。上下感覚のない宇宙空間であっても、相対的に頭を抑えられるということは、敵に対し圧迫されているという感覚を持たせる。
 そして、ザクは、全てが第1種装備で出撃をしていた。
 もちろん、その意味は、小型動目標を攻撃するためである。
 敵の艦隊運動とそれぞれの艦が発生させる熱放出パターンから、連邦軍艦隊が空母を伴うことが、早期に分かったための装備だった。
 空母を伴う以上、連邦軍は、艦載機を発進させて、抗戦してくるだろうと見込まれたからだ。ザクが、いかに連邦軍の主力艦載機のセイバー・フィッシュに対して優位であっても2種装備では、迎撃しがたいからだ。
 空母の搭載する多数のセイバーに対する阻止戦と予測されたが、それが間違いだと、編隊を組んでまもなく分かった。
 雲霞のごとく発進させてくるはずの連邦軍の空母が吐き出した艦載機の数は、たったの8機でしかなかったからだ。そして、その艦載機の機動は、空間戦闘機のそれとは明らかに異なった。その機動は、連邦軍が装備しているはずのないモビルスーツそのものだったからだ。
 おかげで、9機のザクは、対空散弾を装備した弾倉を1個破棄せねばならなかった。
 対空散弾が、連邦軍のモビルスーツに対して無効かどうかは定かではなかったが、連邦軍にモビルスーツが配備されたという前提で行われてきた模擬戦闘訓練において、敵のモビルスーツと接触したときには、徹甲榴弾をもって迎撃すると決められていたからだ。
 測御儀で計測されつつある敵との相対距離は、急速に小さな値になりつつあった。既に、20を切っていた。目前に迫った回避しようもない敵との交戦を控え、サクラ少尉の緊張は、極限に達しつつあった。未知の敵と交戦するのだ、どれほど自分の技量に自信があっても、緊張せずにいるということは、人間の心理として不可能だった。
 それに、ザクが装備する各種のデータ収拾機器から得られるデータも、サクラ少尉の緊張を高めずには、おかなかった。
 その原因は、いくつかあったけれど、最大のものは、敵が、ザクよりも優速であるらしいことだった。もちろん、計測できるデータ上であれば、推進剤の燃焼のさせ方次第で見掛け上の速度を上げることは可能だった。ザクにだって、出せない速度ではない。しかし、交戦前であることを考慮するならば、搭載推進剤の量に限りがある以上、接敵に消費できる推進剤の量も自ずと限られる。
 接敵に消費する分、交戦、後退、そして予備残量、それぞれのにどの程度振り分けるのかが、ある意味パイロットの腕前とも相関してくる。単機であれば、その自由度は大きいが(それでもザクの総搭載量を考えるならば限界はある)今回のような編隊機動をとっている場合、機体性能そのものによる差が出やすい。
 もしも、サクラ少尉が、憂慮するように敵の速度性能が、ザクを上回っているなら、それに対応するには推進剤を余分に燃焼させなければならず、それはザクの交戦時間が限定されることに繋がる。
 そして、それは現実の問題だと言える。
 想定接触空域は、双方の艦隊の中間地点ではなく、それよりもずっとジオン艦隊よりであったからだ。
(あの指揮官、それが分かってるのかしら・・・)
 モニタの中で先頭を切る指揮官機を見つめ、サクラ少尉は、呟いた。この戦闘は、敵を甘く見ると酷いことになりそうな予感がしていた。
 
 殿から、敵に接近するということは、ゴドノフの性格上好ましいことではなかったが、その性格をもってしてなお殿を務めているのは、それ以上にゴドノフが、現実主義者だったからだ。
 アクメル・モビルスーツ小隊が、先陣を切るのは、彼等が旗艦のモビルスーツ隊だから仕方がないにしても、本来なら小隊ごとの横列の2番目に位置しているのが普通だった。
