- ジオン軍の誰もが、想像だにしない手段による攻撃でそれは始まった。
- ザクの各小隊の指揮官が、思いもしない距離からなされた攻撃は、歴戦のザク・パイロットですら驚愕させずにはおかなかった。
- 何百時間にもわたる実戦と殆ど変わらないような訓練を受け、現実の実戦を何度となく潜り抜けた彼等でさえ、10キロも離れた空域から狙撃されることなど夢想すらしていなかった。
- そのピンクの閃光は、フェンシングの達人に、まだ十分に間合いがあると思っているにも関わらず一瞬にして懐に飛び込まれ胸元を突かれるように容赦なく彼らの乗るザクに襲い掛かってきた。
- ありえない、いや、あってはならない種類の攻撃、信じることなど到底不可能な攻撃だった。
- しかし、現実を追認しザクのパイロット達の何人かが、その事実を認めたときには、2撃目が襲いかかっていた。ほぼ同時に、閃光が駆け抜けた空域の1箇所で白濁した巨大な爆発が、恐るべき勢いで拡大した。
- アキュア小隊の1機が狙撃されたのだ。統率されていたはずのアキュア小隊の編隊行動は、次の瞬間には、児戯へと変わろうとしていた。
-
- (ビーム兵器!)
- 8つの点から、淡いピンクの光線が延びた瞬間、サクラ少尉は、それが何によってなされた攻撃かを見知っていた。
- たった一撃でザクを屠ったその威力、誰がどう言おうとメガビーム以外にはあり得なかった。それは、ジオンでも実戦配備が急がれ、何よりも優先されて開発されつつある兵器による攻撃だった。
- モビルスーツが、携行可能な、メガビーム砲。その火力は、開発者の言う言葉が真実ならば巡洋艦に搭載されるメガ粒子砲にも匹敵すると言われており、核兵器の使用が禁じられた現在、ジオン軍モビルスーツパイロットが、実用化をまさに渇望する火器だった。ただ、モビルスーツが、携行できるほどに小型化するのは難事であり、また仮に携行可能なまでにダウンサイジングされてもザク程度のジェネレーター出力では、実戦レベルでの運用はできないと言われている。標準的な世帯の消費電力を1000軒ほども賄えるザクのジェネレーターにしてもだ。
- その羨望の火器、ジオンの軍事技術者が昼夜を問わず心血を注いで開発を進めているにも関わらず、実戦に満足なかたちで投入できるまでには未だ1年は、かかるといわれている超新兵器、そんな兵器が、連邦ごときに・・・そこまで考えてサクラ少尉は、かぶりを振った。連邦だからこそ開発できたのだと。連邦の科学技術力の奥深さと技術者の層の厚さ、それがあってこそ開発が可能だったに違いない。そして、公にはされていないが、ミノフスキー博士の亡命も無関係ではないと思える。
- しかし、それ以上の思考は続けられなかった。
- ザク1機の爆光で、いったん下火になった恐るべき新兵器、ビーム火器による狙撃が、爆光の消失とともに再び始まったからだ。
- 「リックマン、オルトマン!下に抜ける!!」
- 互いの母艦から程よく離れた戦闘空域では、小隊間の無線傍受を妨げるほどには、ミノフスキー粒子の濃度は、濃くなかった。
- 「了解!」
- 「了解!!」
- 間髪を入れずに2人の心強い部下から返事が返る。コンピューターで補正された声は、明瞭と表現してよいものだった。
- メガビームは、そんなサクラ小隊をも捉えようとするが、ランダムに回避を始めたザクには、そうそうあたるものではなかった。しかし、侮れはしない。10キロ先から、本格的な回避行動を取ってはいなかったとはいえ、命中させてきた性能は、本物の驚異だからだ。
- もちろん、下に抜ける機動は、初期の行動とは異なる。しかし、敵を拘束し、撹乱するはずのアキュア小隊が、半ば以上パニックに陥って回避するためだけの機動を行っている現在、当初通りの機動は、もはや意味をなさない。
- それに、敵の行動は、サクラ少尉に言わせれば統制がとれているとは言い難かったが、明らかに4機づつの小隊機動を行おうとしており、1隊が、アキュア小隊を撃破し、もう1隊は、上昇、サクラ小隊とゴドノフ小隊の頭を押さえる動きを見せようとしていた。
- 発砲を開始したアキュア中尉ともう1機が、どれだけもつのか?その2機次第で、戦場は、どのようにでもなる。
