ぶつくさと〜く

【Vol.75】 谷 (2008.4)

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例によって唐突な始まり方で大変恐縮(←ほんまか?)なんですが、
みなさん「靴」って、どれくらいの金額のモノを買ってはるんでしょうかね?
モノによってピンからキリまであるので、なかなか見当が付かないのですが、
平均して1足数万円くらい出しておられるんでしょうか、それとも数千円くらい・・・?

女性と男性とでも差があるんやとは思いますが、♂(今のところは)の私としては、
大学生の頃は背伸びして2万円くらいの靴を買ったりしたこともありましたが、
今では「ちょっとええ靴を」という時には、8千円から1万円程度のモノを買っています。
(それが平均より高いのか安いのかも分からんのですが)

・・・で、一体何の話かと言うと、最近「靴流通センター」という、
卸し問屋のような安売りの靴屋さんに行く機会があったのでした。

もちろん関西に住んでいた頃にも、そういう安売りの靴屋さんはあったのですが、
どうも見るからに安ぽっちぃ靴ばかりを扱っているようなお店だったので、
店内に入っても、あまりしっかりと品物を見たことがありませんでした。
(ああいう店って、特に安っぽい小学校の上靴とかを目立つ所に並べてますし)

それがその「靴流通センター」とやら、ナメてたらほんと、痛い目に遭うところでした。

店内に入り、取り敢えずふら〜っと見て回ろうかぃな?と思って見ていると、
「お、これ、そこそこええ感じやん?」と思える靴を発見しました。
「まぁでも、これなら大体、安売りで8千円くらいやろな〜」と思いながら、
こっそりと近寄って、値札をブリンと裏返して確認してみると、なんとたったの3,200円!

 「安っ!」

小さく叫んでしまいそうになる程の格安価格設定に、
思わず値札を二度見して、単位が「円」であることまで確認してしまいました。
(どこの国の話やねん)

「まぁ安いだけに、どれくらい長持ちするのかはよぅ分からんけども、
高い靴を買ったところで、すぐ傷む時は傷むしなぁ・・・、
まぁまぁのデザインでこの値段なら、十分に納得して履けるなぁ」
と、ぶつぶつ独り言を言いながらも、あっさりと購入してしまったのでした。

と、このように・・・最近洋服や靴にかける金額が、段々と少なくなってきているような気がします。
そういう傾向って、一般的なんでしょうか?それとも私だけ・・・?

調子に乗って、あほみたいにブランド物の服なんかをブランド名だけで買っていた時期もあるんですが、
あれってまぁ簡単に言うと、そのモノ自体の質の高さにお金をかけていると言うよりは、
どちらかと言うと単なる自己満足(or 見栄)の部分が大きいじゃないですか。
(全てがそうではないでしょうけど)

そして、そもそも最近は安いモノでも結構長持ちしてくれるようになってるんですよねぇ。

と言うことで、いつの間にか、お高いブランド物ではなく、
「ちょっとええ感じのモノ」を見付けてお安く買うって方が、
よっぽど満足できる体になってしまっていたみたいです。
(最近貧乏やからって、負け惜しみを言ってる訳ではありません・・・たぶん)

みなさんも一度、そんな卸し問屋さん的なお店、覗いてみては如何でしょうか?
意外な掘り出し物が、待っているかもしれませんよ。
(ちなみに「靴流通センター」からは一銭ももらってませんので〜)

話はいきなり変わって、ずいぶん昔の話になるのですが・・・。

私は中学校時代はずっと吹奏楽部に在籍し、テナーサックスをやっていました。
それはそれで大変充実した生活を送っていたのですが、
高校入学と同時に、「ちょっと運動がしたいなぁ」と思って、サッカー部に入りました。

とは言え、それまで昼休みにグラウンドでボールとじゃれ合っていた程度で、
小学校や中学校からずっとサッカーを続けてきた人たちとは、キャリアが3年〜9年ほど違うんですよね。
てな訳で、最初はまともにボールを蹴ることすらできなかったんですが、
まぁでも流石に毎日練習をしていれば、多少はサッカーらしいプレーもできる程度にはなりました。

ボールは蹴れなくても、相手を止めることはできるだろうという安易な考えで、
ポジションはディフェンス(守備)を希望しました。

なんとか敵を止めようと、がむしゃらに激しいスライディングタックルをよくしていました。
当然その頃は、今と違って短いサッカーパンツだったので、
太ももの横っちょを擦りむいて、血だらけになってました。
(通称「あんぱん」と呼ばれる、まぁるい傷痕が今も残ってます)

