Confused fight area 03

  


「ヴィクト・・・」
 クサナギ少尉は、僚機のヴィクトル機に襲い掛かる4条のビームを目にして、言葉を続けられなかった。
(あれでは、助かるまい・・・)
 ベテランの域に達しているといってよいクサナギ少尉には、それが理解できた。回避機動中にも関わらず、僅かな直線機動をとったヴィクトル機に、それは容赦なく襲い掛かった。
 1発目のビームは、偶然にも敵に指向したヴィクトル機のビームライフルを直撃した。途端にエネルギーパックから解放される莫大なエネルギー、それだけでゲルググを破壊するに十分に違いないエネルギー量だったが、そのエネルギーが解放しきらないうちに残りの3斉射分が殺到した。もはや、そのどれが致命的だったかは無関係だった。ヴィクトル機は、ほんの僅かな機動のミスに付け入られて撃墜されたのだから。
 そして、クサナギ少尉自身は、それにたいして感傷的になることすら許されなかった。互いに支援できる位置を維持していることは、僚機が核爆発を起こした際の危険域にいるということをも意味する。
 実際には、宇宙線対策を施しているモビルスーツは、至近の核爆発にも十分に耐えうる・・・もっとも、至近といっても核爆発に対する至近、一般に思われるよりもずっと距離はある・・・事が可能だったが、それでも爆発に伴う光エネルギーによってモニターシステムには支障をきたす。つまり、ゲルググが、生存できるということと戦闘が続行できるということは全然別問題だった。
 戦闘を続行不能になることを避けるためにクサナギ機は、ゲルググを真上に跳ね上げた。
『ギシンッ』
 思い切りよくスラスターペダルを踏み込んだ瞬間、余分な運動エネルギーを発生させないために間接固定されたゲルググの四肢が悲鳴を上げる。同時に敵を牽制するために両手に装備したビームライフルを交互に2射づつ推定方位に放つ。
 そして、解放される核エネルギー・・・
 ヴィクトル少尉が、その愛機とともに完全に宇宙に還元された瞬間だった。ヴィクトル少尉は、彼を知る人々の想いの中にしか残らないのだ。
 核爆発からの干渉を最小限に抑えたクサナギ少尉は、自分が想われるほうに入らないために最大限の努力せねばならないはずだった。
 しかし、敵は、単機になったクサナギ少尉を追ってきたりはしなかった。本気で撃墜されに掛かられたら間違いなくヴィクトル少尉の後を追うことになっていたろう。もちろん、気を抜けない程度にビームを送り込んではきたが、もはや敵の意識がクサナギ少尉のゲルググを向いていないのは明らかだった。
 敵は、核爆発を回避したことによって距離が開いたクサナギ機を無視するかたちで戦闘空域を通過して行こうとしていた。
 それは、クサナギ機にとっては、当面の危機、単機で3機もの敵の精鋭を相手取らねばならないかも知れない、を脱することが出来た言うことを意味した。しかし、それは、戦闘空域全体をとってみれば全然良くなかった。この戦闘空域をとってみてもそうだったし、もっと広げた戦闘空域という意味でもだ。そして、後者の方がより悪いことが問題だった。
(しまった・・・)
 敵の抜けていった方位を鑑みたとき、クサナギ少尉は臍を噛まざるを得なかった。
 けれど、追撃するわけにもいかなかった。
 新たな4機が右方向から友軍機を圧倒しつつ迫り来ていたからだった。
 抜けた敵を追撃することは、新たな敵の容易な標的になることを意味したからだ。
 
