Confused fight area 06

  


 ザクが、よたよたと・・・眼前で機動する敵のモビルスーツと比較するならばそう思わざるをえなかった、展開するのを見やっていたエドゥー准将の耳に新たな報告が入った。
 それは、オペレーターからもたらされた。
「オルフェスから、モビルアーマー発進しつつあり!」
 報告するオペレーターの声にも明らかに戸惑いがあった。
「!?スクリーン、映し出せ!!」
 エドゥー准将は、間髪入れずに叫んだ。
「アイ!サー!」
 ザクが、編隊機動をとろうとしていた画面は切り替わってサブになり、メインスクリーンには、ジオン軍が未だ研究開発を続行しているモビルアーマーが、映し出された。
 既に小型の哨戒艇ほどもあろうかというホワイトグレーのモビルアーマーが、完全に姿を現しており、オルフェスのハッチからは、2機目、目を射るように鮮やかなレモンイエローで彩られたエルメス5号機が、艦外にまさに出ようとするところだった。
「畜生・・・」
 エドゥー准将は、誰に言うでもなく小声でやるせなさを言葉にした。その言葉の意味は、こんなものまで防衛戦闘に投入する決意をさせてしまったということにあった。
 実験部隊は、確かにエドゥー准将の管轄外であり、命令系統も違ってはいたが、結局は、自分の判断ミス、赤外線放出を最小限に抑えるためのメインエンジン停止という命令が招いた結果なのだ。
 その結果、実験部隊は、エドゥー准将指揮下の護衛部隊とともに全滅しつつある。
 戦闘自体は、始まってもいないが・・・ゲルググ遊撃隊を突破してきた敵が、尋常ではない戦闘力を持つことだけは容易に想像がついた。機体性能とパイロットの技量という両面でゲルググ遊撃隊に勝るモビルスーツ部隊は、ジオンには現存しない。そのゲルググ遊撃隊を突破してきたのだ。
 機体性能、技量ともに劣るザクが、ゲルググ遊撃隊の半分以下の戦力で、敵モビルスーツの攻撃を阻止できる可能性は皆無に近かった。
「リムミサイル発射準備完了しました!准将!!」
 エドゥー准将の思いを先任士官の報告が強制終了させる。
「リムミサイル敵方位に向けて全発射管全力発射、残ミサイルが尽きるまで発射せよ!!」
 しかし、リムミサイルが、牽制の効果を発揮できるよりも先にザクが撃墜されはじめていた。いや、リムミサイルには対モビルスーツの牽制など初めから期待など出来る訳もなかった。効果があるとするならばエドゥー准将自身を慰める事ぐらいしかなかった。
 
 それに先立つこと3分前・・・
 
「しかしだな・・・」
 実験部隊の指揮官は、突然の意見具申にその内容がどうであるかというよりも先に難色を示した。まるで自己保身だけをプログラミングされたロボットのように。
「現状では、しかしなんて言ってる場合ではないのではないですか?」
 ややぽっちゃりした体型をパイロットスーツで包んだ少尉の階級章を付けた男が丁寧な口調で具申した。それに覆いかぶさるように頭に黄色いバンダナを巻いた粗野な感じのパイロットが、早口で捲し立てた。
「船ごと沈んじまっちゃあ話にもならないってこと、わかるでしょう?」
 その能天気で軽薄な頭でも・・・とも続けたかったが、さすがにそれは飲み込んだ。
「君らは、あれのシステムを作動させられんだろう?」
「ンなの、分かってる!!だからってぇ・・・」
「ロバート少尉!」
 バンダナを巻いたパイロットが頭に血をのぼらせようとするのを押し留めてもう1人が丁寧に話した。
「それは、自分達も十分すぎるくらい分かっていますよ、大佐殿。でも、自分のブラウ・ブロだって、ロバート少尉のエルメスだって戦闘機くらい・・・いえ、砲台替わりにはなります。だったらですよ?オルフェスの盾代わりにはなると思うんです。オルフェスが生き残るチャンスが少しでも増えると思うんです」
「ってぇ、ことだっ!!」
「・・・」
 大佐と呼ばれた男は、小狡そうな表情に一瞬だけ迷いを見せた。「よろしい!ヴィル・ワイズナー少尉、ロバート・ロン少尉、出撃を許可する!!」
 もちろん、大佐の判断の中の半分以上は自分が生き残れる可能性が高まることへの期待だった。2人のパイロットのように仲間を部下を助けたいという考えはほとんど無かった。
 ただ救いなのは、大佐自身が生き残ろうとすることは、少なくともオルフェスの乗組員達が助かる可能性を増大させる事に直結するのだ。
 しかし、2人にとっては大佐がどんな考えをしていようがどうでもよかった。むしろ、ヴィル・ワイズナー少尉は、その大佐の性癖を理解してあのように話したのだ。そういう意味では、非常に御しやすい、ありがたい指揮官だった。
 2人のパイロットは、許可を取り付けると脱兎のごとく駆け出した。
 
