Confused fight area 01

  


「在空各機、状況報告せよ」
 ガーデン少尉は、額にかすかに吹き出したあまり好ましくない汗に僅かに気を削がれながら呼びかけた。
「02、エネルギー残量20。戦闘続行に支障なし・・・」
 真っ先に応えを返してきたのは、エンリケ曹長だった。残量20は、残ったメガビーム用のエネルギー量が、最初の20%だということだ。つまり、ジムの新型スプレーガンの性能上は、まだ1ダース近いビームの発射が可能ということだ。推進剤についてとくに申し送ってこなかったところを見ると推進剤残量については問題がないのだろう。
「04、推進剤残量50、エネルギー残量33、シールドが半壊状態です」
 続いたのは、クリューガー曹長だった。03が、飛んだのは仕方がない。2番目に応えるべきスクア・ウェイ曹長は、戦死してしまったからだ。シールドが半壊してしまっているのは、敵の実体弾の直撃をかろうじてシールドで凌いだ証拠だった。恐らく、クリューガー曹長の心臓は早鐘のように鳴っていることだろう。続く戦闘で使い物になるかどうかは怪しいといわざるを得ない。僚機を1機失ったうえに自分まで死にかけたのだ。実体弾の直撃の1発や2発ではジムはやられはしないとはいっても実際に直撃を受けかけたパイロットには無意味だろう。びびってしまっていなければいいが、と思う。
 まあそう言ったことを含めても、この時点で自分を含めて3機が戦闘可能なのは好ましい結果と言わざるをえない。
 なにしろ、午後のピクニック気分で出撃した自分達は、多いに気を緩めていたからだ。無理もない。敵は、パプア級という戦時を経て退役していないのが不思議なくらい旧式な補給艦とそれを護衛する仮装巡洋艦だったからだ。
 更に、ガーデン少尉達をして気を緩めさせる要因になったのは、それらに搭載できるモビルスーツ数は限られていたし、運用できるモビルスーツもザク止まりであることが容易に予測できたからだ。
 であれば、ジムカスタムとJ型で構成された自分達にとっては、脅威と呼ぶべくもないと思えたからだ。
 実際、戦闘の序盤・・・もっとも、ガーデン少尉達は、それで全てが終わりだと思い込んでいた・・・では、2隻のアトランタ級重巡洋艦から出撃した12機のジムは、敵を圧倒した。
 想像に違わず、敵の主力は、旧式の実体弾火器しか装備しえない05タイプだった。それに、指揮官機らしい06タイプ。06といっても所詮は旧式なザクに過ぎない。恐れる必要は、皆無だった。数の上でも圧倒しているうえに、火力、機動力ともに隔絶していた。だからだ、ガーデン少尉達ベテラン組みは、後衛に徹した。新兵達の4小隊に戦果を挙げさせてやるためである。05タイプごとき、多少の手慣れたパイロットが搭乗していようとJ型では問題にもならなかったからだ。
 05タイプを撃墜したといっても今更・・・なのだ。自慢にもならない。
 
 だが、敵は、それだけではなかったのだ。
 
「3機は撃墜したが・・・」
 ヴィクトル少尉は、呼吸を調えながらいった。1年戦争を生き残ったとはいえ、ろくな戦闘訓練を行ってこなかったせいで、たった数分の制空戦闘でも息が上がる。それが、口惜しい。
「ええ、ジャイケル少佐が1機、シュナイダー少尉が1機、そして、大佐が・・・」
 返答したのは、ヴィクトル少尉とペアを組むクサナギ少尉だった。
「ああ、こっちは・・・?」
 そして、スコアを上げられなかったことも口惜しさの一因だった。
「サカモト少佐・・・それに、トバ曹長のゲルググの識別信号が消えました。それに、ピケット部隊の05と06が全部・・・」
 クサナギ少尉の声が苦渋に満ちているのは、ミノフスキー粒子に途切れがちな近距離無線でも分かった。それは、ヴィクトル少尉の気持ちでもあった。手負いのウサギを啄ばむ隼のような敵・・・連邦軍の掃討部隊のモビルスーツ隊から味方の旧式なモビルスーツを救い出すことが出来なかったからだ。
「大佐は、どうする気だろう?」
「さあ・・・どのみちこの空域を無事に脱するには、ことを構えなければならないでしょう・・・」
 もっともな意見だった。連邦軍のモビルスーツ隊は、3機を少なくとも失ったとはいえ、後退などしていなかったからだ。ゲルググという、思いもかけないモビルスーツで編成されたジオンの精鋭部隊に襲われてパニックに陥り、一時的に後退したに過ぎないからだ。こっちが、精鋭ならば、敵も精鋭だ。
 確かに、前衛に出てザクを蹴散らしていたジムには、素人っぽさが残っていたといえる。だが、それに幻惑されたサカモト少佐を、たとえ幻惑されていたにしろあっというまに餌食にしたのは敵が精鋭である証拠だった。
「だな・・・」
 ヴィクトル少尉は、そう言うと大佐が潜む岩礁の方へモノアイを振った。中規模の暗礁空域・・・こんなところで死んでたまるか、ヴィクトル少尉は、ひとりごちた。
 