「1機・・・」
 ガーデン少尉は、笑みをこぼした。
(この俺様の前で直線機動をとるからよ・・・)
 ガーデン少尉は、自分の新たな撃墜マークになった敵に対してひとりごちた。撃墜マークにゲルググが加わることは喝采ものであることが間違いない。帰還した後のビールが、さどかし美味いことだろう。ただし、帰還できればの話しだ。
 敵の回避機動は思った以上に巧みであり、自分達の機動攻撃は、撹乱するだけで終わるかな?と、思えた次の瞬間、敵のうちの1機、黒いゲルググが、不用意な直線機動をとった。その次の瞬間には、ガーデン少尉機から必殺のビームが迸っていた。連射モードになった新型のビームライフルは僅かな時間に4斉射を行うことができた。
 結果は、全てが命中だった。
 新型のジムカスタムとその射撃管制システムは、恐るべき精度を誇っているというわけだ。少なくとも不用意な機動をとる相手にはだ。
 それが証拠に僚機の核爆発の干渉を避けようとする妙な色合いのゲルググまでは撃破できなかった。追随してくる味方機の支援射撃があるにも関わらずだ。
 くるくると回避しながら両方の腕に装備したビームライフルで交互に射撃してくる敵にエンリケとクリューガー曹長が及び腰になっているせいだけではなかった。
 敵は、やはり精鋭なのだ。
 敵の回避機動は闇雲ではなく、統制のとれたものだったし、送り返されてくる反撃射撃も少なくともエンリケ達を及び腰にさせてしまうだけの精度を持っているのだ。
(ふん、運の良いやつめっ!)
 2個目の撃墜マークを書き加えることが出来なかったことに多少の苛立ちを覚えつつガーデン少尉は、悔し紛れの呟きを吐いた。
 しかし、そのときにはもう全然妙な色合いのゲルググに固執してはいなかった。
 敵の残存機は、8機になった。そして、味方機は、自分達を除いても9機。そして、その9機にはサーク中尉とイサカ少尉がいる。まあ、4小隊の残存機はともに新兵だったが・・・2人がカバーしきれるだろう。まあ、どのみちパーフェクトゲームは、やろうと思って出来るものではない。そういう意味では、もはや707哨戒中隊は、4機もの被撃墜機を出しているのだから。
 それも不意をつかれたからに過ぎない。相手が、ベテランのゲルググであると分かって統制のとれた戦闘を行うのであれば、敵を圧倒できることは間違いないだろう。
 そして、これまでの得点は、骨董品を6機にゲルググを5機か6機・・・。
(う〜ん・・・)
 ガーデン少尉は、ほんの少し考えた。果たして割に合う戦闘なのだろうか?と。
 ガーデン少尉は、J型ジムを4機も失った戦闘で戦果が希少に過ぎるのではと考えたみたのだ。もちろん、ジオンにとってはとんでもない戦闘損失であろうが、残敵掃討でJ型主体の自分達が被って良い損害なのかどうかを考えたのだ。
(ま、そんなことはお偉いさんの考えるこったな・・・)
 ガーデン少尉は、小難しい考えを全て忘却させた。自分の性に合わないからだ。今、自身が考えるべきことは、後続してくる2機の部下を無事に母艦に帰してやることだからだ。そして、そのことの方が、ずっとガーデン少尉にとってはビールを美味しく飲むために重要なことだった。
 そんなことを考えながら戦闘空域をどんどん後方にし、又、岩塊を避けながらガーデン少尉は、小隊を導いた。
 やや大きめの岩塊を避けて更に前進したときカスタムのセンサーが、何かを見つけた。
「タリホー!!新たなZ群・・・ザクタイプ6機、識別不能機2機、敵は2隻の母艦を含む!!」
 ガーデン少尉は、新たな敵の発見に身震いをした。
 しかし、同時に疑問も持った。
(ゲルググは、何処から沸いて出たんだ?)
 モニターにプロットした母艦は、ムサイタイプが1隻に仮装巡洋艦らしき貨物船が1隻に過ぎなかった。これでは、直掩している6機のザクを展開させるだけで目一杯だろう。
 1ダースを越えるゲルググを展開させることが可能な母艦戦力とは到底思えなかった。そして、旧式化しつつあるとはいってもジオンにとっては貴重な戦力であろうゲルググを、このような貧弱な母艦に搭載するわけがないと言うのも明らかだった。
 既に意識のほぼ全力を眼前の旧式で憐れな獲物たちに向けながらガーデン少尉は、もう一度ひとりごちた。
(ゲルググは、何処から沸いて出たんだ?)
 