「スプラッシュ!」
 エンリケ曹長の陽気な声。
「スプラッシュ!」
 クリューガー曹長の緊張を含んだ声、それぞれが敵の撃墜を知らせてくる。
 ビア少尉は、自らも1機を撃墜し、エンリケ、クリューガー両曹長も撃墜スコアを稼いだことにたとえそれがザクであるといっても気を良くしながら、全周囲への警戒を怠ってはいなかった。敵の残存戦力がザク3機であったとは言え、今日のジオン軍は、どこからどう戦力を投入してくるか知れなかったからだ。
 前方で回頭を終えつつあるムサイから放たれてくる大量のミサイルも虚仮威し以下だった。
 大量とはいってもジムカスタムに搭載された戦闘コンピューターは、発射されたミサイルのうちどれが脅威であるかを発射される傍から判断しており、その1発づつにおいて進路を把握していたからだ。つまり、危険なミサイルは発射されてすぐに判別できるわけだ。したがって到達するころには音速の3倍にまで達するリム対空ミサイルもなんら脅威ではなかった。
 憐れなのは、敵のザクだった。
 回避機動は、完全にコンピューターの予測範囲内でしか行っていない。当たり前だろう。ザクのデーターは、腐るほど集積されているのだ。交戦距離を5キロにとっていてさえ、射撃目標としては停止標的と同程度でしかなかった。
 続く第2撃で残りのザクも全て撃破できると思った瞬間、スクリーンは、新たな脅威を知らせてきた。
 ビア少尉は、攻撃機動をとりながら敵の種別にちらりと目をやった。
「くそっ!マジかよっ!!」
 やはり、今日のジオン軍は、いつもとは異なるらしかった。新たな敵の出現を予測していたとはいえ、現実は予測を遥かに上回って来た。
「少尉!!」
 同じように敵の種別を知ったエンリケ曹長が慌てた様子で指向性通信を送ってくる。
「狼狽えるな!」
 そう命じながらビア少尉は、自分が一番狼狽えているのではないかという疑問を微かに持った。いや、むしろそれは正解だろうという変な自信もある。
 それを見透かすかのように新たに出現した敵の戦力が、メガビーム砲撃を送って寄越した。威嚇も含めたであろうそれは、ジム小隊を確かに狼狽させた。
「エルメスとブラウブロだなんて!!」
 敵を知ったクリューガー曹長の悲鳴のような声を聞きながらビア少尉は、その砲撃が自分の存在を誇示し、ザクを支援するためのものだと理解できていた。
 意識をザクに戻し、ビア少尉は、照準した。
 1撃・・・2撃・・・憐れなザクは、ビア少尉の射撃を全く躱すことも出来ずにあっさりと撃破されていく・・・3撃・・・3撃目は外したが、小憎たらしくもビア少尉の射撃を逃れた敵のザクは、ビア少尉の意志を汲んだエンリケ曹長からの射撃で火球へと変じた。
「この俺が、ニュータイプと遣り合うとはな・・・」
 ザクの全滅を知って怒りに駆られたのか、敵のうちの1機・・・エルメスと呼ばれる連邦兵にとっての畏怖の対象が、機体に装備したメガ粒子砲を連続射撃してきた。その間にブラウブロと呼ばれる有線式のサイコミュ遠隔操作のメガ粒子砲を持つ機体は、右へと展開していく。ザクとの戦闘直後ということと、射距離にして20キロはあるせいで射撃目標としてはプロット出来ない。プロット出来たとしても実際の攻撃目標としては機体の大きさのせいもあって抗堪性のあるイヤな機体だ。
 ビア少尉は、戦闘モードを高速移動標的に対するものへと変更する。
 モビルアーマーは、モビルスーツとは全く異なる戦闘機動をする戦闘兵器だからだ。
 その上、ムサイのメガ粒子砲が援護射撃として加わってきた。
 しかし、もっとも恐れるべきは、サイコミュと呼ばれるビア少尉のような人間にとっては信じたくもないようなシステムによってビットと呼ばれる完全無線誘導が可能になった小型戦闘機とでも呼ぶべきメガ粒子砲搭載システムで超々遠距離から攻撃が可能なエルメスの存在だった。
 その正確な攻撃有効範囲は、未だに不明とされている厄介な相手だ。
「エンリケ!クリューガー!回避機動!敵モビルアーマーに注意!まずムサイを沈める!!」
 方針は、定めた。
 まずは、小煩いメガ粒子砲砲撃を送ってくるムサイを沈める。その後に本命ともいうべき敵のモビルアーマーへの攻撃をかける。でなければ、化け物と噂されたモビルアーマーの相手など出来はしないからだ。
「続けっ!」
「了解!」
「了解っ!!」
 ありがたいことに2人のパイロットは殆ど怖じ気づいていないようだった。カスタムとJ型のデータは、敵にはないということも強みだ。敵が、化け物じみた攻撃システムを採用しているとはいえ、データにない敵に正確な攻撃を送って寄越すようになるには今少し時間があるだろう。
(今日の一番の貧乏くじは・・・俺だな・・・)
 ビア少尉は、そうひとりごちた。
「いや、いや、俺なんかの部下になっちまった奴等の方がよっぽど貧乏くじだ・・・」
 そういうとビア少尉は、いっこうに額からひかないイヤな汗を思い、引き攣った笑いを浮かべた。
 
