Confused fight area 04

  


「は、はやい・・」
 ノイエ大佐は、自身は、敵の数を1機減らすことに成功していたにもかかわらず状況の悪化を感じずにはいられなかった。深紅のジムに完全にマークされたからだ。そして、その深紅のジムは、完全にデータにない性能をノイエ大佐に見せつけていた。もはや、偶然を伴った撃墜スコアを得ることは出来まいと、思う。
 全体としては、部隊は更に2機を失っていた。
 ヴィクトル機の僚機を務めていたクサナギ少尉機とディグザー曹長機だ。ヴィクトル機を撃墜されたことによってカバー機を失ったクサナギ機と、それを何とか支援しようとしたディグザー機は、いずれも胸部をブルーに塗った機体からの狙撃に近い射撃で撃墜されていた。
 その敵は、サカモト少佐機とその僚機、そしてディグザー機のペアのそれぞれの生き残りが何とか抑えていたが、3機では、敵を突破させないように機動するので手いっぱいの様子だった。
 そして、こちらも3機でどうにか敵の4機を抑えていた。
(いや、抑えているとはとてもいえまい・・・)
 ノイエは、機体の間近を擦過して行く敵からのビーム射撃を寸でのところで躱しながら、思った。
 14機のゲルググで敵を殲滅しに掛かった指揮下の遊撃隊は、既に半数以上の8機を撃墜されたことになる。つまり、部隊としては全滅したと同じだった。ベテランパイロットとともに8機ものゲルググを失ったことで遊撃隊は、実質的な戦力としての意義を失ったに等しい。今後、同程度の作戦を展開するにあたっては他部隊からの支援無しには作戦参加することは、ありえない。
 問題は、これ以上の損失を如何に抑えるか、だった。
(いや・・・)
 と、ノイエ大佐は、自身を否定した。
 文字通りの全滅を避けるにはどうすれば?と、いうほうが正しかった。敵は、2機や3機のゲルググを撃墜したぐらいで引き上げるつもりは全くないらしかった。それどころか、ゲルググ隊を全滅させることにすら満足するつもりがないらしかった。それが証拠に、ヴィクトル機を撃墜して後方へ抜け去った敵は今ごろ新たな獲物を発見し、狂喜乱舞し、文字通りの殺戮に取り掛かっているに違いなかった。
 そして、本来ならそれを阻止するべき自分達は、それを止めるどころか邪魔することすら出来ない状況下に置かれていた。3機の敵は、自分達がやるべきことをノイエ大佐が想像する以上に完璧にやり遂げるに違いなかった。
 敵は、情け容赦がない・・・。
 そこまで思って、ノイエ大佐は、首を軽く振った。
(これこそが戦争の本質なのだ・・・)と。
 そうひとりごちると同時にノイエ大佐は、視野の隅に鮮やかなオレンジの発光信号が矢継ぎ早に4、5条流れるのを認め、喚くように言った。
「遅いわっ・・・」
 同時に機体を急速ターンにいれて反転させる。そして、ビームを発射する。ゲルググの急速ターンに驚いて機動を変えた敵の至近をビームが掠め、敵が僅かに慌てふためく。
 そして、言葉とは裏腹にノイエ大佐は、深く感謝をした。
 鮮やかなオレンジの発光信号は、まぎれもなく第88重機動攻撃中隊のリック・ドムの戦闘加入を教えてくれるものだったからだ。そして、タイミングを鑑みるならば・・・第88重機動攻撃中隊は、帰還時の推進剤をほとんど考慮することのない加速を行ってノイエ大佐指揮下の遊撃隊が苦戦を強いられている戦闘空域に駆けつけてきてくれたことは明らかだったからだ。
 ノイエ大佐の予想を裏切らずザクには到底不可能な贅沢な推進剤の使い方で駆けつけてくれたのは、紛れもなくマックス少佐旗下の第88重機動攻撃中隊そのものだった。
 