「さすがですな・・・大佐」
「少佐もな」
 ジャイケル少佐の言葉にノイエ大佐は、短く応えた。その声は、重い。
 ピケット部隊のザクを旧式だとはいえ6機も失い、ザクそのものなどよりも数十倍も貴重なモビルスーツを動かせるパイロットを6人も失ったからだ。更には、モビルスーツ戦力としていうまでもなく最有力なゲルググを5機も失い、何者にもかえがたいベテランパイロットを3人も失ったからだ。
 そして、何よりも苦悩せずにはいられないのは、ゲルググとそれに乗るベテランパイロットであれば、連邦軍の量産型モビルスーツの10機や20機など取るに足らないと判断し、攻撃を命令した自分の浅はかさだった。
 その結果・・・おそらく4、5機の戦果と引き換えに悔やんでも悔やみきれないほどの損害を被ってしまった。
 そして、戦闘は終わってはいない。
 後退することも出来ない。
「どうされます?」
「まあ、待て・・・敵も策を練っておるだろう」
 そう、こちらも策を練らねばならない。
 特に、指揮官機らしい紅いジム、そして、小隊指揮官であろう紅いジムと同じ機体に乗ったパイロット・・・この3人は、明らかに危険だった。そして、それ以外のジムも。このゲルググの母体となったゲルググ量産タイプと同程度でしかなかったはずの連邦軍の量産型モビルスーツは、ノイエ大佐が想像する以上に進化していた。ひょっとすると、この高機動化したゲルググを上回る・・・いや、実際に指揮官機とおぼしきタイプは、上回っているのかも知れなかった、そう考えて機動する必要があるだろう。
 であれば、劣数の自分達に勝ち目はなさそうにも思える。敵は、万全の整備を受けているであろう新型のジムを10機以上残しているのだ。
「レーザー通信使えるか?」
 ノイエ大佐は、支援機として量産が画策されたゲルググキャノンに搭乗するジャイケル少佐に尋ねた。
「88になら・・・彼らの母艦の位置をプロットしておきましたので・・・」
「88か・・・彼らの編成は?」
「昔どおり、マックス大尉の指揮下で7機編成であります、大佐」
「ふん・・・」
 ノイエ大佐は、何もかもが、この空域は大戦の匂いがする、そう思った。
 
 結局4機が、撃墜されていた。
 4小隊が2機墜とされたのは仕方がないにしても、ガーデン小隊から1機、そして自分自身の小隊からも1機の被撃墜機を出したのは痛かった。4小隊の2機は別にして、この2機は、ようやくものになってきたパイロット達だったからだ。ジムの補充は、いくらでもきくが、パイロットは、そうはいかない。部隊戦力を維持するうえでもっとも必要なものは新兵器でも何でもない、手練手管のパイロットなのだ。そういう意味では、4小隊が全滅してくれていたほうがよかったと不謹慎な思いを平然と抱いたぐらいだ。
 少なくとも部隊長としてのサーク・レッド中尉の考えは、そうだった。
 だからといって、4小隊の残存の2機を失ってもいいとは思っていなかった。彼らは、この闘いを潜り抜ければ通常の訓練では、決して得ることの出来ない経験を得ることになる。それは、精鋭パイロットにとってなくてはならない種類の経験だった。
「イサカ少尉、ガーデン少尉、応答せよ!」
 サークは、カスタムに搭載された指向性通信の回線を開いた。溺れそうに濃いミノフスキー粒子下でも、相対的に停止した関係にあれば、この指向性通信はすこぶるクリアだった。同時に5方向までの味方に連絡をとることが可能だった。
「こちらイサカ・・・聞こえます」
「同じくガーデンです、良好です」
 2人の信頼できる小隊長の声は、全く曇りが無かった。さすがは、1年戦争を潜り抜け、掃討部隊で生き残ってきただけのことはあった。彼らは、カスタムの性能を最大限にまで引き出して闘ってくれるだろう。でなければ、あの品の悪くカラーリングされたゲルググの高機動タイプとおぼしき機体にてこずることになる。
 あれにさえ撹乱されなければ・・・あとのゲルググは、J型にとっては、さほどの脅威ではなかった。損害は、最小限に抑えることが出来るだろう。
 