「エンジン始動!メガビーム射撃体勢急げ!!発煙弾!あるだけまき散らせ!!」
「アイ!サー!!」
 自分達を秘匿しようともせず、赤外線反応をまき散らしながら現われた敵を第3戦闘ライン上に発見し、艦隊は、パニックに陥ろうとしていた。もっとも、旧式なムサイと仮装巡洋艦1隻で編成された部隊を艦隊と呼んでいいかどうかはいささか疑問だったが。
「始動までの時間知らせ!!」
「アイ、サー!本艦は7分、巡洋艦は13分であります!!」
 絶望的だった。エドゥー准将は、永遠とも思える時間を聞かされて軽い眩暈を覚えた。7分ですら致命的なのに、仮装巡洋艦がなんとか動きだせるためには、それに倍近い時間が必要なのだ。
 その13分ですらなんとか動き出せる・・・と言う意味でしかない。
「対空戦闘用意!準備できた対空砲座及びリムミサイル発射管より対空戦闘各個に開始せよ!リューリク少佐を呼び出せッ!」
 赤外線反応を極限にまで抑えるために予備機動すらしていなかったことが完全に裏目に出た。そうしたのは、ゲルググで編成された機動攻撃中隊、しかもあのノイエ大佐指揮下の、が阻止戦闘にあたると聞かされて安心したためだ。
 いや、それ以上に連邦軍をなめてかかった自分自身の責任が大きい。ベテランパイロットの乗るゲルググで編成された攻撃機動中隊なら連邦軍の残敵掃討部隊ごとき、何程でもない、そういう判断をしたのは誰でもないエドゥー准将自身だった。
「准将、リューリク少佐です」
 青ざめた通信士が、エドゥー准将の後悔の念を中断させる。
「ン、回せ」
 応えつつ、意識を阻止戦闘の方に向けねばならないことを自身に意識させる。後悔は、戦闘の役には立たないからだ。ざらついた通信モニターに出たリューリク少佐も既にことを十分理解しているようだった。
 つまり敵は、ザクのセンサーにすら捕捉できるほど赤外線をまき散らして接近しつつあるということだ。
「リューリク少佐であります」
 少佐の表情も既に固い。
「ン、状況は既にわかっていることと思う。本艦は始動までに5分が必要だ・・・更にオルフェスは、5分掛かる。敵をそれまでなんとしても阻止してくれたまえ!!」
 エドゥー准将は、死刑宣告をした気分になった。旧式のザクで、自分達の行動を隠そうともしないモビルスーツを迎撃しろと命じることはそれとほぼ同じ意味だったからだ。
「メガビーム、発射まで4分!!」
 砲術士官の声がかぶる。出力が十分になる前に発射をするのだ。それでも敵のモビルスーツを威嚇することぐらいは可能だ。そして、命中すれば撃破することすら。
「了解です!エドゥー准将。全力で艦隊を死守して見せます!!」
 少佐は、固い声だったが躊躇なく応えた。
 少佐は、まぎれもなくジオンの栄光あるモビルスーツパイロットだった。
「頼んだ、本艦隊はなんとしても無事に帰還せねばならない、なんとしてもだ」
「ヤー!!我隊は、ゼクメルとオルフェスを死守します!!」
 それはなんとも勇ましく頼りになる言葉だった。
 しかし、敵は、言葉では阻止しようもなかった。そして、リューリク少佐が、指揮する直掩モビルスーツ隊は、ザクでしかなかった。1年戦争前半、地球連邦軍を恐怖のどん底に陥れたザク・・・しかし、その栄光はもはや影も形もなかった。
 艦隊が装備するザクは、F型を更に改良したF−2という改良タイプではあったが、それはザク本来の性能を名ばかり上げたに過ぎず、ザクはザクでしかなかった。
(せめてゲルググタイプが2機もあれば・・・)
 エドゥー准将は、唇を固く噛んだ・・・。
 実験部隊を支援する、そんな役回りの自分の部隊に貴重なゲルググが回ってくることなど夢の又夢でだった。それでなくともザクの定数を削ろうとすらされたのだから。
「敵、第2戦闘ライン突破・・・」
「リムミサイル!!発射急げッ!!」
(オルフェスだけでも逃がしてやらねば・・・)
 慌ただしくなっていく一方の艦橋でエドゥー准将は決意した。
「艦首3時!回頭急げッ!!」
 その瞬間、艦橋の空気がほんの一瞬、固まった。
(無理もなかろう)
 その固まった空気を感じつつエドゥー准将は、ひとりごちた。艦首3時、と言う命令は、敵の出現方位だからだ。そして、艦橋勤務をするものなら誰でもエドゥー准将の下した命令の意味を即座に理解できるのだから。
(まあ、死ぬと決まったわけではあるまい・・・)
 敵は、ほんの3機なのだから。
 しかし、その3機の敵モビルスーツは、艦隊にとっては間違いなく死神だった。

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