Confused fight area 05

  


「スプラッシュ!!」
 ウィルソン准尉とシナノ曹長の歓喜に満ちた声が重なる。
 やや遅れて敵の想定空域で核爆発が二つ起こる。急激に白濁した光が広がり、その拡がりのスピードが鈍る。そして、暗黒の中に拡散していく。時間にして僅かに4、5秒のことでしかなかったが、確実に2人のジオン兵、戦争が終わったことを認めない兵士達、 の生命が失われたことを示す。
 一体彼等は、どんな気持ちでこの空域にやってきたのだろうか?家族達は?恋人達は?いたとすればだが、それを知っていたのだろうか?たとえ、知っていたとしても、こんな最期を遂げるとは想像もしていなかったに違いない。少なくともこの空域に関するかぎり2人のパイロットが生きていたという証は完全に失われてしまったからだ。
 先年に配備が開始されたばかりのジム・スナイパー2を全力加速させながら第103モビルスーツ中隊指揮官のトールマイヤー中尉は、少し感傷染みた思考をしてみた。それは、そういう感傷を許すほど、この新型ジム・スナイパーは、1年戦争時のモビルスーツの性能を凌駕していた。ましてや敵は、実体弾を主兵装とするモビルスーツ、リック・ドムである。なおさらだった。
 ただ、リック・ドムを撃墜した2人の若いパイロット達は、そこまでの感傷に浸ってはいないだろうとの思いもある。彼等にとっては、リック・ドムという機体は、人が操縦するモビルスーツであるという感覚よりもスクリーン上の1つのブリップにしか過ぎないはずだった。
 それが、若さというやつなのだ。
(まあ、浸られても困るが・・・)
 トールマイヤー中尉は、ひとりごちた。
 スクリーンにプロットされた敵が、逃げもせずに自分達に戦闘を仕掛けようとするのを見て取って思った。敵は、自分達の搭乗するモビルスーツが旧式であるという事を知っていてなお、戦意を失ったりはしなかったのだ。つまり、それなりのプロフェッショナルということだ。ならば、くだらない感傷は、自分を殺すことになる。
「現空域で待機戦闘!射撃自由!回避運動自由!!」
 敵が接敵を望んで来る以上それを手助けしてやる必要はなかった。トールマイヤー中尉は、スナイパー2がもっとも得意とする狙撃を中心に交戦させることを選んだ。
 ゴウッっと制動を一気に掛けて、スナイパー2専用に開発されたビームライフルを連射した。制動を掛けたモビルスーツは、敵からの容易な標的になりやすいからだ。もっとも、リック・ドム相手には無駄な射撃であったかも知れない。今だ、彼我の距離が10キロを超える現時点では、リック・ドムが装備可能な攻撃兵装で有効な反撃を送ってこれるどおりがなかったからだ。しかし、訓練で叩き込まれた習慣が抜けなかったのだ。
 それは、自分達の小隊がスナイパー2に機種転換される前から受け続けている訓練で徹底して叩き込まれた機動だった。戦後になってビーム火器が主力になって以降の対モビルスーツ戦闘のセオリー、回避機動で隙が生まれるときには必ず敵に牽制射撃を送る・・・の、実践だった。
 しかし、そう言ったことが無駄かどうかということよりも、既にトールマイヤー中尉の思考の大半は、残ったリック・ドムを撃墜できるかどうかではなく、どれだけの短時間で殲滅できるか?に変わっていた。
 スナイパー2にとっては、もはやリック・ドムは旧世代のモビルスーツでしかなかったからだ。
 制動を掛け、機位を僅かに移動させ、敵の接敵機動に対して機体の正面を向ける。トールマイヤー中尉は、ジムJ型やカスタムタイプに搭載されている標準の射撃照準システムの20機分もの高価なシステムで照準を開始した。訓練された僚機も、同じ機動を行っているはずだ。文字にすると長ったらしく感じられるが、訓練された連邦軍スナイパーパイロットにとってそれら一連の機動は瞬時に完了できる所作だった。
 レクチルの中で回避機動を行いつつ接近を試みるリック・ドムの1機に照準を合わせながらトールマイヤー中尉は、敵を哀れんだ。敵の機動があまりに拙劣で、無様だったからだ。いや、と、思い直す。彼等は、1年戦争時の機材で出来るかぎりのことをやっているのだ。
 そう言った意味では、戦争機材としてのモビルスーツの進化は、あまりにも早かった。いや、早すぎた。
 
