Confused fight area 02

  


「ちぃっ・・・」
 ジオンのものとは明らかに異なる発光信号を認めた瞬間、ノイエ大佐は、僅かに仕掛けるのが遅れたことを悟った。第88重機動攻撃中隊からの返電を待った分、僅かに遅れたのだ。
 しかし、許されるべき範囲の遅れだと思う。そのお陰で、自分達は、7機の増援を得ることが可能になった。リック・ドムは、対モビルスーツ戦闘に投入すべき機体ではなかったが、自分達、ゲルググの支援下であれば、一撃離脱に徹すれば、敵を十分に撹乱できる機体だった。
「続けっ!」
 ノイエ大佐は、同じ岩塊に隠れていたジャイケル少佐に怒鳴るように命じた。
 そして、同時に発光信号を撃ち出す。
 赤い発光信号が、長い尾を引いて暗礁空域を緩やかに移動していく。この信号を見逃した味方機は、いないはずだった。ゲルググライダーは、もちろんのこと、この作戦そのものの根幹をなす実験部隊の各機に至るまでだ。
 ノイエ大佐の期待に違わず、指揮下のゲルググ残存機、9機が、それぞれが身を潜めていた岩塊から飛びだした。限られた推進剤の割当を最大限に使って訓練を継続してきただけのことはある見事な機動だといえる。
 しかし、同時にノイエ大佐は気が付いていた。
 先攻した連邦軍のモビルスーツの機動が、予測よりも更に速いことに。3機が、通常のゲルググの最大加速度を何割も上回ると思える速度で接近してきていた。同時に、他の2個部隊が投網を掛けるように左右に広がりつつあった。その展開速度もどんな戦闘訓練でノイエ大佐が見たものより速かった。
(これは・・・)
 思わず絶句せねばならなかった。88が、戦闘加入するまで僅かな時間を稼げばいいと思ったのは間違いだったらしい。しかも、致命的な・・・。
 
 ガーデン少尉は、発光信号が明滅すると同時にメインスラスターを全開させた。
(ぐっ・・・)
 加速する時間分、激しいGが襲い掛かる。耐Gスーツを着ていても、全身の血が一箇所に集まろうとするのが感じ取れる。戦後に創られた1年戦争物の映画に登場する俳優が演じるパイロットは、爽やかな笑顔で加速をして見せるが・・・ああいった優男は、今の半分ほどの加速で失神してパイロットスーツを汚物で汚すことになる。それも、上下でだ。
 本物のパイロットは、加速する瞬間歯を食いしばり、呻く。
 そして、32箇所、全てのサブスラスターを有効に使用して回避機動をするために奇術師のように巧みにスロットル操作をして見せねばならない。
 それこそ、滑稽、極まりない。
 だが、それが戦場で生き延びる術だった。
「遅いわっ!」
 ガーデン少尉は、ゲルググが、自分達の機動におびき出されるように機動したのを見て取って喚くようにいった。
 7機が一瞬にしてモニターにプロットされて、8機目と9機目がやや遅れてプロットされる。金色の下品なゲルググ・・・これは7機同時にプロットされたうちの1機だった・・・は、幸にも遠い。そして、更に幸いなことにその方向はレッド中尉の第1小隊の受け持ち空域だった。
 プロットされたうちのもっとも正面に近いゲルググにガーデン少尉は、ロングレンジライフルの斉射を見舞った。レチクルのターゲットオンを待たずに、砲口を向けるやいなやの連射だった。1射2射3射・・・さすがに命中はしない。しかし、敵を恫喝するには十分な精度の射撃だった。狙われたと思った敵機は、飛び出してきた岩塊に戻ろうとした。
 つまり、迷いの機動だ。
 けれど、ガーデン少尉の本当の狙いは、そんな無様な機動をして見せる敵ではなかった。
 その敵よりも角度で7度右にプロット出来た妙な色合いの2機のゲルググだった。量産カラーではない敵・・・それはすなわち、ガーデン少尉が相手にするに足る敵だった。けれど、格闘戦などしようとは思わない。高機動で敵を擦過する、それだけのことだ。
 間違っても自分の役目が敵を撃墜することではないことをガーデン少尉は、心得ていた。もしも、撃墜できるとすれば、それはついでの幸運なのだ。そのことは、後方から追随してくる僚機にも徹底してあった。
 だからだ、エンリケ曹長が、ガーデン少尉が最初に慌てさせた敵機を撃墜したことも喝さいすべきことでも何でもなかった。それは、敵を撹乱すべき機動の中で発生した突発的な事象に過ぎなかったからだ。そして、敵を撹乱するうえでは好ましい事象であった。だから、ガーデン少尉は、エンリケに奢るビールを少し多くしてやることに決めたのだ。
 小刻みに機位を変化させながらガーデン少尉は、前進する速度を保ちつつ今度は、本気でレチクルに敵を捉えようとした。ジムカスタムをギシギシと設計者が見学していたら悲鳴を上げそうになるような荒っぽい機動でかっ飛ばしながら尚且つ照準させる・・・奇跡のような芸当をガーデン少尉は、まるで鼻歌でも謡うように簡単に実現させていた。
 いや、正確には簡単そうにやって見せているだけだ。同じことをやれといわれて実際に出来るパイロットは、連邦広しといってもそうは多くない。
(ジオン野郎・・・これが、推進剤1滴にも事欠くお前らとの差だっ!)
 実戦経験もさることながら、最初の1時間で、いい加減にして欲しいと新兵が泣きを入れるほどの訓練を終戦からこっち、ほとんど休みなく強制され身体に焼き付けられた機動だった。
 敵からの射撃もモニターに表示されたが、それは、脅威にすらならなかった。後追いで、味方を助けようとする牽制射撃程度でどうこうされるほど柔な機動をするパイロットは、少なくとも707のベテランの域に入ったパイロットの中にはいない。
 それにその射撃も長くは続かない。
 1小隊と3小隊が、それぞれの敵に襲い掛かって行ったからだ。
 