「間に合いませんでした・・・」
 機体に装備された4機の有線式サイコミュ誘導型メガ粒子砲からの牽制射撃もむなしく、ザクは、あっという間に殲滅されてしまった。
 自分自身の決定的な能力不足・・・そう、完全なオールドタイプということがこのブラウ・ブロの性能を全く持って引き出せない、そのことがザク部隊の全滅へと繋がった気がしてヴィルの精神を蝕んだ。
 エルメス5号機のロバート少尉もその点に関しては全く同じだった。
 2人は、この2機のニュータイプ専用モビルアーマーに搭載された新型推進ステムの評価試験のためのパイロットでしかなかったからだ。戦後、ジオンには、大戦中に集められたような優れたニュータイプパイロットは現れはしなかった。ララァ・スン少尉のような驚異的な、あるものにいわせれば化け物じみた、パイロットは、戦争が産みだした徒花・・・だったのかも知れなかった。
 それでもこういった機体が破棄もされずに性能向上のために実験を続けているのは、ひとえにララァ少尉の挙げた戦果の大きさゆえだった。
 ララァ少尉のようなパイロットが現われたとき・・・それは、ジオン再興と同じ程度に実現性が極めて希薄だったけれど、ジオン再興と同じく、捨て去ることの出来ない希望だったのだ。
 しかし、現実には、2人ともララァ少尉と比べることもおこがましい超の付く一般パイロットでしかなかった。
 だけど・・・と、ヴィル少尉はひとりごちた。
(このブラウ・ブロの機体の機動性能については・・・ぼくが一番良く知っている)
 それは、ロバート少尉にも言えることだった。
 ロバート少尉もエルメス5号機のクセの隅々まで掴んでいるのだ。
 本来の性能を引き出せないまでも、このブラウ・ブロとエルメスのメガ粒子砲は、命中しさえすればモビルスーツなど一撃のもとに破壊する。このことは、ザクやリック・ドムが装備する実体弾火器と比べれば当てさえすればいいという点でパイロットに与えるプレッシャーの度合いが雲泥の差だった。
「とにかく、命中しさえすれば・・・」
 ヴィル少尉は、早くも額と手の平に吹きだした汗を拭えないことに対する苛立ちを頭の隅に追いやりつつ、3機の敵のうち1機に4基の連装メガ粒子砲座からのメガビーム射撃を送りはじめた。4基のメガビーム砲砲座から順に送りだされるメガビームは、敵にプレッシャーを与え続けるだろう。
 その隙にロバート少尉のエルメス5号機が乗じることが出来れば・・・あるいは、敵の1機くらいは道連れに出来る可能性があった。
 そう、その程度のことしかヴィル少尉もロバート少尉も期待はしていなかった。
「墜ちろっ!墜ちろ!墜ちろ!!」
 ビーム砲の発射ボタンを押しながらいつしかヴィル少尉は、呪詛していた。

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