ある時サッカー部の友人が顧問の先生と話をしていたときに、なんとなく私の話題になったらしく、
そのときにその先生が、「あいつは勇猛果敢やから」と言ってくれていたそうなんですが、その

 「あいつは、ゆうもうかかん」

が、人づてに私の耳に届いた頃には、何故か

 「あいつは、ユーモアあかん」

になっていて、ちょっとだけヘコんだ記憶があります。
(なんで顧問の先生にユーモアのセンスを咎められなあかんねん)

・・・まぁそんなこんなで3年間サッカー部員として頑張っていたのですが、
ある日の放課後、練習中に救急車で運ばれてしまうという事件が発生しました。

ちなみに、私はその時の記憶が一切残っていないので、
ここからはすべて、周りの人々から聞いた話なんですが・・・

その時私達は、コーナー付近からセンタリングを上げて、
オフェンスとディフェンスがゴール前で競り合うという練習をしていました。

ディフェンスをしていた私は、ゴール前に舞い降りてきたボールをクリアしようと、
ボールに向かってジャンプし、オフェンス役の友人と空中で競り合いました。
その時、その友人の頭が、私のあご(かどこか)にガツンと入りました。
その激突の瞬間に私は意識を失い、そのまま空中で放り出されたように地面に倒れ落ちました。

激突の瞬間か、倒れた瞬間かは分かりませんが、
自分の歯が左の上唇に当たり、ざっくりと切れて口が血だらけになりました。
そして、口から泡を吹き、グラウンドで白目を向いて倒れていたとのことでした。
(見た感じ、完全に死にかけとるがな)

すぐに救急車が呼ばれ、グラウンドから校門のところまで、
サッカー部の数名が私を担架に乗せて運んでくれていました。

私は担架の上で完全にぐったりとなっていて、
打ち所によってはそのまま帰らぬ人となってもおかしくない状況だったんですが、
なんとその時、担架で運んでいる友人の一人が、私に向かってこう言ったそうなんです。

 「おぃ、大丈夫かっ? なんかやってみろっ!」

・・・ほんと、この緊迫した状況でそんなこと普通言うか?、と思いません?
まぁ大阪の高校なんで仕方ないのかもしれませんが、
後からこの話を聞いた時は、正直耳を疑ってしまいました。

この血も涙もない「おぃ、大丈夫かっ? なんかやってみろっ!」という言葉に対して、
完全に意識が無かったはずの私は、
これまたさらに、後から話を聞いて耳を疑うような行動をしたそうです。

そう、私はその瞬間、担架の上でいきなりむくっと起き上がって、
まわりの友人たちに、こう言い放ったんです。

 「がちょ〜〜ん」

いゃいゃいゃ、別にその当時「谷啓」が大流行していた訳でも、
普段から「がちょ〜ん」を持ちネタにしてた訳でもないんですよ?
しかも、全くもって意識が無かったはずの、血だらけの状況なんですよ?

一体、どんな会話の展開やね〜ん!!
ありえへ〜〜ん!!

ほんと、この話を初めて聞いた時、正直全く信じていなかったのですが、
サッカー部のいろんな人に聞いても「ほんまや」と答えるので、どうも真実らしいんですよね・・・。

これ、もし頭の打ち所が悪くて、そのまま私が死んでしまっていたら、
最期に力を振り絞って発した遺言が「がちょ〜〜ん」になるところやった訳ですよ。
その遺言では、遺産分割がきっと難しかったでしょうし、
そもそも葬式の時点でみんな半ニヤケになって、涙を流してくれなかったでしょう・・・。

結局、意識もないまま病院に運ばれた私は、上唇を何針か縫うだけで済んだのでした。
その時の傷が、いまだにはっきりと残っているんですが、
これって青春時代の勲章とでも言うんでしょうかねぇ・・・?

そんな感じの高校時代だったのでした。

・・・さてさて、ゴールデンウィークが終わると、じわじわと夏が近付いて来ますね。

4月から新しい生活を迎えた方も、もうそろそろ慣れてこられた頃でしょうか?
エンジン全開で、これからの暑い日々を乗り切っていきましょうね〜!!

(Vol.75 おしまい)


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