「・・・ちぃっ・・・」
 ノイエ大佐は、この日何度目かの舌打ちをした。
 左の岩塊の向こうでゲルググの核融合炉が急速にそのエネルギーを周囲に解放していく。
「大佐・・・ハンス少尉のゲルググが・・・」
 耳障りなミノフスキー粒子に干渉されたじゃイケル少佐の声が微かに届く。その報告を行いながらもじゃイケル少佐のゲルググは、敵への射撃を続行していた。その射撃の意味は既になくなっていたが、怒りのせいで継続しているのだ。
「来るぞっ!少佐!!」
 ノイエ大佐は、敵への接近機動に入れながら怒りに満ちた声で叫んだ。怒りの半分は、感情的な射撃を続けるジャイケル少佐に対する苛立ちだった。
 感情的な射撃では敵は墜とせないし、エネルギーは、無限ではない。
 それに、分派した敵のうち、最大の5機が自分達を指向していた。それに対して直接支援可能なのは、現在のところ・・・少なくとも、2分以内に限るならば、ジャイケル少佐1機きりだった。3分以降には、更に1機が戦闘に加入してくれると見込めたが、その時まで、ジャイケル少佐が健在とは限らない。もちろん、自分もだ。
「了解です、大佐!すみません」
 怒声で我に返ったジャイケル少佐にじれったさを感じつつノイエ大佐は、牽制射撃を開始した。しかし、牽制射撃はいくらも続けられなかった。敵の制圧射撃がすぐさまに送り返されてきたからだ。5機もの敵から送り込まれて来るメガビームの嵐は、悠長な牽制射撃を送り込む余裕をノイエ大佐をしてなくさせた。
 もはや、他の味方機を案じる余裕は、ほとんどなかった。
 自分達が、精鋭部隊である・・・その思い込みから抜けきれなかった自分を生涯にわたって責める事にならねばいいが、ノイエ大佐の脳裏は、焦りで満たされつつあった。
 