 だから、サクラ少尉に対してゴドノフが「第2列に位置せよ!」と命じたとき、サクラ少尉も驚いたかもしれなかったが、ゴドノフ小隊のパイロットが、一番驚いたに違いない。そんな消極的な命令、少なくともゴドノフ小隊にとってみれば、をゴドノフが今迄にしたことなど一度もなかったからだ。
 殿の横列に位置するということは、先陣のアクメル小隊から見るならば1000メートルも後方に位置することになり、その中心任務が支援以外の何ものでもないことは明らかだった。
 その位置に甘んじるということなど、ゴドノフ小隊に限って言えば開戦以来なかったからだ。
(ま、個人競技ではないからな・・・)
 ゴドノフは、メインスクリーンに映し出された6機のザクの後ろ姿を見ながら言い聞かせた。
 もちろん、気持ち的には、自分が最前列にいるべきだと思う。アクメル小隊の指揮官、アキュア中尉が、最先任であることを割り引いてもだ。軍が、組織である点を考慮して初めて第2列であることに甘んじる。けれど、今回は、殿を敢えて受け持った。
 何故なら、戦闘は勝たねば意味がなく、そうするには、グラナダでの模擬戦闘の結果を少しでも考慮するなら、自分の小隊が殿を務めるのが、最適だと思えたからだ。
 初めて、敵のモビルスーツと本物のモビルスーツ戦闘をするのだという興奮は、もちろんある。そして、戦果を挙げたいという欲望もだ。しかし、それは個人として発露させるべきで、小隊指揮官として発露させるわけには行かなかった。
(俺も、指揮官らしくなったもんだぜ・・・)
 以前なら、頭のどこかでは理解はしていてもこんな行動をとるという考えすら持たなかったはずだ。
(人は人に啓発されるって言うのは・・・ほんとだな・・・)
 ふと、相対距離計に目をやる。
 20キロを切ったところだった。
 まだまだ、交戦距離には到達していない。それに、交戦状態に突入するのは、自分の小隊が最後なのだ。
(1機ぐらい獲物が残ってて欲しいもんだぜ)
 少しばかり、殿に付いたことを今さらながらに後悔しつつもゴドノフは、前方状況に注意を集中した。
 
 アキュア中尉は、勇んでいた。
 あまりにも、消極的な哨戒活動しかしなかった艦長にしびれを切らしてもいたし、敵が、モビルスーツであるということも気持ちをはやらせている。
 艦長が、消極的だからと言って、その所属モビルスーツ隊のパイロットまでが、消極的ではないことの現れだった。
 自分にも、チャンスが回ってきたという思いが、初めて敵のモビルスーツと交戦するのだという不安よりもずっと大きかった。もとより、にわかに戦場に投入されてきた連邦製のモビルスーツにザクが劣るはずがないという思いもある。何よりも、自分は、戦闘経験を十分に積んだベテランパイロットなのだという自負もある。
 つまり、アキュア中尉は、良い意味でも悪い意味でもこの時期の典型的なジオン軍もビルスーツパイロットだった。
 夏以降、時折あげられてくる連邦軍もビルスーツとの交戦報告もろくに目を通してもいなかった。その報告書のいくつかが、糊塗された内容であってなお、連邦軍のモビルスーツの戦闘に注意を払わねばならないということの注意を喚起していたにも関わらずだ。
 気持ちがはやるばかりに、サクラ少尉のように敵が優速であるということに気が付いてもいなかったし、ゴドノフ小隊のように僅かではあるが接敵の時間差があるわけでもないアキュア小隊にとってそのことは、悪い材料だった。
 にも関わらず、アキュア小隊の各機は、誰もそのことに気がついいていなかった。
「小隊各機!交戦距離まで1分20秒・・・」
 相対速度が互いにプラスのためにモニタに表示される相対距離は、ぐんぐん小さくなっていた。モニタには、既に8機がプロットされている。そのうちの1機を画面の右上で最大表示させ、アキュア中尉は、その機体の特徴を探ろうとした。