- (中尉、後数瞬持たせて・・・)
- 戦闘行動時間が減少するのを承知しつつもさらにザクを加速させ、後方視認モニターの中のゴドノフ小隊の動きを確認する。モニターの中の、ゴドノフ小隊は、ランドセルから、メインスラスターを全開させていることを証明する長い光の尾を引き上方に抜けようとしていた。
-
- ゴドノフは、ただ単純に驚愕した。
- 10キロも先から攻撃し、さらには命中させてくる兵器の存在など聞かされていなかったからだ。サクラ少尉のように、予備知識もない。
- しかし、事態がどうなったかは理解できた。
- 圧倒的な不利、だ。そして、最初の作戦は、無意味になったことも。
- 驚愕はしていても、サクラ小隊が、下へ抜ける機動をとったときに、自分が何をなすべきかは分かった。圧倒的な火力を持つ敵に対抗するには、敵を分断し、撹乱するしかないからだ。アキュア小隊が、パニックに陥っているであろう現状では、自分の小隊は、サクラ小隊に後続するのではなく、異なる機動をとって敵の狙撃目標を2分すべきだった。
- 緒戦では、まぐれ当たりの運の悪い狙撃で、1機を失いはしたが、数は同数であり、決定的な不利に陥ったわけではない。
- アキュア中尉も、いつまでも混乱状態ではいないだろうし(もっとも、その前に撃墜されてしまわなければだが)信頼すべき、サクラ小隊は、一糸乱れぬ機動で進撃しつつある。
- (それに俺の小隊だ・・・)
- リッチェンスとガルベスは、ともに古参のベテランパイロットと呼んでいいレベルのパイロットだった。つまり、戦場で吸収した知識をすぐにその場で活かせる程度の技量は持っていたし、未知の兵器に対する恐怖も制御できるということだ。
- そして、敵にはそれが出来ない。
- そのことが、決定的になったのは、アキュア中尉の発砲によってだった。
- 双方が急速にその相対距離を詰めつつある状況下でも、ザクの120ミリマシンガンによる有効射程内とは言い難い距離でアキュア中尉が、120ミリマシンガンを発砲したとき、明らかに敵には、動揺が走った。
- 敵は、戦闘慣れしていない。
- その点に付け入る隙があるはずだった。
- 「リッツ!ガルベス!発砲せよ!」
- そう命じると同時に、ゴドノフは、少し長めの射撃を、上方に抜けようとする敵の進路を押さえるように放った。曳光弾3発分、軽く10発以上の120ミリ砲弾が発射された計算だ。同様の射撃が、ゴドノフの射撃に僅かに遅れてなされる。合計、9発の曳光弾が、眩い弾道を宇宙空間に刻みつける。
- そして、ゴドノフが、期待した通りのことが起きた。
- 敵は、無様な回避を試み、上方を押さえる機動を続けられなくなった。あまつさえ、その回避は敵の編隊をみごとなまでに瓦解させた。
- 同時に、アキュア小隊を、救うことにも繋がった。
- サクラ小隊も射撃を始め、敵は、統制のとれていない回避を始めると同時に、射撃を送って寄越すゴドノフ小隊とサクラ小隊に対しても同じく統制の取れていない射撃を送り込み始めたからだ。アキュア小隊に対する射撃を継続している機体もあったが、巧みな回避を始めたアキュア小隊にとって、脅威は随分小さくなっているに違いなかった。その証拠に、残ったアキュア中尉とその部下の2機は、統制のとれた交互射撃を開始していた。
-
- なんとか、編隊機動を行おうとしていた連邦軍の努力は、無残にも崩壊し、単機戦闘レベルにまでその間隔を広めつつあった。もちろん、編隊機動を継続しようとしているに違いなかったが、今のところそれが成功しているようには思えなかった。しかし、相対距離は、ようやく3000を切ったところであり、ザクによる有効な射撃が行えるにはまだまだだった。
- けれど、サクラ少尉は、今迄の射撃に加えてさらに3度、自分たちの方へ機動してきた4機の連邦軍モビルスーツに向けて射撃を行った。いや、自分たちの方へ機動してきたというよりは、サクラ小隊の牽制射撃を受けて、アキュア小隊への接敵を阻害され、仕方がなくサクラ小隊へ矛先を変えてきたといったほうが正しかった。
- (アキュア中尉は?)
