迷子の心

 日曜の午後。さくらは知世を訪ねていた。熱は昨日で収まり、他に咳などの症状もでなかったので約束通りバレンタインのためのチョコレート作りに来たのだった。
 例年はさくらの家で作るのだが、今回は知世の願いで大道寺家の厨房を借りての作業となった。

 さくらはまず、知世の部屋に通された。そこで、自分と同じ年頃の少年が椅子に座っているのに気がついた。髪は柔らかな栗色、きりっとした眉と翳りを帯びた眼差しが印象的だ。一見すると無愛想なので少し怖いようにも思えた。
 相手はさくらが部屋へ入ってくるのに気がつくと、立ち上がりお辞儀をした。
「知世ちゃん?」
 さくらも頭を下げた後で、自分の後ろから部屋に入ってきた知世を不安げに見た。部屋に入る前に何か言ってくれていれば心積もりもできたけれど、不意のことに動揺を隠せない。
「さくらちゃん、この方は私のクラスの李小狼くんですわ。今日はお頼みしたいことがあって、お出でいただいたんですの」
 知世の知り合いと聞いて、ほっと安堵のため息をつく。相手は、そんな彼女の様子を立ったまま眺めていたが、さくらと目が合うと、つと、視線を外した。そして顔を伏せ、今にも部屋を出て行きかけた。
「あ、あの、私、お邪魔ならお話終わるまで外にいますけど・・?」
「いいえ、さくらちゃんも一緒でないと、困りますわ」
 知世はさくらの言葉に顔を上げた小狼に目配せをし、ドアの傍まで歩き出したさくらを引きとめ、二人に向かってソファに座るようすすめた。
「さくらちゃん、李くんは香港では有名な導師の家系の方なのです。クロウカードのこともご存知ですから、何も心配いりませんわ。そうですわね?李くん」
 さくらの隣で居心地悪そうに腰を下ろしながら、小狼は無言で頷いた。
「さくらちゃん。昨日お願いした通り、カードを持ってきていただけましたか?」
「あ、うん、ここに」
 さくらはスカートのポケットを上から押さえながら、脇に座る小狼の様子をうかがう。初めて会った気がしないのは、学校ですれ違っていたりしているからだろうか。記憶の中に彼の顔は浮かんで来ないが、隣で気配を感じると、妙に落ち着かない気持ちになる。胸の奥がざわめいて不安にかられてしまい、先ほどの哀しげな瞳が気にかかって仕方がない。
「さくらちゃんは、覚えていらっしゃいます?この前、メイズさんと遊んで、私、中に忘れ物をしてしまったんですの」
「え!?」
 さくらはぼんやりと隣の少年に気を取られていたので、知世の台詞に現実に揺り戻された。
「母が大事にしているさくらのブーケが入った箱を置いてきてしまいましたの」
 知世にしては、なんと言う落ち度だろう。さくらならいざ知らず、知世が本当にそんなことをしたのか、さっぱり覚えがない。
『流石は知世や、そないな話をよう考え付くなぁ』
 さくらの鞄の中ではケルベロスがぽそっと呟いている。
 普段ならとっくに表に出て一緒にお茶でも、という所なのだが、記憶の無いさくらは小狼とは初対面になるので、馴れ馴れしくしないよう、鞄の中にいたのだった。
『今朝のさくらは、わいのことかて怪しい感じがしたしなぁ。結構時間ないで、ほんま』
「李くんは魔法が使えますから、メイズさんの中から箱を持ってきていただこうと思って、お願いしていたところなんですわ」
「でも、私じゃいけないの??」
 さくらの問いはもっともなことだった。
「あら、さくらちゃん。この前メイズさんとは魔法で出口へ行かない約束をしたんじゃありませんでした?」
「ほ、ほぇ??」
『これは知世の勝ちやな。天然ぼけのさくらには、作り話やなんて、一生かかってもわかりっこない・・・』
「それに私、李くんとは賭けをしておりますの」
「か、かけ??」
 それは一体どんな・・・と言いたいさくらを押し留め、知世はにっこりと微笑んだ。
「さ、お茶を戴いたらさっそく始めましょうか。時間が勿体無いですから」