 大袈裟なシールドを持ったその連邦製のモビルスーツは、お世辞にも、強そうとは言えなかった。のっぺりとした頭部にカメラがおさめてあるのだろうエレカのフロントグラスのようなものが埋め込まれている。ザクと較べると明らかにホッソリとしており、貧弱そうだった。ただ、大振りのライフル様の火器を装備している点だけが、気掛かりだったが、それとて、ザクが装備する120ミリマシンガンと大差ないはずだった。兵器というものは、それほど大きな性能差を持つものではないからだ。
 問題は、敵が8機という数を揃えてきたという点だった。
 無傷では、済むまい、と思う。
 いかにザクが優れており、パイロットもベテラン揃いだといっても、連邦は、そのザクに対抗させるために、あの貧弱そうなモビルスーツを投入してきたに違いないからだ。だとすれば、一撃とはいかないにしろ、敵のモビルスーツは、ザクを撃破できる性能を有していると考えるべきだった。
 それに、どんな戦闘でもザクが、全くの完勝で終わるということが少なくなってきている現在、ザクに対抗させようとして送り込まれてきた戦力と交戦して無傷で済むはずがない。
 問題は、その損害をいかに低く抑えるかだ。
 でなければ、連邦軍モビルスーツ隊を撃破した後の艦隊追撃戦に支障を来してしまう。敵艦隊の追撃戦を完璧にこなすためには、このモビルスーツ戦闘での損害を損傷機を含めても3機以内に抑える必要性があった。
「各機、功を焦った無理な戦闘をするな!いつもどおりにやれば勝てる相手だ!」
 アキュア中尉は、僚機がはやらないように注意を喚起させた。
 相対距離計は10キロを切ろうとしていた。
「接触まで30秒!!」
 
「撃ち方止め!」
 スミス中佐は、アクメルからの射撃中止の入電を聞くと同時に命じた。
 ムサイの主砲の性能限界まで速射させたにも関わらず、敵に与えた被害は、皆無だった。もちろん、味方にも被害は出ていない。
 殆ど同時に、右舷方向から殺到してきていた連邦軍が放ってきていたメガビームの嵐も途切れる。
 モビルスーツ同士の乱戦が始まろうとしているからだ。モビルスーツ同士の空間戦闘は、時としてその直径が100キロ以上にも及ぶことが、幾度かの模擬戦闘から得られたデータで知られているからだ。通常でも20キロ近くには及ぶため、味方のメガビームの誤射による撃墜を防ぐためにとられる処置だった。
「随分、近いようです・・・」
 副官のペイサー少佐が、ノーマルスーツのバイザーをオープンにしたままの状態でいった。想定した接触想定時間よりもモビルスーツ隊の接触は早く始まろうとしているのだ。想定時間算出の要素の1つ、ザクの進撃速度は間違えようがなかったから、想定時間が短くなった理由は2つに一つだった。
 最初の距離計測を間違っていたか、敵の新型モビルスーツの進撃速度が大きいかだ。残念ながら、前者の方である可能性は小さかった。
「そのようですね・・・オペレーター、距離計測を!」
 スミスも、ノーマルスーツこそ着用していたけれど、バイザーは閉じてはいなかった。戦闘行動中は、バイザーを閉じるという軍規だったが、ジオン製のノーマルスーツは、ベンチレーションの性能が悪く、長時間着用していると蒸れるのだ。また通話を行う装置の性能も悪く、声がくぐもって聞こえてしまう傾向があった。特に声がくぐもって聞こえてしまうことは、戦闘命令を正確に伝達するうえで支障を来すこともあり、ある程度実戦を経験したジオンの艦隊乗組員は、バイザーを閉じることはしないというのが通例になっていた。
「味方モビルスーツ部隊との距離45」
 妙な言い方だと、スミスは思った。
 昨日までは、モビルスーツといえば、味方機以外にはあり得なかったからだ。