- 連邦軍のモビルスーツが、怯えた機動でサクラ小隊からの弾幕を回避するのをモニターで確認しながらアキュア中尉の機動を確認する。
- アキュア中尉は、ゴドノフ小隊の向かった上に抜けようとした連邦軍の小隊を挟撃する機動に入っていた。5対4、ベテランの操るザクになら、なんとかなるだろう戦力比だった。問題は、それにどれだけの時間がかかるかだった。
- 何とかして見せるつもりではあったが、サクラ少尉は、敵を分断させるために既に70発近くの120ミリ砲弾を消費していた。対空散弾を装填していたマガジンを放棄したこともあって、予備のマガジンは、1個でしかない現在、敵を優位な体勢で拘束できる時間は、限られているからだ。
- 「2000!」
- サクラ少尉は、声に出して、敵との相対距離を読んだ。
- 狙撃してみる。
- ガンッガンッ!!
- 曳光弾を伴わない2射。
- ・・・、5、6・・・頭の中でカウントするが、敵には何も起こらなかった。無理もない、120ミリ砲弾が、敵到達するまで6秒強、その間にデータが何もない敵のモビルスーツは、呆れるほど動くのだ。
- だが、敵に射撃の質が変わったことだけは気が付かせたはずだ。
- そのことは、敵にさらに動揺を与えるはずだった。
- その時には、もう敵のビーム射撃は、気にならなくなっていた。少なくとも、サクラ少尉にとっては。相対距離が2000を切った現在、手も足も出ない距離から一方的に攻撃されることだけはないからだ。
- 「1500!自由回避!敵を墜としてみせろっ!!」
- リックマンとオルトマンに命じる。2人も、自分に及ばないまでも、無様な機動でよたよたと接敵を試みる連邦軍モビルスーツパイロットよりはずっとマシな戦闘を展開できるはずだった。
- その瞬間、雑音の中から、敵の声が聞こえてきた。
- 「回避!回避!!敵を近寄らせるなっ!!」
- それは、酷くかすかな声だったが、無線を通じて漏れ聞こえてきた。敵は、驚いたことにサクラ小隊の無線周波数似極めて近いバンドで交信をしているらしかった。
- しかし、それはすぐに雑音すら聞こえ無くなる。
- それについて考えるまでもなく、敵のビーム射撃!
- 回避というレベルではなかった。発砲された瞬間には、機体の至近をビームが通過しているのだ。命中しないことを祈る以外、回避の手だてはなかった。あるいは、敵の腕前が、恐るべき程に無様なことを。
- サクラ少尉は、回避させながら残った120ミリ砲弾を全て放った。
- 狙いもつけずにばらまかれた120ミリ砲弾は20発あまり、敵を面で制圧すればよい射撃だった。そうすれば、僅かな時間といえども敵の狙撃行動を阻止できる。ごうっとメインスラスターを噴射させ、一気に敵との間合いを開ける。弾倉を交換せねばならないからだ。
- その瞬間、サクラ少尉のばらまいた120ミリ砲弾の1発が敵に命中したことを示す閃光が敵のモビルスーツの上で弾けた。
-
- ピカッピカッ!
- ゴドノフの放った120ミリ砲弾は、その2発までもが、敵のモビルスーツに直撃し、閃光を弾けさせた。1発は、シールド上でだったが、もう1発は、確実に敵の胸部に命中していた。
- 120ミリ砲弾の爆煙は、敵のモビルスーツを覆うように広がる。
- 畳み掛けるように、リッチェンスのザクが、ゴドノフの脇を抜けて残った3機のうち、共同しようと試みている2機の敵モビルスーツに対して制圧射撃を掛けるために前に出る。敵の核爆発をも恐れない大胆な機動だった。だからこそ、敵の意表をつき、有効な機動になる・・・はずだった。
- 空になった弾倉を捨て、残った最後の弾倉を装着させたゴドノフは、その瞬間、思わず声にならない声をあげた。
- 敵は、4機のままだった。
- ゴドノフが、命中弾を与えた敵は、爆煙の向こうで、ビーム火器を構えたままの姿勢で現われた。そして、発射!
- 撃破したはずの敵が放ったビームは、リッチェンスのザクの胸部をまともに貫徹した。
-
- 「なんだぁっ!」
- アキュア中尉は、その現場を下方から目撃した。無様でも、一応回避らしい回避をして見せる敵のモビルスーツに対して、初速の遅い120ミリマシンガンを命中させるのは、骨の折れることだった。それに、敵の恐るべきビーム火器に捕捉されないようにこちらも回避を常にしていなければならないからなおさらだった。
- しかし、それをゴドノフ少尉がやってのけた。
- もちろん、アキュア中尉とその部下の牽制があってのことだ。
- (共同撃墜1といったところだぞ、少尉!)