「了解です!中尉!!」
 ガーデン少尉は、レッド中尉の作戦を受け入れた。
 もっとも、どんな作戦であれ最初から答えは、イエスしかない。1年戦争からこっちの腐れ縁とでもいう部隊長だ。おかしな癖もあるが、こと戦闘に関しての判断で間違ったことがないのが取り柄の隊長だ。
 そういう意味では2小隊のイサカ少尉もだ。
 ガーデン少尉を含めた3人は、左遷部隊と誉れ高い・・・左遷部隊に使っていい言い回しかどうかはこの際、無視だ・・・707哨戒中隊の結成時からの生き残りだ。こういった部隊の常といっていいかどうかは知らないが、他の部隊にはない妙な連帯感がある。
 だからだ、未だに左遷部隊と呼ぶ輩がいる707だったけれど、現実には実績が、ものを言っている。J型の充足率が、連邦軍部隊の中でもトップを切ったのは、そのあたりなのだ。
「いいか、エンリケ、クリューガー・・・俺たちの小隊が敵を撹乱する。推進剤をケチろうなんざ思うな!スラスターペダルの深い踏み込みが、お前らを生還させるんだ!俺の前に飛び出すぐらいのつもりで踏み込め!それからな、ビームは、当たろうが当たるまいがぶっ放せ!!敵が、怯めばそれでいい!!それから・・・」
「1秒以上は同じ進路をとるな!ですね?少尉」
「分かってるじゃねえか!だが、今日は半秒以上だ!!今日のジオン野郎のモビルスーツは、ザクやドムっていう骨董品じゃないからな!!」
 エンリケ曹長の心積もりは良かったが、敵に合わせて臨機応変でないところが玉に瑕だった。ま、ゲルググとやり合ったことが無いのだから仕方がない。ガーデン少尉自身、戦時も含めて終戦からこっち、ゲルググを相手にしたことはたったの2回しかなかった。
 掃討部隊として名を馳せている707に所属していてさえである。
 そして、その2回とも、記憶に残る戦闘だった。
 ゲルググは、どんなときにも危険な相手だった。
「いいか、神経をリラックスしながら尖らせろ!1つのことに捕らわれるな!あとは、レッド中尉とイサカ少尉に任せればいい!とにかく俺たちは、突っ走ればいい!J型の性能を信じろ!!」
 J型の性能が、どれほどのものなのか?そんなことはガーデン少尉の知るところではなかった。もちろん、カタログデータ的なことは知っている。けれど、実際に戦場でどの程度の実力を搾り出せる機体なのかどうかは、実際の戦場で、極限の状態に置かれてみなければ分からない。
 そして、その性能を搾り出すのはJ型そのものではなく、それを操るパイロットなのだから。パイロットが自信をなくしてはJ型が、本来出せる性能も出せなくなる。
 ようするに、彼らが実力を発揮できるようにするためのはったりだった。
「ハイ!少尉!!」
「了解です!少尉!!」
「オーケー、いい子たちだ!!俺に、ビールを奢らせろよ!!」
 ガーデン少尉は、いかにも実戦慣れした自分を見せることによって未だ実戦経験十分とは言い難い2人の曹長を鼓舞した。
 けれど、自分自身の中の恐怖を完全に消し去ることができているわけではなかった。それが証拠に、ヘルメットの中のイヤな感じの汗は、いっこうに減ってはいなかった。
 それでも、好ましいのは、ひょっとすると使い物にならないのではないだろうかと危惧したクリューガー曹長の声が、しっかりとしていることだった。これは、幸運なことだった。少なくともクリューガー曹長を頭数にいれて行動してよいということだからだ。戦力が2機と3機では自ずととれる機動が違う。
(うん、これはいけるぞ・・・)
 ガーデン少尉は、自分のツキが、まだまだ残っていることを確信してひとりごちた。そうして、全神経をモニターに集中した。レッド中尉からの合図・・・発光信号・・・が、発射されるまではあといくらもない時間になっていたからだ。
 
戦場は、急を告げようとしていた

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