「ヴィクトル少尉、来ます!!」
 ミノフスキー粒子に干渉されても耳に心地の良いクサナギ少尉の声が、届くのと同時にヴィクトル少尉は、最初のビーム射撃を行った。透過膜の違いでジオン製のビーム火器から迸り出るビームは、黄色がかっていた。必殺のビームだったはずの初撃は、無様なほど敵から遠くを流れていった。
 後衛に付いたクサナギ機からのビームの方が余程敵を慌てさせているように見えた。いや、それは、単なる焦りから生まれた感じ方のほんの少しの違いだったかも知れない。
 事実、第3者が見ればヴィクトル少尉の放ったビーム射撃もクサナギ少尉の射撃と遜色はなかった。
 そして、同じように敵からの射撃の回避も、自分よりも後方モニターに映るクサナギ機の報が、華麗に躱しているように見えた。もちろん、これも、同等だった。
 しかし、味方を1機撃墜されたうえに自分目掛けて放たれて来るメガビームに曝され、ヴィクトル少尉は、ある種の幻覚に襲われていた。自分が、どうしようもないと思える幻覚に。そのせいでヴィクトル少尉は、ゲルググで戦闘機動をするにあたって慎まねばならない制約を犯してしまっていた。
 ゲルググが装備するビームライフルは、その実用化が機体以上に急がれた。モビルスーツによる携行が可能なようにコンパクト化せねばならないビームライフルの設計にジオンの技術陣は、想像以上の苦労をせねばならなかった。ひとえにエネルギーCAPシステムの実用化に成功しなかったからだ。
 それでも前線から繰り返し要求されるビームライフルの実用化要請には、どうしても応える必要があった。連邦軍が、いち早くモビルスーツで運用可能なビーム火器の実用化に成功していたからだ。地上戦闘ではどうにか対抗しうる手段があったが・・・それは、あったという程度に過ぎなかったが・・・空間戦闘においては致命的だった。
 有効射程が、ようやく1キロを越えるかどうかの実体弾火器を主要火器とするジオン軍と悠に10キロ先から攻撃が可能なビーム火器を主体とする連邦軍、そのどちらが空間戦闘において有利かは、火を見るよりも明らかだった。
 そのあまりにも不利な状況をどうにか打開するべく実戦に供されたのがジオンのビーム火器だった。それは、実戦で使うことがどうにか可能になったレベルであり、実用化と呼ぶにはほど遠かった。それでも、ジオンは、そのビーム火器をゲルググとともに実戦に投入せざるを得なかった。
 それほど戦局は、急を告げていたのだった。
 ゲルググが装備するビームライフルは、初期不良の連続だった。まともに実戦に使えるもののほうが稀な火器だった。結果、実戦で不良を起こし、空間の塵となったゲルググが後を絶たなかった。
 それでも、ジオンの古参のパイロットは、必要以上に連射しないという消極的な方法で、初期不良率を下げることが可能だということを知った。それは、古参の格闘戦闘を是とするジオンのパイロットにとっては、むしろ好ましい方法だった。しかし、それは、厳に守られねばならない方法でもあった。
 しかし、焦りがヴィクトル少尉にそれを忘れさせた。
 結果、ゲルググのパイロットが暗に恐れていることが想像に違わず起きた。
 電磁束が焼き切れたのだ。
 つまり、実戦の最中にビームライフルが撃てなくなったのだ。
「しまった・・・」
 モニターにビームの電磁束が焼き切れたことが表示され、それに注意を奪われたのは、ベテランらしくせいぜい半秒といったところだった。けれど、連邦のベテランにとっては、十分な時間らしかった。
 モニターの中に迫り来る淡いピンクのビームの嵐は、たった4条だったけれど、躱しようもなかった。
(ちっ、整備不足というわけか・・・)
 たった数分の空間戦闘で息が上がってしまった自分と同じように、自分の乗るゲルググは、整備が十分でなかったらしい、それが、ヴィクトル少尉の最後の意識だった。

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