- 敵のモビルスーツを墜としたという喝采、しかし、それはすぐに驚愕に取って代わられた。
- 敵は、撃墜されてなどいなかったのだ。
- 被弾し撃破されたはずの敵は、シールドを構えたままビーム火器をすっと前方へ伸ばすと殆ど頓着なく発射して見せた。
- 敵と自分の距離は900、その射撃を阻止すべく発射した120ミリ砲弾が殺到するまでに3秒弱。全ては遅かった。
- 敵の発射したビームは、発射した瞬間には、ゴドノフ小隊の1機を貫徹していた。
- なのに、アキュア中尉が発射した無数の120ミリ砲弾は、敵に迫りもしておらず、敵がザクの核爆発から逃れようとする機動によってすら回避された。
- 半分は、敵の未来位置を読まなかったアキュア中尉のミスだが、それを誰が責めることが出来よう?味方が撃破されてなお冷静でいられる士官などそれほど数が多くはない。
-
- 「リィ〜ッツ!」
- ビームが走り抜けた瞬間、ゴドノフは、反射的に自分のザクをその空域から離脱する機動に入れていた。そして、撃破したはずの敵モビルスーツに120ミリ砲弾を新しい弾倉からなおも送り込み続けた。もはや、命中など期しがたいことも分かっていたけれど、発射せずには、おれなかった。敵が、有効射程内から外れても、ザクが、2度3度とスパークを放ち、太陽と化して敵が見えなくなっても発射し続けた。
- それほどリッチェンスの戦死は、ゴドノフに衝撃を与えた。
-
- 「くそっ」
- サクラ少尉は、2つの意味で罵声を漏らした。
- 1つは遠方に捉えた核爆発の光とともに、識別信号が1つ消え、味方がまた1機のザクをそのパイロットとともに失ったからだ。
- もう1つはサクラ少尉が、命中させたはずの120ミリ砲弾は、機体にではなく、シールド上で弾かれたに過ぎなかったからだ。しかも驚いたことに敵のシールドは、原形を保っているうえにすぐさま反撃のビームを送って寄越したのだ。つまり、敵のモビルスーツは、120ミリの直撃を受けたにも関わらず姿勢を殆ど崩さなかったのだ。どのような補助システムが搭載されているのかは分からなかったが、ザクには到底不可能な芸当であることだけは確かだった。
- 命中させたにも関わらず、回避せねばならないのは、自分だということが、サクラ少尉のプライドを多いに傷つける、しかし、それ以上に敵の射撃は脅威だった。次の瞬間、その反撃の射撃でサクラ少尉は、自分がやられたと思った。
- モニタが輝くようにホワイトアウトして、一瞬、ブラックアウトしたからだ。それでも、機体を操作し続けたのは、訓練の賜物だろう。
- あまりにもメインカメラの至近を、敵のビームが擦過したためにメインカメラがいかれてしまったせいだと気が付くのに回復したモニタの警告を見なければならなかった。
- そう、まさにサクラ少尉は、戦死寸前だったのだ。
- 敵のビーム火器の砲口が後数ミリずれていたら間違いなくやられているところだった。
- 「ちっ!やられてたまるもんかっ!」
- しかし、サクラ少尉は、恐怖を感じるどころか敵意をむき出しにし、いったん回避機動に入れた自分のザクを、サブカメラシステムしか使えないにも関わらず敵にと振り向けた。
- 他の3機は、リックマンとオルトマンのザクが、牽制し拘束してくれている。その3機が、少し離れてしまった1機になんとか合同しようと試みているのを阻止してくれているのだ。
- サクラ少尉と相対している敵モビルスーツは、被弾したことによって分離を余儀なくされたのだ。そして、今し方の射撃で勝利を確信したに違いない迂闊にも自分を追撃に掛かろうとした敵モビルスーツに向けてサクラ少尉は、突貫した。
- 敵が怯えたと見えた瞬間、サクラ少尉は、残った砲弾の全てを叩き込むつもりで120ミリマシンガンを発射した。
- 敵が大振りのシールドを差し出す。その表面で1発2発と続けて着弾を示す閃光がきらめく、けれどサクラ少尉は、射撃を止めなかった。3発、4発とさらに続く閃光、もちろん全てが命中しているわけではない、流れる曳光弾のいくつかは連邦軍のモビルスーツをそれて、虚空へと消えていく。しかし、大半は命中させている自信はあった。さらに続く命中弾に閃光の中から何かが吹き飛ぶ。被弾にその耐弾性の限界を超えたシールドが吹き飛んだ瞬間だった。