 



「知世ちゃん、このくらいでいいかな?」
「ええ。それでは型に入れましょう」
 大道寺家の広いキッチンでは、少女たちが甘い香りを漂わせ、なごやかに仕事にせいを出していた。湯煎にかけたチョコレートがゆるやかな渦を描いて、型の中に滑り落ちていく。
「毎年、知世ちゃんのおかげでおいしく作れるから・・・。いつもありがとう」
 知世に向かって、ほがらかな笑顔を見せているさくらが、小狼への気持ちを無くしているとは、到底思えない。
「どういたしまして。ところで、さくらちゃん、ハート型をお作りになります?」
「ハート?どうしようかなぁ。当てはないけど」
 ふっと笑うさくらが、知世は寂しい。
 小狼が日本に帰ってきてから、さくらは藤隆たちに渡す分と小狼の分で合わせて6個のチョコレートを用意する。いつもなら真っ先にハートの型を取り出し、あれこれ上にデコレートする文章を考えているのに、と、思うとなんだか切なかった。今の小狼なら尚のこと胸が痛いだろう。

 

あなたは誰なの?
どうしてそんな哀しい目で私を見たの?

どこかで出会ったようで
一瞬なのに気になってしまう
霧に包まれ何も思い出せないのに
懐かしくて切ないの

あなたはだぁれ?

 

「あのね、知世ちゃん」
 さくらはチョコレートの入ったボールを抱えて、自分の脇に居てビデオを構えている知世に躊躇いがちに声をかけた。
「どうかしました?さくらちゃん」
 さくらはすぐには答えず、作業台の上にあった三日月の型を手に取った。
「これも借りてもいいかな?」
「構いませんが・・・」
「ほら、李・・・くんだったけ?私の変な約束のせいででメイズさんの中から知世ちゃんの大切なもの持ってきてくれるんだよね。だから、お礼に・・・チョコレートをあげたいなって思って」
 不意に涙が浮かんできて知世は困ってしまった。覚えていなくても、心の奥が通じているのだろうか。さくらが小狼の分のチョコレートを用意したと知ったら、彼はどんなに驚き喜ぶことか。
 なんとか目の中のものを外に出さずに、知世は気を取り直し笑顔で答えた。
「そうですわね、是非作って差し上げてください。私も何かお礼を差し上げなければ」
「知らない子からでびっくりするかもしれないね。でも・・・いいよね?」
 さくらはにっこりと微笑み、三日月の中にとろりとチョコレートを流し入れた。

 作業台には5個の星と1個の三日月が並んでいた。
「それでは、固まるまでの間、ラッピングの用意を致しましょうか」
 知世はビデオのスイッチを止めて、さくらを部屋に誘った。こくんと頷き歩き出したさくらの動きが、不意に止まった。
「・・・さくらちゃん?」
 知世が胸騒ぎを感じ声をかけると、さくらは、はっとして彼女を見た。怯えた小さな生き物のように。
「え?わ、わたし・・・」
 さくらが知世を見てひどく困惑していることが解る。知世は内心の痛みを堪えてさくらに微笑んだ。
「驚かせてごめんなさい。私は大道寺知世と申します。さくらちゃん、今日は私の家でチョコレートを作っていましたの。私の母がはとこのさくらちゃんも誘ったら、と、申しましたので」
「はとこ?」
「ええ。あなたのお母さま撫子さまと私の母は従姉妹同士なのです。あまり今まで交流がなかったのですが、同じ学校になったよしみで・・・」
「ああ、そうなんだ。ごめんなさい。この頃ちょっと物忘れが激しくて。なんでもすぐ忘れて困っているの」
 さくらがあまりの弱々しく微笑むので、知世は胸を抉られるような想いをした。きっと、小狼も同じ想いを味わったことだろう。それも一番最初に。
 そして、さくらがテーブルの上のチョコレートに戸惑っているのがわかる。
 彼女は今、何個のチョコレートの行き先を覚えているのか・・・
『李くん、早くさくらちゃんの心を見つけてください。痛々しくて、傍にいるのが苦しいですわ』