「くそったれ・・・」
 サブスラスターで機体設計の許す限界ぎりぎりでの回避機動をリック・ドムに強制しながらもマッシュ少尉は、よろしくない汗を流していた。
 主兵装は、腰に携行してきたMMP−85マシンガンに換えている。携行してきたジャイアントバズーカーは、既に遺棄していた。予備兵装の補充にすら事欠く現状、装備の遺棄は厳しく戒められていたが、生死の境なのだ、そんなアホな命令に従うつもりは、マッシュ少尉には毛頭無かった。対モビルスーツ戦闘において、ジャイアントバズーカーほどタチの悪い兵装はなかった。敵味方が入り乱れる集団戦闘であれば、隙を見せた敵に必殺の一撃を送り込むこともマッシュ少尉ほどのベテランになれば不可能ではなかったが、いまは、そうではない。
 小数機による編隊戦闘である。1年戦争時であれば、ヒヨッコが大半を占めた連邦軍のパイロットなど恐れるに足らなかったが、現状は、訓練不足の自分達よりも余程連邦兵の練度の方が上のはずだった。
 大体、自分達の任務は、ゲルググ部隊を苦戦に陥らせている敵に一撃を掛けて混乱させ、それを突破して敵の母艦群を、やはり一撃離脱で叩いて引き上げるというものだったはずなのだ。
 そういう性格の戦闘であれば、既に旧式の仲間入りをして久しいリック・ドムにもなんとかこなせるはずだった。いや、こなして見せる自信があった。
(実際はどうだ?)
 マッシュ少尉は、頭の中で呟いた。
 戦場では、全くもって予想しないことが起こる確率の方が高いのだ。そして、今回もその例に漏れなかったというだけのことだ。もちろんそのことを忘れていた訳ではなかった。だからこそ予備兵装として高初速マシンガンを携行してきたのだ。
 けれど・・・
(この機体で対モビルスーツ戦闘・・・しかも、相手はアンノウンと来た・・・)
 どのみちジムの進化系と思えたが、相手がどんな種類のモビルスーツであれ、リック・ドムと言う機体は、対モビルスーツ戦闘に投入してよい機体ではなかった。
 敵は、牽制射撃ですら、僚機の至近を擦過させている。
 高初速マシンガンのMMP−85といえども、その有効射程は、僅かに1000メートル内外でしかない。
 敵が、接敵機動を止めた今、その有効射程内に入り込むまでに永遠とも思える時間が必要だった。敵のビーム射撃の中、その距離まで一体何機が辿り着けるのか?そして、その中に自分がいるのか?
(ま、考えてもせんの無いこと・・・)
 マッシュ少尉の思考は、そこまでだった。
 敵の開始した阻止射撃の最初の一撃が、マッシュ少尉のリック・ドムをまともに貫徹したのだ。
 現存する量産型モビルスーツが装備するビーム火器の中では最高の破壊エネルギーを持たされた連邦軍の新型ビームライフルから迸ったメガ粒子は、マッシュ少尉のリック・ドムの頭頂部分から貫入し、コンマ2桁の時間しかかけずに胴体下部へと走り抜けた。その僅かな時間の前半部分でマッシュ少尉は、蒸発していた。そして、後半部分でリック・ドムの核融合炉のミノフスキー電磁封印部分を崩壊させ、同時に十分に残されていたメイン推進剤タンク内の推進剤に引火した。
 最初の僅かな時間、爆発は推進剤が起こす火力によるものが優勢だった。その爆発で、リック・ドムの機体骨格は吹き飛びかかった。けれど、火力爆発が優勢だったのは、ほんの僅かな時間でしかなかった。
 なぜなら、核融合炉の暴走が、火力爆発をあっというまに凌駕して火力爆発そのものを取り込んでしまったからだ。核融合炉から解放された莫大なエネルギーは、リック・ドムを構成する全ての部分をあっというまに原子にまで還元しながら辺りの空域にその凶暴なエネルギーを急速に解放していった。
 