- それを見て取ったサクラ少尉は、さらに120ミリ砲弾を送り込みつつ機体を右へと吹っ飛ばした。案の定、敵の盲打ちのビームがサクラ少尉のザクが一瞬前まで占位していた空間を走り抜ける。しかし、敵の抵抗もそこまでだった。シールドを破壊されてなお続く命中弾にさしもの装甲も耐えられなくなったに違いない、核爆発とは異なる種類の爆発が機体を覆い包んだ。
- 「やっと・・・」
- 赤黒い爆発が、敵の機体を両断し、サクラ少尉は、自分が連邦のモビルスーツを撃破したことを知った。
- 間違いない敵1機撃破だったが、喝采よりも徒労感の方が大きかった。自惚れでも何でもなく、自分のようなパイロットをもってしてもようやく1機、それも120ミリ砲弾を信じられないほど撃ち込んでのことなのだ。
- 敵と戦い、勝ったにも関わらず生じたこのどうしようもない絶望感。いろいろな思考が一時にサクラ少尉を押し包もうとしていた。
- しかし、リックマンとオルトマンが抑えている敵がまだいる。
- 気を抜いている暇などなかった。
-
- 下から接近して叩こうとしたアキュア中尉とその部下の行動は、いきなり遮断された。残った敵のうち2機が合同し、射撃を送って寄越したからだ。前進しようとした鼻先をビームが掠めたのでは、さすがに追撃を続行など出来なかった。
- 攻撃の目標を素早くその2機に切り替えて、回避機動を行いながらアキュア中尉は、敵に向けてマシンガンの砲弾をばらまいた。ゴドノフ小隊の1機を撃墜した敵は、ゴドノフ小隊に任せるしかなかった。
-
- ざっと戦場を見回す。
- サクラ小隊が引きつけた敵の動静は分からなかったが、サクラ小隊の識別信号は、どれもがその健在ぶりを示していた。安堵とほんの少しの不公平感。
- しかし、それ以上のことを考えてはいられなかった。
- こちらにいる4機のうち2機は、アキュア小隊が拘束してくれている。もう1機は?どんな意図があるか分からなかったが、戦闘加入出来がたい位置にあるように思えた。ならば、リッチェンスの仇を取るまでだった。熱くなって、120ミリ砲弾を無駄にしてはいたが、まだ2度の砲撃は出来るはずだ、それにガルベス機の砲弾は、自分よりは、潤沢なはずだった。
- 「残弾知らせ!」
- 敵への接近を始めながらゴドノフは、命じた。
- 「58」
- 短く返答が返る。
- 十分だった。自分が、牽制し、ガルベスのザクが、直撃を与えたなら、やれるだろうと思う。
- 「俺が、牽制する!おまえが叩けっ!」
- 「はっ!少尉、いきます」
- ガルベスの声が、震え、怒りを孕んでいることが手に取るように分かった。しかし、過剰な感情の顕れは時として戦場では、命取りになる。
- 「敵の装甲は厚いぞ!全弾を叩き込むつもりでいくんだ!!」
- さらに敵への接近速度を高めながらゴドノフは、命じた。点射は、あの敵に対しては無意味だからだ。
- 「了解!」
- その返事に合わせたように後退機動から体勢を整え直した敵からのビームが、2連射されてくるが、その射撃は、的確さを欠いているようだった。
- 敵のモビルスーツパイロットは、自分が孤立していることに気が付き、さらに2機を相手にしなければならないことに恐怖を感じているに違いなかった。
- (恐怖を感じていられるのも今のうちだぜ!)
- ゴドノフは、頭の中で敵にそう吐き捨てると、敵のパイロットの注意を自分に引きつけるために残った数の少ない120ミリ砲弾の半分を発射して見せた。
- 120ミリマシンガンの砲口が、規則正しく明滅し、1発の曳光弾を含めた4発の砲弾が衝撃とともに吐き出されて、敵のモビルスーツに向かう。
- (こっちは、2機墜とされてるんだ・・・サクラ少尉、1機ぐらい墜としていてくれよ)
- まだ、決定的な敗北を喰らってはいない、そう信じ、ゴドノフは、敵の右の空域に展開するためスラスターを全開にした。
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