 

 

 

「はぁぁ〜〜、ええ香りやなぁ。こんなことでなきゃ、一緒に台所で味見して、幸せやったのに・・・」
 館中に香るチョコレートの匂いに、思いっきりぶつくさ零すケルベロスだった。毎年、味見係を楽しみに女の子達のイベントを待っている。小狼には『年がら年中お菓子を食べているのに、味見係までとは食い意地の張った奴』と、お決まりの文句も例年頂戴している。
 しばらく名残惜しそうにため息をつくケルベロスを脇に、小狼は大道寺家の裏庭を睨みつけていた。一見普通の洋風の庭に見えているが、すでにさくらが解き放ったメイズ『迷』が中に潜んで、入って来る者を惑わせようと待ち構えているのだ。
「・・・行くぞ」
「はぁ、おまえしか頼るもんがないとはなぁ。・・・けど、しゃあない。頼むわ、小僧」
 ケルベロスの言葉を背後に、小狼はその裏庭に足を踏み入れていた。

 足を入れた瞬間、空間自体が歪むのを感じた。既に背後の建物との境は消えている。外の世界では昼間なのに、ここの空には一面星が瞬き、通常の倍以上も大きい満月が小狼とケルベロスをあざ笑うように見下ろしていた。ふと足元を見れば、幅の狭い道があるだけで、殆ど透明になっていて、まるっきり宇宙空間に浮かぶ感じだった。道はくねくねと続き、見えない壁に姿を隠しながら、裏庭であったとは思えない広大な世界の中を縦横無尽に走っている。
「相変わらず面倒な道やな、メイズが作るんは」
 ケルベロスはため息を隠せない。どれほどの時間が残されているのか不安なこのときに、できれば簡単に終わらせたい気分だった。
 小狼が一歩進むと、その風景は一変した。
 どこまでも伸びる摩天楼に、それに続く階段。かと思えば、底なしの暗闇へ落ちていく坂。三次元のあらゆる方向に道が走っていて、どの道も難解な迷路を作っているようだった。まともに歩いて出口に着くには相当な距離を歩かされることだろう。
「小僧・・・・。これは厄介やで」
 流石にケルベロスもメイズの難解さに気がついた。変化したのは相手の魔力の強さを感知したからだろうか。
『さくらも強うなったが、小僧も意外と強うなっとるんやな』
 ケルベロスの思いなぞお構いなしに、小狼はすたすたと歩き出す。今は微かだが確かにさくらの存在を感じる道がある。それを目安に進むことにした。この中に隠れているさくらの想い。それを見つけ出し、希望のカードに戻すこと、それが彼の役目だから。

『メイズの中にさくらの心は隠されている。探し出し、メイズを破ってくるのだ。それしか、主の心を取り戻せない』
李くん。私からも、お願いします。大切なさくらちゃんの心を見つけてきてください。きっと、李くんが来ることを待っているはずですわ』

 ユエと知世の声が小狼の頭の中にこだまする。
「俺にやれるか?・・・やるしかない」
 昨日の桃矢の声が胸に刺さる。本当のさくらを取り戻さなければ、一生後悔して生きていくことになりそうだった。

 既に宝珠は剣に変化し、右手に携えていた。小狼が迷いもせず歩いていくので、ケルベロスも大人しく後ろをついていく。数多の階段を登り降りして、ようやくその場所に辿り着いた。
「小僧、案外やるな」
 ケルベロスは、立ち止まった小狼にそう声をかける。相手の耳に届いていないことは先刻承知だが。
 辿り着いた空間は三方に分かれた分岐点で、小さな広場のようになっていた。その真ん中の泉のような場所には、一本の木が立っていた。ゆらゆらと、そこだけ陽炎が立ったように周囲との境界がぼやけていて、強烈にさくらの気配を感じた。
「小僧、気ぃつけていけや」
 ケルベロスの言葉とともに小狼は宝剣を頭上に振りかぶった。