「ちっ!新たなZ多数!!」
 レッド中尉は、戦闘空域の地球軌道面に対して左から突如として煌めいた発光信号を見て取って思わず歯噛みした。
(今日は、ジオンども・・・モビルスーツの総揃えでもやってるのか??)
 分派した・・・勝手に先攻したともいう・・・ガーデン少尉も新たな敵の発見を伝えて交戦状態に入ることを指向性通信で伝えてきたし、今度は、全く異なる方位からの新手としか思えない敵モビルスーツの乱入だ。
 今までの残敵掃討戦闘とは異なる展開に多少なりともレッド中尉は戸惑わずにはいられなかった。同時に、こうでなければ困るとの思いもある。部隊は、既に5機の被撃墜機を出しているのだ。通常戦闘では被ることの許されない数の喪失機数だ。たとえ、10機を越えるゲルググと交戦したという事実があるにしろだ。
 発光信号を確認してからプロットされた新たな敵の数は、7機。1年戦争を経験してきたレッド中尉にとっては、決して多過ぎるということのない数だったが、この戦闘空域に限って言うならば勝敗を左右するには十分な数だった。新たな敵は、通常より多少早いとはいえ誤差範囲内であり接敵速度からしてリック・ドムに違いなかった。ドムは、それ単一機種で相手をするならば全く組みやすい相手だったが、手強いゲルググ部隊を相手にして側面から襲い掛かられるとどうにも厄介だった。
(面倒なことになった・・・)
 敵の新手が戦闘加入するまでには後いくらかの猶予があったが、その程度の猶予では、残ったゲルググを1機でも撃墜できればいいほうだろう。ゲルググの方でも、援軍に気づいている現状では、それすらも難しい。敵の機動は、既に援軍が戦闘加入した瞬間に焦点が移っているのがありありと伺える。
(いつもの強運の俺はどうしたってんだ・・・こんな不運に巻き込まれるなんて・・・)
 焦りの中でレチクルに収まりきらない敵に向けて無駄なビーム射撃を行いつつレッド中尉は、ひとりごちた。
 しかし、次の瞬間、レッド中尉は、1人でほくそ笑んだ。
 指向性通信の受信シグナルが明滅するのがモニターの隅に捉えることが出来たからだ。シグナルが知らせる部隊サインは、707哨戒中隊のものではなかった。
 それはつまり、レッド中尉が勘定に入れていない新たな戦力がこの空域に殴り込んできた証しだった。
(ツキは落ちちゃいない・・・)
 その部隊がどんな機体を装備している部隊であれ、リック・ドム程度ならその意図を簡単に挫けるに違いない。
(ならばゲルググ隊を殲滅するのみ!)
 レッド中尉は、自分達だけが新たな支援を得たと勘違いして不用意に前進してきた敵の1機に照準をした。回避機動を続けながら照準することは並大抵のことではなかったが、そうすることがほとんど日常に近くなっているレッド中尉にとっては、造作もなくやれることの1つだった。
 
「こいつは・・・良い」
 いったんは、深刻になりかけたイサカ少尉の顔に、人懐っこそうな笑顔が戻る。その笑顔という一点だけを見れば、イサカ少尉が戦闘機動中などと誰も思わないだろう。しかし、現実にはイサカ少尉は、ほとんど全力で戦闘機動を続行中だった。しかし、その機動には全くといっていいほど無駄な動きがなかった。スティック操作を軽やかにこなし、ビームを連射した。
 新たな敵の加入に、レッド中尉をどのように支援すべきか逡巡したのが、ほんの僅かな時間ですんだことを感謝しながら、イサカ少尉は、自分自身と同じように、しかし、別な意味で戸惑った機動をして見せた敵に対してビームを浴びせかけた。
 友軍の加勢に僅かに気が緩んだのだろう。
 そして、そういったミスを見逃すほどイサカ少尉は、甘いパイロットではなかった。
 一撃目が量産カラーのゲルググの首を吹っ飛ばし、二撃目が、胸部を貫いた。その瞬間に、ゲルググのパイロットは戦死しただろう。
(ゲルググの撃墜マークも一つくらい描き加えさせてもらっとかなきゃな)
 部隊長でハデ好きなレッド中尉や、豪快な振る舞いがいやでも人目を引くガーデン少尉と違って、目立つことを嫌い地味な役回りを好むイサカ少尉は、撃墜スコアも他の二人と比べると少なかった。しかし、そのことがモビルスーツのパイロットとしての資質が2人より劣るということとは全く問題が違っていた。
 それが証拠にレッド中尉とガーデン少尉は、どんな場面でどのように聞かれてもこう答えるだろう。
「あいつがいるから俺たちは安心して撃墜スコアを伸ばせるんだ」と。
 そう707は、同期だからといって小隊長を任されるほど甘くはないのだ。
 イサカ少尉に撃墜されたゲルググの核爆発が残った2機を空間に炙り出した。2機のゲルググは、自分達が期待した空域で何が起こりつつあるかに気が付いたようだった。その機動には、明らかに怯えが走っていた。
(ごめんなさいよ・・・)
 イサカ少尉は、軽く詫びを入れたが、だからといって手加減をする気など毛頭なかった。
 
