次の日。学校での練習の後、さくらと知世は、新しく出来た『ともえだ遊園地』へ向かった.
商店街を抜けて、高台のほうへ歩いていく。幅の広いなだらかな階段を上っていくと、入り口が見えた。.出来たばかりでまだ始まっていないから、全く、人の気配がしない。妙に静まり返って、さくらを落ち着かせない。
「エリオルくんの家、なくなっちゃったんだね」
さくらは、広い遊園地を見渡すようにした.この中のどこかに、以前さくらのクラスメイトだった柊沢エリオルの洋館があったのだ。しかし、どこにも、もうその面影はない。
柊沢エリオルは、五年生の二学期にイギリスから、転校してきた。彼は、クロウカードを創ったクロウ・リードの生まれ変わりである。さくらが、クロウカードをさくらカードに作り変える間、いろいろと世話になった人物である。日本でするべき事を終えると、彼は、イギリスへ戻っていった。
「すっかり、変わってしまったんですね」
知世もさみしそうである。二人とも、二度ほどエリオルの家へ行ったことがある。クロウも住んでいたあの素敵な洋館がないのは、ちょっと残念な気がした。
二人は、正面ゲートのほうへ、歩みよった。そこで、ふと、さくらは、立ち止まった。
「さくらちゃん?」
知世は不思議そうな顔をして、さくらを見る。さくらは、それには答えず、あたりを見回した。何か、妙な気配がする・・・
以前にも感じたことのある、懐かしいような気配が。しかし、それは、もう、感じることはないはずなのに・・・
咄嗟に、さくらは駆け出した。その気配がする方へ。
「さくらちゃん!!」
知世の叫ぶ声を後にして、チケット売り場の角を曲がったとき、不意に、さくらは、前方から来た人とぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
ころびそうになる自分を、相手が手首をつかんで引き起こしてくれる。お礼を言おうとして、さくらは顔を上げた。
「小、小狼くん・・・?」
そこに信じられない顔を見て、さくらは息を呑んだ。
そして、助けた小狼も相手がさくらと知り、驚きを隠せない。
「小狼、どうしたの?突然、走り出して」
その声にはっとして、小狼はあわててさくらの手を離す。互いのぬくもりが、顔を赤く火照らせる。
「あら、木之本さん。お久しぶりね」
建物の陰から顔を出したのは、小狼の従姉妹の苺鈴であった。
「さくらちゃん、どうなさいました?」
知世が追いついてきて、声をかける。そして、そこに立ち尽くしているさくらと小狼を見つけると、「まあ」とにっこり微笑んだ。二人の後ろで苺鈴が知世に向かって、手を振っている。
「苺鈴ちゃん、小狼くん、いつ、日本へ来たの?」
さくらは、気持ちを落ち着けて訊いた。
「つい、さっきよ」
「いってくれれば、お迎えに行ったのに・・」
さくらは、残念そうに言った。
「木之本さんを驚かせたかったの」
苺鈴は、にこにこして答える。
「ほんとに、びっくりしたよ」
さくらは、素直にそう言った。小狼にここで逢えるとは、全く思っていなかったから・・・
「それなら作戦成功だわ」
苺鈴は小さな声でささやいた。
「ほえ?なんのこと?」
「ううん、なんでもない」
首を振り、ただ微笑むだけの苺鈴だった。
四人は場所をなじみのペンギン公園に移した。
「ほんと、木之本さんって、変わってないわね」
さくらとふたり、ブランコに乗った苺鈴が懐かしそうに言う。一年ほどの間、ライバルだった相手は相変わらず『ぽんやり』そうにみえた。そして、相変わらず優しい。
「そ、そうかな」
さくらには、ほめ言葉なのかどうか、わからない。なんとなく、照れている。
「うん。それと、前に手紙で書いたこと、本当だからね」
「えっ?」
さくらは、一瞬なんのことかわからない。
「小狼と婚約解消したこと」
『あっ』と心の中で、さくらは思った。苺鈴がこの間送ってきた手紙に、確かにそう、書いてあったのに。
苺鈴はブランコを漕ぎはじめた。
「小狼、だれか好きな子ができたみたいなの。告白したらしいんだけど、まだ、返事もらってないんだって」
苺鈴が、さくらを見ている。さくらが、何か言おうとする前に、苺鈴は続けて言った。
「あたし、好きな人の一番じゃないと嫌だから・・・」
さくらは、後ろを振り返り、離れたところに立っている小狼を見た。
小狼は、木に寄りかかりながら、何か考えているようだった。知世は、傍にいて、さくらたちを見守っている。
「大道寺は、苺鈴とメールのやり取りをしているのか?」
「ご迷惑でしたか?日本へお誘いして」
知世は、小狼の方を振り向いて、訊いた。
「李くんも、さくらちゃんにお会いしたいのでは、と思っていたのですが」
ふと、小狼は知世から視線をそらした。
「迷惑じゃないけど・・・」
そこで一息つき、さくらを見る。苺鈴と愉しげに話をしている。
「あいつが、おれに会うと、返事をしなくちゃならなくなる。あいつが、困るだろう」
小狼は、心底そう思っているらしかった。さくらを困らせたくないと、いつも考えている・・・
「相変わらず、李くん、おやさしいですわね。でも・・・」
そこで言葉を切ると、知世もさくらの方を見た。自分はさくらが小狼に返事をしたっがっていることを知っている。勿論、ここで彼に伝えることはできないが。さくらは、小狼に会ってもきっと困ってはいない。そう思ったからこそ、苺鈴にメールを送ったのだった。
さくらは、苺鈴と話をしながら、視線を感じた。それが小狼のものと気づいて、頬が火照る。こうやって、いつも自分を見守ってくれていたことに、改めて、気づく。本当になにも知らなかった自分が少し恥ずかしい。
「苺鈴ちゃんたち、どこに泊まるの?」
さくらは、頬のほてりを振り払うかのように、勢いよくブランコから立ちあがった。
「うーん、大道寺さんのところにお邪魔しようかと思っているの」
苺鈴もブランコを降り、知世のほうを振り返りながら答えた。二人が、ブランコを降りたので、知世たちも木の傍を離れ、歩み寄ってくる。
「じゃあ、今夜はうちに来ない?私、がんばってごちそうするよ!」
さくらが、ポンっと手をたたいて言った。
「といっても、パスタなんだけど・・・」
「あ、ありがとう。木之本さん」
苺鈴は知世にウィンクした。
「でも、私、大道寺さんとちょっと用があるのよ」
さくらは、おもわず、知世を見る。今日は、そんなこと一言も聞いていない・・・知世はさくらに、にっこり微笑んでみせた。そして、苺鈴はといえば、小狼の後ろに素早く回りこみ、両手で彼の背中をさくらのほうへ押し出した。
「だ・か・ら。木之本さん。小狼にごちそうしてあげて」
「えっ!」
さくらと小狼、おもわず目を見合わせる。
「ええーっ!!」
二人きりの夕食になると、理解するのにいくらもかからなかった。