【小狼くん、探しに来て。私を見つけて。迷子の心をあなたに見つけて欲しいの】

 

 

 小狼の剣が泉の木を切り裂こうとすると、途中で強く弾き返された。
「?」
いけない!
 声とともに木の中から小さな少女が現れた。『希望』のカードの精である。
「おまえは・・・」
魔法で見つけてはいけない。自らがそこへ赴かなくては・・・。主の心の場所へ
「この場所ではないのか・・・」
 突然、小狼の足元の泉が二つに割れて大きな穴があいた。飛びのいて覗くと、底は暗闇の中で上からは見えない。螺旋階段が奥底へ向かい壁に刻まれている。
「ここを降りろというわけか」
 一瞬、小狼はケルベロスを見たが、たちまちその穴の中に身を躍らせた。少し遅れて後を追ったケルベロスは中に入れず、穴の上に取り残されてしまった。
「ここにも結界か・・・。小僧、頼んだで、わいも待つしかないんや」
 少女は小狼の姿が穴に消えるのを見届けると消えてしまった。ケルベロスは一人、主の帰還を待ち続けた。

 小狼は階段をどんどん降りていった。覗いたときは全くの暗闇の中と思っていたが、微かな光が壁をほの青く照らし出している。よくよく光源を探すと実は自分の身体から出るオーラのようだった。
 いつまでも終わらないように思えたが、ようやく下の方に何か見えてきた。
 ついに下まで降り立った。そこは広々とした夜の砂漠で、振り向けば階段は消え去り、いつのまにか、また星空に変化していた。
「さくらの力は、これほどまで強くなっているのか」
 ふと、砂の上に水晶の欠片が落ちているのに気がついた。小狼はかがみこんでそれを手のひらにすくい上げた。水晶の中にはさくらの花びらが一枚、生き生きとした姿で飾られている。
「さくら・・・」
 小狼が慈しむように放った言葉は水晶に亀裂を起こし、中の花びらを外へ誘った。戒めが解けたさくらの花びらは小狼の手の上であっという間に膨れ上がり、花吹雪となって一面に風を巻き起こした。ようやく風が収まって、目を開けると二人の人物が立っていた。

『小狼くん』
【小狼くん】
 さくらが二人。純白な衣装に身を包むさくらと漆黒の衣装を身にまとうさくらと。
『わたしがさくら』
【わたしがさくら】
二人の声が何も無い空間にこだましている。二人の唇が同時に動いた。

  ―小狼くんはどちらの<さくら>が好きなの?

貴方は答えなければならない
 『希望』の精がまた空中に現れてそう小狼に告げた。
「答えられなかったら?」
その時はここで主とともに閉じ込められる。そして、カードは新たな主を選ぶ
 さらさらという音が聞こえてきた。見ると細かな砂が小狼の足元を埋め始めている。
答えよ
 小狼は二人のさくらを愛しげに見詰めた。
「二人とも。どちらかは選べない」
 そう言って、両手を差し伸べた。微笑を浮かべて。

『小狼くん』
 白のさくらは駆け出して彼の右手を取った。
「さあ」
 黒のさくらは眉を曇らせて小狼を見詰めている。
【わたしは悪い心を持っている。妬み、嫉妬し、嘘をつく心。奢り、欲深く、悲しみに負けてしまう心。
それでも、いいのか?】
「勿論、誰だって持っているのだから」
 小狼は左手をさらに伸ばした。

 静かに時が過ぎていく。小狼の足は砂の中に埋もれて、しかし、その笑顔は変わらない。伸ばした左手を黒のさくらは目をそむけたままだ。
「二人ともさくらなんだ。どちらが欠けてもそれはさくらじゃない。俺には白のさくらも黒のさくらも必要なんだ」
 小狼の身体は腰まで砂に覆われた。白のさくらは小狼に寄り添い、同じように砂に埋れ始めている。
 ようやく黒のさくらがこちらを見た。
【二人とも?】
「二人とも。同じ<さくら>なんだろう?」
 黒のさくらが小狼に駆け寄り、その身体を彼に預けた。同時に3人は砂の波に覆われて沈んでいった・・・。