 これまでにも、連邦軍のモビルスーツと接触したとの報告は、いくつか上がってきてはいたけれど、それは、あくまで言葉通り、接触したという程度でしかなかった。この戦闘のように双方が中隊規模のモビルスーツを繰り出した戦闘は、スミス中佐の知るかぎり皆無だった。つまり、この戦闘は、ある意味で今後の選局を左右させる戦闘であるかもしれないのだ。
「敵のモビルスーツは、足が速いようです・・・」
「そのようですね・・・」
 ひょっとするとエポック的な戦闘になるかもしれないにも関わらず、状況の推移は、決して芳しくなかった。
 少佐との会話を遮るように通信手が、旗艦からの新たな命令を伝える。
「旗艦より、入電。回頭右90度、艦隊速度20にて我に後続せよ!です」
「返電せよ。ウンディーネ、了解!操舵手、回頭右90度、速力20となせ!!」
「ヤー、マム!」
 操舵手が、ドイツ式の返事を返す。
 それに首肯きながら、ペイサー少佐を見る。
 少佐も同じような思いなのだろう。口を半開きにしている。アクメルの艦長は、味方が、敵のモビルスーツ隊を退けるという前提で艦隊運動をしようというのだ。敵モビルスーツ隊を蹴散らした味方モビルスーツ隊を収容しつつ艦隊追撃戦を仕掛けるつもりなのだろう。
 万が一、味方のモビルスーツが突破されるような事態を考えたとき、個艦防御装備を殆ど持たないムサイ級の巡洋艦にとっては危険な行動だった。
 唯一の救いは、艦隊速度を抑えているということだろう。
「まだ、多少の理性は残っているようね・・・」
 しかし、いつ最大戦速を命じられるか分かったものではない。自分なら、モビルスーツ戦闘の推移を判断してから命じると思うが、現在の指揮権は、自分にではなく、アクメルのトーグル中佐にあるのだ。
「はあ、しかし、なんでまた・・・」
 ペイサー少佐は、言い過ぎになるのを止めるために言葉を切った。
 しかし、スミス中佐には、少佐が言いたいことが何なのかを十分に理解していた。つい先日まで、あれほど消極的だった指揮官がなんでまた・・・といいたいのだ。
 確かに、その通りだった。昨日までのトーグル中佐なら、絶対にとらない行動だった。それどころか、とうにグラナダに向けて引き返しているところだろう。
(キシリア閣下に恫喝されたというわけね?)
 スミスは、トーグル中佐が、キシリア中将から直々に呼び出されたことを知っていたのだ。どんな言い回しでキシリア閣下が、トーグル中佐に恫喝したのか?さすがにそこまでは知らなかったけれど、出来ればその場にいたっかたと思う。きっと、胸がすいたことだろう。
 しかし、その反面、トーグル中佐に、キシリア閣下の恫喝のあまり、極端な行動に走ってもらわれても困るのだ。
「味方のモビルスーツ隊を信じましょう」
「ハイ、中佐。アクメル隊は、ともかく、我が隊のモビルスーツ隊は、優秀ですからね」
 そういいながらも、きっと無意識なのだろうが、バイザーを下ろす副官に一瞥くれる。取り立てて責める気はなかった。誰だって、未知数の敵との交戦ともなれば不安の1つや2つは胸にするものだからだ。自分もバイザーを下ろそうか?と、ふと考えながらスミスは、正面のモニタスクリーンに視線を戻した。
 最大望遠でモビルスーツ隊を映し出してあったが、それは、もはやそれは1つの小さな点でしかなかった。それでも、敵味方のモビルスーツ隊が、まもなく交戦に入ろうとするのは見て取れた。双方の距離は、急速にゼロへと向かっている。
(とりわけ、あなたに期待するわ!サクラ少尉!)
 そう呟き、モニタの中にピンクの機体を探そうとしたが、暗い宇宙空間の中では、無理な相談だった。かろうじて、コンピューターによって補正された位置がプロットされて味方機がそこにいるというのが分かっているに過ぎないからだ。
 
 その瞬間、ジオンの誰もが想像もしなかった戦闘が始まろうとしていた。