「敵かっ!!」
 マックス少佐は、その瞬間叫んだ。「ブレイク(散開せよ)!!」
 しかし、その時には進行方向面に対して真上からのビーム砲撃を喰らっていた。敵の長射程のビーム砲撃をまともに喰らったのだ。
 そして、最悪なことにそのビーム砲撃はたちまち2機のリック・ドムを撃破した。
 一刻も早くゲルググ部隊の窮地を救おうと更なる加速をしたハーン少尉機とキョウジ曹長機だった。上から下へと走り抜けたビームは4条・・・そのうち3条までが命中していた。最大加速を行っているリック・ドムに対しての命中率を考えるならば恐るべきものといえた。しかも、その射撃は、リック・ドムのセンサーの探知圏外から行われたのだ。
「バイザー付きかっ・・・!!」
 自分達の登場するリック・ドムがスカート付きと呼ばれるように、ジオン軍は、戦争も末期になって登場した連邦軍の新型機・・・後にそれは単にジムを改良したものと解ったのだが・・・を、バイザー付きと呼んで恐れた。通常火器しか扱うことの出来ない自分達では到底及びも付かない遠距離から正確な射撃を放ってくる連邦軍の新型機、それがバイザー付きだった。
 実機を捕獲したわけでもないため、語られる性能は、噂でしかなかったが、その話しが半分としても恐るべき性能を持たされた機体というしかなかった。実際、その射程の長さと威力の高いビーム火器によって一方的に破壊された友軍機の数は知れない。ドムの高性能とは言い難いが、それなりの性能を持つセンサーの探知圏外からかくも正確な射撃を寄越すことが可能なのは・・・特別なパイロットを除けば、あの機体以外には考えられなかった。
「自由回避!敵は、恐らくバイザー付きだ!!近接戦闘!突撃!!」
 マックス少佐は、バイザー付きに対する対処方法の1つを命じた。
 捕獲したことはなくともバイザー付きを撃墜し、尚且つ戦争を生き残ったパイロットは少ないにしろ何人かはいた。その数少ないパイロットが残した戦訓は、2つだった。
 バイザー付きのビーム火器の射撃速度は、他の連邦軍機に比較すると随分と間延びしているということ。つまり、ジムのような連射に近い射撃速度は、威力と長射程と引き換えに失っているというわけだ。それは、巧みな回避機動を行えば被弾する確率を限りなくゼロに近づけられることを意味する。
 もう1つは、バイザー付きが、近接戦闘を苦手とするということだった。リック・ドムも近接戦闘が得意とは言い難い機体だったが、それなりの格闘戦性能を持つ。であれば、無駄に敵の得意な長射程戦闘を強いられねばならない理由はどこにもない。
 2機を撃墜されたとはいえ、第88重機動攻撃中隊のパイロットは古参揃いだ。格闘戦もそれなりの自信があった。ハーン少尉とキョウジ曹長を失ったのは痛かったが、マッシュ少尉やカザマ少尉は、健在だ。少し劣るがガリヴァー曹長も。彼等は、古参中の古参パイロットであり、攻撃を受けた直後にマックス少佐と同じように敵を知り、それに合わせた機動で突如として戦場に姿を現した敵に相対しようとしていた。残りの隊員も、僅かに遅れただけで敵が何であるのかを知り、どうすれば良いのかを理解していた。
(バイザー付きめ・・・見ておれっ!)
 マックス少佐の判断は、大方において正しかった。
 敵が、バイザー付きという判断も。しかし、1年戦争時のバイザー付きとは全く異なる新型のバイザー付きであるということまではさすがに想像できていなかった。

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