 

「だめぇ〜!!」
「さくらちゃん!?」
 突然叫び走り出したさくらを知世は追いかけた。今の勢いで部屋中に紙やリボンが散乱してしまったが、構っていられない。切羽詰ったさくらは、何かを感じているようだったから。
 さくらは脳裏に浮かんだ光景に不安な気持ちを抱えて、感じるまま走った。行き先は・・・裏庭。

「さくら、どないしたん・・・」
 メイズはもう形を成していなかった。小狼が姿を消した場所でまどろみ始めたケルベロスは、星の杖を『剣』に替え、手にしたさくらを見上げて口がふさがらない。
「小狼くんを助けなくちゃ」
「へ?小僧・・・?」
「フライ!」
 ケルベロスが問う暇もなく、翼をつけたさくらもまた穴の中に吸い込まれていった。
「ケロちゃん、さくらちゃんは?」
 やっと追いついた知世が訊ねる。
「さくら、小僧の名前呼んどったで。思い出したんか??」
 二人はわけがわからないと、顔を互いに見合わせるばかりだった。

 

闇の中に光が降りてきた
あなたの光が私を照らす
・・・私は私であれ
あなたの光で私を見つける
もうどんな闇も怖くない
あなたという光と一緒だから

 

『ありがとう・・・』
【ありがとう・・・】
 静寂の中で、さくらと一緒ならどんな場所も怖くない、と小狼は思った。両腕にさくらたちを抱いたまま砂に埋れたと思って目を開くと、暗闇にただ一人漂っているだけだった。
「俺は答えを間違えたのか?」
 小狼はかき消えてしまった二人のさくらの姿を虚しく闇の中に探した。勿論、『希望』のカードの精もそこにはいない。
 そのとき。
 一筋の光が上から差し込んできた。見る間にそれは広がり、そして、その光の中を一羽の鳥が舞い降りてきた・・・。
「小狼くん!」
「!?」
 その鳥は軽やかに小狼の腕の中に収まった。本当に逢いたかった愛しい人。
「無事だったんだね、砂の中に埋れてしまうのかと思った・・・」
 その鳥は羽根をたたむと少女の姿に戻り、華やかな笑顔を浮かべた。
「・・・ああ」
 小狼は思いっきりその少女を抱きしめる。やっとこの手に取り戻せたという思いで、はちきれんばかりの嬉しさを隠すために。

 しばらく、そのまま一緒に居る幸福に身を任せていた。やがて二人は身体を離すと、微笑みながら互いに手を差し出し、両手を重ね、肩を寄せてどちらからともなく額を近づける。
「さくら」
「小狼くん」
 名前を呼ぶと、二人から光が放たれた。さくらと小狼は互いの身体から溢れる光に目を瞑った。
 世界は新たな光を受けて、彩りも鮮やかに広がっていった。

 

 

「小僧!!」
 ケルベロスの声にはっと目を開ける。小狼は裏庭の真ん中に倒れていた。
「さくらちゃんは?」
 脇から知世が訊ねる。
「一緒ではないのですか?」
「さっきまで一緒にいたんだが・・・」
 頭を振りながら小狼は応え、身体を起こして周りを見渡す。夕闇が垂れ込めてきた庭のどこにもさくらの姿は見えなかった。
「失敗やったんか・・・」
「そんな筈はない!!」
 小狼はケルベロスの呟きに思わず声を荒げて言った。ほんの少し前まで、確かに二人で解りあったばかりなのだ。もうさくらは迷ったりしない。
「さくらちゃんはきっとお戻りになりますわ。部屋でお待ちしましょう」
 知世は立ち上がった小狼と後ろが気になるケルベロスを連れて、館内へ入った。

 

***