「スプラッシュ!」
「スプラッシュ!!」
 僚機からは、たて続けに撃墜報告が上がってくる。それにたいして味方は、全く敵の砲火を浴びることもない。
 トールマイヤー中尉自身も最初の一撃目で、撃墜マークを1個加えることに成功していた。敵は、想定内の回避機動しか行わなかった。いや、行えなかったと言ったほうが正しかった。もともと地上専用の機体を宇宙戦用に戦時急造で戦線に投入した機体なのだ。その時点で、性能の向上には限界があったのだ。
「スプラッシュ!」
 最後の1機をエルス曹長が撃墜し、ジオンの残党が繰り出してきた骨董品の試みたゲルググに対する支援も、それを継続するための反撃戦闘も完全に潰えた。
(殺戮だな・・・)
 戦闘時間にして僅かに30秒あまり・・・数的に敵が優勢にあったにも関わらずこのような短時間で終息してしまった・・・これを、対モビルスーツ戦闘、と呼んでいいものかどうかも怪しい・・・その思いが、トールマイヤー中尉をして、本人が意識したかどうかは別にして思い上がったような感想を漏らさせていた。
「ふむ・・・サーク・レッド大尉も、自分にケツ拭きは出来るようだ・・・」
 全周囲警戒を念の為に行いながら自分達が加入するべき空域の戦闘も終息しつつあるのをトールマイヤー中尉は、見て取った。
「所詮、ゲルググも1年戦争の機体というわけか・・・」
 あわよくば、自分もゲルググの撃墜マークを増やしてみたいと思っていたトールマイヤー中尉は、そう言うと少し肩を落とした。
 それは、全く不謹慎な感情だったが、咎められることでもなかった。
 それがむしろ当然なほど新世代のモビルスーツ・・・ジム・スナイパー2の性能は向上していたからだ。
 
「何もかもが違う・・・」
 マックス少佐は、ザクに倍するスピードで接敵しているにも関わらず絶望していた。敵から浴びせられるビーム攻撃は、機関中のように途切れなく、そして更にタチが悪いことには正確だった。
 敵が、マックス少佐の想定した相手と違う全くの新型機・・・そのことに気が付いたときには最初の被撃墜機を出していたし、もう反転することも叶わなかった。
 部隊配備が始まった当初、ザク・ライダーから羨望の眼差しで見られた重装甲も、メガビームの直撃には、なんの防御力も持たなかった。
 4機の敵から浴びせられるメガビームの豪雨は、まさしく豪雨と表現するのが相応しかった・・・死の豪雨だった。
 僚機が、1年戦争を生き抜いてきたベテランの僚機が、1機、また1機と直撃を受け、死の核爆発の中に消えていく。
 その核爆発が拡がっていくほんの数瞬の間だけ、敵からのビーム射撃が正確さを失う。それは、まるで死んでいくパイロットが、残った戦友達になんとか一矢報いて欲しいという願いでそうしてくれているようでもあった。
 しかし、敵との距離は、絶望的なほど遠かった。
 半数は、敵との接敵戦闘に加われよう・・・その判断は、誤断だった。
 ハーン少尉機とキョウジ曹長機を失い、進撃進路を変更し、突撃を開始した時点で早くも1機目の被撃墜機を出した。十分な加速を得る前に更に2機を失い・・・そして、自分だけが残った。
 その時点でマックス少佐は、戦意を喪失していた。
 回避機動は惰性になった。
 それは、目一杯の回避をして見せてなお、命中させてくる相手にとっては射的の的を提供して見せたようなものだった。
 回避機動が、惰性になっていくらもたたないうちにマックス少佐のリック・ドムに最後が訪れた。それが、敵機の中でももっとも、若く練度の低いパイロットの放ったビーム射撃であることを知っていたなら・・・マックス少佐は、意地でも回避していたかも知れない・・・しかし、自分が率いてきた戦友達を僅かな交戦の間で全員を戦死させてしまったことで何もかもが、どうでも良くなってしまったのだ。
 パイロットとしてのマックス少佐は、ビーム砲撃が命中する以前に死んでしまっていた。それを追認するようにマックス少佐自信もビームの奔流の中へと消えていった。

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